原始の世界1
ああ、僕は何の為に生まれたのだろう?
誰かに産み落とされたわけではない、無から彼は生まれた。 名だけは何故か知っていた、ミロク。 自分の名はミロクだと。
原生林、生まれ落ちた場所だ。 何も待たされず何も着ぬまま、赤ん坊がこんな所に居れば数時間もしないうちに死んでしまうだろう、しかし彼は違った。
優しく何かに咥えられ何者かの背に乗せられる。
君は誰?
そう問い掛けたかったが言葉は出ない、しかし思考は出来ていた。 まだ意思を持たぬ生まれたばかりの赤子の状態で。
ミロクは抗えない眠気に襲われ何者かの背の上で眠りに落ちる。
世界に革命が起きる。 新たな生物、人間という生き物が誕生した、人間はそれまでなかった言葉を話し脆い体だが頭は回る。 そしてその知能は世界を変えていった。
人間の登場により人間以外の動物達は彼等の食べる餌に成り果てた。 かつて地上を支配していた生物達は力は強いが数を増やした人間に徒党を組まれては流石に分が悪く人間達は生息域をどんどん拡げていく。
「ガウッ!!」
「ありがとうヴォルフ」
ミロクが頭を撫でると嬉しそうに1匹のとても大きな狼は嬉しそうに尻尾を振る。 このヴォルフと名付けられた狼は赤子のミロクを拾い育てた、何故そんなことをしたのかもヴォルフ自身もわかっていない。 しかし共に暮らしているうちに親愛の情が沸きヴォルフはミロクを家族と思っている、ミロクもまた同じである。
「僕もここに来て8年か」
ミロクはそう呟く。 いくらヴォルフがミロクを育てようと教養さは獣同然になるはずなのだがミロクには知性があった、ミロク自身だってそんなことがあるはずない、しかしそう感じるからこそだ。 思えば赤ん坊の頃から自身の意識があり誰に教わることもなく言葉を話し文字というものも思い付きそれによってやろうと思えば記録さえ出来る。
「いつか見かけた僕に似ているのもそうなのかな?」
ある時ミロクは人間を見かけたことがある。 ちょうど狩りをしている時だったのだろう、自身にそっくりな存在が大きな動物を追い詰めていた、そして言葉を話していてその言葉がミロクには理解出来た。 不思議に思いながら高台からそれらの狩りの様子をじっと見ていた。
数で連携して器用に立ち回っていた。 数の暴力にはたった1匹の大きな獣では太刀打ち出来ない。 いいや、そう出来るだけの知能がないからだ。 本能でしか生きられない者は自身の知能の限界以上のことは出来ない、混乱して逃げ惑うだけ。
「凄いなぁ、僕にはヴォルフが居るから食べ物はいくらでも持ってきて貰えるけどそうでないのは自ら狩りに行くんだ、大変なんだなぁ」
そう呟きその場でゴロンと仰向けになると足音が聴こえた。
「ねぇ」
「ん?」
自分よりも高い声だ。 それに少し毛色も違う、生物にはオスとメスが居る。 狩りをしている者達にも当然居る。 どうやらその者達のメスがここに偶然来たんだろうとミロクは悟る。
しかし……
「何してるのこんなところで?」
「わぁ! 僕と同じ…… なのかな? まぁいいや、ずっと話してみたいと思ってた生き物がこんなに近くに!! 僕はミロク、君は?!」
「え? え??」
ミロクは興奮していた、血の気の多そうな下で狩りをしている連中は少し怖くて関わりにくそうだったけどこれは自身と同じくらい幼くて危害なんて加えなさそうな存在だったから。 何よりミロクの性別は男なせいか本能的に彼女を可愛いと感じた。
若干彼女はミロクのはしゃぎっぷりに若干引くが彼女も彼女で少し警戒したがこの様子を見て一気に解ける。
「フィーだよ。 ミロクっていうんだ、聞いたことない名前だね」
「フィー…… 可愛い名前だね!」
「え? あ、うん、ありがとう。 それよりもミロクってフィーの部族の人じゃないよね? どこから来たの?」
「あっちからだよ!」
ミロクは来た方を指差す。 それはヴォルフと暮らしている森の中だった、フィーはあそこにミロクの部族があるのかな? と思った。
「ふーん、ミロクの家族はあっちに住んでるんだね」
「そうだよ、大きい狼なんだ!」
「狼?」
フィーはミロクから話を聞いた。 ある程度育てばそれはちょっとおかしいと気付くものだが子供のフィーにはそれほど引っかからずミロクの話を聞けた。
「そうなんだ、でも寂しくない?」
「全然! ヴォルフが居ればそんなことないよ」
彼女と話していると獲物を完全に仕留めたのか下の方から歓声が聴こえる。
「あ! 父様の狩りが終わったみたい」
「フィーのお父さん? どれ?」
フィーが指差したのを見れば一際筋骨隆々の男だった。
「フィーの父様はね、部族で1番の戦士なんだ」
「戦士…… かっこいいね!」
1番と言われるだけあってフィーの父から不思議な力を感じたミロクであった。
「うん、父様凄くかっこいい! じゃあ狩りも終わったみたいだしフィーも帰るね!」
「そっか、うん。 今日は楽しかったよフィー」
「ううん、私も変わった子と話せて楽しかった」
「そうだ! フィーまたここにおいでよ、僕の家に案内してあげるしヴォルフも見せてあげる」
「いいの? じゃあ明日もここに来る!」
「わかった! ならまた明日」
フィーが居なくなって僕も帰ることにした。
「ウォンッ!」
洞窟の前でヴォルフが出迎えてくれた。
「ただいまヴォルフ」
ヴォルフはミロクの匂いをクンクンと嗅いだ。
「ああ、今日はね、僕に似たのと会ってお喋りもしてきたんだ。 とっても仲良くなれたんだよ! 明日ヴォルフを見たいって言ってたからここに連れてくるから威嚇したり噛んだりしちゃダメだからね」
そう言うとヴォルフはわかったと言わんばかりに一声吠えた。