誰もが知る天才に褒められちゃいました 俺はあんたのこと知らないけど
日が沈むころ、プロスンデール王国の王都の一角では力強い掛け声が飛び交っていた。
「釘こっちに回してくれー」
「あいよー」
「テーブル持ち上げるぞー」
「誰か洗剤持ってねーかー?」
「おらよー」
「エミルちゃーん、応援してくれよー」
「がんばれー♪」「「「ウオーーーー!!!」」」
エミルが手を振って応援すれば、集めた助っ人達はものすごい勢いでアクルテギルド本部を綺麗にしていく。酷い匂いが染み付いた家具、壁紙、フローリングが、運び出され張り替えられていく様子は見ていて気持ちがいい。
一方、被害が少なかった本部の地下室ではピリついた空気が流れていた。
「今回の魔物の侵入は人為的です。鼻が曲がるような異臭を放つ魔物が自然に王都に侵入して誰にも気づかれないはずがありません。」
「しかし、誰が何のために。アクルテギルドに危害を加えたいのならもっと相応しい魔物がいるだろ。」
「ただのいたずらで片付けるには悪質ですしね。」
「本部が魔物にやられるとは何足る失態」
「民衆からは厳しい目が向けられるでしょう。何かしらの対処が必要かと。」
石造りの壁で冷やされた空気が肌寒さを感じさせる薄暗い地下室で、各々が意見を交わす。カビ臭い椅子に座った書記がそれを書き留める。
コンコンコン
湿っぽい扉越しにノックが響いた。
「失礼します。」
入ってきたのは茶髪にピンクの目を持つ剣士だった。
「ブライス2級冒険者、今は緊急会議中だ。この会議に参加が認められるのは各パーティのリーダーと1級冒険者のみ。用があるなら後にしてくれ。」
進行役の眼帯をつけた大男が言う。身長は2メートルほどあるだろうか。
「申し訳ありませんガロー試験官。ですが重要な報告があって参上致しました。」
「なんだ?」
ガローに促されると、リーニェは全体に聞こえるように言った。
「クモグモを持ち込んだ犯人を捕らえました。数年前に潰れたパン屋の主人が、ギャンブルにはまり、借金地獄へ陥り、妻子に逃げられ、自暴自棄になり、今回の事件を起こしたそうです。クモグモを持ち込む先は別にどこでもよかったと言っています。」
地下室にどよめきが走る。なんとしょうもない。そんな奴にここまで滅茶苦茶にされるなどあってはならなかった。
「そんな馬鹿なことがあるか!!」
どこかのパーティのリーダーが言った。
「2級、下らない嘘をつくのはやめておけ。バレないとでも思ったか?まったく、身分の低い奴は出世しようと必死で法螺を吹く奴が多い。」
そういうあんたは3級だろ、とつぶやきが聞こえたのは気のせいか。
「こんな嘘つきません。」
「はっ、どうだか。だいた「やめろ。見苦しいぞ」
ガローが言葉を遮った。3級冒険者は文句を言おうとするが、ガローが睨めば直ぐに大人しくなった。
「ブライスさん、手口は分っているのですか?」
ショートカットの白銀髪のエルフが言った。
「はい。犯人はパン屋が潰れてからは掃除屋をやっていたらしく、腐った食べ物をを回収するという名目でギルド本部に侵入したそうです。」
「なるほど、確かにクモグモは肉と油の腐った匂いがしますね。前もって腐敗した食べ物を集めておけば、その匂いと混ざってしまいますね。教えて頂きありがとうございます。
ガロ―試験官、犯人と手口が分かったことですし今日はもう解散にいたしませんか?明日からは新しく入団した冒険者達が来ます。入団早々ボロボロの本部を見れば不安になる者もいるでしょう。」
エルフの言葉にガローは頷く。
「会議は中止だ!全員片付けを手伝え!」
「ガロー試験官。」
薄暗い電球に照らされたカビ臭い会議が終わり、部下と共に地下室を出ようとする大男をイーシスが呼び止めた。立ち止まったガローを深く青い瞳が見つめる。
