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悪役令嬢は隠しごとが下手すぎる!〜氷の公爵子息と呼ばれる俺を欺けると思ったのか!?〜

作者: 枝久

 人生とは……退屈なものだ。



 『持つ者』と『持たざる者』……世界をこの二つに乱暴に分けるとしたら、俺は前者だ。


 貴族社会の公爵家に、嫡男として生まれ落ちた瞬間から、俺の人生の道筋(レール)は決定。

着る物も、食べる物も、学ぶ物も、付き合う者も何もかも……そこに選択の自由はない。

 

 何においても器用にそつなくこなせた俺は、勉学も経営学も鍛錬も……苦労と感じたことはない。


 そう……淡々と、ただこなすのみ。

逆に、同じ学舎(まなびや)に通う他の者達……なぜ俺と同じように出来ないのか?

……そちらの方が不思議だった。



 生まれながらにして何でも持っている……ということは、同時に、泥臭く這い上がって手に入れる喜びも、血の滲むような努力を積んで勝ち取る栄光も、けして味わうことができない。

……空虚な人生だ……それが、贅沢な悩みなのも分かる。

だが、悩みは他人には分からない……だから悩むのだ。



 俺の婚約者もまた、『決められた者』だ。

侯爵家の嫡女(ちゃくじょ)、ミナーシュ……五歳で将来の伴侶(はんりょ)になる相手だと言って引き合わされた。

(ちまた)では『美しいお人形さん』と呼ばれているそう……確かに、その形容はよく似合う。


 政略結婚は家の為、国の為には当然。

別に(あらが)うつもりも、その必要もない。

ミナーシュのことは……別に嫌いではないからだ。


 彼女は現在、俺と同い年の16歳。

切れ長の大きな碧眼、真紅の唇、絹のようなカナリヤ色の長髪、陶器のような肌、すらりとした背丈に細身の体躯……だが、バストは大きい……なかなか大きい。

とても美しい女性へと成長している。


 彼女の容姿に不満を言おうものなら、国中の女性を敵に回すだろう。

そして所作も淑女の手本というべき、上品さ。

非のうちどころのないご令嬢だ。


 彼女は婚約者だが……恋人というより友人のが感覚としては近いだろう。

甘い言葉を吐くことも、仲睦まじく肩を寄せ合うこともない。

きっとミナーシュも同じ様に考えているはず……互いが『ちょうど良い相手』なのだ。

俺達は似た者同士だから……。



 週に一度は学内で昼食を共にし、月に一度は侯爵家の茶会に招かれた。


 会話の内容といえば、政治、経済、領地統制と今食べている物の話。その程度。

当たり障りのない会話の応酬だが、それも別に嫌なわけではなかった。


 時折、他の令嬢共が浅はかに、婚約者の座を狙いに来ることもあったが、ミナーシュがありながら他の者に手出しするほど、俺は愚かな浮気者ではない。

……まあ、どいつもこいつも阿婆擦(あばず)れで下衆(げす)な女ばかりだったから、口をきく価値もなかったがな。

中身も外見も(みにく)い醜い……。


 まぁ、言い方を悪くすれば……『俺の婚約者はミナーシュでいい』……そう思っていた……あの日までは……。



◇◇◇◇



「何? ミナーシュが?」

「えぇ、ユイザード様。何でも一昨日、お屋敷で倒れられて、そのままベッドで伏せっておられるとか……。」

「そうか、それで今日も休みか……。」

教室で自席に着くなり、そっと従者のソリュが耳打ちしてきた。


 ソリュの言葉で、ふとミナーシュの顔を思い返す。

完璧なまでに健康管理をされている侯爵令嬢だ。

具合を悪くしたなど出会って11年、未だかつてなかったこと……。


「帰りに見舞いに行くと連絡しておいてくれ。」

「はっ!」

従者を下がらせると同時に、講師が教室に入ってきた。



◇◇◇◇



 毎月の茶会で、もうすっかり通い慣れた侯爵家。

馬車を降り、侯爵婦人……ミナーシュの母君と挨拶を交わす。


「も、申し訳ありません。娘は……なんだか、その、随分と混乱しているようでして……ユイザード様に、もしもご無礼があったら……。」

「いえ、構いません。熱で浮かされれば、戯言(たわごと)など誰しもの口から出て当然。」

「あっ、えっ、いえ……ね、熱は無いのですが……。」

「??」

何とも歯切れの悪い物言い……いつもの毅然とした婦人とは様子が違うな、珍しい。



 (いぶか)りながらも、俺とソリュは彼女の自室へ顔見知りの執事長によって案内された。


コンコン!


