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9-1


きらりとひかる、守り石。

ペンダントを貰ったあの日から、毎日肌身離さず付けている。私の大切な御守りになっていた。


見渡せば綺麗な花々に囲まれた中庭が視界いっぱいに広がって、今日も私たちを楽しませてくれる。

一年中温暖な気候のノルスタシア王国では、真冬にならない限り快適に過ごせる。ここ数年はないが、稀に雪が降るくらい気温が下がることもあるらしいけれど。

中庭には温室効果のある魔道具が埋めてあり、気温が下がる冬でも安定して花を育てることができると庭師さんが教えてくれたことがある。


そんな一年中美しさを誇る中庭にあるガゼボで、私とメアリさんは優雅なティータイムだ。

クリーマーからミルクを紅茶に注ぎ入れて、スプーンでゆっくりとかき混ぜる。引き上げたスプーンはカップの奥側、ソーサーの上へそっと乗せる。


ティーカップをくるりと回してハンドルを右側へ持ってくると、三本の指で摘まみ薬指と小指を支えるように下に添える。そのままゆっくりと持ち上げて口元まで持っていく。

カップを落とさないように集中しながら一口飲んで、音をたてないようにソーサーへ戻した。


「今の一連の動作はとても良かったです」

「ありがとうございます。ふぅ、まだ緊張しますね…」

「急がなくとも大丈夫ですよ、こういったものは回数をこなせば自然と慣れていきますから」


昼下がりのガゼボにて、私はメアリさんからマナーのレッスンを受けていた。まずは一番招かれることの多いお茶会のマナーを一から教えて貰っている。


優雅さとは無縁の生活をしてきた私にとっては未知の経験で、とても難しい。

それでも学びを得られることに新鮮さや喜びもあって、私なりに一生懸命取り組んでいる。


「一週間、色々なお菓子を召し上がって頂きましたが、いかがです?」


「うーん、スコーンを割る時の力加減がまだ難しくて、崩してしまいますね。それ以外もまだまだ練習あるのみです。あとは、カップを持つ手がたまに震えます…」


「うふふ、小動物のようで可愛らしいのですけれどね。庇護欲がそそられますわ」

「うぅ、早く出来るようになりたい…」


所作の一つ一つを優雅に見せるには、意外と筋力がいるのだ。不摂生により筋力が無くなっていた私は直ぐにぷるぷると震えてしまうけれど、これもリハビリと思って取り組んでいる。


午前中は宮内や中庭をぐるりと歩いて、軽い筋トレもするようになった。すぐに筋肉痛になってしまうけれど、めげずに頑張っていこうと思う。



「家庭教師の方も、そろそろいらっしゃる頃なのですが…」


「ふぅ、また緊張してきました。本当にお茶をしながら待っていても良いんでしょうか。お出迎えした方が…」


そして今日は、これから家庭教師になってくれる人が挨拶に来てくれる予定となっている。

今日は顔合わせだけで、これからは仕事の合間をみて定期的に教えに来てくれるそうだ。


予定通りアレクシアさん直属の部下ということで、想像の中では仕事ができる厳しい人物となっている。こんな風に待っていると怒られてしまいそうで不安なのだ。

けれどメアリさんはにっこりと笑って首を振った。


「先方からの希望ですので、気になさることはございませんよ。あぁ、いらっしゃいましたね」


ガゼボに繋がる石畳の細道を、執事さんに続いて男性が歩いてくる。

アレクシアさんと同じ魔術協会の制服だ。すらっとした長身で、色素の薄いベージュの髪をひとくくりに纏めている。淡いブルーの瞳が端正な顔立ちを際立たせていた。


その瞳が興味深そうに私を注視していて、ぱちりと目が合うと花が咲くように微笑まれる。さながら乙女ゲームに出てきそうな美男子で、私は初手から怯みかけてしまう。

(この世界の人は、どうしてこう美形ばかりなの…!?)


ここで座ったままでいたことに気が付いて、慌てて立ち上がって姿勢を正した。メアリさんは既に席を立って、飲んでいた茶器を片付けている。さすがである。


私は緊張しつつも微笑みを浮かべる。貴族女性は常に余裕を見せるために笑みを絶やしてはならないのだ。持ちうる全ての力を表情筋に捧げる。


「あなたがスミレ様ですね。魔術協会から参りましたエドワード・メルキウスです、よろしくお願いいたします」


エドワードと名乗った彼は、たっぷりとした余裕を持って優雅に左手を胸に当て視線を落とす紳士の挨拶をした。


「初めまして、スミレ・フユツキです。こちらの世界のマナーに疎く失礼もあるかと存じますが、精一杯頑張りますのでご指導のほどよろしくお願いいたします」


ゆっくり、優雅に、と脳内で連呼しながら学んだばかりのカーテシーを披露する。足がぷるぷるしているけれど、ロングドレスなので見えていないはずだ。


姿勢を戻した私は、改めてエドワードさんを見上げた。改めて見るとやっぱりオーラが凄い。これは粗相のないようにしなきゃと冷や汗をかいていると、貴族然とした雰囲気から一変、エドワードさんは目を輝かせて、にかっと歯を見せて豪快に笑った。


