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04. 買い物デート

 気が付けば12月も半ばを過ぎており、イベントが近づいてきた。時が流れるのは本当に早く感じる。


 クリスマスイベントの準備は今のところ順調だ。各クラスから集めた委員たちで準備作業を分担しており、俺たちはクリスマスツリーの飾り付けを用意する担当になった。これが意外に楽しかったりする。

 オーナメントの組み立てキットなるものがあるらしく、厚紙や段ボールを手順通りに組み立てて立体的な飾りを作っている。どうせなら色付けもしちゃおうぜということで俺たち男子グループは紙製のオーナメント作りに励んでいた。一方、女子グループは男子に負けるものかとフェルト生地でオーナメントを作り始め、高崎も手芸を楽しんでいるようだ。


 そんなわけで俺たちのチームはかなりモチベーション高く作業を進めており、当初の予定よりも本格的なオーナメント作りになっていった。というか、やりすぎて材料が足りなくなった。


 ということで、俺と高崎の二人で隣町のショッピングモールまで買い出しに来ている。

 正直に言えば、わざわざ隣町まで行かなくても近場で買うことができるし、休日に買い出しに行く必要もない。買い出しはデートの口実にさせてもらった。デートに誘いたいとは思っていたけれど、良い口実がなかったから助かった。


 ◇


「亮太くん、お待たせ。寒くなかった?」

「全然。さっき着いたばかりから寒くないよ」


 デートはこれで3回目となるが、今回も隣町の駅で待ち合わせしている。高崎の願望は叶ったのだから普通に家の前で待ち合わせしても良い気もするが、止め時が分からない。今後も毎回こうして待ち合わせすることになるのだろうか。


「今日の服もよく似合ってるよ。ここあこそ寒くないか?」


 今日の彼女は厚手のロングコートを着ている。首元にはニット生地が見えており、足元はブーツだ。外見の格好は暖かそう。


「うん。寒くな……えーと、指先がちょっと寒いかな」

「そうか。冷え性の人は大変そうだな」


 そんな会話をしながら俺たちは歩き出した。

 今日の目的地はショッピングモールなので映画館とは逆方向の道を進んでいる。クリスマスが近いせいなのか人通りが多い。特に手を繋いだ恋人風の男女二人組が目立って見える。中には腕を組んでいる人たちもいた。周囲の恋人たちは親密というか、距離感が俺たちよりも近く見えるんだよなあ。


 チラリと隣の高崎の様子を覗く。

 彼女とは子供の頃からずっと一緒に過ごしていた。それが当たり前になりすぎていて、二人でいても『いつも通り』を保とうとしてしまう。きっと関係性を変えるということは、良い意味で意識的に接し方を変えていかなければならないんじゃないかな。そんな気がしている。


 だから、そっと彼女の手を取ってみた。


「ここあ。手、繋ごうか」

「え……はい」


 驚いた表情を見せた彼女だが、すぐに口元が緩んだ。嬉しそうな様子だから問題はなさそう。

 ただ、握った彼女の手の冷たさに少し驚く。まるで氷に触れているように冷たかったからだ。


「冷たっ! ちょっと冷えすぎじゃない?」

「亮太くんの手は温かいね。なんか安心する」

「そうか? じゃあ冬の間はこうして手を繋ぐようにするか」

「……冷え性の人は冬以外も手が冷たいんだよ?」


 高崎は少し口を尖らせて不満を言う。そんな表情も可愛く見えるのだから不思議だ。


「こうしていると俺たち恋人っぽいか?」

「……っぽいです」

「なら、よし! 今日はずっと手を繋いでおこう!」


 ◇


 程なくして、目的地であるショッピングモールに到着した。

 5階建ての建物には多くのテナントが入っており、フロアで分類分けされているようだ。案内板をざっとみた感じ、服屋が多い。特に女性もの。全部をじっくりみて回ろうとすると一日掛かりになりそうだ。今日は立ち寄る時間がないんじゃないかな。


 まずは布類を扱う雑貨屋へ入ることにした。足りなくなったフェルト生地や糸を調達しなければならないからね。用事は早めに済ませておこう。

 続いて文具店に入る。こちらではオーナメントを彩るシール類を探すことになる。目当ての物は既に見つけたので、あとは手に取ってレジに向かえば今日の買い出しは完了となるわけなのだが——。


 そういえば、と思う。今日の買い出しはイベント用の備品だけが目的ではなかった。高崎へのプレゼント選びの下見も兼ねている。もちろん、サプライズのつもりなので彼女には内緒だし、選んだプレゼントは後日一人で買いに来るつもりだ。まだ何を贈るのかは決めていないが、実用性を考えて文房具を選ぶのもありかもしれない。