「お嬢様、ユイザード様とソリュ様がお見えでございます。」

「ええっ!? はっ、はひぃぃぃぃぃぃっ!」

なんだか、随分……間抜けな声だな。

どうした、ミナーシュ?


ガチャ!


 室内に入ると、天蓋付きの豪華なベッドで、布団を顔に掛けた彼女の姿が見えた。


ぎしっ……


「ミナーシュ……。」

そっと近づき、ベッドに腰掛け、名前を呼んだ。


 未婚のレディの部屋でなんと不作法な……と、言われても特に気にはしない……というか、この場で俺を(たしな)められる立場の者は、誰もいない。


 我が公爵家の方が、ミナーシュの侯爵家よりも爵位は上だ。

皇族の下、国内の貴族の中では一番上。

学内で俺に物言えるのは、第一王子と宰相(さいしょう)子息の二人だけ。

一番、俺に向かって恐れず何でも言ってくるのは、従者のソリュくらいだ。


「具合が悪いと聞いたが……大丈夫か?」

「!!」

俺の言葉で布団越しに彼女の身体がびくっと動く。

そぉっと、頭にかかっていた布団をずらし、彼女の瞳がこちらを向いた。


「イ……。」

「……い?」

「イ、イケメン! 氷の公爵子息! 攻略対象! 尊い! いやぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「??」


いきなり、ミナーシュが怒涛の勢いで単語の羅列と悲鳴を上げる!!

な……なんなんだ一体!?


「お、おい、どうしたんだ?」

「はうぅっ……声まで! あぁ、耳が喜んでいるわ……あっ、じゃ、じゃなくって、あのその……。」

慌てふためく彼女……こんなミナーシュは見たことがない!


「ユ、ユイザード様!! わ、私……な、何でもありませんわ!!」


・・・・・


いやいやいや、何でもないことないだろ!?

『お前誰だ!』と、言ってやりたいくらいに、もう別人の様な振る舞いと言葉遣いだぞ?


 布団を抱きかかえて鼻まで隠し、涙目でぷるぷると震える……小動物か?


・・・・・


なんだ……これ?

この、可愛い生き物は……?


どくんっ!


俺の中で、不思議な感覚が湧き上がる!


???


何だ? 心臓が……跳ねた?

「……。」


ばさっ!!


俺は思わず、手を伸ばし、彼女の布団を無遠慮に剥ぎ取った!


「ユイザード様?」

ソリュが意外そうに声を出した。


 抱えていた布団をいきなり奪われたミナーシュは、口をぱくぱくと魚のように動かし、半泣きな真っ赤な顔で俺のことを見つめる。


『可愛い。』


『……もっと見たい。』


ふいに、口の端が吊り上がるように歪む。

はっ! いかん、いかん。

いつも通りの調子の『俺』でいかねば……。


「ごほんっ! ミナーシュ……何があったんだ?」

「あ……え……お、私……滑って転び、頭を打ちまして……寝込みました。……こ、こんな私ではユイザード様には相応しくないので……こ、こ、こ、こ、婚約解消をして頂けないでしょうか!!」


がばっ!!


勢いよく、彼女が頭を下げた!!


・・・・・


はぁ? 

婚約解消!?

転んで、寝込んで、相応しくないから??

そんな不当な理由でできると思っているのか??


……それとも、俺は何かミナーシュに嫌われるような事をしたのか?

身に覚えがないんだが……たぶん。


「却下。」

「えぇぇぇぇぇぇぇっ!!??」


驚くなよ、むしろ、通じると思ったのか?

無理だろう。

貴族の御家(おいえ)同士の約束を、そんなあっさり切れるわけないだろうが……。


怪しい……何を考えているんだ、ミナーシュ?


『暴きたい。』


どくんっ!


また、俺の中で何かが(うず)く!


「……。」

そっと手を伸ばし頬に触れると、ミナーシュがびくっと身体を揺すり、真っ赤な顔をパッと、横に背けた。


『こっち見ろよ。』


 滑らかな頬を触っていた指をゆっくりと下げ、形の良い顎を掴まえ、くいっと俺の方を向かせる!


