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06. Day6①

 約束したデート当日、土曜日がやってきた。


 腕時計を気にしながら改札口の前に立っている。高崎を待っていると、こちらに向かって人の流れる勢いが増えた。駅のホームに電車が到着したのだろう。

 家が隣同士なのにこうして待ち合わせているのは高崎の希望を汲んだからである。でも今なら彼女が望んだ理由も理解できる。デートしている感を凄く感じるのだから。


 人混みの中で高崎の姿を見つけた。

 彼女は下にロングスカート、上はモコモコした何かを着ている。見慣れない服装でいつもより大人びた雰囲気を感じた。足元は普段よりもヒールの高いパンプスだろうか。足取りはおぼつかず明らかに履き慣れていない。近づくと薄ら化粧をしているのが分かった。


 改札を抜けてこちらに気付いた彼女に軽く手を挙げる。すると彼女は履き慣れない靴で懸命に小走りして近づいてきた。


「遅くなってごめんね。待たせちゃった?」

「いいや、大して待ってないよ」


 横一文字になった高崎の唇が震えている。ニヤけそうになるのを懸命に堪えている様子だ。そうだよな、このやり取りをしたかったんだもんな。

 ふと、姉ちゃんの熱血指導の光景が脳裏をよぎる。女に会ったらまず褒めろ、と。


「今日の服いいね。ここあに良く似合ってるよ。靴との色合いも合ってる」


 彼女の口元は完全に緩んでしまい、笑みが零れ落ちそうだ。こういうのも悪くないかな、なんてことを思う。


 ◇


 目的地までの道すがら。高崎と肩を並べて歩いている。


 こうして並ぶのは特別なことじゃない。普段の登下校はいつも一緒だ。

 しかし、着ている服。歩く道。これからの目的。全て違うとこうも違うものなのか。正直、ドキドキしている。とても緊張する。手汗が酷いことになっている。


 目線を右にずらす。右手を僅かでも動かせば彼女の左手に触れることが出来る。今はそんな距離感だ。

 デートだから手を繋いだ方がいいのだろうか。恋人じゃないんだからこのままが自然なのだろうか。正解が分からない。全くわからない。姉ちゃんのデート講座は未受講なのだ。


 高崎と視線がぶつかる。これで何回目だろうか、先ほどから頻度が多すぎて数えてない。手は触れないのに視線にだけは何度も触れている。ちょっと気まずい。


「亮太くん、大丈夫?」


 隣から遠慮気味な声が聞こえた。高崎からだ。

 手を繋ぎたいという遠回しな催促なのか。こっち見るなという叱責なのか。それとも純粋に心配されているのか。どれも正解で、不正解に感じる。

 分からない。高崎の思考が読めない。催眠術中なら本音を勝手に喋ってくれていたけど、普段の彼女は何を思っているのか本当に読みづらい。女心講座も受けておけばよかった。


「ああ。それより歩くペース大丈夫か?」

「あ、うん。それは大丈夫かな」


 目線で彼女の足元を示しながらそう尋ねた。相変わらず歩きにくそうな靴だ。しかし、大丈夫と答える彼女はどこか不満そう。どうやら不正解な回答だったらしい。

 結局正解はなんだったのだろう。そう考えながら視線を彼女に向けると、また目が合った。


 ◇


 目的地の映画館に到着した。腕時計を見ると上映時間までにはかなり余裕があるようだ。


「ここあ。映画まで時間あるから少し遊んでいかない?」


 映画館に併設されているデカい建物を指差す。

 ボーリングに、ダーツやビリヤード。カラオケからゲームセンター、漫画喫茶まで。様々な娯楽施設の入った、総合アミューズメント施設というやつだ。手頃な値段で一日中遊べるので重宝している。