「折り入ってお願いがございます。特別に入団させていただきたい冒険者が1人いるのですが。」
「今からか?却下だ。ギルドの入団試験は期限厳守なのを忘れたか」
「今年は合格者数が少なく、人手不足が懸念されているそうですね。」
「関係ない。必要なのは数ではなく能力だ。」
「では、クモグモを討伐したとしたら?今回このギルドへの入団を希望している者はアクルテギルドを混乱に陥れた魔物を討伐しました。あなたの弟子が証人です。」
ガローはイーシスの後ろに立つ弟子に視線を向けた。数年前ガローが保護した少女は致命傷をいくつも負い、3週間も目を覚まさなかった。ようやく目を覚ましたと思えば記憶をすべて欠落させており、少女は赤子同然だった。十代の風貌とのギャップに受けた衝撃は今でも覚えている。話すこともままならない少女に1から言葉を教えていると、すでに独り立ちした娘を思い出すと共に、妻に子育てを全て任せてしまった事が申し訳なく思われた。目を離せばすぐにどこかへ行き、何でもかんでも口に入れる大きな赤子に振り回され続けた。帰宅したら家中が小麦粉まみれになっていた時なんかは先立った妻の墓に泣きついてしまった。
そんなリーニェも、日常生活が送れる程まで記憶を取り戻すと類い稀なる剣の才能を発揮し、ガローに弟子入りを認めさせた。今では2級冒険者となり自分に交渉を持ち掛けるまでになったかと思うと感慨深くなる。
「残念だが、物的証拠がなければ認めることはできない。」
「可愛い愛弟子が信用できませんか?」
イーシスが口では残念そうに言うが、その顔は自分の反応は想定内だと言っている。ガローは2人が何を企んでいるのか警戒する。
「それとこれとは別だ。公平性を欠けた判断はできん。」
「残念です。」
大して思ってなさそうにイーシスがリーニェから小袋を受け取る。それは僅かに異臭を漂わせていた。
「どうぞ。」
イーシスに差し出され、ガローは恐るおそる中身を開けた。
「うぉあぁぁぁ!!??」
ガローが空中に投げ出した袋は床に落ち、中から1匹のクモが這い出てきた。
「試験官、クモは苦手ですか?」
イーシスがわざとらしく問う。
「先程、今朝の混乱でクモや異臭を放つクモグモに怯え、何もできなかった冒険者たちをガロー試験官が退団させたとお聞きしました。自分にできないことを部下に強いない、というのがアクルテギルドの決まり。ご自身もクモが怖くて戦えなかった、なんてあってはいけないことでしょう。
昨日、クモグモの対処を他の冒険者に丸投げしたことを上に報告すれば、試験官も立場が危うくなります。私達の要求を受け入れてくだされば、このことは内密に、クモグモはガロー試験官が討伐したことにして頂いて構いません。」
3人だけが残った地下室に沈黙が訪れる。
ガローの額に冷や汗が伝った。
痛いところを突かれてしまった。が、己れの保身のために特例を作るわけにはいかない。ガローが断ろうとした時、イーシスが口を開いた。
「認めてくだされば、民衆からの苦情への対応もいくつか提案致します。」
「…仕方ない。今回だけ特別に認めよう。」
最後のダメ押しで、ガローは2人の要求を呑むことにした。イーシスはギルド内でもトップを競うほど頭が切れる。リーニェが犯人の動機を知っていたのも、イーシスがアタリをつけて調べさせたからだろう。その頭脳は借りておきたかった。
「皆様、この度はアクルテギルドへの入隊おめでとうございます!今後のご活躍を期待しております!!!」
「入隊なんて大げさよね。」「そうよ。軍隊じゃないんだから。」
本部の入り口で声を張り上げる中年男性を尻目に、ベテランの冒険者達がクエストに出かける。