 大きなブルーの瞳は涙を(たた)えて潤み、頬は紅潮し、ふるふると震える艶やかな唇は、吸い込まれそうな魔性の……。


ちゅっ。


「ユイザード様!」

ソリュの大きな声ではっと我に帰った!


 目の前には美しいミナーシュの顔……驚きでさらに瞳が大きく開かれている。


 無意識に引き寄せられた俺は……ミナーシュの柔らかな唇に自分の唇を重ねてしまったのだ!!


・・・・・


や、やってしまったぁぁぁ!

婚姻前に手を出してしまったぁぁぁっ!!


 先程よりもさらにもう一段階、真っ赤になった顔のミナーシュが声を上げる!


「ユ、ユ、ユイザード様とキ、キ、キ、キス〜!? マジ死ねるっ……!!」

「いや、死ぬなよ!!」


・・・・・


えっ!? 

気持ち悪くて死ぬとかって意味じゃないよな?

それは精神的なダメージが……。

婚約解消したいって……本気のやつなのか??


ぐいっ!


その時、制服の襟首を思い切り後ろから引っ張られ、一瞬、息が止まる! ぐえっ!!


「何やらかしてんですか!!」

ソリュが怒りのヒソヒソ声を俺にぶつける!

うるせぇな。

俺だって、するつもりなかったんだよ……ミナーシュがあまりにも魅力的過ぎるから……。

そうだよ、可愛すぎるミナーシュが悪い!


乱雑な従者から、ちらっと目の前の彼女に視線を戻す。


「た、たしか、ヒロインとのイベントが中庭で……あのスチルは本当に美麗だったわ……。」

……なんか、ブツブツと独り言を言っているな。


・・・・・


おい、本当にお前どうした?

頭をぶつけておかしくなったのか??


「ユ、ユイザード様! お、お願いがあります! あ、明日のお昼休みに学園の噴水前に来て下さい!!」

「……噴水前で……何をするんだ?」

「えっ!? えっと……な、何もしませんよ?

そのぉ……と、とにかくいらっしゃってくださいぃっ!!」

しどろもどろに言葉を濁し、明らかに目が泳いでる……思い切り何か隠してるが……嘘が下手くそだな、ミナーシュ。


こんな怪しい誘いに俺が乗ってくると本気で思っているのだろうか……?



◇◇◇◇



 侯爵家からの帰り道中、馬車の中で不機嫌顔の従者ソリュが口を開く。


「ユイザード様……ミナーシュ様の胸ばっか見てるのバレたから嫌われたんじゃないっすか?」

「なっ!?」

ちらちら盗み見ていたのが、バレていたのか?

やべっ!

しょうがねぇだろ!? 年頃なんだよ、俺だって!

本当は……そこら辺にいる一般男子とそんなに変わらないのよ、俺。


「『氷の貴公子』とかいい感じに周りから言われてるけど……ユイザード様って……顔は超いいけど、ただの無気力なおぼっちゃまなだけだからなぁ……。いい格好しいなだけじゃん。」

「……うるせぇな。」

思ったことをズバズバ言いやがって……全部、ザシュザシュッと心に突き刺さるんだけど?

従者ソリュだけは俺の本性を知っている。


 そう、俺は……めんどくさがりなだけだ。


 序章でちょっとかっこいい感じに語ってどうもすいません!


 何に対してもだいたい無関心。

愛想(あいそ)なく、ぼーっとしてたら、周りが俺を『笑わない貴公子』『氷結の公爵子息』とかなんとか勝手に呼んでいた。


 それを否定もせず、放っておいた結果、噂だけが独り歩きしてしまった……。


 婚約者のミナーシュのことだって……好きかどうか聞かれたら……『嫌いじゃない』って言うのが、本当の気持ちだった……今日までは……。



◇◇◇◇



ザァァァァァァッ!


 約束の時間、中庭の噴水前……がよく見える植え込みの陰にしゃがむミナーシュの姿。

侯爵令嬢にあるまじき行動! 

……今までではありえないだろう。


 そして、彼女の様子を少し離れた背後から見つめる俺とソリュ。

「ミナーシュ様……なぁ〜にをなさってんでしょうねぇ?」

ソリュが不思議そうに呟く。


ミナーシュ……お前、何が目的だ? 


 彼女がそわそわと動き出し、キョロキョロ……あぁ、俺を探しているな。


ん? 噴水前に誰かいる? 


・・・・・


さては……誰かと俺を会わせようとしてたのか?


