5.モンスターさん、生きていく
とある国の、とある教会。
神様はそこで、悩める1人の少年がやってきたのを見ていました。
少年は、神様の姿を模した石像の前に跪き、独白を始めました。
「………………神様、聞こえていますか」
もちろん、神様は聞こえています。
しかし返事をすることはなく、ただ慈愛に満ちた目で少年を見つめています。
「ボクは、神様の言う通りにしました。
人類を苦しめていた【魔王】と【禁忌】を、倒しました」
言われるまでもなく、神様はそれを知っています。
目の前の少年だけではなく、天に還ってきた3人の魂を、その行く末を、神様はただただ見守っていました。
「神様にこの世界を救ってほしいと言われて、ボクは……ボクたちは頑張りました」
異世界から勇者としての適性がある4人を選定し、この世界に召喚したのは、ほかでもない神様がやった事でした。
神の恩恵として、4人には望むがままの力を授けました。
1人には、どんなものでもバターのように一刀両断することができる『聖剣』を。
1人には、この世界のどんな魔法でも使うことができる『魔法の杖』を。
1人には、どんな傷でも死んでさえいなければ回復させることができる『奇跡の錫杖』を。
そして最後の1人。目の前で祈っている少年には。
どんな生物でもその心を覗き見ることができる『魔眼』を授けたのでした。
「神様は言いました。世界を救った際には、どんなお願いでも叶えてくれると」
たしかに神様は約束しました。
元の世界に戻すでも、永遠の命でも、100人の美女でも。
神様に出来ることであれば、なんでも叶えてあげる。それが、勇者たちへの報酬であり世界を救ってくれたことへの褒賞でした。
もっとも、勇者は1人を残して全員志半ばで倒れてしまったのですが。
「だから今日は、ボクのお願いを言いに来ました」
少年は、これから自分の望みが叶うとはとても思えないほど、暗く沈んだ表情をしています。
唇を噛みしめ沈痛な面持ちで目を泳がせた少年は、彼にとって最良にして最上の望みを神様に嘆願します。
「【禁忌】を。あの女の子を生き返らせてあげてください」
神様は知っています。
この少年が、前の世界でどんな境遇にあったのかを。
今の世界に来てから、どんな仕打ちを受けてきたのかを。
少年は、実の両親から虐待を受けてきました。
若い学生でありながら避妊を怠った結果生まれた、望まれぬ命。それが少年でした。
まともな食事も与えられず、少しでも癪にさわれば暴力を振るわれる様子を、神様を見ていました。
この召喚は、そうした恵まれない状況にある子どもたちを救う為のものでもありました。
この世界に来てからも、少年は同じ勇者であるはずの仲間からのイジメを受けました。
その理由は「人の心が分かるなんて気持ち悪い」から。
両親の顔色を伺って生きてきた少年が、もっと生きていきやすいように選んだはずの能力。
それが原因で他者に嫌われるとは、なんとも悲しいことでした。
しかもイジメの加害者であったのは、少年と似たような境遇にいた、弱者であったはずの者たち。
救済と祝福を与えられた者たちが、驕り高ぶる変化に神様は嘆きました。
その苦しみを知っているはずの者たちが、自分よりさらに幼く弱い者に苦しみを味あわせていることに、神様はヒトの愚かさを知りました。
しかし最後に残ったのは他でもない少年であり、巨万の富でも無限の命でも、好きなものを望むがままに手に入れることができます。
きっとこの少年も、他のヒトと同じように変わってしまうのだろう。
神様はそう思っていました。
「あの子は、世界を滅ぼしてしまうような、そんな存在じゃなかった。【厄災】なんて危ないものじゃなかったんです!」
少年の目から流れ落ちた涙を、神様はとても綺麗だと感じました。
「たしかにあの子は人間を食べました。それを悪いことだと思っていませんでした。でもそれは、誰もあの子に教えてあげなかったからです!」
神様は知っています。
【禁忌】と呼ばれた少女もまた、ただのヒトに過ぎないということを。
だって彼女を創ったのは、他でもない神様なのですから。
「ただ他の人より強いだけ。他の人より物事を知らないだけの、1人ぼっちの女の子だったんです!」
世界には、3人の神がいました。
ドラゴンを司る神様。
魔族を司る神様。
そしてヒトを司る神様。
神様たちは、大陸の覇権を争いました。
お互いがお互いに脅威となる種族。自らが司る種族を繁栄させる為には、他の種族を出し抜く必要がありました。
神様たちは、それぞれの種族を守護する為の、超常的な存在を創り出しました。
ドラゴンの神は【龍王】を。
魔族の神は【魔王】を。
ヒト族の神は【禁忌】を。
【禁忌】は本来であれば、【人王】としてヒト族の頂点に君臨するはずでした。
ヒトより個体値で優れるドラゴンや魔族に負けないよう、神様は丹念に創りました。
誰もを魅了する美貌を。
決して老いず傷もすぐ癒える肉体を。
単独で世界を制することもできる程の力を。
そうして創り、適当に選んだ母体から産み出したヒト族の守り人は、その異常性からヒトに拒絶されました。
母体を食い破るように産まれてきた赤ん坊は、忌み子として扱われました。
その圧倒的な力を恐れた人々によって、少女は立ち入れば死ぬと言われる樹海に捨てられました。
しかし当然ながら、少女は死なず。たった1人で、森の中で生きていくのです。
言葉を知る機会もなく。
道徳を得る機会もなく。
人間として生きる道を断たれた少女は、ただの獣と同じ存在にまで成り下がりました。
そうしてやがて、神の寵愛を受けた少女は【禁忌】として、世界中すべての存在から恐れられる存在へと成り下がってしまったのです。
「たしかに最初は怖かった。ボクより強い人たちがあっという間に食べられて、ボクも食べられると思った。
でも、ボクがごはんを作ったら美味しいって笑ってくれた!
