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【アップ】男山教会2022年11月6日礼拝説教

初めまして、天川裕司です。

ここではシリーズでやってます『夢時代』と『思記』の原稿を投稿して居ります。

また、YouTubeドラマ用に仕上げたシナリオ等も別枠で投稿して行きます。

どうぞよろしくお願い致します。

少しでも楽しんで頂き、読んだ方の心の糧になれば幸いです。

サクッと読める幻想小説です(^^♪

お暇な時にでもぜひどうぞ♬


【アメーバブログ】

https://blog.ameba.jp/ucs/top.do


【男山教会ホームページ】

https://otokoyamakyoukai.jimdofree.com/


【YouTube】(不思議のパルプンテ)

https://www.youtube.com/@user-vh3fk4nl7i/videos


【ノート】

https://note.com/unique_panda3782


【カクヨム】

https://kakuyomu.jp/my/works


【YouTubeドラマにつきまして】

無課金でやっておりますので、これで精一杯…と言うところもあり、

お見苦しい点はすみません。 なので音声も無しです(BGMのみ)。

基本的に【ライトノベル感覚のイメージストーリー】です。

創造力・空想力・独創力を思いっきり働かせて見て頂けると嬉しいです(^^♪

出来れば心の声で聴いて頂けると幸いです♬

でもこの条件から出来るだけ面白く工夫してみようと思ってますので、

どうぞよろしくお願いします(^^♪




【本日のメッセージ】

https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=vbQQsQPm3sE&feature=youtu.be


【ブログ】

https://ameblo.jp/yujiteiou/entry-12773800742.html

(ブログを見てくださると聖書と歌詞も閲覧できます)



前奏

招詞 イザヤ書63章15,16節

詩 編 歌 130番(1節)

開 会 祈祷

主 の 祈り

十戒・祈祷

子ども説教

子どもと親のカテキズム問8

「生きたまことの神さま」

こどもさんびか

みんなでたたえましょう[改8(1節)]

牧 会 祈祷

讃 美 歌 354番(1,2節)

聖書

使徒言行録14章21~28節(新P242)

詩編119編65~72節(旧P962)

説教

「帰り道において~長老の任命と祈り」

宮武輝彦祈 祷

讃 美 歌 354番(3,4節)

使 徒 信条

感謝のささげもの・祈祷

頌 栄  539番

祝 祷

執り成しの祈祷

報 告



讃美歌~♪


2022年11月6日 礼拝説教 中心聖句


また、弟子たちのため教会ごとに長老たちを任命し、断食して祈り、彼らを信ずる主に任せた。     

使徒言行録14章23節


あなたは善なる方、すべてを善とする方。あなたの掟を教えてください。傲慢な者は偽りの薬を塗ろうとしますが、わたしは心を尽くしてあなたの命令を守ります。

詩編119編68,69節


はじめに

宣教開始50年と教会設立35年を恵みによって回顧し将来を望みたい。

「二人はこの町で福音を告げ知らせ、多くの人を弟子にしてから、リストラ、イコニオン、(ピシディア州の)アンティオキアへと引き返しながら、」とは、シリア州のアンティオキアへ戻る帰り道における行動。「多くの人を弟子にして」とは、「多くを教えながら」とも訳される。主イエスご自身「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい」(マタイ28章19節)と命じられた。「教える」とは、御言葉によって、主イエスに従う者とすること。弟子とする、とは、教会訓練のもとの言葉。教会エクレシアは初めから、御言葉によって、教えられ、訓練され、励まされる、「主の群れ(コングリゲーション)」。「はっきり言っておく。わたしは羊の門である」「わたしは良い羊飼いである。良い羊飼いは羊のために命を捨てる」(ヨハネ10章14節)と主イエスは、自ら、その身代わりの命を十字架の上にささげられ、ご自身の贖われた群れの「門」「良い羊飼い」として、御言葉と聖霊によって、一人一人を、偽りの教えとその結果、影響から、固く守り、養い、ご自身のもとへと導いておられる。

