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10-1


「いやぁ、ほんっとスミレちゃんに対するあの優しさをね?俺に少しでも向けてくれたらね?世界は平和になると思うんだよ」


エドワードさんがため息をついて、角砂糖をティーカップの中へぽちゃんと落とす。

私はぱくりとマカロンを齧って、返事を濁した。


エドワードさんは週二回ほど薔薇の宮に来てくれるようになり、それが終われば一緒にティータイムをするのがいつもの流れだ。

魔法についての知識に関連付けるように文字を習い、実習で魔法を使って感覚を覚える。エドワードさんは教えるのが本当に上手で、私はほとんど躓くことなく勉強を進めることができている。


そんなエドワードさんの口から出てくるのは、アレクシアさんがいかに怖いかということで…。私は薔薇の宮外でのアレクシアさんについて知ることになったのだ。


どうやら私が思っていた以上に、アレクシアさんは冷淡な立ち振る舞いをしているらしい。

学生時代に何かきっかけがあって、その頃から寄ってくる貴族に対して強い警戒心を示すようになったのだとか。


魔術協会に行ったとき、私は自分自身の事でいっぱいだったけれど、今思い返せばアレクシアさんの雰囲気に心当たりがある。皆の視線が集中すると眉を顰めていたし、不機嫌を隠そうともしていなかったのだ。きっとあれが、アレクシアさんの外での顔なのだろうと思う。


でもアレクシアさんは、内に入れた人間をとても大切にしてくれる。エドワードさんのこともきっと信頼している気がした。

そんなアレクシアさんの傍で、ありのまま話すことのできる位置に初めから私は居る。自分がずるい立ち位置に居るとわかっていても…そんな特別な位置にいられることを、どうしても嬉しく思ってしまう。


「そーいや、スミレちゃんは結婚とかはしてなかったの?」

「はい、恋人もいませんでした。激務過ぎて恋愛する時間もなかったので…」

「うわそれめっちゃ共感しちゃう。俺も現在進行形でそれだわぁ~」


出会い欲しいよ~と嘆く姿に私は笑ってしまった。

「んもー笑いごとじゃないんだから!スミレちゃんは結婚したくないの?」


「うーん…私、結婚願望があまり無いかもしれません。多分しないんじゃないかなぁ」


私の言葉に何故かエドワードさんがぎょっとする。


「そうなの!?じゃぁ師長が誰かと結婚しちゃったらどうするの?」


「え…っと」


そうか、アレクシアさんもいつか結婚する可能性はあるんだ。ずっと一緒に居れたらと思っていたけれど、環境や状況は変わっていくだろう。

私が居ることでお相手や薔薇の宮の人たちに気を使わせてしまうかもしれない。いや、絶対にそうなる。


皆と一緒に居たいけれど――重荷にはなりたくないのだ。


その時は王都で一人暮らしを始めても良いかもしれない。仕事をしてお金を貯めて、この世界の色々な所に行くのも素敵だと思う。


「もしアレクシアさんが結婚したら、ここを出て王都で暮らすのも良いかもしれません。ちなみに、独身の平民女性の一人暮らしって難しいでしょうか」


「うそ…」

エドワードさんの顔がすっと青くなった。

何か変なことを言ったのだろうかと困惑していると、慌てたように目を逸らして首を横に振った。


「いやっ何でもない!余計なこと言っちゃった!えっと、独り身の女の人ね?全然いるから大丈夫!ただ防犯はかなり気を付けてると思うよ、ほら、誘拐事件とかもあるから」


「なるほど、身を守ることが出来れば一人暮らしは可能だと…」


「でもね、師長が他の誰かと結婚してスミレちゃんを追い出すことは無いと思うよ?」


「そうですね…でも私の存在のせいで、アレクシアさんの自由を奪うようなことはしたくないんです。そうなると…うん、一人で生きていくためにも手に職は必要ですね」


これから先のことは、自分でもどうしたいか定まっていない。

このままみんなと一緒に過ごしたいし、離れる選択なんて今は寂しくて考えたくない。

でもどの選択も出来るようにしておくことは、私の義務のような気がした。


エドワードさんがあう…と情けない声を上げたとき、開けっ放しの扉の外から物音が聞こえてきた。


「ん?何かあったんでしょうか」

「わかんない…でもなんか廊下が騒がしくない?」


言われてみれば、廊下から何人かの声がする。その音はこちらに近づいてきて、足音と共に顔を出したのはアレクシアさんだった。仕事が早く終わったのだろうか、いつも帰ってくる時間より幾分早い。