 今一度、店内を見渡してみる。

 高崎はシール類が纏めて置かれた売り場にいて、デフォルメされた動物のキャラクター物に手を伸ばしていた。口元が緩んでいて、随分と楽しそう。あれは多分、自分用のを選んでいるんだろうな。


 少し離れた場所にボールペンのコーナーがあったので、彼女に気づかれないようにそっと移動した。様々な種類がある中で、一つのボールペンに手を伸ばす。

 これは人体工学に基づいたデザインのペンらしい。長時間握っていても疲れないんだとか。試し書きができるようなのでサラサラと書いてみる。うーん、百均で買えるボールペンとの違いが分からん。若干持ちやすい感じがするのだが、そういうことなのだろうか。チラリと値札を見ると結構なお値段がするようだ。


「亮太くん、何か気になるものがあるの?」


 いつの間にか近くに高崎が来ていた。俺の服の裾を彼女の左手が掴んでいる。断りなく傍を離れたことを咎められている気がした。


「いや、何となく見てるだけ」

「そうなんだ。あ、消えるボールペンが置いてあるよ。見て見て!」

「文字が消えちゃうボールペンだと、大事な書類に使えないだろ……」


 まだプレゼントの下見の途中だ。出来ればもう少しの間、一人で偵察したい。別のボールペンを眺める振りをしながらしばらく待って、その場を離れた。進む先は手帳やカレンダーが置いてある一角だ。そんな俺の後ろを高崎がついてくる。裾は彼女に握られたままだった。

 どうして女子は誰かと見回りながら買い物をするのが好きなのだろう。興味の有る無しなんて人それぞれなんだから、各自で自由に歩き回った方が効率良い気がするんだが。まあそんなことは口に出せないんだけどさ。


「来年のカレンダーが並ぶ時期なんだね」

「そうだな。ただ、俺たちには必要ないな。親が取引先から大量に貰ってくる訳だし」

「うん、毎年ありがとうね。亮太くん家からたくさん貰えるから買わずに済んで助かるってママが言ってた」

「余った分を配ってるだけだから気にしなくていいんじゃね?」


 売り場を巡りながらそんな会話を交わす。右手に感じる彼女の体温は多少の温もりを取り戻したようだ。握り返してくる力の強さに彼女の意志を感じる。

 うーん、今日は一人での偵察は無理そうだ。


 ◇


 文具店を出たあと、いくつかのテナントを巡った。その内の一つに高崎が興味を引かれたため中に足を踏み入れる。調理器具や食器などの料理系の雑貨を扱うお店である。

 店内はお洒落な雰囲気が漂っており、入り口付近に飾られた食器類は可愛らしいものばかり。女の子が好きそうな店に感じた。こういうところって飾ってあるインテリアも洒落てるよな。


 奥に進むとキッチン用品のコーナーが広がっていた。変な形のまな板や用途に応じて大きさの異なるマドラーなど、デザイン重視のものだけではなく機能性を重視したアイデアグッズのようなものもある。この『タコさんウインナー用カッター』とか、用途限定されすぎだろ。


「亮太くん、このフライパン見て! 取っ手が外れるんだって! 大きさ違いのプレートを使い分けできるみたい」

「収納するときはプレートを重ねればコンパクトになるのか。なんか変型合体するロボットみたいだな」


 あれこれ見ながら高崎と好き勝手に感想を言い合っていた。どうも、完全に冷やかしの客です。

 普段は料理をしないので調理器具に触れる機会は少ないのだが、こうして見ると結構楽しめる。中にはメカメカしい外見のものもあり、男心を擽るからね。そんな感じてフラフラしていると、何かを思い出した高崎が口を開く。


「亮太くんってイブの日の夕食はどうするの?」

「どうするって、そりゃいつも通り——」


 彼女の問いに答えかけて、ふと考える。

 今年のイブは日曜日だが両親はまた休日出勤だと言っていた。年末は忙しいらしいから残業で遅くなるだろう。彼氏持ちの姉ちゃんは当然いないから、家族は誰もいないことになるのか。


