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10-2


それからの三日間はあっという間だ。


日中はメアリさんにマナー講師となってもらい、王族への挨拶、立ち振る舞い、会話の仕方など、出来ないことはなんでも聞いてとにかく実践した。

会話は貴族特有の言い回しがあり、付け焼刃では覚えられないので、言葉遣いや目線など、相手に不快な印象を与えない振る舞いを徹底して覚えていく。


終わった後は自分で復習して、次の練習時間では上手くいかない部分を何度も練習する。それを繰り返す。


合間には服の採寸や身に着けるアクセサリーの選定に呼ばれて、どういったものが相応しいかを教わりながら試着する。夜は今まで以上に入念にメアリさんを始めとした侍女に身体を磨かれて、へとへとになって就寝。



そんな怒涛の三日間を過ごして、ついに茶会当日。

朝から時間をかけて全身を磨かれてから着付けに入る。ジャムズさんが美味しいサンドイッチを作ってくれたので、ヘアセットをしてもらいながら食べられた。髪はベースの形をハーフアップにしてもらい、いつもより巻きが多めで華やかな印象にしてもらう。


「スミレ様は細いですから、コルセットもきつく締める必要はありませんね」

「こ、これでもですか…じゅうぶん苦しいです…」


初めてのコルセットはなかなか苦しいけれど、自然と背筋が伸びるので一長一短だ。

今日着るドレスは淡い黄色のドレスに決まった。きゅっと締められたウエスト部分からスカートが広がっていて、たっぷりの白いフリルが使われている。袖口は七分丈で裾が緩やかに広がっていて、綺麗なレースがちらりと見えた。これなら茶器を持つときに邪魔にならないだろう。

アクセサリーは全てブルーで統一した。大きなブルーサファイアを縁取るようにダイヤモンドがちりばめられているデザインで、どの角度から見ても美しく輝くのだ。

同じデザインのものをネックレス、イヤリング、そして髪飾りの三点セットで身に着ける。人生において、一番高価なものを身に着けている自覚がある。


「これでお仕度は完成です。とても美しいですわ」


メアリさんがやり切ったと言わんばかりの笑顔で褒めてくれて、私も鏡の前でほほ笑んだ。


「ありがとうございます。ふぅ、緊張してきました」


きっちりと着飾った自分の姿を見ながら、学んだことをうまく生かせるかと逡巡する。出来ることはやってきたし気合も入っているけれど、緊張だけは消すことが出来ない。


「ふふ、緊張は程よいスパイスと思ってみてください。ここまで努力されたのです、あとは楽しむだけと思って大きく構えてくださいな」


「その考え方、メアリさんらしくて格好いいです」

「そうでしょう、わたくしの力をスミレ様にも分けて差し上げますわ」


両肩をぽんと後ろから叩かれて、互いに笑い合うと少しだけ緊張が解れてた気がした。



アレクシアさんとは玄関ホールで待ち合わせだ。

ドレスの裾を踏まないように、足さばきに気を付けて歩く。三日かけてピンヒールには慣れたものの、少しでも気を抜けば踏んでしまいそうだ。慎重に歩きつつ、姿勢にも気を付けて前を向くと、アレクシアさんが既に待っていてこちらへ手を上げた。


「きれい…」


ほわ、と心の声が飛び出してしまうほど、アレクシアさんは美しかった。

上半身は身体のラインが分かるタイトな作りで、スカート部分は腰にボリュームを作って後ろへと流れるドレスだ。胸元からシルクのようなフリルがふんだんに使われていて、身を包むのはゴールドに深紅のバラや蔓が埋め尽くすように刺繍された贅沢な生地。華美なのにシックに纏まっていて、アレクシアさんの魅力を引き立たせている。


「スミレ、今日は一段と可憐だね」

「あ、ありがとうございます。アレクシアさんもすごく綺麗です。なんだかいつもと雰囲気が違って、美しさが爆発してるというか、天元突破してます」

「てんげん…?」


アレクシアさんは首を傾げて「褒めてくれたのかな?」と笑うと、私に手を差し出した。すぐにエスコートだと気が付いて、そっと上に手を重ねる。


「いいかい、今日はなるべく人目に付かないように、転移陣で直接王宮へ入る。もし誰かに話しかけられて身分を聞かれたら、私が隣国から招いた友人ということにする。スミレは名乗らなくて良いからね」


「はい、心得ました」

「よろしい、ではいこう」


絶世の美女にエスコートされて、私たちは転移陣へと入る。供に付くのは筆頭侍女のメアリさん。メアリさんは侍女の最上衣である臙脂のドレスを纏っていて、ただ立っているだけで美しい、まるで深窓の令嬢だ。

アレクシアさんが両掌を重ね合わせて、そこから眩い光に包まれた私たちは、次に目を開いたときには広く綺麗な一室にいた。


「ではわたくしは仔細確認に参りますゆえ、お二人は継の間へ」

「わかった」


メアリさんは優雅な一礼をして、部屋の大扉を開けると王宮仕官の元へと向かう。私はアレクシアさんのエスコートを受けて、控室となる場所へ歩くことになった。

背筋を伸ばして、優雅に見えるようにゆっくりと、けれど速度は落としすぎず、エスコートに合わせて。習った歩き方を意識しながら、スカートを何とか足で捌きながら歩く。アレクシアさんは私に合わせて歩いてくれているので上手く歩けた。