どの冒険者も学校に向かう子供たちと挨拶を交わしている。平和な朝だ。
今朝届いた制服はまだ糊が効いている。太陽光を反射しキラキラと光る白い騎士服が眩しい。ルイはこれから始まる冒険者としての人生に胸を躍らせていた。
「まず役職を登録しなきゃね。」
本部に入るとリーニェさんが言った。他の2人はまだ寝ているらしい。起こしてあげる気分じゃないから、と入団したばかりで何もわからない自分に付き添うこの人は、面倒見が良いのか悪いのか。
ルイは自分とリーニェの騎士服を見比べた。自分のと違って何度も汚れ、破れ、擦り切れてきたのだろう。補修された跡がいくつもある騎士服は、着る者の努力を表しているようで格好良かった。
「役職登録ってどうやるんすか?」
「あそこのカウンターで紙をもらって必要事項を記入した後に、アクルテギルドの本部と王立ギルド総合受付に提出すれば完了だよ。私ここで待ってるから行っておいで」
「よっ!モテ男さん」
カウンターで紙を2枚もらって書き込んでいると、後ろから声をかけられた。振り返れば、見知った顔があった。
「バノス!キック!同じギルドだったのか!」
2人ともルイと同じキケス半島出身の幼なじみだ。
ルイよりも早く出発した2人は嵐の影響を受けなかったらしい。紅の髪と赤ワインの色の目を持つバノスは、制服とのコントラストが映える上に、身長が高く体格も良いのでよく目立つ。が、その見た目に反して気が弱いところがある。
もう一人の幼馴染のキックは大昔に魔王に呪いをかけられて以来差別され続けるカルノア人で、その特徴である青い髪と黒い目、体中に広がる痣を隠すためにいつも露出の少ない格好をする。今日だって白い騎士服に加えて、手袋をつけている。
「まだお前がキケスにいるのに馬車が通れなくなったって聞いた時はどうなるかと思ったけど、上手くやったみたいだな!新人冒険者の間で噂になってるぞ。美人の3人に気に入られて特別に入団したって。」
バノスがルイの背中をバシバシと叩く。
「そんなんじゃねえよ。無理言って頼んだんだ。」
「またまたぁ。さっき話してた剣士さんがその1人だろ?もう付き合ってたりして。」
「馬鹿言え。」
「えぇ?だってあの剣士さんお前のタイプドンピシャじゃん。」
「ばっか!!やめろよ!」
「ははっ、何照れてんだよ。」
書き込んだ紙をカウンターに渡す。
「ルイ・イレンさん、16歳。登録は今回が初めてで、役職は剣士で間違いないですか?」
「はい」
「アクルテギルドでの役職登録が完了しました。もう1枚の紙はプロスンデール王立ギルド総合受付にお持ちください。」
「剣士にしたのか!得意だもんな。」
「僕たちの村で一番上手かったしね。」
キックが初めて口を開く。この幼なじみはあまり喋らない。
「2人は何にしたんだ?」
「俺はタンクにしたぜ。どんな攻撃も俺が防いでやるからな!」
「僕は弓使いにしたよ。」
「近距離と遠距離と防御か…俺たち結構相性いいかもしれないぜ。パーティ組まないか?」
「いいな、それ。」
「パーティの登録もされますか?」
受付の男が言う。
「はい。おなしゃす」
「できた?」
入口に戻るとリーニェさんが待っていた。その手には紙が握られている。
「は、はい。剣士にし、しました。」
バノスに余計なことを言われたせいで変に緊張してしまう。怪訝な顔をされないか心配だったが、リーニェさんは特に気にした様子はない。
「後ろの2人はお友達かな?」
「はい!俺はバノスと言います!こいつはキックです。俺たち幼なじみなんです!よろしくお願いします!」
「リーニェ・ブライスです。よろしくね。」
「リーニェさん、それなんですか?」
