第一話 こんな魔王軍もうこりごりだ
「べふっ」
冒険者で盛んな街、その一番近くにある森。今そこで冒険者に叩き斬られて飛び散ったのがフーガというスライムだった。大した能力もないまま魔王軍に入れられてしまったのが運の尽きだった。
「大丈夫すかー先輩」
最近魔王軍に加入した、小さな木の魔族であるカノンが冒険者がどこかに行ったところを見計らって歩いてきた。それから飛び散った緑色を大ざっぱにかき集め、根っこを頭の葉の中にのばしてがさがさして、青色の草を取り出して置いてやった。すると緑色のスライムの破片が少しずつ集まって、最後には元の形と同じ姿になった。フーガとカノンは大体同じくらいの体高だ。
「っ、くぁ〜も〜。やってらんないよ〜」
「どうしたんですか?今日は特に」
カノンがフーガの近くに座り、光る黄色の丸い目を向けると、途端にフーガの愚痴が爆発しだす。
「まず今日ここ来る前に上司にさ、お前は弱いからいっつも軍の物資を時間を云々って、弱いのに戦闘員として配置してんのはどっちだって!つか復活草とかアイテム使ったら給料から引かれるけど、明らかに多めに取られてるよねあれ!さっきも冒険者言ってたよ、スライムが落とす金しけてんなって。それ僕の金なんだよね、なんで少ないと思う?ただでさえ薄給なのにすぐ給料からもろもろ引かれるからだよ!自己強化に使うお金も時間もないの!何よりおかしいのは魔物は全員魔王軍に入れ、じゃないと見つかり次第処される、もうちょっとゆっくりスローライフやらせてよ!」
一通り言い終えたフーガはぜぇぜぇと呼吸を整えようとしている。
「ごめんね、つい愚痴が……」
「あ、いえ!大丈夫ですよ!溜め込むのよくないですし!」
フーガは体をゆっくり横にふるふるとして、少し休憩してていいよ、とカノンに伝えた。カノンは心配そうな目をむけつつ、また先ほど隠れていた木の方へ歩いていった。
フーガはもうこりごりだった。薄給、無休、不透明性。考え得る限り最悪の職場と言ってもさしつかえない。それなのにみんなみんな諦めてる。どうせ無いのに等しい給料だ、サボって減給なんて怖くない。もっと酷いとこに飛ばされても、それはそれでカノンがもうちょっといい先輩に教われるならいい。フーガはゆっくりと視界を閉じる。
「起きてちょうだい」
フーガは聞き慣れない女の声で目を覚ました。目の前には、爬虫類的な瞳孔の緑色の瞳、首の鱗、額から生えた長い二本の角。はっとしてさっと離れる。
「りゅ、竜人さん!?なんでこんなとこに!」
大きな尻尾をゆらりとさせて、その竜人はくすくすと笑う。
「名前で呼んでちょうだい?私はカデンツァよ」
「あ、はい、カデンツァさん!」
カデンツァが名前で呼ばれたのを確認するようににこりとして小さく頷くと、くるりとフーガに背を向け、横顔を向ける。
「来て。あなたにぴったりの仕事があるの」
いきなり、来て、なんて言われても怪しさしかない。だけどさすがになかなか位の高いの魔物だったから逆らうなんてこともできない。しょうがないし、それ以外に選択肢もないからとフーガはついていくことにした。
「えっとー……失礼かもしれませんけど、反魔王軍とか、特に『銅の旗』とか、そういうとこの所属じゃないですよね?」
「まったく?」
「じゃあやっぱり魔王軍?」
「違うわ。もっぱら個人でいろいろやってるの」
「こ、個人で……いや、個人ってどうやって、というか、何やってんですか……?」
「楽しいことを探してるの」
フーガは完璧に後悔していた。こんなヤバそうな魔族に目をつけられたこと、そして話しかけられたときすぐに逃げなかったこと。きっと怪しい実験にでも付き合わされるのだろうと。
「ほら。入って」
ぼーっとついて行っていると、気がつけば森の奥の木造の小屋についていた。質素で、いくつか窓がある。一見、変わったところは一つもない。だが、中に入ってみれば不思議なものが目に付く。
「これは……」
「魔力精製器。聞いたことは……ないかしら?」
いくつかの大釜が透明な管で繋がれていて、その近くにはまた何個かの淡い光を放つ球体がそれぞれ台座の上に置かれている。
「それの説明は後でする。まずは私の話を聞いて?」
木の椅子をぎぃっときしませ、脚を組んだカデンツァをフーガは見上げた。
「私はあなたに提案があるの。win-winな提案がね」
「win-win、ですか」
フーガは内心、信じてはいなかった。どうせ運び屋だとか、怪しい組織のデコイになるだとか、そういうもんだろうと考えていた。しかし、フーガは予想よりも大きな提案を受けることになった。
「一回、魔王軍をひっくり返してみてほしいの」
「……は?」
これがフーガによる魔王軍への反逆の始まりだった。