「アレクシアさん…?」

「師長?えっ、協会で何かありました!?」


びっくりして私とエドワードさんが立ち上がると、アレクシアさんは手で制した。そのまま近づいてくると、エドワードさんへ声を掛ける。


「いや、私用で一度帰宅しただけだ。エドワード、今日はここまででいい。明日は第二騎士団に寄ってから来い、仔細を共有してもらう」

「わかりました!んじゃまたね、スミレちゃん!」


ひらひらっと手を振って、颯爽とエドワードさんが帰っていく。見送ったあと、アレクシアさんは空いた椅子へ座った。

僅かに表情が硬いアレクシアさんを見て、こちらも少し緊張してしまう。


「ごめんね、途中で打ち切らせてしまって。勝手に断ろうと思ったけれど、スミレの気持ちも聞くべきだと思って」


そう言って、アレクシアさんは一通の封筒をテーブルの上へ置いた。上質な封筒には金の封蝋がしてあり、その印章を見た私は目を瞬く。


「これは、王家の――」

「そう、これはスミレ宛てに預かった茶会の招待状だよ。差出人は私の両親だ」

「…ち、ちゃっちゃかい!?わわ私宛てにですか!?ご両親って、国王夫妻!?」

「うん、非公式な茶会なのだけれど…予定は三日後」

「みっ、三日後!?」


あまりの衝撃に目を剥く。

待って待って!まだ簡単なマナーしか教わっていない私に、王様と王妃様との茶会!?しかもたった三日後!?


「母上がスミレに会いたがっていてね、どうにも我慢できなかったようなんだ。スミレに伝えるか迷ったけれど、断るにしろ状況を把握しておいたほうが安心するかと思って」


アレクシアさんは柔らかい笑みを浮かべる。時越え人の私には選択肢があるようだけれど、基本的に王族からの招待状は断ることが許されない。最近メアリさんの授業で学んだばかりだった。


「粗相をしてしまったら…不敬罪で逮捕…」

「スミレ、落ち着いて!きちんと断るから安心して!」


心臓がバクバクと痛いほど鳴っている。

きっと少し前までの私ならすぐに断っていた。正直今でも無理だと断りたい。

でも――そうやって甘えてばかりでいいの?


「あの、この御茶会は私一人で参加するものですか?」

「もし行くとなれば私も一緒だよ」


アレクシアさんが一緒に来てくれる、のか。

一人ぼっちじゃないなら、こんな私でも頑張れるかな。それに今こそ、ちゃんと回復した姿を見てもらうタイミングかもしれない。私を支えてくれた人たちへの恩返しの気持ちを込めて。


きゅっととペンダントを握りしめて、私はアレクシアさんを見つめる。


「…アレクシアさんが居てくれるなら、心強いです。私、参加します」


あなたが大事に思ってくれるから、前を向ける気がするんだ。そんな気持ちを込めてにこっと笑うと、アレクシアさんは僅かに目を見開いた。


「スミレ…本当にいいの?」


「はい!まずはあと三日。マナーをひたすら叩き込みたいと思います」


よし!と何度か深呼吸をして気持ちを整える。

三日あるということは、もう少しマナーの勉強ができるということ。お世話になっているのだ、なるべく粗相をしないように、感謝を述べられるようにしなくては。


今から吐きそうなほどに緊張しているけれど、それだけは絶対に成さねばならない。


「あ、あぁ、無理しない程度にね」


アレクシアさんが視線を開け放したままの扉へ向けると、いつのまにかメアリさんが佇んでいた。


「失礼します。ドレスは三着ほど相応しいものを選んでいますので、これからサイズ調整を致しますね。お直しが少ないので問題なく用意できるかと」


「わかった、ドレスは一緒に選びたい」


「かしこまりました。スミレ様、今回は謁見ではなく茶会のため、今まで覚えたマナーを活かすことが出来ますよ。それから他のゲストはいないようなので、参加者の序列等も気にする必要がありません。もう一度おさらいをしつつ、重要な箇所だけ覚えれば大丈夫です」


メアリさんが頼もしく頷いてくれる。この二人が付いてくれているのだ、あとは私が頑張るだけ。


「あの、物覚えは悪いですが、努力だけは絶対に惜しまないので、よろしくお願いします!」


そうだ、私は元々社畜になるだけあって、出来は悪くても諦めが悪いタイプだ。一度はそれすら折れかけていたけれど、持ち直した今ならきっと乗り越えられる。


「まさか、こんなに意気込まれるとは思っていなかったな…」

「頑張りすぎて倒れてしまわないか心配です」

「早まったか…無理してたスミレを思い出す…」


アレクシアさんが天を仰ぎ、メアリさんが苦笑いを浮かべている中で、私はやる気に満ち溢れた拳を再度握りしめた。


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