「よし、堅苦しい挨拶はここまで!!よろしくねスミレちゃん!」

「へっ、ええ…!?」


「敬語は無しで!俺のことも呼び捨てでね!」


「そ、それはいきなりハードルが高いです!」


「そう?んじゃ追々でいいよ!いやーこんな形で会えると思ってなかったから、すげー嬉しい!」


ころころと表情を変えて楽しそうに喋る姿に、私は開いた口がふさがらない。先ほどまでの貴族らしい笑みなんてすっ飛んでいってしまった。


唖然としつつも着席すると、メアリさんが新たなティーセットに紅茶を淹れてくれる。エドワードさんは顔を上げてにこにことメアリさんへ話しかけた。


「メアリさんも相変わらず美しいなぁ」

「お褒め頂き光栄です。メルキウス様もお変わりなく」

「固いなぁ、遠慮なんていらないって言ってるのに」

「わたくしは侍女ですから。メルキウス様は相変わらず喋らなければ素敵ですね」

「うおう、相変わらず毒舌!」


かなりエッジの効いた冗談、というか悪口に笑ってツッコミを入れるエドワードさんは大物なのかもしれない。

ギャップが、ノリと勢いがとにかく強すぎて戦慄する。これはとんでもない人が来た。



**



エドワードさんはアレクシアさんの二つ年下で、魔術協会に所属する魔術師。師長補佐と各部の緩衝役として日々業務をこなしているのだとか。


侯爵家出身の次男で、現在は魔法伯として一代のみの貴族爵位を持っている。侯爵家はこんなにフレンドリーなのかといえばそうではなく、エドワードさんが特殊なだけらしい。生来の性格から侯爵家の跡目争いなどに一切興味が無かったため、魔法の才能を開花させてからは魔法伯になることを目標として、それを叶えた。


もちろん高位貴族としてのマナーは完璧だ。メアリさんが「ならば今もそうなさるべきでは?」と横やりを入れたが、「だって師長のところのスミレちゃんだよ?仲良くしたいじゃん!」と片手を握って訴えた。


「師長ってば人使い荒いからさぁ、俺はひーひー言いながら仕事してるのよ。だから話貰った時は心の中で小躍りしてたね、これは頑張った俺へのご褒美だと。でも顔に出したら絶対なかったことにされると思って、すんごい真面目な顔しながら承諾したの。逆に怪訝な顔されたけど」


こんな感じで、と眉間にしわを寄せてアレクシアさんの真似をする。

美男子なのに飾らない姿に、私も緊張が解れて一緒に笑ってしまう。

最初はどうしようと思ったけれど、こんなに明るくて楽しい人に教えて貰えるなら大歓迎だ。


「エドワードさんが家庭教師として来てくれて、本当に良かったです。実は、とても緊張していました」

「やっぱり?俺の前では貴族の礼儀とかはいらないから、楽しく語学と魔法の勉強しようね!」

「はい!」

「それからさ、スミレちゃんの話も色々聞かせてよ!言いたくなかったら良いけど、ニホンの話を聞いてみたくてさ!」


薄青の瞳をキラキラさせて前のめり気味にせがまれて、私はうーんと考える。

辛かったことが一瞬頭を過ったけれど、純粋に知りたいと思っていくれているエドワードさんの期待にも応えられる、明るい話をしたいと思った。


なので簡単な自己紹介と、日本には魔術の代わりに科学文明が発展していることや、日本での人々の生活などを話した。


「すごいなぁ。そのパソコンを使えるのは貴族なの?」

「いえ、日本には身分制度がありませんし、パソコンを買えば誰でも使えます。それからパソコンを小さくしたスマートフォンっていう機械があって、これはほとんどの人が所持しています」

「え!?そうなの!?そんなすごいもの皆使いこなしてるの?」

「はい、私もこの世界に持ってくれば良かったんですが…あ、えっと、こんな感じです」


指先に魔力を集中させて絵を空中に描く。

ノートパソコンや、スマートフォン、腕時計型まで大きさが分かるようにざっくりと描いていく。


「パソコンは色々な形がありますが、持ち運べるノートパソコンはこんな感じです。キーボードが付いていて、これで操作します。それからスマートフォンはこんな大きさの四角いもので、画面に手を触れれば操作できます。ミニパソコンみたいな感じですね。ちなみに時計型もあります」


「はえ~…世界が違えば常識も生活も全く変わるんだなぁ。この世界にも通信の魔道具はあるけど高価だから貴族や大手商会しか持ってないんだ。いずれスミレちゃんの世界みたいに全員が持てるようになればより豊かになるだろうな。勉強になるよ、教えてくれてありがとう!」


「いえ…あ!私の説明よりも、アレクシアさんにディメンションスコープを見せて貰った方が早いですね」


「それがね、俺まだ見せて貰ったこと無いんだよ~。どうしても見たいからスミレちゃんからもお願いして貰えないかな?」


きゅるん、と音が鳴りそうなくらいのわざとらしい上目遣いに、私は思わず苦笑いしてしまった。


「わかりました、お伝えしてみますね」

「やったー!スミレちゃんが言ってくれるなら大丈夫な気がする!」


両手を上に掲げてやったー!と元気よく叫ぶ姿はさながら少年だ。エドワードさんが来てから、ガゼボの空気が一段と明るくなったような気がする。

それからも日本についてあれこれ話し終わった後。

思い出したようにあっと声を上げて、エドワードさんが口を開いた。


「気になってたんだけど、もう一回だけ空中に何か描いてもらえないかな?一本線でもなんでも良いからさ」



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