10. Day13【エピローグ】
あれから日が経ち、デート当日の土曜日を迎える。
この一週間は本当に気まずい日々を過ごしていた。
高崎とデートの約束をしたのは月曜日。しかし、デート当日まで四日も空いていて、その間は彼女と何度も顔を合わせなきゃいけなかった。顔を合わせた彼女の瞳は期待と不安の色で揺れていて、目が合うとすぐに顔を逸らされてしまう。これなら火曜日にデートするよう約束すればよかったかもしれない。
しかも、彼女には話があると伝えている。デートと関連付けた上で大事な話であると言っているのだから、匂わせているようなものだ。まあ期待するだろうし、実際そうだ。そして、顔を合わせるたびに物言いたげな雰囲気と、期待に満ちた表情を浮かべる様子を見るに、彼女も何を言われるのか勘付いていると思われる。
どういう結末を迎えるのか、高崎は何となく察している。けれどデート当日まで俺から何かを言うことはない。だから彼女の期待値だけが高まっていく。そんな中途半端な状態が続いていたので、本当に気詰まりだった。お互いにどう接して良いか分からない。話しかけようにもいまいち距離感を掴めず、口を開いても辿々しい感じになってしまう。剣の達人が如く、相手の空気を探り合う日々が続いていた。
それもようやく今日で終わる。ホント長かった。
◇
デートは基本的に先週と同じ流れで計画していた。
隣駅で待ち合わせてそのまま映画館まで歩く。映画を見たらファミレスで感想会をしつつ、その場で大事な話もしてしまおう。ファミレスを選択したのは、衆人環視の元で伝えたほうが、お互い冷静に状況を受け止められるかなという淡い打算から。
「亮太くん……その……お待たせ」
「お、おう………………じゃあ行くか」
そんなわけで、待ち合わせ場所で合流した俺たちは、今週の雰囲気を引きずったままデートを開始した。
おかしい、先週のデートでは比較的自然に振る舞えていたはずなんだけどな。
「えー、その……なんだ。今日はコート着てきたんだな?」
「う、うん……少し肌寒かったし……」
駅の構内から出た俺たちはそのまま映画館への道のりを歩く。
先週とは異なり、今日は生憎の曇り空だった。時折感じる風は冷たく、高崎の言う通りに肌寒い。
「亮太くんは……寒くないの?」
「いや……別に」
「そ、そっかー……」
道中は散発的な会話が続く。お互いに会話を盛り上げようと努力はしている。けれど適切な話題が見つからないから言葉はすぐに途切れてしまう。
あと先週と違い、視線が交わることは少ない気がする。進行方向に真っ直ぐ顔を向けているからね。もう精神的に一杯一杯なのだ。
「……このデートが終わったら…………明日は日曜日……だよね?」
「え? ……ああ、そうだな。ここあはなんか予定……あるのか?」
「えーと……な、ないかなー」
「そ、そうか」
二人とも話したいこと、聞きたいことはたくさんある。けれど核心に触れる勇気が持てない。輪郭をなぞる様な会話が続いていた。
ふと高崎と視線が合う。彼女の目には強い期待感で満ちていた。今日はそのハードルを乗り越えなければならない。彼女に気付かれないよう、そっと息を整えた。
◇
「ここあ。今日見る映画なんだけど……『夕日の沈む頃に』でいいか?」
映画館に着いた俺たちは真っ直ぐにチケット売り場まで足を運ぶ。
元々は『王女様の告白』というタイトルを見る予定だった。だが、先週の一件があり、タイトルを変えた方がいいと思っていた。高崎がネガティブな思考に陥りそうだしね。
「これも恋愛映画だな。王道寄りの純愛もの。評判はかなり良いらしいけど……どう?」
「えっと、恋愛映画なら私は大丈夫。特に亮太くんのオススメなら……うん。これでいいよ」
「じゃあ決まりだな。チケット買いに行こう」
