解決してはいけない依頼……其の4
遂に直接指導!
スパーリングの開始のゴングが鳴ってすぐ、純也は頭を振って前に出て行く。しっかりと左ジャブを放ち、隼人との距離を詰めて行く。
面喰らったのは隼人である。何処ぞのおっさんだと思った相手から、速射砲の様なジャブが飛んで来たのである。かわす事が出来ずに、隼人は被弾した。
このパンチを皮切りに、純也は一気に攻撃を仕掛る。ボディからのコンビネーションでパンチを上に繋げ、応戦する隼人のパンチを悉くかわしていく。結局、隼人は1ラウンド終了のゴングを聞く事なくスパーリングは終了となった。
この後、裕也とも純也はスパーリングをしたのだが、裕也も隼人と同じく、1ラウンド終了のゴングを聞く事は無かった。
リングを降りる純也、先に降りた隼人と裕也に向かって言葉を吐いた。
「お前等の弱さ、分かったのか?」
「うるせぇ、今日はたまたまだ」
「……階級の違いだよ……」
「……弱さを認めて、本当に強くなる……それが出来るまでは、まだまだヒヨッコだ」
「俺は弱くねぇ!」
「なら、父親の強さは分かってるのか?」
「あいつは……八百長だ!」
「それは、佐伯にとっても侮辱だぞ。佐伯は、あの試合は宝物だと思ってる……だろ?昴也?」
「……うん……確かに大切にしてる……」
「嘘付け!笑ってたじゃねぇか?」
「あれは……」
「認めたからこその笑いさ……自分を超えた事を認め、それでも何かを託そうとした意思の現れ……そんな所さ……」
「……納得出来ねぇ!なら、どうして……」
「……拳人がどうしてボクシングから離れる様に言ったか?って事か?……何をやっても、ボクシングじゃ認めてくれないんだろ?」
「……どうしてそれを……」
「それについては、すまなかったな……原因は俺だ。間違いはない……」
「どういう……」
「裕也に対しても、俺の責任が大きい……本当にすまない」
純也は頭を下げた。隼人と裕也は不思議そうな表情をしている。
「しかしだ……それでも、自分の人生の責任は、しっかりと自分で取らないとな……力はその辺で振り回す物じゃない。リングの上で、正々堂々と振り回す物だ。お前達はプロボクサーなんだろ?」
「「…………………………………………」」
「俺から出来る事はここまでだ……お前達は馬鹿じゃない……もう1度、ボクサーとして改めろ……後は、お前達次第だ……」
純也は荷物を持つと、そのままジムを出て行った。
取り残された3人、
「……何であんなに強ぇんだよ?」
「あり得ねぇ……」
「強くて当たり前さ……」
「「どうして?」」
「あれ……」
昴也は壁に掛かっている写真を指差した。そこには、4本のベルトを持った純也が写っている。池本純也の文字が書かれている。
「こ、これ……」
「……俺の……親父?」
「そう、池本純也さ……俺はさ、父さんから色々聞いてたから……風貌で、もしかしてと思ったんだ……」
「……死んでるんじゃ……」
「俺が幼い時に……」
「心配してたんじゃねぇの?お前等、馬鹿な事ばっかりでさ!」
話をしていると、川上ジムのトレーナーである徳井清隆が入って来た。純也の後輩であり、直接指導されたボクサーでもある。元2階級制覇のチャンピオンでもある。
「馬鹿3人、どうした?」
「い、いや……」
「あの……」
「今、池本純也さんが来てまして……」
「はぁ?何言って……」
清隆は言葉を出してる途中で息を飲んだ。隼人と裕也の顔に有るパンチの跡が、その昔に純也に打たれた時の自分に似ていたからである。
「……本当に来てたんだな?」
「はい……2人はこっ酷く……」
「手も足も出なかったのか……これは、鍛え直しだな?……篠原さんにも言っておくよ」
「……徳井さんは、納得なんですか?」
「死んだ人間が来た事……」
「あの人なら有り得るさ……それだけ、お前等が心配だったって事だろ?死んだ人間に、心配掛けるなよな……しかし……今度会ったら、俺にも会わせろよ」
この日、純也にやられた隼人は自分の未熟さとボクシングに対する甘さを痛感した。この日を境に、喧嘩はしなくなった。勿論、裕也も自分の未熟さを痛感した様である。
