05. 贈って、贈られて
イベント準備は滞りなく進み、無事にクリスマスイブ当日を迎えた。
見上げた空は、ホワイトクリスマスなんて知らんぞ、とでも言いたげによく晴れている。雲一つ見当たらない冬晴れというやつだろうか。日差しはあるものの、風が冷たくてかなり寒い。
本日のイベントは学校の体育館で行われる。準備に尽力したイベント委員の他には、希望する一般生徒も参加することになっている。事前に聞いた話だと全校生徒の1/4が参加するらしい。日曜日に行われる有志の学内イベントだと考えれば、まずまずの集客なのではないだろうか。知らんけど。
会場となる体育館に入ると後方に大きなクリスマスツリーが鎮座している。マンションの2階か3階くらいはあるんじゃなかろうか。体育館の天井近くまでの高さがある。あまりにも大きいツリーのため、どうやって飾り付け作業を行うのかと思っていたら、見た事もないくらいの長さの脚立が出てきた。高けーよ、怖えーよと騒ぎながらオーナメントを飾り付けたのは結構楽しかったなあ。
そんなクリスマスツリーはイベントが始まる前までには綺麗に飾り付けされて、電飾でお化粧が施されている。やっぱりクリスマスイベントにツリーは必須だよな。
◇
イベントは二部構成で企画されていて、前半では有志による出し物が披露されることになっていた。プチ文化祭と言っても過言ではない感じだ。
クリスマスというテーマに沿う形で演劇部や吹奏楽部、コーラス部などが思い思いの演目を披露する。合間には有志によるバンド演奏などもあった。各自がやっていることはバラバラの筈なのだがテーマが統一されていることもあり、観客側としても観ていて満足度の高い内容になっていた。特にお馴染みのクリスマスソングなどは大変盛り上がったと思う。
一通りの出し物が終わった後半は、クリスマスツリーを囲んでの歓談の時間になっていた。軽食を摘みながらクリスマス気分を堪能して、満足したら各自流れで解散という運びらしい。このイベント、相当自由だよなあ。
食べ物は多種のサンドイッチやナゲットなどから、小さくカットされたケーキまで、手軽に片手で摘めて見た目も華やかな料理が並んでいる。全てケータリングで手配したものらしく準備だけでなく給仕や後片付けまでを係の人がやってくれるので、イベント委員たちも歓談に参加して良いことになっていた。その筈だったのだが、何故か俺と高崎は隅っこで給仕をしている。
発端は三日前の出来事だった。とある先生が彼氏に振られてしまったらしい。クリスマス直前というこのタイミングで。
その先生はその鬱憤を晴らすために何故か料理を作ると言い出す。それに悪ノリ好きな調理部が乗っかり、じゃあクリスマスイベント用に作ればいいじゃんということになって大量の豚汁と焼きそばが出来上がってしまった。衛生管理? 頭を抱えた学校側が何とかしたらしい。ホント、うちの学校は自由だな。
そんなわけで、豚汁が入った大鍋を抱えながら俺たちは給仕をする事になった。俺たちは一年生の下っ端だし、まあ仕方がないかな。
◇
「ここちゃん、豚汁貰いにきたよ! あ、山田くんもよろ〜」
「凛ちゃん……お皿の上が一杯みたいだけど、食べれるの?」
「ん? 余裕!」
今日も騒がしく溝口がやってきた。彼女の持つ皿には手当たり次第に確保したであろう軽食類が山盛りになっている。この人、よく食うんだよな。
「山田くんさー、何で給仕をここちゃんにやらせてるわけ? 男子がやりなさいよ!」
「いやいや、さっき交代したばかりだし。ああ、分かったよ。ここあ、おたま貸して! こいつに愛情盛りしてやるから!」
高崎と給仕を交代して、容器になみなみと豚汁を盛る。それを溝口は満足気な表情で受け取った。
溝口凛。
彼女に佐々木健介を加えた俺たち四人は中学校の頃から一緒に行動することが多かった。と言っても、俺と溝口の関係性は女友達とはちょっと違う気がしている。