「弟子たち[の魂、心、自身]を力づけ、『わたしたちが神の国に入るには、多くの苦しみを経なくてはならない』と言って、信仰に踏みとどまるように励ました」とは、第一に、弟子たちの最も大切な心(霊性)を、固く真理の土台の上に立つように仕向けること。第二に、福音信仰に絶えずとどまるように励ますこと、第三に、罪赦されて、救われ、聖き御国に凱旋するその日まで、多くの苦難の中で忍耐し、再び主の来られる日に準備すること、を教える。「信仰にしっかり踏みとどまって、悪魔に抵抗しなさい。あなたがたと信仰を同じくする兄弟たちも、この世で同じ苦しみに遭っている」「それはあなたがたも知っているとおり」(ペトロ一5章9節)。「つまり、あながたには、キリストを信じることだけでなく、キリストのために苦しむことも、恵みとして与えられている」(フィリピ1章29節)。「肉の父はしばらくの間、自分の思うままに鍛えてくれましたが、霊の父はわたしたちの益となるように、御自分の神聖にあずからせる目的でわたしたちを鍛えられる」(ヘブライ12章10節)。「だから、わたしたちは落胆しません。たとえわたしたちの『外なる人』は衰えていくとしても、わたしたちの『内なる人』は日々新たにされてい」(コリント二4章16節)く。恵みによって与えられている信仰と苦難の中で、日々霊的鍛錬を共にしていく。

「また、弟子たちのため教会ごとに長老たちを任命し、断食して祈り、彼らを信ずる主に任せた」とは、第一に、各地の教会において長老たちを選任し、群れを治める監督者とすること、第二に、教会と共に、教会のために、謙虚に祈ること、第三に、たとえ、弱く、幼く、未熟な、教会であっても、主イエスの聖なる配慮と守りに委ねること。永遠の御言葉と聖霊による霊的訓練の基本は、いずれの教会でも同じ。

おわりに

「傲慢な者は偽りの薬を塗ろう」と、うわべだけ、みせかけだけの、善行と成長を求める。かえって、復活の主と御言葉に立つ教会を信じ、完全に善なる方が、すべてを善に変え、善としてくださることを信じて、ただ神の栄光を現したい。



(Mynote)


二〇二二年一一月六日(日曜日)、今日も自宅礼拝を守らせて頂いた。この環境が与えられて居る事を神様に感謝する。

(子供礼拝)

『子供と親のカテキズム 問八』

「生きた誠の神様」

問「聖書が語っている誠の神様はどのような方ですか」

「目には見えない霊なる方で、『あなた』と呼んで、お話しできる神様です。この神様は、永遠で、変わりなく、いつでもどこでも居て下さる、ただ一人の生きた誠の神様です。」

アブラハムと神様との語りを引用されて居た。ロトの時の話である。街を滅ぼすか否か。一人でも神様を信じる信仰に生きる者が居ればその街を滅ぼさない…その様に神様が言われた時の事。アブラハムの様に常に諦めず、純粋に神様に祈る願う事。寄り添う事。

(公同礼拝)

『使徒行伝』(第一四章二一〜二八節)

『詩篇』(第一一九篇六五〜七二節)

説教題『帰り道において〜長老の任命と祈り』

宮武先生

我々は霊的な共同体。教会での兄弟姉妹始め、世界中の兄弟姉妹まで。市川先生と横田先生を五〇周年記念の礼拝に教会にお呼びし、兄弟姉妹共にそのメッセージと恵みに与る事が出来たのは本当に喜びの事。

横田先生の登山の話を引用。登山する時には得てして、もう到着したと思ったその場所が果して頂上ではなく、目的地の頂上はもう少し向こうだった…向こうに見える別の山だった…と言う事がよくある。

クリスチャンは譬え暗い道でも、常に神様と共に居る事により道が示され、光の中へと歩いて行ける。兄弟姉妹と共に山道でも登って行ける。教会にも夫々の歩みがある。

一つの帰り道。アンテオケに帰って行くその途上。ただアンテオケに帰るのではなく、そこから福音宣教の道が始まった。各地の教会や人々の所へ行き、そこで福音が宣べ伝えられた。帰り道での目的地はアンテオケが終点ではなく、更にもっと別の場所に在った。そして福音宣教をする上で、多くの弟子達も増えた。ルステラ、イコニオム、アンテオケ等を始め、そこで弟子達を儲け、福音宣教は相乗効果の形で、人の口から心へと伝えられて行く。

更にパウロとバルナバは各教会を巡り歩き、そこで教会で過ごす彼らの為に長老を任命し、断食をして祈り、彼らをその信じて居る主に委ねた。

横田先生はもう牧師を引退されたが、それからも各教会を巡り歩き、そこで神様の為に、兄弟姉妹の為に働かれて居る。信仰に於けるゴールは人が自分で決める事は出来ない。神様が用意された物事を全て承ける事で成就する。そして兄弟姉妹と神様との間には、常に祈り願いがある。牧師も兄弟姉妹(人の群れ)の一人。

