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7ー3


街に降り立ってから歩き通しだった私たちは、そろそろ休憩しようと大通を少し外れたところにあるカフェへ入ることにした。


カーテンで仕切られ半個室となっているので、周囲の視線を気にせずに休むことができるお店だ。

中に入っておすすめのケーキセットを頼むと、ベリーが沢山乗ったフルーツタルトと紅茶が運ばれてきた。タルトはクリームの甘さとベリーの酸味が丁度良くて、思わず至福の声が出てしまう。

紅茶はミルクを追加して頂く。どちらもとても美味しくて、歩き疲れた体が解れていくような気がした。大通からはわかりにくい場所だったので、隠れた名店なのかもしれない。


「スミレはよく食べるようになったね、血色も良くなった」


「もう太ってしまいそうです。ジャムズさんの作るごはんはどれも美味しくて、どこまでも食べられそうですから」


「ふふふ、太ったスミレも見てみたいけれど。今日は王都をまわってみてどうだった?」


「とても活気があって楽しいです。屋台も全部美味しかったし、素敵なアクセサリーショップにも行けて。あぁ、一日じゃとても回り切れませんね」


「そうだな、この街を網羅するにはまだまだ遊びに来ないと」


くすくすと笑いながら、街並みのことや気になったお店についておしゃべりする。アレクシアさんは私のとりとめのない話も嫌がらずに聞いてくれるので、最近はつい話しすぎてしまうのだ。こんなにおしゃべりだったかな、と自分でも驚いてしまうくらいに。


驚くと言えば、街中を歩いていて気になったことが一つあった。


歩きながらすれ違う人々の姿を沢山見ていたけれど、その中で何度も目にした、日本ではあまり見られない光景。


「そういえば…あの、街中を歩いていて気になったことがありまして」


「うん?なんだろう」


「その…カップルが歩いているところをよく見たのですが、その中でも、同性同士が多かったように感じて。この国は同性の恋愛に寛容なのでしょうか」


そう、私は歩きながら同性同士がいちゃついているのを何度も目撃したのである。

私自身偏見はなく、一時期は腐女子と呼ばれる友人から漫画を借りて読んでいたこともあるが、街中で堂々と腕を絡めて歩いている姿を見たのは初めてだった。

それに街の人たちも特に気に留めていない様子だったので、もしかしてとても寛容な国なのかな、と思ったのである。


「ん?そうだね」


アレクシアさんは、何故そんなことを聞くのだろう、とでも言うように首を傾げている。それから私の質問の本質に気が付いたとでもいうように瞳を見開いた。


「ということは、ニホンでは男女しか婚姻は認められていのか?」

「はい。他国では認めている国もありましたけど、日本はまだまだでした」


アレクシアさんは少し驚いたような顔をした。

ディメンションスコープでこちらの世界を見ていたけれど、婚姻については全く調べていなかったようで。


「そうか…こちらの世界より文明も技術も進んでいるので、てっきり当たり前かと思っていたよ。子を成すことはできるだろう?」


「い、いえ、同性同士では難しいです。研究はされているみたいですが…」


「なるほど、あれだけの技術があるのに不思議なものだ。魔法文明との差異がどれ程あるのだろう、とても興味深いな」


「あの…ということは、こちらだと同性婚は認められていて、子供も作れるんですか?」


「そうだよ、結婚も出来るし子も成せる。禁止しているのは一部の宗教国家や独裁国家のみで少数派だよ」


「子供を成す、というのは養子を取るということではなく?」


「うん、小珠という魔道具がある。数百年程前に南の大陸で生まれて世界に広まったんだ。小珠にまつわる有名な話があってね」


私が頷くと、アレクシアさんはとある南国の話を教えてくれた。

その国は古くから一夫多妻制だったのだけれど、ある時から男子ばかりが生まれ、女子がなかなか生まれなくなった。

あっという間に女子の出生率は全体の二割を切り、一夫多妻制度は崩壊。

当時即位したばかりの王はこれに苦悩し、名だたる魔術師たちを集めて大規模な研究を始めたのだそう。


王は毎日神殿に赴き、守護神である女神に祈りを捧げた。その献身が神に通じたのか、王の前に時越え人が現れる。その時越え人は、この世界よりはるかに進んだ異世界の魔法知識を持っていた。

時越え人と魔術師の協力の元、ついに出来たのが子珠と呼ばれる受胎変換魔法珠だ。

性別に縛られることなく家同士を繋ぎ、不妊の女性も妊娠が可能となって、この国は危機的状況を脱することができた。


それから数百年の月日を経て世界各国に浸透していき、今では同性間での婚姻や出産は当たり前の事らしい。

ちなみに具体的な使い方はアレクシアさんが濁したので教えてもらえなかったけれど、なんとなく言いにくいことだけは察したので私も言及しなかった。


「起源となった国の神殿が各国にあって、婚姻したのちに申請すれば子珠を手に入れることができる。使用者の情報を提供しなければならないが、代わりにお布施程度の金額で子珠を貰えるんだ。なので平民も負担なくこの制度を利用できる」


