表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/15

03. 女子会(ランチタイム)(溝口さん視点)

 普段のお昼はここちゃんのクラスで一緒に済ませているのだが、昨日の出来事のせいで周囲が煩い。

 そのため、私とここちゃんは『オカルト研究部』の部室に逃げてきたのだが、中々に居心地が良かった。窓から差し込む日差しによって室内は暖かいし、何より静かで心安らぐ。周囲が落ち着くまではしばらくここでランチタイムを過ごしても良いかもしれない。


「あれだけ分かりやすくアピールしたのに亮太くんって全然気づいてくれないんだよ! 酷いと思わない?」

「そうなんだ」

「ねえ! 凛ちゃん、聞いてるの?」

「聞いてるよー」


 愚痴だか惚気だかわからない親友の話を聞きながら、菓子パンにかぶりついた。これは『スイートポテトメロンパン』というらしい。割引シールに目が眩んで買ってしまったが失敗だったようだ。お芋のほのかな甘みとパサパサのパン生地がミスマッチだ。正直に言ってあまり美味しくない。


 ところで、私たち女子高生にとっての天敵の一つは『腹の虫』だと思っている。奴は油断ならない存在だ。お昼近くなってくるとお腹の中で暴れ始めて、大きな音を立てるのだ。授業中の静かな教室では音が目立つから恥ずかしい。周囲が同性だけなのであれば問題ないのだが、私の隣の席には気になっている佐々木くんがいる。彼にだけは絶対に聞かれたくない。

 もちろん、私だってこのまま無抵抗を貫くつもりはない。朝ご飯はガッツリ食べて備えている。それでも鳴る時はお腹が鳴るのだ。何とか音を止めようとお腹に力を入れて膨らませても鳴るし、凹ませても鳴る。本当にアイツは強敵すぎる。


 そんなわけで、用意した菓子パンを午前中のどこかで食べることにしている。これが結構効果あるんだ。やっぱり空腹なのが原因なんだよね。今日は色々あって食べ損ねてしまったから、こうして今食べているんだけれども。


「でも、寒がっている私を労って温かい飲み物を買ってくれたんだ。亮太くん、やっぱり優しいよね! 凛ちゃんもそう思わない?」

ほーはんはー(そーなんだー)

「凛ちゃん、聞いてる?」

ひーへふほー(きいてるよー)


 残っていた菓子パンの欠片を口に放り込むと、紙パックのジュースで流し込んだ。さて、惚気話はそろそろ終わりにしてもいい頃合いだろう。


「というか、ここちゃん。その話を聞くの、もう3回目なんだけど。流石に飽きたよ」

「えー、そんなに話してないよ!」


 いやいや、昨日の夜に1回。今朝と今で2回。ほら、3回目じゃん!


「そろそろお弁当食べ始めないとランチタイム終わっちゃうよ。ここちゃん、食べるの遅いんだし」


 そう親友を急かしながら私も弁当箱を広げる。運動部所属の私にとって菓子パンはおやつみたいなものだから、まだまだお腹は満たされていないのだ。

 早速唐揚げに箸を伸ばそうとしたところで、親友の視線に気が付いた。ああ、そういえば恒例行事がまだだったね。


「凛ちゃん、今日の出来栄えはどうかな?」

「うん、いいと思うよ。美味しそうじゃん!」


 高校に入学してすぐ、彼女は料理の勉強を始めた。どうやら山田くんにお弁当を作ってあげたいらしい。健気で可愛いと思う。


 ただ、最初の頃は、上手にお弁当を作れていなかった。卵焼きは素材の味しかしなかったし、汁気のあるおかずを考えなしにぶち込むせいで見た目も酷い感じだった記憶がある。メシマズな人の予感がしたので冷凍食品を勧めてみたのだが、彼女は絶対に手作りすると言って聞かなかった。ここちゃんは結構頑固なんだよねぇ。

 けれど、半年以上の努力を重ねた結果、今では普通に美味しいお弁当を作れるくらいに成長した。最近は見た目が可愛くなるようにデコレーションすることも覚えた。人間、やる気になれば出来ちゃうものなんだね。


「練習はもう十分なんじゃない? このレベルのお弁当なら山田くん、泣いて喜ぶ気がするけど。そろそろ作ってあげたら?」

「えぇ……まだ無理だよぉ。自信ないし。それになんて言えばいいかわからないし……」

「どうして? お弁当作っていいか聞くだけじゃん」

「そんなに簡単には言えないよ……」


 私の親友はお願い事をするのがとても苦手だ。

 弱気で奥手だから。相手への負担を気に病んでしまう優しい性格だからと言うのもある。だが、一番の理由は思春期真っ只中な以前の山田くんに拒絶されて傷付いたことがあるから。その経験が彼女のトラウマになっているんじゃないかなと思っている。


 心理学用語に『セルフ・ハンディキャッピング』と言うものがある。といっても、小難しい話は何もない。定期テストが近づくと部屋の掃除をしたくなるというアレのことだ。


 定期テストが近づき、勉強のために残された時間が刻一刻と減っていく。にも関わらず、大して散らかっていない部屋を掃除し、漫画しか並んでいない本棚を片付け始める。手にした漫画を読み終える頃にようやく勉強していないことを思い出すのだ。

 こうして、自分が不利になる様な行動を無意識に行なってしまう。そして、テスト結果が返却されたときにこう言い訳するのだ。「これは本来の実力じゃない。勉強していればもっと良い成績が取れたはずだ」と。愚かな逃避行動であり心を守る防衛行動でもあるそれらは、親友の心理に近いのかもしれない。