「スミレ、綺麗な立ち振る舞いだよ」


そっと呟くような声にぴくりと反応しつつも、微笑みで答える。

表情は崩しちゃダメだ。

転移陣がある部屋からは少し歩くようで、広い廊下に広がるブルーのカーペットが王宮に居ることを改めて実感させてくる。深い青色は王族のカラーで、直系に現れる瞳の色なのだ。


途中数人の仕官とすれ違ったけれど、皆アレクシアさんを見ると恭しく首を垂れて胸に手を乗せる。ご苦労、と声を掛けながらアレクシアさんは悠然と歩いていた。


そのまま何事もなく到着すると思ったのだけれど。


奥から二人の男性が歩いてきて、その佇まいや服装からすぐに上位貴族だとわかった。アレクシアさんに気が付いた二人は、片手を上げてこちらへやってくる。王城の中であっても気安い態度を取るということは、アレクシアさんに近い人物のはずだ。


「あの二人は仕事の関係者だ。少しだけ挨拶をするけど、スミレは話さなくて良いからね」

「はい」


小声でやり取りしたあと、すぐに大柄な男性が声を掛けてきた。

アレクシアさんよりかなり年上に見える壮年の男性は、茶色の髪に薄い金の瞳で、こんがりと肌が日に焼けている。魔術協会のものと似ているけれど白ではなくて紺色の制服を纏っていた。


「師長!珍しいですな、王宮で会うとは」

「所用があってな。そなたは何故ここに居る?」

「私は件の事件について、宰相を通して依頼しに来たのだよ。こちらのクロスフォルノ卿に協力を賜りたいと思ってな」

「アレクシア、お久しぶりです」


隣にいた男性がアレクシアさんを見て挨拶をする。こちらは対称的にほっそりとした体躯で、瞳と髪の色はアレクシアさんに近い。綺麗な顔立ちだが、年のころは隣の人と同じで壮年だ。


「久しいな、クロスフォルノ卿。そなたが協力してくれるのならば心強い、よろしく頼む」

「お役に立てれば幸いです。それから…こちらの方は?」


クロスフォルノ卿と呼ばれた人が、私へと視線を移した。

ぱちりと目が合うと、僅かに青い瞳を細めてじいっと見つめられる。隣の男性も私の事を興味深く見ていて、ほほ笑みを崩さないよう立っているので精いっぱいだ。


「隣国から招いている私の友人だ。すまない、そろそろ良いだろうか」


「わはは、これはすまない。いずれそのお嬢さんも紹介してもらえるのかな?」


「あぁ、機会があればいずれ。では私たちは失礼するよ」

「またの機会を楽しみにしております」


私はアレクシアさんに手を引かれ、二人に目礼だけをして歩き始める。心臓がばくばくと鳴っていたけれど、なんとか切り抜けられたようだ。

そこから継の間までは直ぐだった。部屋へ入ってソファーへと腰かけると、ふうっと大きく息を吐いてしまう。


「ふふっ、お疲れ、スミレ」

「なかなか緊張しました…。先ほどの方のことを聞いてもいいですか?」


対称的な二人だったのと、アレクシアさんに畏まらずに話す間柄というのが気になったのだ。


「あぁ、体格がいいのがマルク団長。王宮騎士団の団長をしていて、飾らない性格で豪快な人だ。うちの部下もよく世話になっている。それからもう一人はクロスフォルノ侯爵。私の叔父にあたる人だ」


「叔父様ですか…!確かに、目や髪色がアレクシアさんに近いと思っていたんです」


クロスフォルノ卿は王弟であり、黒魔術に造詣が深い侯爵家へと臣籍降下したのだそう。その方面での専門家として、事件等があれば協力してもらうことがあるとか。


「クロスフォルノ卿は穏やかな方なんだが、どうにも掴みどころがない。今回の誘拐事件に黒魔術が使われている可能性があるため協力依頼したようだが、どこまで調査に加わってくれるかは未知数だな」


飄々とした人らしく、協力を取り付けるのも大変らしい。そんな人物へ協力を依頼するほどに、誘拐事件の捜査は難航しているのだろうか。


「あの、黒魔術というのは呪い(まじない)や占いのことでしょうか」

「エドワードから教わったんだね、その通り。けれど黒魔術はもっと奥が深くて、一部では禁呪とされているものも存在するんだ」

「禁呪…」

「人を不幸にさせる魔術だ。それが関わっているとなると…いや、仕事の話はやめようか」


ぐっと眉を顰めていたけれど、私がその表情を見ていることに気が付いてぱっと微笑を浮かべる。私は戸惑いつつも頷くと、扉をノックする音が響いた。


「さぁ、そろそろメアリがやってくるころだ」


タイミングを見計らったかのようにメアリさんがやってきて、私たちはついに茶会本番を迎える。深呼吸して立ち上がると、緊張して震えてしまいそうな手をぎゅっと握りしめた。



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