「いや、決まってないな。なんか適当に済ますんじゃないか」

「うちのママがね、凄い張り切っちゃってて毎年料理を作りすぎちゃうの」

「それで?」

「うん。だから一緒に食べてくれる人がいると嬉しいってママが言ってるんだけど。亮太くん、どうかな?」

「もしかして夕食に招待されてる? 迷惑じゃない?」

「そんなことないよ! ママが是非って! ご両親にもこちらから伝えておくから」


 やけに高崎のオバさんの事を強調するのが気になってしまう。ただ、特に予定があるわけでもないし、歓迎されてるなら夕食に招かれたい気持ちはある。

 それにうちの両親も息子の飯を考えなくて良くなるなら喜ぶだろう。嬉々として二人で外食デートとか行きそう。息子から見て夫婦仲はかなり良好だからね。


「じゃあご厚意に甘えようかな。ちなみに、ここあは料理手伝ったりするのか?」

「私? ……うん、少しだけ」

「そっか、楽しみにしてるよ」

「……あんまり期待されると困る……」

「そう? じゃあ凄く楽しみにしておく」


 ◇


 調理器具の並んだスペースを抜けると、エプロンが陳列された棚を見つけた。

 高崎の視線が釘付けとなっているのでかなり興味を惹かれているのだろう。


「試着できるらしいぞ! 着てみたら?」


 陳列された棚の横には、ハンガーに掛かった同じ柄のエプロンが展示されている。貼られたPOPによれば商品ではなく試着用らしい。ご自由にどうぞと書かれており、近くにはご丁寧に姿見まで用意されていた。

 彼女に提案してみると「恥ずかしいよぉ」と口では言うものの満更でもないご様子。どれを試着しようかとしばらく悩んでいた。


「亮太くんどうかな? 変じゃない?」


 高崎が身に纏っているのは薄いピンク色のエプロンで、布地には猫の影絵がいくつも踊っている。童顔な彼女には可愛らしいデザインの物が本当によく似合う。


「なんていうか………………すげー可愛いな」


 褒める際の語彙が足りないというか、頭の悪そうな感想しか思い浮かばなかった。エプロン姿の彼女があまりに可愛かったから思わず見惚れてしまっていた自身に気付く。

 しかし、本当によく似合っていると思う。これを着て台所に立って欲しい。そして彼女の手料理を食べてみたい。そんな想像をしてしまう。好きな子のエプロン姿というものは男心にグッとくる物があるからね。


「…………じゃあ、これ買ってくる……」


 俯き気味の彼女は、手にしていた別のエプロンを試着もせずに片付けると、陳列棚から先ほどのピンクのエプロンを掴んでそのままレジへ向かってしまった。彼女にしては珍しくの即断即決である。別の柄のも試着してから決めるつもりじゃなかったのだろうか。まあ、先ほどの物が気に入ったんであればいいんだけどさ。


 彼女の会計を待つ間、辺りをフラフラしていた。

 目に付いたのは防寒グッズのコーナーだ。湯たんぽやカイロが展示されており、その横に保護カバーが陳列されている。この店的にはカバーが商品なのだろう。パステルカラーのそれらは、どれも女の子が好みそうな可愛いデザインだった。

 プレゼントとして防寒グッズを贈るのはどうだろう。割とありな気もするが、湯たんぽ用の保護カバーというのはちょっと地味ではないだろうか。そもそも湯たんぽを可愛く着飾る意味が俺にはよくわからない。


 ◇


 チラリとレジの様子を見ると、高崎の順番はもうすぐのようだ。


 キッチン用品のコーナーへ戻ると、徐ろに立ち止まる。目の前にはミトンが陳列されていた。動物を模したものらしい。手に取ったそれは犬を模したミトンだった。全体が明るい茶色で犬耳が付いている。指を入れる部分を開くと真っ赤な舌や歯が描かれていた。この店の商品は女性が使用する分にはどれも可愛らしくて良いのだが、俺のような男が使うには気後れしてしまいそう。


「あ、このネコちゃん可愛い!」


 いつの間にか隣には高崎がいて、彼女の右手には猫を模したミトンが装着されていた。高崎って猫好きだよな。

 口をパクパクと開閉させたり、左手で撫で回したりと猫を愛でている。一通り満足したのか、彼女はミトンを装着した右手を俺の前に突き出す。


「亮太くん! こんにちわだニャ〜」


 思わず周囲を見回した。良かった。幸いなことに周囲には客も店員も誰もいない。俺たちだけだ。


 にゃーにゃー言っている彼女の目は俺の返答を待っているようだった。その瞳がキラキラと輝いて見える。

 その光景は子供の頃に二人でやったごっこ遊びを思い出す。こうして人形に腹話術的なことをして遊ぶのだ。高崎はそういうことをやりたいのだろうか。恥ずかしいから俺はやりたくないんだけど。