『王女様の告白』程ではないが、調べた限りはかなり評価の高い恋愛映画だった。タイトルの存在を知らない様子の高崎だったが、反応は上々だったのでこの映画に決めて、俺たちはシアタールームに着席した。室内はそれほど混雑しておらず、中央のなかなか良い席を確保できたのは幸いだっただろう。
しかし、映画が始まってから失敗だったと気付いた。
『夕日の沈む頃に』は、幼馴染の男女二人の純愛物語を描いた映画である。両片思いなのにお互いの気持ちに気づかず、くっついたり離れたりしながらも紆余曲折を経て結ばれるというストーリーだ。沈む夕日を背景に告白するシーンでタイトル回収するといった感じらしい。
幼馴染の二人が結ばれる。そんな映画を俺が選んで高崎に薦めた。そして、この後に大事な話をすると伝えている。別に演出とか狙ってやったわけじゃない。たまたまの偶然である。でも彼女はどう受け取ったのか。
隣に座る高崎をチラリと盗み見てみる。
「そういう事なんだよね」とか「勘違いじゃないよね」と小さく呟く声が聞こえたからだ。彼女の期待値は爆上がりしている。限界突破してハードルがどこまでも上昇し続けている。そんな様子に見えた。この後、彼女の期待に応えきれるだろうか。一抹の不安を感じる。
映画の方はエンドロールが終わり、いつの間にか室内が明るく照らされていた。退室を促すアナウンスを合図に俺たちも席を立つ。
「……映画はまあまあな感じだったな。ここあは……どうだった?」
「えっと………………心の準備は……で、出来てます」
「そ、そうですか……」
そんなやり取りをしながらシアタールームを後にすると、映画館の入り口へ戻ってきた。
さあ、これからが俺たちにとっての本番だ。気合を入れなくては。
「じゃあ、ここあさん。この後どっかで一休みでもしますか?」
「は、はひ……」
◇
緊張した様子の高崎を連れて、街中を歩く。目的地は前回訪れたファミレスだ。
「ここあ。このファミレスでどう? 店の前まで来ちゃったけど」
彼女に尋ねながら店の様子を見てみる。
前回とは異なり、今は夕方のピーク時間帯。店内は様々な客層の人々で混雑しており、入店待ちも数名発生しているようだった。席に着くまでしばらく待たされそうな様子である。
「あれ? 何かダメだった?」
高崎の表情を見て思わず声を掛けた。
彼女の顔には困惑の色が見て取れる。その様子に俺も困惑する。前回は慣れた場所に安堵と喜びの表情を浮かべていたはずだったが。何が問題なんだ?
彼女の気持ちを押し測ろうとしていると、遠慮がちな声が聞こえた。
「ダメというか………もう少し……静かな場所の方がいい気がするの」
困った様子だった彼女の顔は、次第に不満そうな表情に変わっていた。
どうやら店のチョイスが良くなかったらしい。だが、既にファミレスで決めていて周辺の店は調べていない。どうしようか。
店選びで思い悩んでいると、か細い声が続く。
「……二人きりになれる場所がないなら…………うちに来る?」
胸の前で手をモジモジさせてる彼女は耳まで赤く染めていた。
「二人きり……ここあの部屋ってこと?」
思わず聞き返した問いに彼女は慌てて反論する。
「あ、違うの。ママも居るから! というか、ママが亮太くんにも会いたがっていたし!」
「ああ、ここあのオバさんね。そういや最近会ってないな」
「でしょ! だったら……だったらうちは……どうかな?」
「そう……だな。今の時間、俺の家には誰も居ないから流石に……だし。……高崎家で話をするか」
「そ、そうだよ! それがいい……と思うの」
照れを誤魔化すためか、高崎の口調に勢いが出てきた。こっちの方が喋りやすいからそのままでいて欲しい。
しかし、高崎家か。まあ、場所はどこを選んでも伝える内容に変わりはない。ならいいか。では、いざ彼女の家へ!
