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4-1


アレクシアさんとは、回復した日から朝晩の食事を一緒にとるようになった。


日中は魔術協会で仕事をしているため、ゆっくりと話せるのは夜。

毎日時間を作ってくれて、お茶をしながら色々な話をする。

よく話題に上るのは、日本とノルスタシア王国の似ているところや違うところ、日本の文化についてなどで、アレクシアさんは興味深いと熱心に聞いてくれる。

それが嬉しくて、私はこの数日で随分おしゃべりになってしまった。


日中はメアリさんに話し相手になってもらい、料理長のジャムズさんをはじめ少しずつ使用人の方たちと会話をするようになった。美味しいご飯を食べさせてもらって、この世界のことを教えてもらいながら過ごす日々。


一人暮らしとは違い、身の回りのことは侍女さん、掃除や洗濯などの家事はメイドさんが担ってくれるため、私は恐ろしいくらい優雅な日々を送っている。

誰かにこうしてお世話されるのは慣れず、何度か自分でやりますと言ったけれど、すげなく却下されてしまった。

私たちの仕事を取らないでくださいと言われ、メアリさんに「療養期間ですよ。ですが…そうですね、療養を終えたら侍女とメイドの動かし方をお教えしましょうか?」と有無を言わせぬ笑顔で言われ二の句が継げなかった。


そんなある日のこと。

ついに薔薇の宮を出て、魔術協会へ行く日がやってきた。


いつものように朝の支度をメアリさんたち侍女に手伝ってもらう。ぼさぼさだった髪は毎日しっかりとケアされて、以前とは比べものにならない程綺麗になった。

琥珀色のドレスに袖を通す。袖口に赤と白のレースがあしらわれている上品で綺麗なデザインだ。これなら館内でも浮くことはないはずだ。


それから、少しだけメイクをしてもらうことになった。

その心遣いは嬉しいけれど、顔を隠す分厚い眼鏡と長い前髪を切れないせいで、メイクをしてもらっても殆どわからないから申し訳なく感じてしまう。


薔薇の宮に来てからは驚き続けてばかりだ。けれど何不自由なく過ごさせてくれるアレクシアさんやメアリさんの心遣いに、まずは感謝をしようと決めている。郷に入っては郷に従え、けれど与えられることに慣れて夜郎自大になってはいけない、と心中で復唱しながら日々を過ごしている。


「スミレ、とても似合っているよ」

「あ…ありがとうございます」


支度が丁度終わる頃にアレクシアさんが部屋に来てくれて、私の装いを褒めてくれる。どうしても気恥ずかしくて、尻すぼみのお礼になってしまうのはいつものこと。アレクシアさんは白金の制服を着こなしていて、今日も凛々しく美しい。

ふと私も、アレクシアさんに似合っていると伝えたくなった。


「アレクシアさんもとても綺麗です。魔術協会の制服は、その、アレクシアさんの為に作られたみたいです」


アレクシアさんのようにスマートではないけれど、言いたいことはきちんと言えた。するとすぐ隣に居たメアリさんが可笑しそうに笑う。

何故かアレクシアさんは私を見たままぼんやりとして動かない。


「あ…私変なこと言いました…?」

「あらあら、魔術師長のお耳が赤いですわ」


揶揄うような口調でメアリさんが声を掛けると、はっと我に返ったのかアレクシアさんはメアリさんを睨みつけた。


「メアリ!余計なことは言わない!」

「ほほほ」

「スミレ、褒めてくれてありがとう。とても嬉しい」


ポニーテールにした髪の毛先を片手で弄りつつ、アレクシアさんは少し照れたように笑う。喜んでもらえたみたいで嬉しい。心がぽかぽかと温かくなった。



支度が終わり案内されたのは、薔薇の宮の玄関口横にある小部屋だ。部屋の床いっぱいに大きな魔方陣が描かれており、その手前でアレクシアさんが足を止めてこちらへ振り返る。


「今日は馬車ではなく、転移術で魔術協会に行くよ」

「転移術…!この世界では転移もできるんですね」


すごい、私が憧れる魔法第一位だ。

それがあれば満員電車で潰されながら出勤することもないし、徹夜続きのときの仮眠を家で取ることができるまさに夢のような魔法。同僚との会話でも出たことがある。

まぁ欲した理由はあまり良いものではないのだけれど、それを今まさに自分が体験できるとなれば、おのずと顔が緩んでしまう。

そんな私を見てアレクシアさんはくすりと笑うと、優雅に腰を落として片膝を付き、うやうやしく私に片手を差し出した。


「麗しいご令嬢、エスコートの誉を私に」


王子様のような台詞と仕草で、アレクシアさんは楽しそうに瑠璃色の瞳を細めて微笑む。

あまりの格好良さに、私は中てられたように自分の体温が上がるのを感じて、どきどきしながらそっと差し出された手に自分の手を乗せた。


「は、はい、よろしくお願いします!」


手を乗せたままエスコートされるように円陣の中へと移動する。

メアリさんが私たちの行動を見て楽しそうに微笑んで、後から円陣内へ入った。

では、とアレクシアさんが地面に向けて、両掌を重ね合わせる。そこから眩い光が円陣に向かって溢れて、地面が同じく強く光った。


ぱしゅん、というような音と共に世界は一瞬真っ白に染まる。

それから足が異なる地面に付くような感覚がして、気付いた時には周りの景色が変わっていた。

同じような小部屋で床に魔法陣が描いてあるが、壁の色やドアの場所が違う。

それを見て、本当に転移してきたんだと実感した。


「ここは魔術協会の別館にある転移部屋だよ。ここは貴族も多く出入りする場所で人通りも多いから、なるべく私から離れないようにね」

「わかりました」

「わたくしも後ろについておりますから、大丈夫ですよ」


別館の入り口を抜けると、白と灰色の大きな建物が見えた。離宮のように華美ではなく、日本の国会議事堂を連想させるような厳かな佇まいの建物だ。


本館入口には門番が立っており、アレクシアさんに気づくと左手を胸に当てて背筋を正す。こちらの世界の敬礼のようなものだと察した。

「ご苦労」と短く声を掛けて足を進める後ろ姿に、普段とは違う風格を感じる。きっと今は魔術師長としてのアレクシアさんなのだ。

後に続いて本館に入ると、目の前には広い総合受付があり、各受付前に設置されている待合席は人で溢れかえっていた。中でも綺麗に着飾った若い女性が多く、その華やかさはまるでパーティー会場のようだ。


「魔術協会の三階までは一般開放されている。協会名義で開発した商品の売買や、魔物・魔術に関する情報の閲覧、学会や魔法講習の受付などを行っているんだ。いつも混雑しているが、今日のこれはなんだ…」


アレクシアさんは眉を顰めながら、人が多すぎると呟いた。

人込みを避けながら私たちは進み、総合受付までたどり着く。一番端で受付をしていた男性がこちらに気が付いて、すっと姿勢を正した。


「師長!どうされました?」

「随分と混んでいるな」

「はい、今日は直販商品の卸し日なのです。化粧品や魔石ジュエリーも含まれておりますので、このとおり混雑しております」

「あぁ、今日だったか。ありがとう」

「いえ、とんでもございません!」


なるほど、どこの世界の女性も美容や宝石が好きなのか。私が感心していたのもつかの間、絶え間なく騒がしかったフロアがすっと静かになった。ぴりっとした雰囲気に驚いて顔を上げる。


「あ…」


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