「何して時間を潰そうか。ここあ、何か希望ある?」


 案内板まで歩くと、一応高崎に尋ねてみた。答えは分かっている。でも聞くのが一応のマナーだろう。


「何でもいいよ。亮太くんの好きなもので」


 何でも良いそうだ。じゃあ、気合を入れて選びますか。

 女子の「何でもいい」は、何でも良いわけではない。男なら誰でも知ってる。俺たちはいつも試されているのだ。


 案内板から視線を外し、高崎の服装を眺める。

 足元はヒール付きの靴だ。運動靴を貸出するサービスもあるが、ロングとはいえ彼女はスカートを履いている。運動系はパスしよう。この後に映画も見るわけだし。


 再度、案内板に視線を戻して上から下まで見返す。


 カラオケは……なしだな。高崎は歌い出すまでが長い。マイクを譲り合う光景が目に浮かぶ。そのくせ、歌うのは好きでそれなりに上手いし、長時間歌いたがる。超面倒くさい。カラオケメインならともかく時間潰しには不適合だ。


 漫画喫茶も無いかな。慣れているデートなら良いかもしれない。でも今日は初デートだ。姉ちゃんが怒りそうな気がする。

 施設の説明文をよく見るとカップルシートというのがある。そういうの、高崎は好きそうだ。でも俺がダメ。そんな空間に放り込まれたら何してよいか分からない。絶対に意識してしまう。だからナシだ。


 もうゲームセンターにしよう。結局のところ消去法なんだが、よくよく考えてみれば時間潰しの点では最適解にすら感じる。自由に出入り出来るわけだし。クレーンゲームとか小銭と時間が湯水のように溶けていくからね。ただ、高崎的にはどうだろう。ゲームを好んで遊ぶタイプじゃなかった。赤点ではないが高得点は難しいかもしれない。


「ここあ、ゲーセンはどう? ほら、クレーンゲームでぬいぐるみ取っても良いし、プリクラもあるじゃん」

「うん。私はそれで大丈夫だよ」


 提案すると色よい返事が返ってくる。かなりご機嫌な様子だ。どうやら大正解したらしい。

 そんなにゲームセンターで遊びたかったのだろうか。それとも「何でもいい」が、実は本当になんでも良かったりするのだろうか。世の中分からないことだらけだ。


 時計を確認した後、ゲームセンターへ足を向け、騒がしい店内を回る。高崎の視線の先を気にしつつ、遊ぶ機器を慎重に選んだ。

 遊び始めてしまえば時間はあっという間に過ぎていく。隣の彼女も楽しげに遊んでいた。クレーンゲームの景品は一つも取れなかったけれど。


 上映時間が近づいてきたため、最後にプリクラを撮ることにした。三組の男女が作る列の後ろに並ぶ。

 二人きりでプリクラを撮る経験はそれほどなかった。グループで撮る場合に結果的に二人になることはあったが、最初から二人で撮る目的で列に並ぶことはなかったと思う。異性を意識してしまうから。そうならないように避けていたから。


 出来上がった写真の二人はどこかぎこちない。二人の距離は中途半端に空いている。男子は顔が引き攣っており、女子は笑顔に照れと緊張を滲ませていた。前はもっと自然に笑えていたはずなのに。男女という不純物を排した、幼馴染と呼んでいた関係性は完全に壊れている。そんな気がした。


 ◇


 ゲームセンターを出て、映画館の建物に入る。


 エントランスにはいくつも液晶パネルがあり、映画館のPRや上映中の映画PVが流れていた。その映像に目を奪われつつも足を進める。

 どうやらこの映画館は本日でオープン五十周年を迎えるそうだ。だから記念日で割引キャンペーンというわけか。その割に建物や内装が綺麗で新しく見えるので改築を何度も行っているのかもしれない。


 隣の高崎はキョロキョロと忙しない。俺が映画館に来るのは初めてなのだが、彼女も初めての経験なのかも。そんな様子に見える。


 建物内にはそれなりに人が多い。ただ、不思議と騒がしさは感じなかった。内装は落ち着いた雰囲気の装飾が施され、薄暗いとまでは言わないが照明の明度も適度に調整されていた。直前のゲームセンターと比べるとまるで別世界。気分が上がる。映画なんて家で見ればいい、そう思っていたけど場の雰囲気を味わいながら見る映画も良いかもしれない。