「今日は楽しんでるかにゃ〜? カプッ!」


 高崎の操る猫が俺の服に噛み付く。

 普段の高崎ならこんな恥ずかしい仕草は絶対にやらないだろう。けれど、今の彼女は買い物デートが楽しすぎたのか、様子がどこかおかしいし、周囲がまるで見えていない。自身の中で盛り上がりすぎていてテンションが壊れてしまっている。そんな風に思えた。きっと後で冷静さを取り戻した時に、恥ずかしさで悶絶するやつだろこれ。


 再度、周囲を見回した。最悪だ。不幸なことに周囲には客も店員も誰もいない。俺たちだけだ。人の目を理由に彼女を諭して止めることができない。

 仕方がないので、渋々と近くにあった犬のミトンを装着した。


「楽しい……ワン」


 うわぁ、ナニコレ。すげー恥ずかしい。


「亮太くんはここあちゃんのことが好きなのかニャ〜?」

「……ワン」

「彼女のどんなところが好きなのかニャ〜?」


 嫌な流れだ。とても不味い感じがする。このままだと恥ずかしい質問を根掘り葉掘りされてしまう。


「ここあちゃんのことをどのくらい好きなのか教えてほしいニャ〜」


 答えずにいると、懲りずに高崎は恥ずかしい質問を重ねてくる。これは答えるまで終わらないかもな。

 よし、もうわかった! お望み通りに答えてやるよ!


 そう思って、高崎の猫の口元に犬の口を重ねてみた。ミトンを代理にした擬似的なキスのようなものだ。

 さあ、高崎よ! どうする?


 恐らく告白の場面を思い出したのだろう。顔をパッと朱色に染めた彼女はそのまま俯く。猫のミトンがパクパクと開閉して何かを訴えているが、本人が黙ったままなので何を主張しているのかさっぱりわからない。

 あのさー、恥ずかしいなら最初からやらなければいいのに。どうすんだよ、この気まずい雰囲気は。高崎が照れて動揺している様子を見てしまうと、俺もどうして良いのかわからなくなるじゃんか!


 このまましばらく放っておこうと、自分のミトンを外して陳列棚の方向へ身体を向けた。


  ◇


「にゃ〜! にゃ〜!」


 しばらく時間が経つと服を引っ張られる感覚がした。どうしたと思って振り向くと猫のミトンが噛みついていた。

 高崎はまだ続けるつもりなのか。意外と根性あるな。


「クリスマスプレゼントとして欲しい物はあるかニャ〜?」


 質問の種類が変わっていることに気づき、少し安堵する。彼女の質問に答えるために再び犬のミトンを装着した。

 しかし、クリスマスプレゼントか。どうやら彼女も用意してくれるらしい。だったら、もうサプライズに拘って隠す必要ないかもな。


「ここあが選んでくれた物が欲しい……ワン」

「具体的に欲しい物を教えてくれないと困るニャ〜」

「それなら、たくさん悩めばいいワン」

「にゃ〜……いじわる……」


 冗談っぽく答えたが、俺の中に明確な答えがあるわけじゃないからな。


 なぜならば俺が欲しいと思っているのは……形ある物じゃないだろうから。


 高崎のことをもっと知りたい。知っていたい。彼女が俺の何を見て、何を考えてプレゼントを選ぶのだろうか。そこにどんな想いをこめてくれるのだろう。それを彼女と共に知りたい。


 我ながら面倒くさい男だなあと、苦笑してしまう。


「ここあちゃんは……どんなプレゼントが欲しいのか……ワン」


 次は俺の番だ。ついでに彼女の願いも聞いてしまおう。

 ミトンを彼女に向けると質問をぶつけてみた。


「……なんでもいいニャ〜」

「それはダメだワン。必ず一つは答えるのだワン」


 俺の問いかけに対して何かを答えようと口を開いた高崎だが、言葉に詰まっている様子だ。唇の開閉を繰り返している。右手の猫は徐々に高度を落とし、彼女の膝元まで下がった。


 しばらくの沈黙の後、彼女は言葉を紡ぐ。


「亮太くんの想い」


 予想外のガチ回答に思わず返答を窮してしまった。

 彼女が望むものもまた、形ない物なのか。


 口に発した言葉の意味に気づいて我に返ったのか、高崎は急に慌てだす。


「ま、ままま待って! やっぱり今の無し! 何でもないの!」


 手をバタつかせながら焦って否定する高崎を見て思う。

 他人のことを言えた義理じゃないけど、彼女も大概面倒くさい女子だよな。

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