01. 教室の中心で愛を叫ぶ(溝口さん視点)
本編は既に完結しており、以降の話は全て後日談となります。
その後の二人が気になる方は引き続きお楽しみいただければと思います。
後日談①:クリスマスプレゼント(全5話)
付き合い始めた山田くんと高崎さん。そんな二人が恋人になって初めて迎えるイベント、『クリスマス・イブ』。お互いにプレゼントを贈ろうと決めた二人は、それぞれどんな贈り物を用意するのでしょうか?
委員決めの話し合いは一向に着地する様子が見られない。
誰もがそんな面倒な役回りをやりたくないと思っていて、別の誰かの立候補を待っている状態である。お前、立候補しろよ。いや、あなたこそやりなさいよ。教室内はそういった視線が飛び交う微妙な空気で覆われていた。
そんな空気を切り裂くように、停滞していたLHRの終わりを告げる鐘が鳴る。
一つ、ため息をついたクラス担任の先生は授業の終わりを宣言した。
「今日中には決まらなかったか。続きは明日だな。では、日直。号令を!」
不揃いな挨拶が終わると、先生は私たちに背を向ける。ちょうど黒板と相対する形だ。
先生は黒板消しを手に取ると書かれた文字を消し始めた。彼が右腕を動かすたびに『クリスマス会』の文字が薄れていく。それをぼんやりと眺めていた。
◇
カレンダー上ではもうすぐ12月だ。秋が深まり、風も日に日に冷たく感じられるようになってきた。冬の始まりがすぐそこまで迫ってきている。
そして冬といえばクリスマス。恋人が既にいる者も恋人を欲しいと願う者も、皆がワクワクしてしまう行事だ。それは刺激の少ない私たち高校生にとって重要なイベントの一つになる。クラスの空気が浮き足立っているように感じられるのも気のせいではないだろう。
はぁ、そろそろ部活に行こうかな。
教室には友達とお喋りしている者、部活や帰宅の準備をする者たちが思い思いに過ごしており、なんとも騒がしい。
そんな様子を尻目に教室の後ろ側へ向かう。自分のロッカーを解錠し、中身を整理していると微かに私を呼ぶ声が聞こえた。
「凛ちゃん! ちょっと!」
声の主は教室の入り口で遠慮がちに立っていた。胸の前で小さく手招きをして私を呼んでいる。
高崎ここあ。彼女は隣のクラスにいる私の親友だ。
「ここちゃん、どしたの?」
「うん。これ、返そうと思って」
彼女に近づいてみると、綺麗にラッピングされた何かを持っていた。可愛らしい包装紙にはデフォルメされた動物が印刷されていて、包みの口をリボンで括ってある。隅に貼られた猫のシールには「ありがとう」と丸文字で書かれていた。
彼女から手渡しで受け取ると、中身は意外に固い。四角く角張っていて、包みを撫で回してみると書籍のような手触りだ。なるほど、前に貸したあれかな。
「凛ちゃん。ありがとうね」
「どういたしまして。で、役に立った?」
私の問いに彼女は曖昧な笑みを浮かべる。どうやら役に立たなかったらしい。ありゃ、これは作戦失敗だったのかな。
「じゃあ、ダメだったんだ?」
「……ううん」
彼女にそう聞くと、今度は嬉しそうな笑顔が返ってきた。
役には立たなかったが上手くはいったらしい。どういうことだろう。疑問に思いながらも祝福の言葉を返す。
「ここちゃん、おめでとう! あーあ、先を越されちゃったなぁ」
「うん。ありがと! 凛ちゃんもきっと上手くいくと思うよ。私、応援してるから!」
ここちゃんにもようやく春が訪れたのかぁ。彼女の初恋は長かったもんね。想いが成就して本当によかった。幸せそうな親友の様子にほっこりした気持ちになる。
そんなやり取りをしていると背後から女子の大きな声が聞こえた。
「山田くん。今からカラオケ行こうよ!」
知ってる名前の登場に、ここちゃんと思わず目を合わせた後、二人して声のする方向へ顔を向けた。
「ほら、一人足らなくてさー。山田くんが来てくれたらちょうどいいんだけど」
「え、俺? いや、今日はカラオケって気分じゃないし」
「えー、いいじゃん! 行こうよ、カラオケ」
山田くんに絡んでいるのは同じクラスの清水さんだ。彼女はこのクラスの中心、トップカーストのグループに所属していて、その言動はとても目立つ。明るい性格で話すと普通に良い人なのだが、少々気の強い気性なところが難点だろうか。