中学の頃、高崎の事を遠ざけていた時期があった。異性を意識してしまう思春期だったということもあるし、周囲の冷やかしが煩わしかったというのもある。そんな時に俺を叱り付けていたのが溝口だった。高崎が悲しんでいると。冷たい男だ最低だと。当時はかなり好き放題に言われた記憶がある。
その後、高崎との関係は変化したが、溝口とはあまり変わっていない。今も高崎絡みで何かを言われている気がしている。だから俺にとっての彼女は、女友達というよりも高崎の友人と言った方が的確だと思う。
「ねえ、山田くん! 佐々木くんが来てないんだけど!」
「そうだったか?」
「そうだよ! ちゃんと声掛けたの? 友達なんでしょ?」
「アイツ、今日はデートだろ」
「え…………デート!?」
目の前の溝口はビックリするくらいに意気消沈していた。おっと、口を滑らせたか。
「悪い、言い間違いだ。健介は家族関係の用事で来れないらしいぞ」
「どういう言い間違いなのよ!? もう、ビックリしたじゃんか!」
「分かったから肩を叩くなって! ほら、後ろで並んでいる人に迷惑だから端に移動しろよ」
完全な言い間違いというわけでもないんだが、健介から聞いていない様子なので黙っておくことにした。彼の家庭環境は複雑なのだから変に口を滑らせない方がいいだろう。
そんな溝口は高崎としばらく談笑した後、軽食巡りの旅に出かけた。まだ食うのかよ。
◇
並んでいた軽食が無くなる頃には出席者たちの中にもチラホラと帰る者が出てきた。終わりの挨拶的なものは何もなし。事前の話しの通り、本当に自由解散らしい。緩いイベントだよなあ。
そして俺らも流れに乗って抜け出すことにした。豚汁は既に完売して仕事は無くなったからね。本来ならばイベント委員には後片付けという仕事があるのだが、給仕を理由に俺たちは免除してもらえた。だから適当なところで切り上げて会場を後にすることが出来たわけだ。当然、打ち上げのお誘いもキャンセルだ。この後は高崎さん家で夕食会があるわけだし。
「料理食べれたか? ずっと大鍋に張り付いてたろ?」
「少しだけど食べたよ。凛ちゃんがお裾分けしてくれたから」
「コソコソと何かしてると思ってたらそんなことしてたのかよ……」
高崎と二人で感想を言い合いながら帰路を進む。冬至近くだからか、日が落ちるのが早い。空は燃えるような赤色に染まっていて、目の前には歩く俺たちを始点に長い影が伸びていた。
「亮太くんはちゃんと食べた?」
「ああ。軽くだけどな」
「どの料理が美味しかったかな?」
「うーん……豚汁だな。他の料理は口に入れる頃には冷めててイマイチだったし」
「ふふ。温かくて美味しかったもんね。先生に感謝しなきゃ」
俺の右手には彼女の左手が繋がっている。どちらが手を取ったのかはあまり覚えていない。二人でいる時は、こうして自然と手を重ねるようになっていた。いまだに気恥ずかしさを感じる時はある。けれども、以前よりも違和感は薄れている。そんな気がしている。
「明日は終業式だね」
「ああ。それが終われば冬休みだ。宿題も出ていないからゆっくりと寝正月できるな」
「でもお家に篭りきりだと身体に悪いよ?」
「いや、寒いの嫌いだし」
そこでふと会話が途切れた。靴底が擦れる音と僅かな息遣いのみが辺りに響いている。そんな静寂を心地良いと感じた。
本来、俺たち高校生という生き物は沈黙を嫌う。
喋らない暗いやつだと思われたくないから。一緒にいて楽しくないやつだと認識されたくないから。だから会話の切れ目を過剰に恐れて、何かに駆り立てられるかの様に沈黙を言葉で埋めようとする。そのために流行に合わせて興味のアンテナを立てて、幾つもの話題を用意する。友人との会話は楽しいと感じる一方で、どこか疲労感を感じるのだ。
けれど、高崎との間にそういう辛さを感じることはない。