「なるほど…!ではこの国の貴族も同性婚は多いんですか?」


「全体の三割程度かな。ちなみに二代前の国王も同性婚であったし、他国へ嫁ぐ際も性的指向により同性に嫁ぐことがあるよ」


すごい、恋愛や婚姻においてこの世界は日本じゃ考えられないくらいに寛容だ。王様も貴族も平民も関係なく、望んだ性別で結婚することが出来る世界。

私はなんとなく、アレクシアさんの未来の結婚相手を想像してみた。だけど男女どちらかに絞れず上手く想像できない。


「アレクシアさんの恋愛対象って…あ、いやすみません、変なことを聞いちゃいました」


アレクシアさんは苦笑いを浮かべて、困ったように肩をすくめた。


「いや、私もスミレと恋バナというものをしたいのだけどね。実は今まで恋愛といえるものをしたことがなくて、よくわからないんだ。だからそう、好きになる人次第かな、好きになれたなら、性別はどちらでもいいと思っている」


意外な答えに驚いてしまったけれど、王女という特殊な立場であれば恋愛すら難しいのかもしれない。アレクシアさんの隣に並べる人はほんの一握りな気がするけど、きっといつか素敵な人と結婚するんだろうなぁと思う。


その時、私はもうアレクシアさんと一緒にいられないのかと思うと、ちくりと胸が痛んだ。


「…アレクシアさんなら、きっと素敵な人が現れますよ」

「どうかな、それにしばらくは今のままが良いけどね」


貴公子然としたアレクシアさんが、眉を下げて頬を掻く。


「スミレはどう?」


そう聞かれて、私は今まで何の疑問も持たずに恋愛してきたなぁと思い返す。

今まで好きだな、と思った人は居たけれど、そこまで恋愛にのめり込めなかった。短大の卒業式で友人に告白されて初めて付き合ってみたけれど、仕事に追われ始めてあっという間に自然消滅している。そんな程度の恋愛経験しか持ち合わせていない。


「実は私も、まともに付き合ったことがなくて…もっと真剣に考えるべきだったのかもしれません。恋愛対象は男性だと思っていましたけど、今思えば型にはめていただけな気もします」


「ふむ、じゃぁスミレも私と同じ恋愛初心者だね」

「ふふっ、そうかもしれないです。初心者同士だと、中々恋バナって難しいですね」

「確かに!」


何だかおかしくなって、二人でくすくす笑い合う。

こういうのは自分のペースで良いんだと思う。少なくとも今は。



**



噴水広場まで戻る帰り道、アレクシアさんがエスコートしてくれた。


「レディ、お手を」

キザな台詞もアレクシアさんが言うと様になってしまう。

そわそわしてしまう気持ちを抑え込むように、勢い余ってぎゅっと腕を絡めてしまった。慌て腕を添える程度に戻すと「これは嬉しい」、と楽し気に笑う声が上から降ってきた。


二人で声を弾ませながら街中を歩いた。

こんな時間がずっと続けばいいのに、なんて思うくらいに一緒に過ごす時間がとても楽しくて。私の中でアレクシアさんという存在がどんどん大きくなっていく。

今日一日で、アレクシアさんとの距離がまた縮まったような気がして、とても嬉しい。


噴水広場まで戻ると、真っすぐに止めてあった馬車へと乗り込む。

向かい合わせに座って馬車の窓から外を見ると、子供たちが集まってなにやら地面に絵を描いていた。やいやいと言い合っては楽しそうに絵を描いているけれど、その絵がキラキラと光っている。


「わぁ…アレクシアさん、あのキラキラしてるのって、前に見せてくれた魔法ですか?」


「あぁ、そういえば見せたことがあったか。そうだよ、魔力を込めた指先を滑らせているんだ。少ししたら消えていくのだけれど、魔力が少なくても使えるから、子供たちは必ずああやって遊ぶんだ」


アレクシアさんが人差し指をすっと上げると、空中に「スミレ」と書いた。黄金の魔力が光り輝く。


「これなら危険もないから、澄玲もやってみるといい」

「はい、えっと…」


指先に魔力を流して、ペンの試し書きをするようにくるくると回す。すると、オーロラのようなキラキラした魔力の線が空中に描かれた。


「っ!出来ました!綺麗!」


アレクシアさんの光とは違う色だけれど、綺麗な線が浮かび上がったのをみて嬉しくなる。さっきの子供たちも色が違ったので、個人差があるのかもしれない。


「上手だよ。スミレの魔力は綺麗だね」


ガタン、と振動がきて、馬車がゆっくりと動き出す。窓から見える噴水広場が少しずつ遠くなっていった。名残惜しいな、と見送っているとアレクシアさんがくすくすと笑う。


「スミレ、そんなに名残惜しそうな顔をしないでくれ。また連れてきてあげるから」

「わかりやすかったですか、私…」


アレクシアさんが大きく頷いて肯定してきたので、恥ずかしくなって両頬に手を当てて視線をさ迷わせてしまう。


「私もとても楽しかったよ。またスミレと遊びに来たい」

「っはい!私もまたアレクシアさんと街に行きたいです」


気付けば日が傾いていて、窓から差し込む西日が私たちを照らし出す。魔力の残影がキラキラと光る中、私の瞳に映るのはオレンジ色に染められた美しい街並みと、その街を穏やかに眺めるアレクシアさんの姿。


アレクシアさんは、王女として、魔術師長としてこの国を支えている。その凪いだ瞳に込められたものは、王都に住む民への慈愛なのかもしれない。


今ここにある情景は、眩しいほどに美しい。今この瞬間の為だけでも、私はこの世界に来て良かったと思った。私にとって、アレクシアさんと共に過ごす時間は、きっとかけがえのないものになる。


この想いを打ち明けたいと真っ先に思い浮かぶのは父の姿だった。今ここに居られることを感謝したくなって、街並みの先へ視線を向ける。

どこかで見てくれているはずのお父さんへ、この想いが届きますように。

馬車はゆっくりと、薔薇の宮へと戻っていく。



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