後ろで2人がブフッ、と吹き出す。うるせぇ、ちゃんとした敬語ぐらい使えるわ。
「これ?あげる。私そろそろ2人を起こさないとだから、じゃあね。」
ルイの手元に残されたのは手書きのメモだった。
「何て書いてあるんだ?」
「ちょっと待て。いま読み上げるから。」
バノスがメモを取ろうとしてくるのを避ける。このメモが自分以外の手に渡るのはなんだか嫌だった。
一つ、騎士道精神を持つこと。もともとアクルテギルドは騎士育成のための組織で、今でもその名残が制服に残ってる。騎士道を学ぶ者としての自覚を持つこと。
一つ、冒険者階級の上下関係は絶対。あまり無礼な態度をとることがないように。場合によっては私も助けてあげられないよ。
一つ、商人とも業者とも、王国の許可証なしで取引をしないこと。ぼったくられちゃうよ。
一つ、アクルテギルドに所属する者は紋章を身に着けること。制服を着てれば気にしなくて良いけど、もし本部内で紋章を着けていなかったら不審者として扱われるよ。
階級について
階級は1級から4級までの4段階。
基準はプロスンデール王国内の全ギルド共通で、新人は一番下の4級から始まるよ。昇級試験は試験官に声をかければいつでも受けられるよ。完全に実力勝負だから頑張ってね。
役職について
アクルテギルドは総合ギルドだから
鍛冶職人、魔導士、剣士、コレクター、他にも様々な職があるよ。気になるのがあったら教えてね。その職業の人紹介してあげるよ。
アクルテギルド本部内
1階 受け付け、医務室
2階 武器の貸し出し、修理 無料だよ
3階 装備販売 市場で買うより安いよ
4階 仮眠室
5階 会議室
6階 これより上は幹部以外立入禁止
「なんだ。結構詳しく書いてくれてるんだな」
ここまで読んで、バノスが言った。
「ね、ちょっと意外」
キックもそれに頷く。
「意外ってなんだよ失礼だぞ?」
「いやいや、分かってるけど、今までルイが好きになった人は全員面倒くさがりだったろ?」
思い出されるあれやこれや。否定はできない、ってちょっと待て。
「俺あの人のこと好きってわけじゃねーし!」
「はいはい」「いつもそう言うんだよね」
「うるせぇ!早くクエスト行くぞ!!」
「待て待て!先に武器を借りなきゃ何も始まんねーぞ」
クエストの流れ
1.プロスンデール王立ギルド総合受付本部か、アクルテギルド本部に貼られてるクエストの中から選ぶ。王立の方は簡単で報酬が安くて、アクルテは難易度高いけど報酬が良いよ。
「あー…どれが良いんだー?」
リーニェのメモを手に持ち、アクルテギルドの掲示板の前で3人が首を捻る。
初回だし簡単なものにしようという発想は3人には無かった。若さゆえの無鉄砲さである。
「これなんかどうだ?」
バノスが指を指したのはクモグモの群れの討伐クエストだった。
「ルイが1回倒してるし良さそうだろ?」
「勘弁してくれよ、あんな臭いの。」
「じゃあ、これは?」
キックが選んだのはデベドの討伐クエストだった。
2.選んだクエストの紙を剥がしてカウンターに持っていく。クエストの詳しい内容、依頼者の名前、場所が教えられるから、そこでクエストを受けるか決めて手続きをする。手続きが終わったら紙を貰うから、必ずクエストに持っていく。
「デベドの討伐クエストですね」
受付の男が言う。左手には結婚指輪が光っている。
「デベドは豚のような見た目の魔物で何でも食べてしまうんです。それが農場で大量発生して困っているという依頼です。王都を出てリグネス山脈の方へ歩いたところに依頼者エミリさんの農場があります。」
男はそこまで言いきって、個人的なことですが、と続ける。