◇
「亮太くん。靴はその辺に適当でいいから」
そう言われても人の家の玄関だ。みっともない真似はできない。靴を脱いで揃えると玄関に足を下ろす。
高崎家。足を踏み入れるのは本当に久々だ。小学生の頃以来だろうか。記憶の光景と変わっていない様子に少しホッとする。
目の前には廊下があり、右手には二階への階段が、正面には奥の部屋へと道が続いていた。この先はキッチンと広いリビングに繋がっていた記憶がある。
「ママ! しばらく部屋に居るけど邪魔しないでね!」
張りあげた高崎の声に反応して、奥の部屋から女性が顔を出した。彼女の母親だ。
「あら。亮ちゃん、いらっしゃい。大きくなったわねー。すっかり男らしく格好良くなっちゃって。ママも惚れちゃいそう」
高崎母はニコニコしながら手を振っている。そうそう、こんな風に距離感の近い人だった。
記憶よりも少し年を重ねていたが、それでも綺麗で若々しく見える。ゆるふわな雰囲気を漂わせていた。高崎も将来はおっとり美人に成長するのだろうか。
「オバさん、お久しぶりです。あと、突然お邪魔してしまってすみません」
「ご丁寧にどうも。二人の時間は邪魔しないからゆっくりしていらっしゃい」
「ママ、余計なことは言わないで! ごめんね、亮太くん。そろそろ行こう?」
袖口を引っ張られた。高崎を見ると彼女の視線は階段に向いている。目的地は二階ってことだな、きっと。
「ここあちゃん。後でお菓子を持っていくわね」
「自分でやるからいい! お願いだから部屋に入ってこないで! わかった?」
「はいはい。昨日から楽しみにしてたものね」
「ち、違うし……」
「あら、念入りにお部屋の掃除してたじゃない?」
「もう、そういうこと言わなくていいから! 亮太くん、行くよ!」
袖口を強く引っ張られて階段へ向かう。昇った先を右手に曲がると奥に扉があった。子供の頃と変わりなければ高崎の部屋だったはず。
「あんまりジロジロ見ないでね? 部屋片付いてないし、掃除してなくて汚いから」
そう念を押されて通されたのは可愛らしい印象を受ける部屋だった。
パステルカラーで統一された家具が並んでおり、点々と置かれた小物やぬいぐるみが可愛さを強調している。微かに香る甘い匂いはアロマか何かだろう。高崎のイメージに合った、彼女らしい部屋だと思う。
部屋自体も整理整頓されており清潔感を感じる。高崎母曰く、昨日しっかりと掃除していたらしいからな。あれ、でも今日ここに来ることは突発的に決まったはずだったが。何故?
「あー、飲み物取ってくるけど……そのクッション使っていいからね……だから待ってて」
先ほどから顔を赤らめたままの彼女は、そう言うとパタパタと部屋を出ていった。部屋の中央には色違いのクッションが二つ並んでいる。水色の方を選んで腰を下ろすと大きく息を吐いた。
うへー、緊張した。駅での待ち合わせから始まり、今日はホントに長い一日だった。でもまだ気を緩めるわけにはいかない。ここからが本番なのだから。
気を紛らわせるため部屋を見渡してみる。
改めて見てもTHE女子という部屋だ。座ってて居心地が悪いというか、何だかソワソワする。いい匂いがするし下手に小物を触ると穢してしまいそうな、そんな気分にさせられる。昔はそんなこと感じなかった筈なのだが俺の心境の変化からくるものなのだろうか。
そういえばと気づく。この部屋にはオカルト関係の物がない。
本棚には漫画しか並んでいない。知らないタイトルばかりなので少女漫画だろうか。他に置かれているものはぬいぐるみや可愛らしい小物入れくらい。この部屋をパッと見てもオカルトを連想させる物は何一つない。
そもそも、俺の知る彼女は特別オカルトに興味ある印象はなかった。部活の内容も占いっぽい事ばかりしかやっていない。そんな彼女が何故オカルト研究部なんてものを作ろうと思ったのか。後で聞いてみるか。
◇
「はい。熱いから気をつけてね」
「おー、サンキュー」
戻ってきた高崎からマグカップを受け取り、口元に近づける。香ばしい珈琲の良い匂いだ。ざわついた気持ちが落ち着く。
