作られたヒーロー!……其の1
どんな依頼が?
剛は解決屋の事務所に急いでいた。時間はいつもより早いくらいであり、特に仕事が有る訳でもない。パチンコに負けてお金が無くなった訳でもなかった。
「おい、守人!」
物凄い勢いで事務所に入って来た剛、
「これ、これ見ようぜ!」
手に持っているのはDVDである。どうやら、剛が何かのテレビ番組を録画し、それをDVDに焼いた様である。
「……暑苦しいな~、朝から何だよ~?」
「これだよこれ!黒鉄惇のドキュメント!」
「……あの格闘技のか?」
「そう!あのヒーローの黒鉄惇だ!……小さい頃に両親を失くし、それでも前向きにキックに取り組んで……今や世界チャンピオン!……男なら、誰でも憧れるだろ?」
「誰でもね~……そうとは限らないんじゃないの?」
「何だよ、守人は憧れないのか?」
「俺は……もっと強い男を知ってるからな」
「黒鉄惇より強いだぁ?誰だよそれ?」
「それはだな~……今の剛には分からねぇよ」
「教えろよ!」
「嫌だね!」
朝から2人は、揉めている。殴り合うのかとも思ったのだが、
「よし、ポーカーで勝負だ!」
「……剛、お前は本当に……」
何故かポーカー勝負となった。この勝負だが、フルハウスで守人の勝利である。
[コンコン]
このタイミングでドアがノックされ、サングラスを掛けた男が入って来た。
「すいません、解決屋で合ってますか?」
「間違いないですね、こちらにどうぞ……剛、コーヒー」
「はいはい、今入れますよ」
男は守人に言われ、テーブルに着いた。剛はコーヒーを入れて男の前に出す。
「あれ?……黒鉄惇!」
「分かりますか?」
「はい、俺ファンなんです!」
「……ありがとうございます」
男はサングラスを外す。そこには、剛が大絶賛していた黒鉄惇が居た。
「俺にサイン下さい!」
「俺ので良ければ……それで、依頼したい事なんですけど……」
「任せて下さい、絶対にやりますから!」
「お前は何もしねぇだろ!」
「やってるだろ、買い物とか!」
「……誰でも出来る」
「俺だからの心遣いが有るんだよ!」
「あの~……依頼を聞いて貰っていいですか?」
「「どうぞ!」」
「では…………俺、キックを辞めたいんです」
「は?どうして?」
「うるせぇな、剛は喋るな!……辞めればいいじゃん」
「簡単に言いますね……なかなか簡単にはいかないんです」
「何が問題なの?」
「実は……俺は作られたチャンピオンなんです。テレビの話題性の為に……」
「話してみなよ、誰にも言わないからさ」
守人は剛の方を向く。剛は黙って頷く。
「俺の父親は、確かにキックの選手でした。テレビで紹介された通り、確かにプロのキックボクサーだったんです。でも、弱かったんです。何度も負けて、それでも試合を続けて……そんな親父を見て、俺はキックの魅力について考える様になった。だから、親父に近付ける様に、俺は精一杯キックをやって来た……」
「分かりますよ!黒鉄さん、熱いっすもんね!」
「だから黙れって!……それで、それと引退とどう関わるんだ?」
「俺の両親は、確かに不慮の事故で亡くなりました。それで……俺は孤児院に行きました。そこに居る時から、親父がお世話になったキックのジムに通う事になったんですが……そこにテレビ局が目を付けた。俺はまだまだ実力不足だったのに、金の力でチャンピオン……今や、悲劇のヒーローだ。俺は望んでいない」
「しかし、それでもいい思いはしたんだろ?」
「俺は若かったから、それに気付くのに時間が掛かった……親父がお世話になり、俺の面倒まで見てくれた会長に唾を吐いた……」
「ヒーローが負ける時は、更なるヒーローが現れる時。テレビ局から、八百長でも持ち掛けられたか?」
「……それも有るけど……服部会長と父親に、顔向け出来ない事はしたくない!…頼みます、俺の引退を……」
「……報酬は?」
「これ……自分が馬鹿だと気付く前、若い頃に買ったダイヤの原石……」
惇は拳よりも2周り程大きな、石の様な物を出した。ダイヤモンドの原石らしい。かなり輝いており、本物なら相当の物である。
「……1000くらいか、まぁいいだろう。引き受けよう」
「ありがとうございます。よろしくお願い致します」
「あの~……キックが嫌いになったんですか?」
「まさか!…俺には、寝ても覚めてもこれしかないですよ」
「良かった~。キックが好きな黒鉄惇、俺はそのファンですからね!」
「ありがとうございます。では、これで失礼致します」
惇は頭を下げ、事務所から出て行った。
「守人、辞めさすのか?」
「あいつ、本当に辞めたいのかね?」
「キックが好きだって言ったろ?辞めたくねぇだろ!」
「……解決となると、どうなるのがいいのかね?」
「やっぱり……リングの外の環境を整えてのキックのチャンピオンだな!」
「リングの外か~……面倒じゃないか?」
「日本の宝に対して面倒だと~?…守人、そこに座れ!」
「座ってるよ?」
「正座だ正座!」
「嫌だよ、足が痺れる」
「お前な~、黒鉄惇がどれだけ凄いか、今からよ~く教えてやるからな!」
「ご遠慮致します。私はとても忙しい」
「コーヒー飲んでたじゃねぇか!」
「いや、これはルーティンだ」
「じゃあ、何が忙しいんだよ?」
「そうだな~……剛を馬鹿にする事?」
「お前、本当に俺を馬鹿にしてるよな?」
「そんな事ないぞ、尊敬してる!」
「何処をだよ?」
「な~んにもしてない癖に、報酬はきっちり貰う所!」
「おい、守人!」
何故か騒がしい解決屋の事務所。しかし、今回の依頼は少し厄介である。黒鉄惇が引退する事で終わりとは言えないのだが、これが答えという物も無い。果たして、どんな解決を見るのだろうか。
複雑な依頼……




