1.モンスターさん、食べに行く
お腹すいたなぁ。
最後にごはん食べたの、いつだっけ。
そこら辺にある木についてる丸いのを食べたのはおぼえてる。
前に食べた時は甘くておいしかったのに、次に食べたら苦くておいしくなかった。
たぶん、色が違うから味も違うんだと思う。
わたしはかしこいから、次は赤くなって甘くなったら食べようと思う。
木を見る。
丸いの、まだついてないなぁ。
食べちゃったから、次につくまで時間がかかるのも知ってる。
わたしはかしこいのだ。
えっへん。
でも、こまった。
別のごはんを探さなくちゃいけない。
遠くの木まで行って丸いのを探してもいいんだけど、それだけ遠出するくらいなら、毛むくじゃらを倒して食べたほうが早い気もする。
丸いの、甘くておいしいけどすぐお腹すいちゃうからね。
お肉を食べたほうが、お腹は長くいっぱいになる。
しかたない。
めんどくさいけど、毛むくじゃらを探して食べちゃうか。
その途中で赤くて甘い丸いのがあったら、それを食べてもいい。
よし。出発だ。
ごはんを探して歩く。
あっちかな、こっちかな。
たまに木をのぼってる固いのを、つまんでポリポリ食べながら歩く。あんまりおいしくないけど、音がするから楽しい。
しばらく歩くと、遠くでなにか音がする。
そっちにむかって歩くと、毛むくじゃらと、それとは別に小さいのがいた。ころんだ。
………………『毛なし』?
『毛なし』だ!
ひさしぶりに見た。やった、今日はごちそうだ!
毛むくじゃらが毛なしを食べようと口を大きく開ける。
だめだよ。それはわたしのごはん。
毛むくじゃらをたたいてつぶす。いつもならこのまま食べるところだけど、今日はごちそうがあるから食べない。
よし。これであとは毛なしだけ。
毛なしはおいしいのに、なかなか見ないからたまに見たら必ず食べるようにしてる。
たぶん、わたしや毛むくじゃらとはちがう、遠くに住んでるからなかなか見ないんだと思う。
まあとにかく、この毛なしはわたしのごはんだから。
いただきます。
………………なにそれ?
毛なしがわたしになにか渡してくる。
なんだろう、見たことないから分からないや。
毛なしがひたすら鳴き声をあげてるけど、なにいってるか分からないしうるさいから静かにしてほしい。
とりあえず、毛なしから何かを受けとる。
う~~~ん?
よく見ても分からない。
でも、すごくいいにおいがする。はじめてのにおい。
……お? もう1つあるの?
それもわたしにくれるの?
……くれないの?
あっ。食べた。
そっか。これ食べるんだ。
食べるものくれるなんて、毛なしやさしいね。
じゃあ、いただきます。
あむ。………………………………(もぐもぐ)、うん。
あまい!
なにこれ、すっごくあまくておいしい!
こんなおいしいの持ってるなんて、毛なしすごい!
でも、すごく小さいねこれ。
もうなくなっちゃった。
ねえ、もうないの?
ちょうだい。もっとちょうだい。
……わぁ! いっぱいある! ありがとう毛なし!
いただきまーす。
……
…………
………………
────ごちそうさま!
甘くておいしくて、すごかった!
木についてる丸いのより、こっちのほうが好きだなー、わたし。
じゃあ毛なし、もっとちょうだい!
………………どうしたの?
なんかあわててる。からだのあちこちさわってる。
そっか。もうないんだ。
残念だな~。
……いや、まだあったね。
毛なしが最初に食べたのが、まだ残ってた。
わたし、かしこいから知ってるよ。食べたものって、お腹の中にはいるの。
だから毛なし、大丈夫だよ。
甘くておいしいの、ぜーんぶわたしが食べてあげるから。
それじゃあ、いただきまーす!
………………
…………
……
────ごちそうさま!
甘いのもいいけど、やっぱり毛なしのお肉もおいしいね。
ひょっとすると、毛なしは甘いのばっかり食べてるからお肉がおいしいのかもしれない。
それにしても、毛なしはズルいなぁ。
こんなにおいしいの、ひとりじめしてるんだもん。
わたしにも、少しくらい分けてくれてもいいのに。
……そっか。じゃあもらいに行けばいいんだ。
ふっふっふ。わたしはかしこいので分かってしまった。
ほしいものがあるなら、自分からもらいに行けばいいのだ!
甘いのがもらえないなら、毛なしを食べちゃえばいいだけだし。
その後に甘いの食べれば問題なし!