そのまま一口啜る。ミルクたっぷりで甘さも丁度良い、自分好みの味だ。彼女はこうして好みを知ってくれている。俺を見てくれている。改めてその事実を知り、全身に微かな喜びが広がった。新しい彼女の一面を知ることができた。それが何だか嬉しい。
「言ってた割に、ちゃんと片付いてるじゃん。俺の部屋より何倍もマシだぞ?」
「う、うん……たまたまだよ」
目の前の高崎に話し掛けた。部屋に戻った彼女は正面で女の子座りしている。両手でマグカップを抱えながらソワソワと浮き足立っている様子だ。
しかし、距離が近い。体を少し乗り出せば彼女に触れることができそうな距離である。まあ、部屋はそれほど広くないしね。
「ところで、この部屋ってオカルトグッズ何もないよな?」
「うん、そうだね。全て部室に置いてるから」
「そうなんだ。そういや、何で部活なんて作ったんだ? ここあ、別にオカルト好きじゃないじゃん」
「……え? 急にどうしたの?」
「いや、理由を聞いたことなかったなあって思って」
「…………………二人きり………………………」
目の前の高崎はボソボソ何かを呟く。声が小さく殆ど聞き取れない。ただ、聞き取れた単語から何となく理由を察した。そんな不純な理由で部活を作っちゃう行動力に驚いた。まあ、うちの高校は諸々緩く、部活も比較的簡単に新設できる。顧問不在の部も多いし、同好会のような趣味全開の部活でもお咎めなしだ。だから問題ないっちゃないんだけど。
言い淀んでいた高崎はマグカップを口元へ運び、そのまま黙ってしまった。チラリと彼女と目が合う。これ以上は深掘りするな、そう視線で訴えている。何だか気まずさを感じて俺も珈琲に口をつけた。
最近の高崎を見ていると、彼女は臆病なのか積極的なのか分からなくなる。知らない彼女がそこにいる。今まで見てこなかった彼女の姿のはずだ。これから先、どのくらい隣で見ていれば彼女の全てを知ることができるのだろうか。そんな事に思いを馳せながら少し冷めてしまったマグカップを置いた。
さて、場はそろそろ温まってきた。告白するならこのタイミングだろう。それくらいは分かる。
静かに呼吸を整える。何度も深呼吸する。そして、腰を上げて中腰の体勢を取った。
「ここあ。そろそろ俺、帰るわ」
いや、もう無理だって。告白なんてした事ないし。何から切り出せばいいか分かんない。この張り詰めた空気にもそろそろ耐えられなくなってきた。だから、仕切り直しだ。明日になったらちゃんと告白できる気がする。
立ちあがろうと動くと、袖口を引っ張られる感覚がする。
手の主を見ると、泣きそうな表情でこちらを見つめていた。
「…………大事な話があるって…………亮太くん言った……」
震える声に引き止められてクッションに座り直した。すみません、ヘタレなんです。
もう一度、深呼吸をして心を整え直す。今日言うと決めたんだ。俺も男を見せないと。
軽く唇を舐めると、用意していた言葉を発した。まずは言っておかなければならないことがある。
「ここあ。俺の好きな女性のタイプって知ってるか?」
「……ふぇ? …………し、知らないよ」
嘘付け! 催眠術で俺から聞き出したくせに。
「年上の女性。ゆるふわで綺麗な癒し系お姉さんが俺の好みだ」
「……そうなんだ」
俺の言葉を聞き、失望の色を漂わせた高崎は俯いてしまう。
勝手に想像してネガティブに考えてしまうのは彼女の悪い癖だ。最後まで話を聞いてほしい。
「ああ。俺がどんな女性を好きなのか、それは誰にも決められない。誰であっても強制できない。俺自身が決めるべきことだよ」
高崎が抱いていた罪悪感は本人の手によって終わらせている。けれど完全に払拭できているのかは本人しか分からない。懸念していたことだ。
もしもまだ俺に負い目を感じていたとしたら、この一言で拭い去ってくれれば。そう想いを込めて言葉を伝えた。更に言葉を続ける。
「だから、俺が好きなのは年上の女性。今までもこれからも、その事実は変わりないし、変えるのは俺だけだ」
「でも、好きな女性のタイプと、実際に好きになる女の子は違うんだなって最近気付いた」
そこで一旦言葉を切る。高崎が顔を上げるのを待つために。