ずっと一緒で今更取り繕うものがないから。二人の時間が長すぎて話題がとうに尽きているというのもある。でも、それだけが理由なのではないのだろう。うまく言葉には出来ないけれど、この心地良さに焦燥感や疲労感は微塵も感じない。
「あ、ママからだ。もう料理を作り始めるって!」
隣に視線を戻すと、高崎がスマホを操作していた。彼女の母親とメッセージのやり取りをしているのだろう。
「そうか。俺はどうしたらいい?」
「うーん。一緒に来る? まだ料理出来てないから待たせちゃうと思うけど」
「迷惑じゃなければそうする。ここあも台所に立つんだろ?」
「え……多分」
「じゃあ、前に買ったエプロン着てくれよ! 写真取るからさ!」
「無理だから! そういうの、恥ずかしいし……」
高崎の呟きを聞きながら何となく見上げてみると、空の朱色は薄れて深い藍色の占める割合が増えていた。気の早い星々が、俺たちの時間だと、自己主張を始めている。
もうすぐイブの夜だ。
◇
すっかり陽が落ちて暗くなった帰路を進み、俺たちは家のすぐ前まで帰ってきた。
ここから見える俺の家は真っ暗なので予定通り誰もいないんだろう。高崎の家には明かりが灯り、その玄関口にはクリスマスリースが飾り付けされていた。
「ここあ。中に入る前に少しいいか?」
まだ準備中らしいが、このまま高崎さん家にお邪魔することになる。そうすると彼女と二人きりになれる機会がいつ巡ってくるのか分からないので、プレゼントを渡すなら今しかないと思った。
「一応、今日はイブだからさ。プレゼントを用意したんだけど、受け取ってくれるか?」
「わあ、ありがとう! 何をもらえるのかな?」
期待感を隠しきれない様子の彼女にプレゼントを手渡した。それは贈り物っぽく見えるように可愛くラッピングしてある。自分では上手く出来ないと思ったので店員さんにお願いしてよかった。
「これは…………電子カイロ?」
「そう、USBで充電するやつ。これなら冷え性でも大丈夫だろ?」
彼女のために用意したのは、充電式の携帯電子カイロだった。猫の肉球を模した形状で色は薄いピンク。全体的に丸みを帯びた可愛いデザインで女の子が普段使いしても違和感がないはずだ。きっと猫好きで可愛いものが合う彼女にはよく似合うだろう。
しばらくプレゼントを見つめていた彼女は、ふんわりと優しい笑顔を見せた。
「亮太くんらしいね。うん、すごく亮太くんの想いが詰まってると思う。だからとっても嬉しいなぁ」
「そっか。喜んでもらえたならよかったよ」
「うん。大事にするね。プレゼントありがとう!」
そう呟いた彼女は幸せそうな表情で、そっと電子カイロを撫でる。
そんな様子を見ていたら、伝えるつもりのない言葉まで自然と口にしていた。
「手を繋いで温めてあげることが出来るのは片方だけだから。もう片方の手はそれで温められればと思ってさ」
それを聞いた高崎はまるで大切な宝物を扱うかのように贈り物を抱き締める。手にした想いを包み込んで守るかのように。腕の中にある何かを手放してしまわないように。
そんな彼女の姿に見惚れてしまった。
幸せを噛み締めるかのような表情を浮かべる彼女の様子に言葉を失う。
何かの感傷に浸る彼女の邪魔をしたくないと思った。
「……私、今すごい幸せだ……」
だから、呟く彼女に声を掛けず、静かに見守ることにした。
◇
「亮太くん、ごめんね。私も渡したいものがあるの」
しばらくその場に佇んでいた高崎は、我に返ったのか胸に抱いていたプレゼントを鞄にしまう。そして、鞄の中から包装された袋を取り出した。綺麗にラッピングされているけれど、俺にはちょっと可愛すぎる包装かな。
「亮太くんにどうかなと思って。受け取ってくれると嬉しいなぁ」
「おう。ありがと! 開けてみてもいいか?」
リボンを解いて袋を開けると、中には包装された箱のようなものが入っていた。これが結構大きくて重みを感じる。
包装紙を破かないように出来る限り丁寧に剥がして中を開封した。
