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01. Day1①

 週初めの月曜日、その放課後。昨晩に夜更かししてゲームをしていた影響か、身体がなんとなく怠い。欠伸を噛み締めながら時計を見る。


「三十分の遅刻か」


 思わず零れた独り言を振り払い、部室へと足を急ぐ。

 夕陽の差し込む廊下を進むと突き当たりに古びた扉が現れた。


『オカルト研究部』


 扉には小さく切った色画用紙が貼られており、可愛らしい丸文字でそう書かれている。剥がれかけている右端のセロハンテープをなぞって直すと、その扉に手を掛けた。


 ◇


 部室に入ると、頬を膨らませた高崎に声を掛けられた。


「亮太くん、遅刻だよ!」

「ああ、悪い。ちょっと友達と話し込んじゃってさ」


 そう返すと、鞄を置くために部室を見回した。

 広さは教室程だが、部屋の後ろ半分には机と椅子が綺麗に敷き詰めれており、部室として使えるスペースは前半分だけ。と言っても部員は俺と部長の高崎の二人しかいないので十分に広い。


 適当な場所に鞄を置き、ちらりと窓の外に視線を向けてみる。校舎近くの落葉樹は葉を落とし始めており、秋の気配を漂わせていた。日が暮れる前に早く帰りたいところだ。


「亮太くん、こっちに来て! 早く早く!!」


 声のする方へ振り返ると一脚の椅子が置かれており、高崎が椅子の座面をペタペタと叩いていた。そこに座れという事だろうか。


「で、今日は一体何をするつもりなんだ?」


 椅子に腰掛けると目の前に立つ高崎に質問を投げかけた。彼女は満足そうな表情を浮かべている。


 高崎ここあ。目の前の彼女の名前である。

 幼稚園の頃からの幼馴染で、この『オカルト研究部』を創設した部長だ。部といっても参加は自由。活動内容も高崎が思い付いたタイミングで、高崎のやりたい内容をやるという超ゆるゆるな部活である。高校では部活に入るつもりはなかったのだが、彼女に誘われるまま流されて部員になってしまった。帰宅部みたいなものだから別にいいんだけど。


「今日は催眠術を試してみたいと思うの。どうかな?」


 首を傾けて同意を求める彼女の両手には『催眠術入門』と書かれた本が握られていた。確か先月は占星術、その前がこっくりさんだったっけ。そして今回は催眠術か……。

 部室の隅に置かれた机に視線を移す。飽きて読まれなくなったオカルト関係の書籍が埃を被ったまま放置されていた。


「催眠術って、術者が催眠状態に誘導して被験者を好きなように操っちゃうっていうアレのこと?」

「そうそう。本当にそんなこと出来るのか試してみたいの」

「いや、催眠術ってほとんどインチキだから! 試す意味ないんじゃないのか?」


 催眠状態になった被験者を操って好きなことをやらせちゃう。被験者は催眠中に何されたのか記憶に残らない。催眠術に対する一般的なイメージはこんなところだろうか。全て科学的に否定されている。


 催眠術を無理矢理に肯定しようとするならば、それは術者と被験者との信頼関係に基づいて行われる茶番劇だと俺は考えている。『催眠術を施術している』という特殊な環境下で、お互いが催眠術の支配下であるかのように『演技』をしていると表現するのが理解しやすいだろうか。


 だから、本当に眠っているわけではないので催眠中の出来事を被験者は認識しているし、術者からの暗示も受け入れたくない内容であれば拒否できる。催眠状態だって被験者の意思一つで解くことが可能だ。

 催眠術でエッチなことしちゃうぞという男の夢は、残念ながら実際には起こり得ないフィクションなのである。


「ちょっと試すだけだから! ……やっぱり、ダメかな?」


 高崎はそこまで自己主張の強い性格ではなく、俺が否定すれば引いてくれる方だ。そんな彼女が今日は何故か粘っている。それ程に、催眠術で操って俺にやらせたい事があるということか。


「……高崎がそこまで言うなら分かったよ。俺に催眠術を掛けたいって事だよな?」

「うん、そうだよ! 亮太くんは座ってるだけで何もしなくていいからね!」

「了解。じゃあ貸し一つな!」

「貸し!?」

「ああ、どっか出掛ける時に付き添ってとかその程度の事さ。嫌なら別のお願いに変えてもいいけど」

「うーん、そのくらいなら。わかった、亮太くんありがとうね」


 渋々を装って同意を示すと高崎は心底嬉しそうに笑顔を浮かべた。


 催眠状態にすれば、高崎の望むように俺を操ることができる。俺が彼女に隠している本心も簡単に暴くことが可能なはずだ。恐らく彼女の中での催眠術のイメージは世間一般のそれと同じだろう。


 だが、彼女は気付いているのだろうか。

 催眠術で操ってまで俺にやらせたい内容にこそ、高崎の本心が隠されていることに。催眠術を掛ける過程で彼女の抱えている欲望や本音を曝け出してしまうことに。

 そして、俺が催眠術に掛かることはないので、掛かった演技をすれば一方的に高崎の本心を知ることが出来てしまうわけだ。多分気付いてはいないんだろうな。


 高崎ここあは小柄で可愛らしい女の子だ。少々内気な部分はあるものの、真面目で優しい性格に惹かれて集まる友人もそれなりに多い。童顔でぽわぽわした雰囲気には庇護欲を掻き立てられ、彼女に好意を寄せる男子も多いと思う。いつも笑顔の彼女からは悩みや秘密を抱える様子は見受けられない。


 そして高崎と俺は幼稚園から高校まで同じ学校・同じ学年を過ごしている。家も隣同士の幼馴染だ。彼女の隣で誰よりも多く彼女を見続けてきた。彼女の事なら何でも理解しているつもりだった。そんな俺にも何を望んで催眠術なんて物に手を出そうとしているのか分からない。だから興味がある。凄く知りたい。


 ならば、高崎の望み通りに催眠術に掛かった『ふり』をしてあげよう。


 そして彼女が何を胸の内に隠しているのか、この目で暴いてやる!

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