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「え…っと、これでいいですか?」
言われた通り、上から下にまっすぐの魔力線を描く。空中にきらきらと浮かび上がるオーロラの光。それを見てエドワードさんはやっぱ記憶にないなぁ、と呟いた。
「スミレちゃんの魔力色は綺麗だねぇ。色んな人のを見てきたけど、スミレちゃんの色は初めて見たよ」
「魔力色、ですか?」
「そうそう。師長が魔法を使ったときもキラキラしてたと思うけど、何色だったか覚えてる?」
私は直ぐに頭の中で思い描く。
忘れるはずもない、アレクシアさんの金髪と同じ、きらきらと眩い金色だ。
「綺麗な金色でした。魔力色には種類があるんですか?」
「魔力色には二通りあって、任意の属性の魔法を使うときに発生する色と、個人が持つ本来の色とがあるんだ」
こんなふうにね、とエドワードさんは空中に魔力線で丸をくるくると描く。その色は淡いブルーで、きらきらと銀色も交じって光っているように見えた。
「俺個人の魔力色は、銀が混じった淡いブルーなんだ。個人で持っている色は人それぞれで、少しずつ色合いが違うけど、得意な属性の色に寄ることが多い。俺もそうで、得意魔法は氷魔法。そんな俺が火の魔法を起こすと、こうなる」
パチンと指を鳴らすと、エドワードさんの指先に現れた魔力色は淡い赤色だった。きらりと光った後には、小さい火の玉が指先に現れる。
「あ、赤い光が見えました」
「うん、これは使う魔法の属性に自分の魔力色が変化したんだ。ほとんどの人がこうなる」
エドワードさんは氷魔法以外の魔法を使うと、濃淡は淡いままで、色が変わるのだ。風魔法を使えば薄緑の魔力色が発生するらしい。
「なるほど…そうなると、アレクシアさんの金色は…光魔法、ですか?」
「それがね、光魔法の魔力反応は白色光なんだ。だからほとんどの人が白色光になるんだけど、師長は金色のまま。これが個人の魔力色が強く出る人の特徴で、師匠はまさにこれなんだ。だからどんな属性の魔法を使っても魔力色が変わらない、珍しいタイプかな」
なるほど、個人の魔力色が強く出ている場合はどの魔法を使っても変わらないらしい。反対に、魔術式を使う場合は術式にもよるけれど、個人の魔力色が出ることが多いのだとか。
「スミレちゃん、小さい火を出せないかな?小結界を張るから失敗しても大丈夫」
エドワードさんが呪文のようなものを呟いて手を翳すと、パキンと音が鳴って私たちを包むような半透明の膜が現れた。久しぶりに魔法を使うので緊張してしまうけれど、これなら失敗しても大丈夫そうだ。
「じゃぁ、指先に…」
魔力を集中させて、マッチの火をイメージする。そっと灯るように指先から魔力を放出すると、オーロラのような魔力が出てきて、すぐに火に代わって指先に浮かんだ。成功だ。
けれど私の魔力は、火魔法を使ったのに赤く変化しなかった。
「私も、魔力色が変わらないですね…」
「やっぱり!師長と同じで個人色が強いんだろうなぁ。時越え人だからかなぁ、今までそっちの研究したことなかったから何とも言えないけど、気になってきちゃった」
「あの、個人の魔力色が強い場合はなにか問題とかあるんでしょうか?」
「いいや、どっちかっていうと大魔法使いに多いタイプだから誇って良いと思うよ!魔力が多い人にはこの傾向があるからね。ただ…そうだなぁ、人目につくところで魔法を使うのは気を付けた方がいいかも」
ふむ、と口元に手を当ててエドワードさんが考え込むように唸る。
「それは…人目につくと危険ということでしょうか?」
「うーん、さっきも言った通り、スミレちゃんの魔力色は珍しいんだ。だから魔力色に興味を持たれてトラブルに巻き込まれる可能性がある」
今は隠されている身なので、なるべく情報は出したくないとのこと。
「わかりました、外では使わないようにしますね」
元々使わずにいたのだから、使うのは教えて貰うときだけで十分だ。
笑って承諾すると、エドワードさんは眉を下げて感動したとでも言うように胸に手を当てた。
「スミレちゃん良い子すぎ…!フツーは使えるってわかったら何でも使いたがるもんだから!抑制するの大変なんだから!」
「もしかして子供と比べられてます…?」
「はぁ、こんな良い子を師長は捕まえたのか…!ねぇ、師長から無茶ぶりとかされてない?怖い顔されてない?大丈夫?」
ずいずいっと顔を寄せて早口でまくし立てられて、私は少しのけぞりつつも両手を翳して横に振った。
「ぜんっぜんです!寧ろとても良くして頂いてます!優しすぎるくらいです!」
「本当に?いつも気難しそうな顔してるし、人嫌いオーラぷんぷん出てるじゃん!怖くないの?」
「…え?そう、なんですか…?」
アレクシアさんが人嫌い?怖い?