 辿り着いたチケット売り場はそれなりの列が出来ていた。そもそも売り場自体も広い。シアタールーム毎に受付が分かれており、その上には液晶パネルが空席情報を知らせていた。

 しかし、液晶画面を見ると既に多くの座席が埋まってしまっており、失敗したと感じる。席を確保できるかどうかギリギリのところだ。遊ぶ前に先に買っておけば良かったな。ネットで座席予約というサービスもあったらしい。事前に調べておけば良かった。


「ここあ。とりあえず売り場に並んでみるよ。待ってる? それとも一緒に来る?」

「うん、行きたい。こういうの初めてだし」


 そう答える高崎の左手を握ってみた。息を呑む音が聞こえたが彼女の表情を見ずに手を引く。かなり勇気を絞り出した。照れくささで今にも手を離してしまいたい。けれど、彼女の手を取ったまま足を動かした。こういうことから少しずつ始めていきたい、そう思って。


 冷静な風を装いつつ、列の最後尾に向けて歩みを進める。もう少しというところで背後から声がした。


「ごめんなさいね。ちょっとよろしいかしら?」


 振り返ると身なりの良い格好のお婆さんが居た。陰のある笑顔を浮かべている。


「人を探してましてね。心当たりがあれば教えて欲しいのだけれども——」


 話を軽く聞いてみると、探しているのは旦那さんだそうだ。途中で逸れてしまったらしい。周囲を見回すと売り場付近には人が多くいる。更にチケットを買った人々がこの先にも多数いるはずだ。そういうこともあるのだろう。


 助けてあげたいけど、今からかぁ。

 次の時間に映画を見ると、帰る頃には高校生としては遅い時間になってしまう。だから今の上映時間を逃せば映画は諦めることになる。その選択が必要だ。


 時計を確認しようと思った瞬間、右手から彼女の手の感触がなくなった。


「宜しければ一緒に探しませんか? 亮太くん、ごめんね」


 お婆さんに話し掛ける高崎と目が合う。映画見れなくなってごめんね。でも助けてあげたいの。彼女の視線がそう言っている。お人好しな彼女らしい。俺の知ってる高崎ここあの姿もまだ見つけることが出来る。その事実になんだか安心した。


「お婆さん。俺たちと一緒に探しましょうよ。人手の多い方が早く見つかりますから」


 結局、一時間もかからずに旦那さんと出会えた。人混みの多さにもっと掛かる可能性も覚悟していたから見つかって本当に良かった。

 老夫婦に話を聞いたところ、今日は二人にとって結婚記念日だったらしい。だから、どうしても映画を見て二人の時間を楽しむんだと笑っている。お礼を言う彼らはそのままチケット売り場の列に消えていった。


「見つかって良かったね。なんかいい事した気分!」


 残念ながら俺たちは上映時間に間に合わなかった。でも隣の高崎の表情に悲しみの色は見つからない。言葉通りに嬉しそうな様子である。

 思い返せば今日のデートの目的は映画を見ることではなかった。映画は口実だ。口実は残ったままなのだから次がある。そこまでの打算を彼女が持っているのかはわからないが、機嫌良さそうな感じなのでまあいいかと思う事にした。


「よし、いい事した記念になんか軽く食べにいくか?」

「うん。それ、いいかも」

「そうしよう。何か食べたいものは?」

「うーん。何でもいいよ」


 誘いに乗った彼女を見て、建物の出口に足を進めた。

 右手には彼女の体温を感じる。また手を繋いでしまった。手を取らないで歩こうとしたら、彼女は不満そうに口を尖らすのだから仕方がない。今日は特別なのだから仕方ない。少し強めに握ると彼女も握り返してきた。


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