人の世界に、イエス・キリスト以上の方は何処にも居ない。パウロとバルナバは何も特別な事をして居た訳じゃない。使徒として、当然の事をして行った迄。キリストに与えられた任務・仕事を、一つ一つ、当たり前にして行くだけの事。これは現代のクリスチャンにも同じく言える事。今ではオンラインなど遠隔から挨拶したり励まし合ったり出来るが、やはり実際に会う事により互いに触れ合う事が出来、更に慰め合える。大事な事は、人同士が全面的に、本気で互いに愛し合う事。

「弟子達を力づけ…」(『使徒行伝』第一四章二二節)と言う箇所は、原本では「弟子達のたましいを力づけ…」と成って居る。ここは意訳されて居る様だが、意訳しない方が良かった。「魂を」という言葉は信仰を守る心・信仰に従う心を示すに於いてとても重要な言葉。だから省略すべきではない。

人間は誰でも苦難に遭った時に自分の信仰を見詰め直し、真面目に、本気で、神様と人生に向き合う様に成る。これが信仰に於ける成長と成る。この信仰の成長を思う上、神様への祈りと向き合いが、一時的のものであっては成らない。また教会での兄弟姉妹の在り方も、教会の外でも同じ様にその関係を待ち合わねば成らない。「日曜だけクリスチャン」(中川健一牧師曰く)では成らない。「教会に居る時だけクリスチャン」では成らない。「暮らし時の神頼みの時だけクリスチャン」では成らないのである。

我々の人生は一寸先が分からない。だから人は神様の御前で、いつも信仰に於いて目を覚まし、神様に対して恥ずかしくない人で在る様に整えなければ成らない。神様の国(天国)へ凱旋出来る様に、それに繋がる様に信仰に於いて自分を研ぎ澄ませ、成長する必要がある。苦難も、神様が夫々の人に与えられた恵みである。これに多くの人々は躓く。その人間の主観や常識等を超える神様の恵みを得なければ成らない。そう成れるよう本気で祈り願う必要がある。

全ての事は神様がご用意されて居る。「あの人はこうだ、どうだ」と言ってよく人は他人は非難するが、その相手の事を全て知らない人ばかりだ。その相手の心の中を知らない。その相手の過去の全てを知らない。その相手の今の全ても未来も知らない。何故その人がそこに居るのかも分からない(これに就いて言えば、自分がそこに存在した理由も人には分かって居ない)。その相手のどれだけを知って居るのか?神様はその人の全てをご存知である。その人が知らない事までをご存知である。その人の隅々までをご存知である。その神様が、夫々の人に必要なものを用意され、信仰に生かされる上で、夫々の人は与えられたルートを通って信仰に於いて成長して行く。

教会の人々でも、群れで居ながら一人である。これは街中でも同じく、人は群れで在りながら一人であり、これはずっと部屋内に居て街に出ない者にも、他人が存在し、人類が一つの(生物界に於いて)団体・群れである以上同じ事が言える。

「偽りの薬」とは、表面的に見た所だけで(表面的に見た時点だけで)「治した」と言う薬の事。神様は全ての人の強い所・弱い所をご存知である。その人の心の病ももちろん全てご存知である。神様こそが、全ての人にとってそれ以上無い医者、癒しの源である。人は見たところ・聞いたところで物事を判断しようとする。しかし人には全てを見通せす、分かり得ない。だからこそ信仰に寄り頼み、神様に本気で向き合い、会話し対話し、心を尽して祈り願う事が至高の大事。


【日本キリスト改革派 男山教会】

https://otokoyamakyoukai.jimdofree.com/


【最寄りの教会検索用】

https://www.rcj.gr.jp/



Table Caffe〜


榎本保郎牧師 ミニ説教1 「まず第一にしなければならないこと」

https://www.youtube.com/watch?v=q0lc_w0zV-I&t=1s


「このキリストのうちに、知恵と知識との宝がすべて隠されているのです。」

https://www.youtube.com/watch?v=nfQPrZUPbn0


星野富弘さん「特集 詩画作家・星野富弘 ②」

https://www.youtube.com/watch?v=E2x2A4S87Vo


使徒の働き(61)―ベレアでの伝道― 使徒17:10~15

https://www.youtube.com/watch?v=FkenCcHvxKg


不思議のパルプンテ

https://www.youtube.com/@不思議のパルプンテ/videos

(お暇な時にぜひどうぞ)

少しでも楽しんで頂き、読んだ方の心の糧になれば幸いです。

サクッと読める幻想小説です(^^♪

お暇な時にでもぜひどうぞ♬

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