「正直、あまりおすすめしません。制服その新しい感じ、皆さん新人ですよね?他のギルドから移ってきたばかりで経験は積んでいる、というわけでは無いのなら危険です。王立ギルド総合受付の方のクエストをおすすめします。」
同年代の息子でもいるのだろう。心配そうな顔をして言う。3人は少し考えたが、沸き上がってくる自信を捨てることができなかった。
「いえ、これでお願いします。」
「…分かりました。」
男は手続きを終わらせ、ルイ達に紙を渡した。
表には依頼者の名前と似顔絵、裏には地図が描かれている。
「お気をつけて。」
「はぁ…」
「ギルドと冒険者はあくまで対等な関係。止めたくても止められないってのは辛いな。」
受付の男が俯いていると声が降ってきた。
「はっ、すみません!ご用件をお伺いします。」
目の前にいたのは、焦げ茶の髪に黒い目をした自分よりも若く、酒臭い男だった。
「シヴァー様!?」
「やめてくれ。俺は魔法学会じゃ誰もが知る有名人だが、ここじゃただの2級冒険者だ。」
「す、すみません。それで、ご用件は?」
「さっきの坊主達が向かった場所を教えてくれ。」
「へ?」
「経験不足から来る自信を捨てることすらできてない若造じゃ、デベドの討伐は荷が重いだろ?」
地図の通りに歩いて行けば、果樹園や野菜農園のある村にやって来た。
「遠くからわざわざありがとうございます」
村の門番に声をかけるとデベドの巣穴に案内された。案内される途中で見た、山々の間に畑が広がる風景はデベドに食い荒らされた跡が目立つせいで台無しだった。デベドを恐れて人も家から出ないため、閑散としている。
「この森をまっすぐ行った先にあります。」
「ありがとうございます。」
バノスが礼を言う。門番が続けた。
「皆、デベドのせいで脅えてしまい、祭りの準備もできないでおります。どうか、我々をお助けください。」
「俺たちに任せてください!」
「お気をつけて。」
門番に見送られ森を進むと、だんだんと暗くなってきた。木が光を遮っているせいだ。
「松明持ってくりゃ良かったな。」
「ああ、ここまで暗いとはな。」
「この先に本当に巣穴があんのか?全然見えねぇ。」
「あったとしても気付けるかどうか。昼とは思えないぜ。」
いつの間にか真っ暗な場所に来てしまっていた。じめっとした感じもする。
「ねえ、もしかしてさ」
キックが不安そうに言う。
「なんだ?」
「もう巣穴に入っちゃってたりして。」
3人に緊張が走る。確かに木が生い茂っているとはいえ、ここまで暗いのはおかしい。しかも、じめっとしている。まるで洞窟のように。
「一旦戻るぞ!…っ」
バノスが帰ろうと振り返ったとき、手遅れなことに気付く。既に囲まれていた。ざっと20匹いるだろうか。豚に似たデベドの真っ黒でごつごつとした皮膚は岩のようだ。荒い鼻息で一歩一歩こちらに迫ってくる。
「やるしかねえ!!」
ルイが先陣を切ってデベドを一匹切りつけるが、びくともしない。岩相手に剣を振っているようだ。
キックも矢を放つが、全て弾かれてしまう。
バノスが大楯を地面に突き刺し2人の背を守ってくれているが、それもいつまで持つか分からない。
「くそ!」
ルイはそれでも剣を振るうが、自分ではこの固い魔物を切ることができない、と嫌でも分かる。技量が足りないのだ。メモを渡された時のリーニェの手を思い出す。一目で熟練の剣士だと分かる豆だらけの手。あそこまで鍛練しなければ自分にはこの魔物を切ることはできない。
バキィ
剣を齧られた。
「剣食うとかマジかよ!?」
もしや、と振り返ればボロボロの大盾が目に入る。バノスの大盾はほとんど齧られてしまっていた。
「バノス!!」
「ルイ!余所見しないで!」
キックの声に、はっとした時にはもう遅かった。ルイの顔をめがけてデベドが大口を開けた。
食われるっ!!