「ここあが選んでくれたのは…………弁当箱!?」
「うん。二段重ねで大きいやつだから量も大丈夫だと思う」
高崎からの贈り物は二段に重ねるタイプの弁当箱だった。薄い水色でシンプルなデザインのそれは、底が厚くなっていて確かに量が入りそう。これなら男子高校生の胃袋にも対応出来ているだろう。ただし、問題はそこではない気がする。
どう反応しようか迷っていると、彼女は言葉を続ける。
「亮太くん、普段はパンばっかりでしょ? 健康を考えてお弁当にしたらどうかなと思って」
高崎は俺のことをよく見てくれていると思った。
中学では給食があったが、高校にそんなものはない。だから毎日の昼飯は購買でパンを買うか、弁当持参かの二択だ。
そして弁当という選択肢は俺の中にない。両親は忙しい人たちだからね。仕事で夜は遅く、朝も早い彼らに弁当という負担を強いるのは気が進まなかった。だから消去法にはなるけれど、普段の俺の昼飯はパンで済ませている。食に拘りがない性格なので、今まで不自由を感じていなかったというのもある。
「気持ちは嬉しいんだけどさ……俺、料理出来ないぞ」
そう。俺は料理が出来ない。将来は分からないが、今のところはするつもりもない。
とはいえ、最近の冷凍食品は優秀だから弁当くらいなら作ることは出来るかもしれない。けれど、朝が苦手なので、弁当作りのために早起きする気にならない。早く起きるくらいなら昼飯抜きでもいいかなと思ってしまう。
「うん、知ってる。だからね……もし可能だったら……もちろん亮太くんが嫌じゃなければだけど…………断ってくれても別に構わないんだけれどね……」
自信がないのか、少しずつ語尾が小さくなる高崎は、辿々しくも一つずつ言葉を並べていく。
何重にも予防線を重ねていく様子は実に彼女らしいと思った。だから、背筋を正して彼女の言葉の続きに意識を集中した。
きっとこの先にあるのは、いつもの遠回しで分かりづらいお願い事ではない。心の奥底に隠している彼女の本心なのだろう。そう思って彼女の言葉を待つ。
「私が……お、お弁当を作っても……いいですか? あの、もしも亮太くんが嫌じゃなければの話だけど……ダメかな?」
高崎はどうしようもない位に不器用な女の子だよな。彼女の願いを聞いていて改めてそれを実感した。
わざわざ弁当箱を自分で用意し、クリスマスイブのプレゼントという形にラッピングする。そうやって舞台を整えてようやく言い出せたのがコレである。日常会話の中で普通に話せば済むことだろうに。
もしかして俺が断ると思っているのだろうか。好きな子が弁当を作ってくれるなんて男子にとって嬉しいシチュエーションなのに、それでも俺が喜ばないと思っているのだろうか。
きっと、彼女の中では俺が断ると考えているんだろうね。だってさ——。
「よく考えたのか? 毎日の話になるんだぞ? それって、ここあにとって大きな負担にならないか?」
俺が弁当を作らない理由。面倒だから。朝早く起きたくないから。何より負担に感じるから。
そんな負担を彼女に全て押し付けて俺だけが快適さを享受する。俺自身がそれを良しとするだろうか。まあ、しないよな。そして彼女はそのことをちゃんと理解している。本当に彼女は俺のことをよく分かっていると思う。
「うん、考えたよ。それでも亮太くんのためにお弁当を作りたいと思ってる。亮太くんの健康のために……ううん。違うね。そうじゃない。これは私の我儘だ」
そこで言葉を切った彼女は表情を変えた。真剣で、切羽詰まった表情で。彼女の目は真っ直ぐにこちらへ向けられており、その瞳には決意の色が窺える。
静かに息を吐いた後、彼女は再び口を開いた。
「私が作りたいと思ってる! 好きな人に食べて欲しい! そして、美味しいって笑っていて欲しいの! だから、亮太くんにお弁当を作ってあげたい……こんなの私の我儘でしかないのは分かってるけど…………ダメですか?」