スパーリングを終えた純也、そのまま2人と地下室に移動した。
「鉄拳制裁ですか?」
「ああ……それでも、しっかりと伝わったと思うよ……」
「では、依頼終了ですね」
「ちょっと待て、俺からも依頼が有る」
「どんな?」
「まずは、俺の時代に戻ってくれ」
純也の時代に戻った3人、そのまま純也のマンションに移動した。
「中に入ってくれ……裕子は居ないから」
「裕子?」
「池本さんの奥さんだよ」
「奥さん居るんですか?」
「居て悪いか?」
守人と剛を中に入れた純也、
「俺からの依頼だ。甲斐拳人に、俺の死くらいで人生狂わすなと伝えてくれ」
「!?」
「……分かってしまいましたか……」
「ど、どうして……」
「俺が生きていたら、どうなろうとあいつ等をぶちのめしてる……俺より先に、甲斐拳人がやってる……ならば何故?……答えは簡単だ……俺は既に居なく、甲斐拳人はそのせいでボクシングから距離を置いてる……最も、それでもボクシングでしか生きていけてないだろうがな……」
「……隠せませんね……」
「本当なのか、守人?」
「ああ、本当だ……」
「別に、気にする事でもねぇ……いつかは来る事、早いか遅いかの違いだけだ……それでも……俺の為に狂って欲しくない奴等は居る……俺の依頼、引き受けてくれるか?」
「はい、確かに」
「報酬は支払う」
「いや、それは……」
「大丈夫ですよ、な、守人?」
「いや、確かに仕事だからな……これで頼む」
純也は世界チャンピオンのベルトを4本差し出した。
「……これは受け取れない……池本さんの、命を掛けた代物じゃないですか?」
「それが分かってるなら……俺からの依頼の重要性も分かってくれるだろ?」
「……なら……俺と剛で1本ずつでもいいですか?」
「それで納得なら、俺は構わん」
「では……俺はこのベルトを……剛も」
「すいません、では……俺はWBAのベルトを……」
「交渉成立だな?頼んだぞ!」
「……1つ、聞いてもいいですか?」
「何だ?」
「死は、怖くないんですか?」
「剛……」
「はっはっは、死ぬ事は誰でも怖いんじゃないか?ただ……俺が俺じゃなくなる方が、俺は怖い……俺らしくなかったら、生きている意味が無い」
「俺からも1つ……この先、どうするんですか?」
「な~に、鍛え甲斐が有る2人が居るし、1戦やらねぇと気が済まねぇ奴が1人居る。まずはそこからさ」
「そうですか……では、我々はこれで……」
「ありがとうございました」
「いや、こちらこそありがとうだな。もう会う事も無いだろうが、元気でな」
「池本さんもお元気で」
「最後まで、池本さんらしく!」
「おう、それは約束する!」
守人と剛、純也に頭を下げてから地下室に向かった。純也の依頼を解決する為である。
「しかし……確かに守人の言う通り、凄ぇ人だな~……自分の死を受け入れて直、真っ直ぐ前に進んで行く……」
「ああ……あの生き方は、あの人しか出来ねぇさ……」
守人と剛には、純也の真の凄さが分かった様である。
守人と剛が純也の元を去った後、純也は川上ジムに来ていた。後輩の徳井清隆が2階級制覇を成し遂げ、本日引退の挨拶に現れる予定だからである。
「よくやったな、徳井!」
「ありがとうございます、会長!」
「2階級王者だ、胸張れ!」
「ありがとうございます、チーフ!」
「ご苦労様、徳井!」
「やったな!」
「おう、喜多に手塚もありがとな!」
「……徳井、やり残しがあるんじゃねぇか?」
「池本さん?……何かありますか?」
「よく考えろ!」
「????」
「分からねぇのか?……俺とやってねぇだろう?」
「!?」
「2ヶ月後だ……ウェート63kg、ハンデ無しだ!……受けられるか、腰抜け!」
「……言いましたね、今更引けませんよ!」
「お?……この俺が、出した言葉を呑み込むとでも思ってんのか?」
「人は変わりますからねぇ……俺は2階級王者ですよ!」
「だから何だ?……お前はベルト3本だろ?……俺は4本だ!」
「……いいですねぇ……池本さんはそうでなくちゃいけない!」
純也が1番最初にやる事、後輩の清隆との試合らしい。
……複雑な事だ……