『婚約解消』ってことは……俺を誰かに充てがうつもりか? 

公爵令息の、この俺を?

捨てるつもりなのか、ミナーシュ??


ぐぁっと、胸の内側で黒い感情が生まれる!!


・・・・・


こんな気持ち……俺は知らない!


ざっ!


「おい、ミナーシュ。」

「ひぃぃぃぃっ! ユ、ユ、ユ、ユイザード様!? な、なぜに後ろから??」

俺の呼び掛けで、ミナーシュは震え上がる。


「『噴水前に来てください』と言ったのはお前だろう?」

「こ、ここは噴水前というより、植え込み(そば)と言いますか……。」


「そこに、どなたかいらっしゃるの?」

「「「!!??」」」


 ミナーシュの騒ぎ声で、噴水前にいた人物がこちらに声を掛けてきた。


「わ、わ、わ、私は用事を思い出しましたので、後は若いお二人でぇぇっ!!」

「えっ? ミナーシュ! おいこら、ちょっと待て!」

俺の制止を振り切り、一目散に令嬢が駆け出した……くそ、足速ぇな!


「追いますか?」

「あぁ……。」

ソリュの言葉に相槌を返すのと同時に、先程の声の主も言葉を発した。


「ご機嫌よう……ユイザード様。……ちょっと失礼致しますわ。」

「ん? あぁ……ん?」

目の前の少女もひらりとお辞儀をしたと同時に、猛スピードで駆け出した!!


・・・・・


はぁ?

昨今の令嬢は走るのが流行りなのか!?


 しかし……二人は知り合いなのか?

たしか、あれは……最近、編入してきた女生徒……男爵家と養子縁組した平民出身の……侯爵令嬢のミナーシュとは接点がないはず。


そして……なんで俺の名前を知っている?


「ほら、ぼさっとしてないで追いますよ?」

「あ、あぁ。」

だんだん従者が俺の扱いを雑にしてきている気がする……。




タタタタタタタッ! ザァッ!!


「はぁ……はぁ……はぁ……ようやく追いついた、ん?」

視線の先、ミナーシュと先程の男爵令嬢が……何やら言い合いか?


青ざめているミナーシュの頬に……。

なっ!? 

男爵令嬢がキスした、だと!?


・・・・・


「なっ!? 何だ!? あいつ!! 俺のミナーシュに!!」

「男の嫉妬は醜いですよ? もっと自信持っていきましょうよ、一応はまだ婚約者なんですから、堂々と。」

「まだじゃない! ずっとだ!」


あの男爵令嬢は何なんだ? ライバル??

くそっ! 

分からないことが多すぎる!


「昨日、今日と顔が百面相で面白いですよ、ユイザード様。」

ニコニコ笑う従者が俺の神経を逆撫でする。

ちっ、この野郎!


「ソリュ! 速攻であいつを調べろ!」

「御意。」



◇◇◇◇



「ユイザード様のご命令通り調べましたよ、速攻。あの男爵令嬢はちょっと……いや、かなり変わり者というか……編入当初『俺は男だ!』とか叫んでいたという目撃証言があります。」

「何だそりゃ?」

「他にも、『俺がヒロイン転生とか、マジありえねぇ!』とか、『悪役令嬢は俺が救う!』とか意味不明な言動を繰り返しているとか……。」

「要するに、危険人物か……なるべくミナーシュとは近づかせないようにしないとな……。」


 ふうっと溜息を吐いてから、ソリュの淹れた紅茶をゆっくりと啜った。

俺の顔を覗き込み、従者はにこりと笑う。


「最近のユイザード様は、口を開けばミナーシュ様のことばっかりですね。」

「なっ!?」


ガチャン!


ソリュの言葉で思わず、ティーカップを傾けてしまった!

中身が溢れた。


「楽しそうでいいんじゃないですか? 無気力でつまらなそうな顔をしていた今までの貴方よりよっぽど、いい顔してますよ。」

「そうか。」


そんなに違うのか?


でも確かに、自分が知らなかった己の感情を次々とミナーシュに引き出されている……俺にもこんな面があったのかと驚かされる毎日だ。


コンコンッ!


「失礼致します! ユイザード様、お話があります!!」

ドアを開け、今日も挙動不審な婚約者殿がやって来た。


ようこそ、我が愛しいミナーシュ。


今日はどんな企みを隠しているのかな?

最後までお読み頂きありがとうございました。


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