もっと食べたいって、一緒にいたいって思ってくれた!」
ヒトの為を思って創った存在が、ヒトから忌み嫌われる存在になってしまったことを悔いた神様は、新たなヒトの守護者として勇者を召喚すると同時に、【禁忌】も討伐させることにしました。
神様にとって、己の過ちを償うための策でした。
一度還ってきてくれれば、今度は幸せな人生を送らせてあげられるから。
神様は、少女の魂が戻ってきてくれるのを心待ちにしていました。
そうして今、【禁忌】という悲しき運命を全うした魂は、神様の元で大事に大事にされています。
次の、本当に幸せな人生に向けて、神様は準備をしているところだったのです。
「……ボクなんかを守ってくれて、命を救ってくれたんです。
初めてボクを大切にしてくれた人なんです……」
少女を驚かせようと、包丁代わりにしていた聖剣を持ってこっそり食料調達に出かけた日。
情けなくモンスターに食われ、そのまま死ぬ運命にあったあの日。
自分の血を飲ませ、神の恩恵である超回復を受け渡した少女。
聖剣でつけられた傷は治らない。
そんなことを知らない少女は、少年との幸せな生活を夢見たまま永遠の眠りにつきました。
慌てて奇跡の錫杖を取りに行った少年が見たのは、すでに冷たくなった少女の姿。
自らの軽率な行動をこれほど後悔したことはないでしょう。
まだ何も少女に返せていないのに。
もっと一緒にいたかったのに。
ずっと側にいるって約束したのに。
「だからお願いします、神様」
少年は涙でグチャグチャになった顔を上げて懇願します。
「ボクの大切な人を返してください」
地位も、名誉も、お金も。
そんな大層なものは何もいらないから。
ただ、あなたが側にいてほしい。
泣いている少年の周りを、1つの魂がクルクルと回り始めました。
どうして泣いてるの?
どこか痛いの?
また赤いのが出ちゃったの?
魂から聞こえてくる少年を心配する声に、神様は満足そうに笑いました。
---
石像が光に包まれる。
少年は驚きに目を見張る。
目映く白く、荘厳に輝く光はやがて、音もなくあっさりと消えていき。
残された神様の石像の前には、少年が待ち望んだ少女が横たわる姿があった。
少年は慌てて駆け寄り、少女をそっと抱き寄せる。
少年の胸の中で目を開けた少女は、少年の顔を見てパッと笑顔の花を咲かす。
「ただいま、ケーくん!」
笑いながら泣くという器用な真似をする少年は、神様に感謝の言葉を呟いた。
---
愛を知らない少女と、愛を欲する少年の願いは叶えられた。
何よりも綺麗な純白の魂に、神様は大いなる奇跡を起こした。
恵まれなかった2人が、どうかこれからは幸せな道を歩めるように。
もう誰にも邪魔をされないように。
モンスターではなく。勇者でもなく。
たった2人の家族として、長い人生を寄り添って歩き続けられるように。
神様は最大限の恩恵を与えた。
幸運を。
生きゆくあなたに、祝福を。
---完---
以上で完結となります。
読んでいただきありがとうございました。
普通に少年喰われておしまいENDでも良かったんですが、ハッピーエンドが性癖だったので蛇足しました。少年の過去もうちょい掘り下げても良かったと思いました。
追記
SCP-1983、いいよね。