それじゃあ、ひさしぶりに木がいっぱい生えているところから外に出て、毛なしを探しにいこうかな。
甘いの甘いの、まってろよ~♪
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世界には、ヒトが太刀打ちできない【厄災】とされる三者が存在する。
魔王。
モンスターと違って知性を持つ『魔族』を支配する、絶対的強者。
ヒト族を敵対視しており、隙あらば大陸南東の魔族領域から外へ侵攻しようとする侵略者。
龍王。
モンスターの中でも最強の種族『ドラゴン』の頂点に君臨する、自然界の王者。
大陸中央を横断する大山脈を根城としており、魔王でさえも侵攻を避ける。ヒト族にも魔族にも味方しない。ただ自分の縄張りとドラゴン族の繁栄にだけ力を注ぐ、調停者。
そして最後が【禁忌】だ。
その存在を口にすることすら憚られる。
関わることすら許されない。
一目見ようとすれば、たちまちのうちに喰いつくされる。
1つの伝承によれば、亡国の王妃の腹を食い破って産まれ、国を丸ごと食べ尽くした、とある。
また別の記録には、ヒトと魔族の間に産まれたこの世のモノならざる異形の怪物、とある。
吟遊詩人の御伽噺によると、神がこの世界に存在する魂の数を調整するために創った世界の均衡を図る者、とされている。
それすら数百年前の口伝に過ぎない。
果たして本当に存在するのかすら分からない。
ただ、ドラゴンのお膝元である大山脈の下に広がる大樹海にいるとされる、謎の存在。
それが【禁忌】だ。
さて、そんな【禁忌】の住まう樹海に面するとある王国で、異端とされる新興宗教が蔓延していた。
伝承にある【禁忌】こそが、この世の神であると提唱する宗教だ。
度重なる増税・重税に苦しむ農民の間から突如として起こった思想は、大きなうねりとなって暴走を始めた。
国内各地で起こる大暴動、百姓一揆。
十を超える貴族の首が飛び、それを超える数十万の血が流れた。
やがて、教祖と名乗る反乱の主導者が声高に叫んだ。
「今こそ【禁忌】様の降臨なされる時だ!」
新鮮で柔らかい血肉が必要だとされて、100近くの若い少女が集められた。
生贄として【禁忌】に捧げられる供物たちは、樹海に向かって放たれた。
ドラゴンほどではなくとも、世界でも屈指の獰猛で凶暴なモンスターが住まう場所。
人類屈指の英傑が揃った軍勢ならともかく、なんの才も持たない凡愚な少女がいくらいたとて、モンスターの餌になる未来しかない。
【禁忌】の元に辿り着くことすら怪しい。そんな状況でしかし、教祖と呼ばれる狂信者は、自らが信じる神が降臨すると確信の笑みを浮かべていた。
しかし何の偶然か、はたまた奇跡か。
信徒の祈りが通じたのか、美味なる供物に満足したのか。
【禁忌】は樹海の外へと降り立った。
それは全裸の、幼気な少女であった。
その口元と両手が血で赤く染まっていなければ、その存在が【禁忌】であるとすら分からなかったであろう。
諸手を挙げて喜ぶ教祖。
両手を組んで祈りを捧げる教徒たち。
絶望の顔に染まる、捕らえられた王族たち。
国を犯した、天罰が下されるべき犯罪者の元へ【禁忌】を案内しようと教祖が近寄り声をかけた、その瞬間。
王国は滅んだ。
【禁忌】はすべてを喰らった。
その厄災の前に、ヒトが捧げる信仰は意味を成さなかった。
教祖も王も、数百万の有象無象も。
そのすべてを喰らいつくした【禁忌】は、躯の山を積み重ねたその頂上で。
満面の笑みで、スイーツを口にした。
糖分の塊が襲ってくる暴力的なまでの甘味に、口に入れただけで溶けるように消えていく食感に、ひたすら舌鼓を打ち、満足そうに平らげた。
しかし、作る者がいなければ菓子の類は底を尽きる。
【禁忌】に料理という概念は存在しないのだ。
どこを探しても見つからないお気に入りの食べ物。
不満げに鼻をフンと鳴らした厄災は、しかしどこか満足そうに。
パンパンに膨れ上がった腹部を撫でながら、己の根城である大樹海へと帰っていった。
【禁忌】には決して、近寄るな。
樹海には決して、立ち入るな。
ヒト族は、一夜にして滅びた王国の哀れな末路を伝承にして、世界各国で語り継ぐこととなった。
登場人物紹介
・モンスターさん……【禁忌】と呼ばれるすごいモンスターさん。
毛なしのお肉と甘いものが大好き。
すごく長生きしている、賢いモンスターさんです。
・いけにえちゃん……モンスターさんにお菓子をあげた女の子。
とある貴族の女の子だったけど捕まって生贄にされちゃった。
「食べないで」って言いながら代わりにお菓子をあげたけど、
モンスターさんに食べられちゃいました。
・教祖さま ……モンスターさんが神様に見える人。喋るのがすごい上手。
特技を活かしてたくさん人を犠牲にしてやっとモンスターさん
に会えたけど、おいしく食べられちゃいました。
・毛むくじゃら ……モンスターさんのごはん。あんまりおいしくない。