ザバッ
ブギィィィ ィィ… ィ…
目の前の大口に矢が刺さった。デベドの悲鳴がこだまする。他のデベドはキックを警戒して後ずさる。
「こいつら、内側は弱いのか?」
喉に矢が刺さったデベドは即死したようだ。
「みたいだね。僕の矢が刺さった。」
「よし、作戦を思いついた。バノス、盾を貸してくれ。」
「構わないけど、もうボロボロだぜ?」
盾は既に細い棒のようになってしまっていた。バノスは途中から拳で抵抗していたようで、騎士服は破れ、手と腕は血だらけだった。
「ああ、丁度良い。バノスはそこで休んでろ。」
「はぁ、はぁ……やっと、着いた…きっつ、」
シヴァーは村の入口で座り込んだ。酒とタバコを愛するこの体は思っているよりも衰えていた。
「こりゃ、瞬間移動と疲労回復の魔法を早く開発しないとな。」
「あの、シヴァー様ですよね?この村に何か用事でも?」
門番が声をかける。
「ああ、さっきこれぐらいの若造が3人来なかったか?」
「ええ、魔物討伐のクエストを受けてくださった冒険者様達が来ましたが。」
「どこにいる?」
「先程巣穴にご案内しました。も、もしかして、山賊とかでした!?」
慌てる門番を制す。
「違う。俺と同じ、れっきとしたアクルテギルドの冒険者だ。あいつらに用があるだけだ。案内してくれ。」
「この先です。」
「ありがとさん。」
門番の手に銀貨を1枚握らせる。
「!!これは?」
「口止め料だ。俺がここに来たこと誰にも言うなよ。」
もてはやされるのは嫌いなんだ。
森を進めば、少しずつ暗くなっていく。
「夜みたいだな。lux」
火をともして気が付いた。ここが既に洞窟の入口だと。俺ですら直ぐに気付けなかったのだ。あいつらが気付けるわけ無い。今ごろ…
「ったく!」
コッコッコッコッ コッコッ… コッ…
洞窟の中を走る。木霊する足音を聞いても近づいてくる気配が無いのを見るに、デベドの興味は他のところに向いているらしい。
ガキィ ヒュパッ ブィィィ…
金属が削れる音、矢を射る音が聞こえてきた。まだ生きているとは。良い意味で期待を裏切ってくれた。
灯火を強くすれば、金属の破片でデベドを挑発する若造と、挑発に乗って口を開けたデベドに矢を命中させる若造が見えてきた。足元にはデベドの死体に寄っ掛かるようにして休む若造もいる。
デベドはもう数匹まで減っていた。なかなかやるな
俺に気づいたデベドが突進してくる。
「scintilla」
デベドの口に小さい炎を入れてやると飲み込んだ。
「Adolebitque eam」
ボアァ
飲み込まれた火種が爆発する。デベドは焼け死んだ。岩のような皮膚が溶けて光を放っている。生物の論理に反するからだろうか、このマグマ化は何度見ても違和感がある。
3人も俺に気づいたようだ。目を丸くしている。
意識がそれた隙をデベドは見逃さない。一人が背後を取られる。
「scintilla Adolebitque eam」
プギィェエ
「余所見すんな!自分達で頑張れ!」
デベドに盾の残骸を見せる。あの男が気になるが、今はそれどころではない。目の前で揺らせば、齧ろうとして2匹同時に飛びかかってきた。グワッと開く口は歯がほとんどない。固く黒い皮膚とピンク色の柔らかそうな口内はとてもアンバランスな印象を抱かせる。
ヒュパッ
