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7ー2


初めて乗る馬車の中から薔薇の宮から続く庭園を眺め、門を抜けて街道を進む。貴族街は城と呼べそうな家々が並び、馬車が多く行き交っていた。

大通りではなく細道に入り、そのまま城下街と呼ばれる平民街へ入る。立ち並ぶ建物は石造りのものが多く、本当に異国に来たのだと実感した。すれ違う馬車の数が少なくなると、代わりに道を歩く人々の姿が増えていく。すぐに人々の活気ある声が聞こえてくるようになった。


目的地である噴水広場までやってくると、馬車が止まった。

平民街に入ってすぐの噴水広場は、その名の通り大きな噴水と時計塔がある民衆の憩いの場だ。待ち合わせに使われるようで、沢山の人が噴水の縁に座り、時計塔の下では手を上げて合流する人たちが見える。

その先には坂を下るように広く長い街道があり、これが大通りと呼ばれている。路面沿いにはパステル調の店が多く並んでいて、カラフルで目にも楽しい。店前にはオーニングの下に席を設けているところもあって、楽し気な笑い声が聞こえてきていた。


私はアレクシアさんの手を借りて馬車を降りると、堪えきれずにぱあっと顔を綻ばせた。


「すごい賑わいですね!」

「ふふ、活気があっていいだろう?さぁスミレ、私の腕に手を添えて」

「は、はいっ」


差し出された腕をちょこんと掴んで、私たちは歩き始める。噴水は見上げるほど大きくて迫力があり、水しぶきがきらきらと日光に照らされてとても綺麗だ。

この先にどんなものが待っているのだろう。自然と高揚感に胸が高鳴った。


正面の街道を少し進んでから右手に曲がると、屋台通りにたどり着いた。熱量のある呼び込みの声が飛び交っていて、食べ物のいい匂いがあたりに立ち込めている。


「うちのホットサンドは東国名物!なんたって秘伝の特製ダレが絶品なんだ!この国ではなかなかお目にかかれないよ、どうだい?」

「ほう、ではそれを頂こうかな」

「まいどあり!」


恰幅の良いおばちゃんが出店で売っている、野菜と肉団子を特製ダレで味付けして丸いパンで挟んだホットサンド。アレクシアさんが買ってくれて、私に一つ差し出してくれた。


「見た目はスミレの世界のハンバーガーに近いね。さて、味はいかほどかな?」


ありがたく受け取ると、思い切ってぱくりとかじりつく。新鮮な野菜のシャキシャキとした食感と、濃厚なタレが絡んだチキンの旨味が口内に広がる。久しぶりに感じる故郷の味に顔が綻ぶ。


「ん~!美味しいです!これ、日本の照り焼きバーガーに近い味です!」

「おぉ!ずっと食べてみたいと思っていたから嬉しいよ、そうかこれがニホンの味…」


アレクシアさんは大きく一口かじりつく。それからもぐもぐと口を動かすと目を輝かせた。お気に召したようで、私も嬉しい。

屋台で沢山食べるためにと朝食を抜いていたので、二人のホットサンドはあっという間に無くなっていく。少し名残惜しいなと思って包み紙を畳んでいると、また食べに来ようとアレクシアさんが約束してくれた。