彼女の髪は明るい茶色に染まっており、耳元にはピアスが光っている。顔立ちは整っていて、読モをしてるという噂にもなるほどと頷けるほどの美人さんだと思う。きっと恋愛には不自由したことがないに違いない。
「行こうよ、ねえ〜。絶対楽しいって!」
「いや……ほら、今日は声の調子がなんだか悪いし、やめとくわ」
「のど飴あげるから大丈夫! だから行こうよ、山田くん。あたしの歌声聞かせてあげるから。特別なんだからね!」
「そうは言ってもだな……」
渋顔で乗り気には見えない山田くんの腕に、清水さんが抱きつく形になっている。清水さんはぐいぐい行くね。山田くんへの好意を隠すつもりが微塵も感じられない。モテる女子になるにはあれくらいアピールした方がいいのかもしれない。
それにしても、山田くんはモテる。
彼はクラスの中心グループに所属しているわけではないし、リーダーシップを発揮してみんなを纏めるような感じの人ではない。というか、特定のグループには所属せず、クラスの皆と満遍なく仲が良い様子だ。それが成立するのは温厚で社交的な性格だからだろう。女子への接し方も丁寧で優しい。
そして彼はスポーツが得意だ。中学まではバスケ部員だったこともあり、背が高くスタイルも良い。何よりもイケメンだ。山田さんのお姉さんも飛び抜けた美人だという話だから遺伝によるものなのかもしれない。羨ましい限りである。
こうして彼の長所を挙げてみると女子がときめくポイントをいくつも押さえている。そりゃ、モテるわけだ。言動が目立つタイプではないので学年屈指の人気者というわけではないが、隠れファンは多いんじゃないだろうか。その証拠に、彼に淡い恋心を抱いている友達を複数人知っている。親友には伝えられない内緒の話なんだけれどね。
そんな山田くんの彼女はどうしているのかなと隣をみると、親友は険しい表情でやり取りを見つめていた。彼女の瞳には嫉妬の炎が燃え盛っている。なんだか修羅場になりそうな予感。
「それじゃあ、ここちゃん。頑張ってね!」
「あ、ちょっと……」
ポンっと彼女の背中を軽く叩くと、私は自分の席に戻ることにした。
ここから先は彼女たち二人の問題である。いくら親友だからといって私が出しゃばって良いものではない。彼女が自分の力でなんとかするしかないのだから。
だからファイトだよ、ここちゃん!
◇
「溝口さん。ニヤニヤしちゃってどうしたの?」
自席に戻ると、隣の席の男子に声を掛けられた。メガネ姿の彼は不思議そうな表情を浮かべている。
「佐々木くん。例の本が無事に役目を終えたみたいよ」
そう答えて、先ほど受け取った物の包みを丁寧に解く。中から出てきた書籍の表紙には『催眠術入門』と書かれていた。
それを目にした瞬間、彼の口元が微かに緩んだ。
「……なるほど。おめでとう、で良いのかな? 亮太からは何も聞いてないんだけど」
彼の問いに頷きで返す。流石、佐々木くんだ。察しが良い。
佐々木健介くん。
私たちの関係は、親友の彼氏の友達であると同時に、共通の友人たちの恋を応援する同盟関係者でもある。両片思いなくせに全く進展しない二人をくっ付けようと策を弄してきた。それがようやく報われたことになる。
「随分と世話の掛かる二人だったけど、これで僕らの同盟関係も解消かな?」
「うーん。でもあの二人だからねぇ……。まだ続けた方がいいんじゃないのかな」
「これ以上続けても僕らには……いや、溝口さんの言う通りかもしれないね」
そう呟く佐々木くんの顔は教室の中心に向けられていた。
彼の視線の先では、断るための言い訳を並べる山田くんと強引に誘う清水さんの攻防が続いている。そこへいつの間にか教室へ足を踏み入れていたここちゃんがゆっくりと近づいていた。
ところで、女子同士の激しい喧嘩のことをキャットファイトと呼ぶらしい。名前の通り、騒がしい猫の喧嘩が語源となっているそうだ。であるならば、これから教室で起こる戦いは同じネコ科同士の争いであるかもしれない。もっとも、ライオンが清水さんで、ここちゃんは家猫になりそうだけど。大丈夫かな。
「亮……山田くん。今、ちょっといいかな?」
意外にも先制したのはマンチカンの方だった。
遠慮がちに切り出す彼女は声を発するとすぐに俯いてしまい、微かに震えているようにも見える。その小さな背中に声なき声援を送る。ここちゃん、負けるな!