 心に眠る想いは、言葉にすれば願いとなる。願いはやがて期待を生む。そして叶えられた未来を想像し、幸せに浸る自身を見つけてしまう。

 そんな『お願い』を断られてしまうのはとても辛い。期待を裏切られて心が痛む。幸せになるはずだった未来が目の前から逃げていく。それはとても恐ろしいことだ。


 だから彼女は『お願い』をすることができない。「私の願いが叶わないのは口に出していないからだ。山田くんが私のことを嫌いだから叶わないんじゃない。きっと言葉にすれば山田くんは願いを叶えてくれるはずだ。ちゃんと言葉を尽くせば私のことを受け入れて好きでいてくれる」。そうやって言い訳を用意しているんだと思う。愛の告白を先延ばしにしてしまう心理も同じかもしれない。


「でもさ、ここちゃん。言葉にしないと相手には伝わらないよ。それに二人はもう付き合ってるんだから大抵のことは受け入れてもらえると思うけど?」

「そうかな?」

「そうだよ。だから踏み込まないと!」

「うーん……」


 私の言葉に納得していない表情の彼女を見ながら、紙パックのジュースに口をつけた。

 ちょっと話題を変えた方が良いかもしれない。


「それより山田くんとはどこまで進んだの? 手ぐらいは繋いだんでしょ?」


 ずっと気になっていたことを尋ねてみる。

 告白の状況を聞いても彼女は頑なに答えようとはしない。照れた表情で「絶対に秘密!」と幸せそうに繰り返すだけなのだ。もしかしたら好きだと告白されただけじゃなくて、それ以上の出来事が何かあったのかもしれない。実際のところはどうなのだろうか。


「それは……うん」

「じゃあ、キスは?」


 何かを思い出したのか、彼女の頬が緩む。それを慌てて隠すように口元で拳を作るがバレバレだ。ふーん、そういう反応をするのか。


「え、もしかしてそれ以上も?」

「まままままだだよ! 私たちにはまだ早いよ!」

「でも、キスはしたんでしょ?」

「まだ1回だけだから! 告白の時の1回だけ!!!」


 耳元まで真っ赤に染めながら慌てている親友を見ていると、ピュアだなぁと改めて思う。


 そんな彼女は、いつの間にか大人の階段を登りつつある。私よりも遥か先に行ってしまった。何だかちょっと悔しい。私なんて佐々木くんと手を繋いだことすらないのに!

 もちろん、親友の幸せは応援しているし、彼女たちの仲が親密になることを祈っている。でもそれとこれとは別なのだ。乙女心は複雑なのです。


 ◇


「恋人らしいこと、何かしたいなぁ」

「例えば?」


 お弁当を半分以上食べ終えたところで、親友の零した呟きを拾う。


「デートしたいな。場所はどこだっていいからデートしたい!」

「すればいいじゃん!」

「今は口実が思いつかない……察して亮太くんから誘ってくれないかなぁ」

「というか、毎日一緒に帰ってるんでしょ? それってもう放課後デートしてるようなものじゃん」

「あれは思ってるのと違うというか……ちゃんとしたデートがいいの!」


 親友が何か贅沢なことを言っている。


 そう、二人は付き合う前から登下校を共にしていたはずだ。

 百歩譲って一緒に登校するのは分かる。始業時間は決まってるし、家が隣同士で通学路も同じだ。一緒に来ることもあるだろう。

 でも、各自の都合で帰宅するタイミングがバラバラな下校は違うでしょ。それって憧れの放課後デートじゃん。私だって佐々木くんと制服デートしたいよ!


「今のここちゃんには口実が必要かぁ。だったらクリスマスイブは?」


 お互いの服を選んだり、デート場所の下見をしたり。プレゼントを探すのも良い。イブを口実にすればデートのためのデートを何回も出来るはず。

 我ながら悪くない案かなと思ったのだが、親友は落ち込んでしまった。


「実はイベント委員に選ばれちゃったんだ……だからデートは無理かも」

「そっかー。そういえば、うちのクラスのイベント委員は山田くんが立候補してたよ」

「本当? よかった、一緒に出来るんだ……」


 今朝のHRの状況を話すと、親友の機嫌が目に見えて良くなった。なんだ、山田くんも気がきくじゃん。


「そうか、イブはイベントで潰れちゃうんだね。だったら、プレゼントは?」

「うん。用意するつもり。凛ちゃんは何がいいと思う?」

「そういうのは私じゃなくて、直接本人に聞いた方がいいと思うけど」

「それは……後で亮太くんには聞くつもりだけど、凛ちゃんの意見も聞きたいなあと思って」

「ホントに? ちゃんと聞ける?」


 プレゼントとして贈る物か。そういえばと、お兄ちゃんの彼女さんの話を思い出した。


「あー、サプライズはダメだよ」

「そうなんだ」

「あと、どうせ山田くんもプレゼント用意するだろうから、自分の好みを相手に伝えておいた方がいいよ」


 そう、サプライズはダメ。

 相手を驚かせたいという気持ちも分からなくはない。けれど、好みがあるのだからプレゼントは何でも嬉しいわけじゃない。微妙なものを贈られても喜べない。

 だから自分だけが盛り上がって相手の気持ちを考えていないプレゼントはダメだと彼女さんは言っていた。そういうサプライズ好き男子はダメだと。恐らく、男子全般というより、主にお兄ちゃんに対する文句なのだと思うのだけれども。


「うーん。私は何を貰っても嬉しいけどなぁ。プレゼントを選んでる間は、亮太くんが私のことだけ考えてくれてるってことだから。それだけで幸せかも」


 ああ、ピュアすぎて親友が眩しい。彼女から後光が差しているように見える。私の邪な心が浄化されそう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