一匹に矢が命中した。キックが次に矢を放つまで3秒ほどある。
ガキィ
もう片方には剣を咥えさせて時間を稼ぐ。剣はもうほとんど齧られてしまった。デベドと押し合いを続ける腕が痛い。血が垂れる感覚が気持ち悪い。
「うおあああ!!」
剣が手から滑り落ちる直前、キックが弓を引いた。
ビィィィィ ィィィ… ィィ…
最後の一匹が死んだ。
キックとバノスと目が合って笑い合う。よかった、生きてる。そう実感すると全身からが抜けてしまった。右手に握った大盾の破片は小指ほどになっていた。大の字で寝転がる。酷使した腕も、踏ん張った足も、全てが痛む。アドレナリンが切れたみたいだ。
「おつかれさん。よくやったな。」
茶髪の頭が覗いてきたが、暗くてよく見えない。
「リーニェさん…?」
「あの剣士さんじゃないよ」
目を凝らすと、話しかけてきたのはデベドを焼き殺していた魔法使いだった。がっかりだ。
「おいおい、あからさまにがっかりされると傷ついちゃうよ…まぁいいや。まさか討伐しちゃうとはね。まったく、駆けつけた意味が全然なーい!もうちょっとピンチになってくれたら俺も報われたんだけどなぁ。酒とタバコにどっぷり浸かった体じゃね、走るのも一苦労なのよ?もうちょっとゆっくり歩いて
べらべらとしゃべるこの男が鬱陶しい。こっちは疲れてるんだ。ゆっくりさせてくれ。
「こらこら、寝るんじゃない。」
目を瞑ろうとすると頬を叩かれる。
「あの、」
バノスが戸惑ったように口を開く。
「ん?なぁに?」
男がヘラリとして返す。
「どちら様でしょうか?」
「俺?この俺を知らないとは、君たち相当田舎から来たね。」
バチッとウィンクを決める姿が様になっているのがムカつく。生まれ育ったところを馬鹿にされたこともムカつく。
「うるせぇよ。で?なんて言うんだよ。」
「えぇー??教えなーい! あっぶな!」
ついつい蹴りが出たのは許してほしい。
3.クエストを終わらせたらさっき貰った紙に依頼者のサインを貰う。
村に戻り、依頼者である村長の家に行けば豪華すぎる夕食でもてなされた。村では夕食は皆で食べる風習があるらしい。朝から何も食べていないからとても嬉しかったが、一番何もしていないシヴァーが一番調子に乗っていたのが気に食わない。顔は良いから村の娘を独り占めしていた。鼻の下を伸ばしてのはバノスとキックも全員知ってるぞ。
村長の家に一泊してからサインをもらい、早朝に出発した。
4.クエストの手続きをしたところで報酬を貰う。依頼者のサインがないと貰えないよ。
「ご無事で何よりです。」
受付の男は安堵した表情を浮かべる。
「クエストの完了を確認しました。こちらが報酬になります。」
アクルテギルドの受付で両手に収まるぐらいの袋を貰う。中はすべて銅貨だった。3日ぐらいは問題なく暮らせるだろう。
「こいつら俺がいなくても大丈夫そうだったよ。まったく、駆け付け損だよなぁ。」
「あはは。たまには運動したほうがいいってことで。」
「おつかれさまー♪」「久しぶり。」
振り返るとリーニェ達がいた。エミルは相変わらずしかめっ面をしている。全員討伐した魔物の死体を抱えている。なるほど、これが気に入らないのか。重そうだしな。
「皆さんどうして魔物を抱えているんですか?」
バノスが聞く。くそ、先を越された。俺がリーニェさんに聞きたかった!