「今、山田くんはあたしと楽しくお喋りしてるんですけど!」
そうライオンは一蹴する。
その低くて鋭い声には冷気を纏っていた。甘えたような声色だった山田くんに対する接し方とは全く違う。そのせいであれだけ騒がしかった教室が静かになる。
山田くんを含めた三人の間には異質な雰囲気が漂い始めており、それに気づいた周囲の視線が彼女たちに集まっていた。
「えーと、高……高野さんだっけ? 邪魔しないでくれる?」
「あの、高野じゃなくて高崎です」
変わらぬ口調で言葉を続けるライオン。しかし、その裏に小さな嘘を見つけた。
山田くんに注目して、彼を見ている女子であれば、周囲にいる高崎ここあという女子の存在を認識しているはずだ。彼女は私を訪ねて教室へ遊びにくるし、帰りに山田くんとも会話している。それを見れば二人の仲が良いことがわかる。幼馴染という肩書き以上に親密な様子を目にしているはずだ。
にもかかわらず、清水さんはここちゃんの名前を間違えた。私にはわざと言い間違えたように感じる。
それは清水さんのプライドなのではないだろうか。貴女のことは認めない。お前よりも私の方が上だ。だから私は貴女の存在を認識していない。そんな意思が隠されているように思えてならない。
「清水さん、ここで待ってるから終わったら——」
「ああ、高崎さんは待たなくていいよ。これから山田くんはあたしとカラオケに行くんだから」
「……それは困る。私だって、山田くんに用があるし……」
「そんなのあんたの都合じゃん! あたしたちに押し付けないでよ!」
「でも……」
二人の押し問答は続いているが、少々ここちゃんが劣勢のようだ。彼女の腰も引けている。
「なあ、清水。俺も高崎に話が——」
「山田くんはちょっと黙っててくれない?」
「お、おう」
堪らず口を挟もうとしたが清水さんに一蹴されて黙る山田くん。うーん、頼りないんだよなぁ。ここちゃんの彼氏なんだったら、ここはビシッと決めてもらいたいところだ。
でも、山田くんが黙ってしまう気持ちは分からないでもない。異性の言い争いに割って入るのは中々に難しいからね。目の前の男子の喧嘩を仲裁しろと言われたら私だって困ってしまうだろうから。
「そういうわけだから、高崎さんはもう帰っていいよ! バイバイ!」
「……清水さんのお話が終わるまで待ってます。だから早く山田くんを解放してください」
「何でわかんないかなー。ていうか、あんた関係ないでしょ?」
「……幼馴染ですから」
「だから何? ちょっと付き合いが長いからって付き纏うのどうかと思うんだけど」
「…………わ、私は」
「単なる幼馴染のくせに彼女面するとか、山田くんが可哀想すぎる」
「…………だから」
俯き加減でそう呟くと、ここちゃんはグッと顔を上げて言葉を続けた。
「私と山田くんは付き合ってますから! だから無関係じゃないもん!」
珍しく声を張り上げた親友の姿に辺りが凍りついた。
ただ、一瞬の沈黙の後に、その言葉の意味を理解した周囲が蜂の巣を突いたかのように騒ぎ出す。
「えっと……そうだ! 亮太くん、いつものところで待ってるからね! 清水さんも邪魔しちゃってごめんなさい」
早口でそう言い残すと、騒ぎの元凶は逃げるように教室から出て行ってしまった。
残された清水さんは驚きで固まっており、山田くんは問いただそうとするクラスメイト達に囲まれている。どうすんのよ、この状況。
「あーあ、明日から大変だこれ」
隣の席から呆れ混じりの呟きが聞こえた。
視線を向けると、私と一緒に一部始終を眺めていた佐々木くんの声だった。彼の感想と同意見だったので思わず頷く。
私たちの高校生活は娯楽が少ない。決められたルールの上での生活を強いられ、顔を合わせる友人も固定化されている。代わり映えのしない日々には刺激が少ないのだ。そんな私たちにとっての娯楽は周囲の人間関係だ。特に恋バナなんてものは噂話として面白おかしく消費されてしまう。
だから親友の『私たち付き合ってます宣言』は中々にインパクトある話だ。恐らく学年中に噂話として広まってしまうだろう。二人の周囲が騒がしくなりそうだ。
「溝口さん。それじゃあ、僕らは手間のかかる友人たちのフォローに精を出しますかー」
考えに耽っていたら佐々木くんに声を掛けられた。
親友たちの恋は実ってしまったけれども、私たちの同盟関係はまだまだ続きそうなのがちょっと嬉しい。
というか、こうやってさり気なく友人のフォローに動ける佐々木くんってやっぱり素敵だなぁー。