しばらくして彼女と目が合う。ちゃんと彼女に想いを伝えなければならない。その瞳を見つめながら口を開いた。
「厳密に言うとだな。いまだに『好き』って言葉がよく分からない。本当にその子の事を好きなのか、確信が持てない」
「けれど一つだけ確かなことがある。その子の隣に居たい。今だけの話ではなく、五年後十年後も一緒に居たい。もし、その子の隣に別の男が並ぶようなことがあれば、俺は許せないし納得もできない」
「学生だけじゃなく、社会人になっても。中高年や老人になっても、その子と一緒にいたい。自分が死ぬ最後の瞬間まで隣にいて欲しい」
「多分、これが俺にとっての『好き』ってことなんだと思う。その子のことが好きって事なんだと思うよ」
「だから、高崎ここあさん——」
一気に喋ると言葉を切った。
両手を床に付けて頭を下げる。土下座ってやつだ。誠意を見せる最上級の方法はこれしか知らない。俯く事になるので高崎とこれ以上顔を合わせなくて済むしね。これでも凄く恥ずかしいこと言ってる自覚はあるんだ。もう精神的に限界なんです。
地面を睨みながら二度息を吐いた。それでも心は整わない。
最後に一度深呼吸すると無理矢理に言葉を捻り出す。
「結婚を前提にお付き合いしてください」
何とか言い切った。羞恥心で今すぐにでも窓から逃げ出したい。でもいいんだ、これが悩み抜いて出した俺の結論だ。後は高崎の答えを待つだけ。
土下座の体勢で待ち続けるが、「結婚?」という呟きを最後に彼女からの反応はない。恐る恐る顔を上げてみる。
高崎は固まっていた。口を半開きにして、目を大きく見開いている。顔も耳も茹で上がるように真っ赤だ。
「あの……ここあさん。返事が欲しいのですが」
声を掛けるが相変わらず反応はない。
ふと、催眠術でのやり取りを思い出す。
記憶が確かなら彼女は、告白された時に焦らして困らせてやりたいという旨を発言していたはず。悪女め、そういう事なのか?
だが、改めて彼女の様子を見る限り、焦らしというわけでもなさそうだ。どちらかというと、意識が遥か彼方に飛んでいってしまっているような様子である。
そういえばと、もう一つのやり取りも思い出した。
高崎は告白の返事をキスで返したいと言っていた。ちゃんとこの耳で聞いたから間違いない。彼女はそういう願望を抱いていた。
今日はここまで随分と恥ずかしいことを伝えてきたし、照れくさい思いもした。一つくらい何か増えたって変わらんだろう。だったら、最後まで彼女の希望に応えよう。
中腰の体勢で彼女に近づく。香水か何かの香りを感じた。
そのまま左手で彼女の肩を掴み、右手を頬に添える。どこを触っても柔らかい。抱きしめてしまいたくなる衝動を抑えて、声を掛けてみた。
「よし、ここあ。今からキスするぞ。告白を受けたくないなら、ちゃんと抵抗しろよ?」
そう言って顔を近づける。ようやく再起動したのか、高崎は身を縮こませて、胸の前で両手を組んでいる。目は更に大きく開かれて瞳は左右に忙しなく動いていた。
無理矢理に迫ってる感じになっちゃってるんだけど、このまま続けても大丈夫なんだろうか。同意なしは嫌なんだけど。でも高崎の希望の状況だからなあ。
本当はちゃんと返事が欲しい。言葉なんてものは不完全なものだけれど、それでも高崎の口から答えを聞きたかった。この調子では期待できなさそうだが。
顔を更に近づける。左右に泳いでいた彼女の瞳が動きを止めた。
そこで、伝えていない言葉を思い出す。言葉では全ての想いを伝えきれない。それでも形にしておきたかった言葉だ。
「好きになってくれてありがとう。好きでいてくれてありがとう。そんなここあをもっと好きになりたい」
重ねた唇は珈琲の味がした。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
◇
面倒くさい感じな二人の恋物語はいかがでしたでしょうか?
誰かの好みに刺さる作品になっていたら作者的には嬉しいなと思っております。
最後になりますが、本作を面白いと思った方はよろしければ評価や感想などを残してくださると今後の活動の励みになります。