現実離れした依頼……其の1
新しい仕事……
本日も剛は朝早くから事務所に居る。コーヒーを入れ、パソコンを開いてインターネットを使っている。殆ど変わらぬ、朝の風景である。この後すぐ、守人も事務所にやって来る。剛は守人の分のコーヒーを入れ、バッグを持って近付く。
「はい、コーヒー」
「気が効くな……何か有るのか?」
「いや、いつもお前に負けてるだろ?……だからな……」
剛はバッグからある物を取り出した。
「これで勝負だ!」
「……将棋……今度はこれか?」
「おう、俺はこう見えて、将棋は名人級だと……」
「誰が言ったんだ?」
「俺が勝手に言ってた!」
「あ、そう……しゃあない、やるか?」
「よし、今度こそだ!」
何故か、朝から将棋で勝負をする2人である。
30分後、
「……どうすっかな~……」
「詰みだが?」
「んな事ねぇ!……おう、守人後ろ……」
「はぁ?」
守人が後ろを向いた瞬間、剛は将棋盤を逆にした。
「俺はやったぞ」
「……反対にしたな?」
「言い掛かりはよせ!」
「……防犯カメラを見るか?」
「付いてねぇだろ?」
「今日から作動してる。最も、明日には外すがな」
「……抜け目のない奴め……」
結局の所、剛の惨敗である。
将棋が終わって少し、かなり静かな時間が流れたのだが、守人の顔が物凄く険しい。
「どうした、守人?」
「いや……面倒な事になりそうでな……」
[コンコン]
このタイミングでノックがされた。剛はドアを開ける。
不思議な事が有る物である。ドアを開けると男が立っていた。中年から初老といった所だろうか、剛は確かに面識が無いと認識していた。しかし、剛はこの男の雰囲気や周りの空気を確かに知っている。付け加えるなら、遥か昔から知っている様な気がしていた。その不思議な男からは、生気を感じない。確かにここに居るのだが、存在しない様な感じがする。実に不思議である。
「多分、当たらずとも遠からずですよ。剛君」
「な、何で俺の名前を……」
「まあまあ、とりあえずは中に……ね?」
「あ、ああ、そうですね……どうぞこちらに……コーヒーでいいですか?」
「剛、砂糖とクリーム多めにな……相変わらず、甘いコーヒーが好きなんだろ?」
「覚えていて嬉しい限りです。では、遠慮なく……」
男はそう言って、テーブルに座った。向かい合う様に、守人は自分のコーヒーを持って座る。剛はこの男にコーヒーを入れ、守人の横に座った。
「さて、どんな依頼だ?」
「救いたい男がおりまして……」
「救いたい?……そんな仕事、何時から始めた?」
「始めてないから、こうしてお願いに来たんですよ」
「しかし……ルール違反じゃないのか?」
「それは大丈夫!最も、私がルールですけどね」
「……いまいち話が見えないが、この人は誰なんだ?守人?」
「惜しいな!……人の様で人じゃないんだ」
「はぁ?」
「申し遅れました。私、死神でございます」
「死神!?……おいおい、まさか……」
「信じねぇの?」
「いや、存在は信じるよ……でも、ここに依頼に来るなんて……」
「死神はな、とても慈悲深い神様なんだぜ!……なぁ、死神?」
「慈悲深いかどうかは知りませんが、せめて最後は苦しくない様に……ですかね?」
「死神はさ、怖い神と思われがちだが、実は違う。義理や人情にも厚いし、何より連れて行く人の人生をこうして振り返ってくれる……本来は、優しい神様なのさ」
「優しいと思われると、やり辛い商売ですがね」
「……しかし、一概に信じろと言われても……」
「これなら、信じますか?」
男は自分の右手で顔を掴んだ。次の瞬間、その顔が外れ不気味に輝く目と骸骨の様な顔が現れた。
「特別ですよ。本来なら、死の直前しか見せない姿ですからね」
死神は取った顔を元に戻すと、にっこりと笑った。
「剛、納得か?」
「……納得するしかねぇよ……」
「さて、本題です。実は、本来なら明後日に死ぬ人間が居ます。香取章郎、借金を苦に、明後日に自殺をします」
「ほう、それはそれは……」
「ちょっと待て、あっさり過ぎるだろ?」
「まあまあまあ、話はこれからです……この男、実は[超]が付くくらいのお人好しでして……本来なら、間違いなく天国行きなんです。そんな物は無いですが、有ったとしたら間違いなく特待生ですね」
「無いんだろ、言わなくていい」
「でもですね……自殺は地獄行きなんです。これは絶対……助けたいと思いませんか?」
「……割り切って仕事したらどうだ?」
「剛君、守人はこれですよ?人間味が無いと思いませんか?」
「確かにだけど……死神に言われても……」
「お?剛も分かってるね!」
「しかしですよ。この世で苦労したまさに[良い人]が、未来永劫苦しむのは……」
「拘るな……他に理由が有るのか?」
「……実はですね……私は1度失敗しましてね……同姓同名の男を連れて行ってしまいまして……それで、巡り巡ってこの男がね……更に、この男と来たら……失敗して落ち込んでた私を見掛けて、金も無いのにコーヒーを奢ってくれて……元気を貰ったんですよ」
「……人間に慰められるなよ……しょうがない、受けてやるよ」
「ありがとうございます!」
「報酬」
「これ……人間界では、かなり貴重なんでしょ?」
死神は、金色に輝くネックレスを差し出した。かなり装飾されており、人間が作った様には見えない。
「流石は神の物だな」
「……これ、純金か?」
「混じりっけ無しの100%だ!」
「我々の世界では、その辺に有りますよ。暇だから、たまに細工して首飾りや指輪にするんです」
「……500は降らないんじゃないのか?」
「おう、7·800といった所かな?」
「では、確かにお任せしましたよ」
「所で、その間違えた人の名前は?」
「鷲尾勲」
「どうするんだ?」
「章郎さんの枠が空きます。そこに、恐怖と絶望を加えて当て込みます……ね、素敵でしょ?」
「……相変わらずだな。まぁ、ゆっくり待っててくれ」
「はい、それでは」
死神は軽く会釈をし、笑顔を見せると事務所を出て行った。
「……死神って、普段は鎌を持ってないのか?」
「持ってるさ……見えないのさ」
「見えない?」
「見えたら……人生終わりの時さ……仕組みは分からんがな」
「そうなのか……」
またまたとんでもない依頼である。今回の依頼主は死神。現実離れが物凄い。
依頼主、ヤバいなこれ……