エドワードさんから飛び出してきた人物像に全く心当たりのない私は、ぽかんと首を傾げてしまう。
「え?逆に聞くけど、いつもどんな感じなの?」
エドワードさんも私と似たような顔をして、目を丸くしている。私はアレクシアさんの普段の優し気な笑みを思い浮かべた。
「ええと、毎日お話ししますが気難しいと思ったことはありません。いつも優しく笑ってくれるし、沢山話しを聞いてくれるので、最近は喋りすぎてしまうくらいです。常に気にかけてもらっています。それから…」
一瞬、ベッドで寝ぼけまなこのアレクシアさんを思い出してしまい、慌ててかき消す。さすがにこれは口外できない。
「と、とにかく、本当に素敵な方だなと思っています。それにアレクシアさんとメアリさんとのやりとりは毎日とても面白くて」
矢継ぎ早に冗談を言い合う二人を思い出して、つい笑ってしまう。
「……は、え?あれ、俺違う世界線にいる…?メアリさんは影の支配者だからわかるとしても、違いすぎない…?」
私が笑っている間、エドワードさんは頭を抱えてぶつぶつ呟き始めた。
うーんうーんと首をひねって百面相をするのが面白くて笑いをかみ殺していると、パリン!と突然何かが割れる音が響く。
驚いて顔を上げると、半透明の結界がガラスのように割れて四散していく。
そこには一人の女性が立っていた。
「あ、アレクシアさん?」
「やぁスミレ。それからエドワード、お前は挨拶するのにどれだけ時間がかかるんだ?」
にっこりと笑って、エドワードさんを見下ろすアレクシアさん。背後にどす黒いオーラが見えるのは気のせいだろうか。エドワードさんはひぃっと声を上げて飛び上がった。
「結界まで張ってスミレと二人きりで何を話していたんだい?私にも教えて貰おうか」
「師長は素晴らしい人だと!スミレちゃんにお話ししてました!!」
「ちゃん…だと?」
「ひぃぃ!スミレちゃん助けて!」
エドワードさんは素早く私の後ろへ回りこんで隠れようとするが、長身なので隠れようがない。しゃがみこんでコソコソと様子を伺う様はさながら親に怒られる少年だ。
その怯えっぷりに慌てて私も口を開く。
「アレクシアさん、エドワードさんは私の緊張がほぐれるように色々とお話ししてくれたんです。エドワードさんを家庭教師として付けて頂きありがとうございます」
「…そうか。嫌なことはされなかった?」
「はい、とても楽しかったです」
「そう…それなら良いんだ」
先程までの膨れ上がるような威圧感が霧散して、アレクシアさんは眉を下げて困ったように笑った。私の後ろでエドワードさんが凄い顔をして驚いていたが、それを見ていたのはメアリさんだけだった。
アレクシアさんは改めてエドワードさんに視線を向けて顎をくいっと上げると、後ろでエドワードさんが起立する気配がする。
「エドワード、また誘拐事件だ。検証依頼が騎士団から来ている。すぐに戻って現地へ行ってこい」
「はいいっ!!って、また誘拐されちゃったんですか!?」
「あぁ、どうやら男爵家の娘らしい」
「そっかぁ、心配だなぁ…スミレちゃん、俺仕事頑張ってくるね!」
「は、はい!お気をつけて」
エドワードさんは端で控えるメアリさんにもウインクを投げると、あっという間にガゼボを去っていく。来た時の貴族然とした雰囲気を忘れてしまいそうだ。
私はやれやれ、とため息をつくアレクシアさんへ問いかけた。
「あの、誘拐事件が起こっているんですか」
「うん、最近王都で若い女性の失踪が増えていてね。痕跡からみて同一人物による誘拐事件の可能性がある。魔力の残滓を確認するのに魔術協会から人を派遣しているんだよ」
「そうなんですね…心細いでしょうし、早く見つかってほしいです」
アレクシアさんによると、誘拐事件は年に数件発生するらしい。殆どが身代金目的であるが、今回は何が目的かつかめていないとか。
王都は活気があって明るいし、比較的安全と言われているけれどそれは日本ほどじゃない。
「王国の騎士団は優秀だ、それに魔術協会も全面協力している。きっと見つかるさ」
にこりと笑ったアレクシアさんが隣へと腰かけて、私の肩にそっと触れた。
「さぁ、宮内へ入って休むと良い」
「…はい」
胸に付けている守り石をそっと握り込む。守られていることに感謝をしつつ、誘拐事件が早く解決しますようにと祈りを込めて。