「あれ、メモに書いてない?」
「「「え」」」
気を付けること
魔法は魔導士以外使わないこと。魔力を持たない人間が魔法を使うと、生命力が魔力に変換されるからね。
クエストで討伐した魔物はなるべく持ち帰ると良いよ。素材として売れるからね。
一番下に書かれていた。
「あの、デベドって1匹いくらになりますか?」
シヴァーが恐る恐る受付の男に聞く。頼む、安くあってくれ。
「損傷状態によりますが、1匹あたり銀貨1枚ぐらいが相場ですね。」
銀貨1枚ぐらいということは銅貨10枚。それが20匹だから、合わせて銅貨200枚…
「うわぁぁぁぁ」「くそったれ!」「チッ」
三者三様の悲鳴が響く。
「はは、忘れたんだ」「あらら、哀れだねぇ」
リーニェとイーシスが面白そうに言う。
「でも、シヴァーさん確か3人に着いていらっしゃたんですよね?教えてあげたらよかったじゃないですか。」
「いやいや、イーシスちゃん。こいつら俺がいなくても問題なくってさ、おかげで心配損だよ。ムカついたから教える気にならなかったんだよね。」
「なるほど。子供っぽくて良いと思います。」
メモの内容
一つ、騎士道精神を持つこと。もともとアクルテギルドは騎士育成のための組織で、今でもその名残が制服に残ってる。騎士道を学ぶ者としての自覚を持つこと。
一つ、冒険者階級の上下関係は絶対。あまり無礼な態度をとることがないように。場合によっては私も助けてあげられないよ。
一つ、商人とも業者とも、王国の許可証なしで取引をしないこと。ぼったくられちゃうよ。
一つ、アクルテギルドに所属する者は紋章を身に着けること。制服を着てれば気にしなくて良いけど、もし本部内で紋章を着けていなかったら不審者として扱われるよ。
階級について
階級は1級から4級までの4段階。
基準はプロスンデール王国内の全ギルド共通で、新人は一番下の4級から始まるよ。昇級試験は試験官に声をかければいつでも受けられるよ。完全に実力勝負だから頑張ってね。
役職について
アクルテギルドは総合ギルドだから
鍛冶職人、魔導士、剣士、コレクター、他にも様々な職があるよ。気になるのがあったら教えてね。その職業の人紹介してあげるよ。
アクルテギルド本部内
1階 受け付け、医務室
2階 武器の貸し出し、修理 無料だよ
3階 装備販売 市場で買うより安いよ
4階 仮眠室
5階 会議室
6階 これより上は幹部以外立入禁止
クエストの流れ
1.プロスンデール王立ギルド総合受付本部か、アクルテギルド本部に貼られてるクエストの中から選ぶ。王立ギルドの方は簡単で報酬が安くて、アクルテギルドは難易度高いけど報酬が良いよ。
2.選んだクエストの紙を剥がしてカウンターに持っていく。クエストの詳しい内容、依頼者の名前、場所が教えられるから、そこでクエストを受けるか決めて手続きをする。手続きが終わったら紙を貰うから、必ずクエストに持っていく。
3.クエストを終わらせたらさっき貰った紙に依頼者のサインを貰う。
4.クエストの手続きをしたところで報酬を貰う。依頼者のサインがないと貰えないよ。
気を付けること
魔法は魔導士以外使わない。魔力を持たない人間が魔法を使うと、生命力が魔力に変換されるからね。
クエストで討伐した魔物はなるべく持ち帰ると良いよ。素材として売れるからね。
ルイ・イレン
16歳、167cm、黄色の髪、橙色の目、剣士、4級冒険者
バノス・イル
17歳、188cm、紅の髪、ワイン色の目、タンク、4級冒険者
キック・アメケス
16歳、166cm、青い髪、黒い目、弓士、4級冒険者
シヴァー・ユリック
30歳、178cm、焦げ茶の髪、黒い目、魔導士、2級冒険者
リーニェ・ブライス
19歳、160cm、茶色の髪、ピンクの目、剣士、2級冒険者
イーシス・ケシル
21歳、162cm、澄んだ青緑の髪、青色の目、指揮官・採取、2級冒険者
エミル・ワイズ
18歳、158cm、白銀の髪、黒い目、魔導士、2級冒険者