屈強そうなおじさんが豪快に焼いていたのは魔物の串焼き。この世界ではポピュラーなものらしく、食べてみると豚肉のような味で、甘い肉汁がたまらなかった。


それから王都の近郊で栽培されているフルーツを使ったジュースを飲んで涼んだりしながら、アレクシアさんと屋台を覗いてまわった。


こうして屋台を満喫した私たちは、すぐ近くにあるというパン屋さんに向かうことにした。ノルクスさんに教えてもらったお店だ。

お店はブルーの爽やかな石壁に、白い十字格子窓と扉の可愛らしい外観で、窓からは焼きたてのパンが並んでいるのが見える。


「おや、ノルクスさんがうちを紹介してくれたのかい?」

「珍しいこともあるのねぇ」


朗らかな雰囲気のご夫婦は、ノルクスさんの紹介だと伝えると驚きつつも喜んでくれた。

試食として頂いたパンは柔らかくて、バターがほのかに顔って美味しい。気になったものを幾つか選ぶと、薔薇の宮で働く皆へもおすそ分けとして購入することにした。


大量に購入したので、私たちの両手が大きな袋で埋まる。

これは一度馬車に戻らなければな、と苦笑いしつつ店を出ると、すぐ後ろから足音が聞こえてきた。

振り返ると平服を着た長身の男性が立っている。アレクシアさんは紙袋をその人物に手渡した。


「これを」

「かしこまりました」


その男性は私の持っていた紙袋も受け取ると、そのまま噴水広場へと歩いて行ってしまう。


「あの、今の方は?」

「薔薇の宮に配属されている近衛だよ。今日は目立たないよう私たちの周りを護衛してくれている」

「あ…!そうですよね、護衛の方がいたのに、何も考えずに動いていました。すみません」

「大丈夫、彼らも久しぶりの城下街の護衛にリフレッシュしているはずさ」


ぱちんとウインクされて、私はアレクシアさんの心遣いと仕草に魅了されてしまいそうだ。


「アレクシアさんは、優しすぎます。それに綺麗すぎて、たまにどう反応していいか分からなくなっちゃうというか…」

「それはとても褒めてくれている?嬉しいな、ますますしたくなる」


楽しそうに細められた瞳を、なんだか直視できない。


「あ、あのっ!お腹が空いてたから、食べ物ばかり買ってしまいましたね」

「ふふ、そうだね。お腹も満たされたようだし、次は違う店をまわってみようか。このあたりにアクセサリーショップがあるようだから、行ってみよう」



アレクシアさんが提案してくれたお店は、庶民でも買えるような価格設定のお店らしい。髪飾りやピアスなどのデザインが可愛いと評判で、貴族の女性でもお忍びで遊びに来ては購入する人が多いのだとか。


少し歩くと煉瓦色の壁に黒い扉の店が見えてきた。

ドアハンドルを押して店内へ入ると、いらっしゃい、と奥のカウンターで女性がほほ笑む。商品棚に目をやると、間接照明で照らされたアクセサリーたちがきらきらと輝いていた。数人の客がアクセサリーを真剣に選んでいて、私たちもそれに加わる。


「わぁ…」


アレクシアさんと店内を一周するように進んでいくと、カウンター横の壁に吊るされているカラフルな紐が目に入った。

近寄ってよく見ると、組紐のように細い糸が編み込まれていて、編み方と色が違うものが沢山吊るされていた。隣には金属の枠とそれにはめ込む石がカゴに沢山入っていて、どうやら選んで組み立てられるようだ。小さいころに腕に結んでいたミサンガを思い出す。


「スミレ、これが気になる?」

「はい。色んなデザインがあって綺麗です」


その中でも目に留まったのは、夜空のような濃青に黄色が少し織り交ざっている紐。


「その紐はね、エゾリオート王国で作られている飾り紐よ。そこの石と組み合わせてブレスレットやペンダントを作るの。自分の好きな色を選べるから人気があるのよ」


レジに座っていた店員さんが教えてくれて、私はよりこの飾り紐が欲しくなってしまった。


「スミレ、折角だからこれを買おう。私も揃いで買おうかな」


そう言ってアレクシアさんが手に取ったのは、黄色と紫の紐を手に取った。


「これは私が思うスミレのイメージかな。清廉で可憐なバイオレットと、ヒマワリのように私を惹きつけ照らしてくれる笑顔」


慈愛あふれる女神のような笑みで、とんでもないことを言われてしまった。

アレクシアさんの中の私は、一体どんな人間なんだろう――あまりの過大評価に、ひくっと口元が引きつった。


「どう考えても真逆だと思うんですが…」

「ん?」

「いえ、何でも…」


反応に困って視線をさ迷わせてしまうけれど、ふと自分の手元を見て、私も似たような考えだったことに気が付いた。


「あの…この紐も、アレクシアさんの髪と瞳の色みたいで、とても綺麗だと思ったんです」


目を伏せながら握っていた紐を見せるように差し出すと、アレクシアさんが息を呑んだのがわかった。そこから妙な間が空いたので、変なことを言ってしまっただろうかと不安になって顔を上げると、片手で口元を抑えてているアレクシアさんと目が合う。


「いや…嬉しくて。スミレは私の色を選んでくれていたんだね」

「はい、これが欲しいです」

「すぐに買おう、私もこれを」


通す飾りは別に買うことにして、アレクシアさんが会計してくれた。

帽子の下の素顔を見た店員さんは目を見開いて「いけめん…」と呟いていた。それでも慣れた手つきで会計を終えると、店のロゴが押された紙袋に入れて渡してくれる。

受け取ってお礼を告げると、名残惜しそうな店員さんを置いて私たちは店を出た。


「アレクシアさん、ありがとうございます」


「スミレの欲しいものが見つかってよかった。他にもあれば遠慮しないで言ってほしい。それからこの飾り紐なんだが…少し預かっても良いだろうか。この紐に通したい石があるから、合わせてプレゼントしたい」


少しだけ待っていて、と言われて私は笑顔で返事をした。アレクシアさんが選んでくれるなら、きっとどんなものでも嬉しいと思うから。



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