高崎の我儘か。彼女の願いを咀嚼するために一度目を瞑った。何度か深呼吸しながら思考を巡らせていると、一つ気づいたことがある。
彼女は料理が得意だっただろうか。いや、そんな記憶はない。少なくとも中学の頃の調理実習では危なっかしい包丁さばきだったし、火加減の調節も下手でフライパンの中身を焦がしていたはず。そんな腕前で弁当を作りたいなんて言い出す性格ではないから、きっと陰で練習して美味しく作れる自信がついたんだろう。
では、一体いつから練習していたのだろう。高崎はこのプレゼントにどのくらいの時間と労力をかけて準備してきたのだろうか。その事実に気づいてしまった。
俺の手元にある弁当箱がなんだか重く感じる。見た目はシャープなデザインなのにずっしりとした重量感だ。
彼女の愛が重い。込められた想いがとても重い。けれど、その重みが凄く嬉しかった。彼女の想いを深く感じることができた。全身に多幸感が広がり、心の奥底からじんわりと温もりが広がる。自ずと答えは決まった。
「プレゼントはちゃんと受け取ったよ。だからここあにとっては大変だと思うけど、弁当お願いしてもいいか?」
「いいの? ホントに? 本当に作ってもいいの?」
「ああ。ただし一つだけ。材料費については後でオバさんと話そうか」
「えっ、いいよ! そのくらいは」
「良くない。俺が気にするって。だから必ず話そうな」
「うん、分かった。亮太くん、受け入れてくれて本当にありがとうね! 私、すごく嬉しかったの……」
「いや、俺が礼を言う側だろ。じゃあ、ここあさん。学校が再開する来年から美味しいお弁当をお願いします!」
「そんな……私こそ上手く作れるか自信ないけど、それでも良ければ食べてください!」
高崎さん家の玄関前で二人してペコペコ頭を下げていた。そのことに気が付いた俺たちは笑い合う。
恐らく、普通の恋人たちの間では成立しない類のプレゼントだっただろう。周囲に仲の良さを見せ付けるためのものではないし、換金性の高いものでもない。二人の中だけで価値のあるものだ。俺たちらしいプレゼントを贈り合えたんじゃないだろうか。そんな風に感じている。
「あ、ママからだ。亮太くん、そろそろ家の中に入ろ?」
スマホの通知に気づいた高崎の声を聞き、ふと空を見上げた。
すっかり藍色を深めた夜空には、幾つもの星々が輝いている。星座に詳しくないのだが、星が三つ並んでいるやつがオリオン座だろうか。そうすると冬の大三角形というのも近くにあるのかもしれない。探したところで分からないのだが、それでも星空を見上げ続けていた。
夜空に輝く星々とは異なり、俺たちは『点』で生きているわけじゃない。昨日があって今日があるように。今日の過ごし方が明日に繋がるように。日々が連続する『線』の上で生きている。
ならば、『幼馴染』から始まった俺たちの関係性はどのくらい『恋人』に近づけたのだろうか。彼氏として振る舞えるようになっただろうか。少なくとも告白した直後と比べれば、恋人らしく過ごせているんじゃないかと思っている。積み重ねたひと月分は近づいているはずだ、その確かな実感をいま持っている。
「亮太くん?」
「ああ。悪い」
「寒いし、早く中に入ろ?」
「おう。それにしても久々の高崎家かぁ。緊張してきたな」
「えー、1ヶ月前に来たばかりだよ?」
「実はあの時も俺は緊張してたんですよ、ここあさん」
「全然そうは見えなかったんだけど……あ、靴は適当で大丈夫だから」
「嫌だね。マナーの悪い彼氏だって、オバさんたちに思われたくないし」
さっきから必死に口を動かしているんだけど、やっぱり緊張するなあ。でもなんとか頑張りたい。
だってこの後には、高崎ここあの彼氏として、高崎さん家のご両親に初挨拶しなきゃならないからね。
「じゃあ、亮太くん。リビングに案内するね」
「あ、待って! まだ、心の準備が——」
最後までお付き合いいただきありがとうございました。




