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俺が居ない俺の町……  作者: 澤田慶次
15/64

作られたヒーロー!……其の1

どんな依頼が?

剛は解決屋の事務所に急いでいた。時間はいつもより早いくらいであり、特に仕事が有る訳でもない。パチンコに負けてお金が無くなった訳でもなかった。

「おい、守人!」

物凄い勢いで事務所に入って来た剛、

「これ、これ見ようぜ!」

手に持っているのはDVDである。どうやら、剛が何かのテレビ番組を録画し、それをDVDに焼いた様である。

「……暑苦しいな~、朝から何だよ~?」

「これだよこれ!黒鉄(くろがね)(あつし)のドキュメント!」

「……あの格闘技のか?」

「そう!あのヒーローの黒鉄惇だ!……小さい頃に両親を失くし、それでも前向きにキックに取り組んで……今や世界チャンピオン!……男なら、誰でも憧れるだろ?」

「誰でもね~……そうとは限らないんじゃないの?」

「何だよ、守人は憧れないのか?」

「俺は……もっと強い男を知ってるからな」

「黒鉄惇より強いだぁ?誰だよそれ?」

「それはだな~……今の剛には分からねぇよ」

「教えろよ!」

「嫌だね!」

朝から2人は、揉めている。殴り合うのかとも思ったのだが、

「よし、ポーカーで勝負だ!」

「……剛、お前は本当に……」

何故かポーカー勝負となった。この勝負だが、フルハウスで守人の勝利である。

[コンコン]

このタイミングでドアがノックされ、サングラスを掛けた男が入って来た。

「すいません、解決屋で合ってますか?」

「間違いないですね、こちらにどうぞ……剛、コーヒー」

「はいはい、今入れますよ」

男は守人に言われ、テーブルに着いた。剛はコーヒーを入れて男の前に出す。

「あれ?……黒鉄惇!」

「分かりますか?」

「はい、俺ファンなんです!」

「……ありがとうございます」

男はサングラスを外す。そこには、剛が大絶賛していた黒鉄惇が居た。

「俺にサイン下さい!」

「俺ので良ければ……それで、依頼したい事なんですけど……」

「任せて下さい、絶対にやりますから!」

「お前は何もしねぇだろ!」

「やってるだろ、買い物とか!」

「……誰でも出来る」

「俺だからの心遣いが有るんだよ!」

「あの~……依頼を聞いて貰っていいですか?」

「「どうぞ!」」

「では…………俺、キックを辞めたいんです」

「は?どうして?」

「うるせぇな、剛は喋るな!……辞めればいいじゃん」

「簡単に言いますね……なかなか簡単にはいかないんです」

「何が問題なの?」

「実は……俺は作られたチャンピオンなんです。テレビの話題性の為に……」

「話してみなよ、誰にも言わないからさ」

守人は剛の方を向く。剛は黙って頷く。

「俺の父親は、確かにキックの選手でした。テレビで紹介された通り、確かにプロのキックボクサーだったんです。でも、弱かったんです。何度も負けて、それでも試合を続けて……そんな親父を見て、俺はキックの魅力について考える様になった。だから、親父に近付ける様に、俺は精一杯キックをやって来た……」

「分かりますよ!黒鉄さん、熱いっすもんね!」

「だから黙れって!……それで、それと引退とどう関わるんだ?」

「俺の両親は、確かに不慮の事故で亡くなりました。それで……俺は孤児院に行きました。そこに居る時から、親父がお世話になったキックのジムに通う事になったんですが……そこにテレビ局が目を付けた。俺はまだまだ実力不足だったのに、金の力でチャンピオン……今や、悲劇のヒーローだ。俺は望んでいない」

「しかし、それでもいい思いはしたんだろ?」

「俺は若かったから、それに気付くのに時間が掛かった……親父がお世話になり、俺の面倒まで見てくれた会長に唾を吐いた……」

「ヒーローが負ける時は、更なるヒーローが現れる時。テレビ局から、八百長でも持ち掛けられたか?」

「……それも有るけど……服部(はっとり)会長と父親に、顔向け出来ない事はしたくない!…頼みます、俺の引退を……」

「……報酬は?」

「これ……自分が馬鹿だと気付く前、若い頃に買ったダイヤの原石……」

惇は拳よりも2周り程大きな、石の様な物を出した。ダイヤモンドの原石らしい。かなり輝いており、本物なら相当の物である。

「……1000くらいか、まぁいいだろう。引き受けよう」

「ありがとうございます。よろしくお願い致します」

「あの~……キックが嫌いになったんですか?」

「まさか!…俺には、寝ても覚めてもこれしかないですよ」

「良かった~。キックが好きな黒鉄惇、俺はそのファンですからね!」

「ありがとうございます。では、これで失礼致します」

惇は頭を下げ、事務所から出て行った。

「守人、辞めさすのか?」

「あいつ、本当に辞めたいのかね?」

「キックが好きだって言ったろ?辞めたくねぇだろ!」

「……解決となると、どうなるのがいいのかね?」

「やっぱり……リングの外の環境を整えてのキックのチャンピオンだな!」

「リングの外か~……面倒じゃないか?」

「日本の宝に対して面倒だと~?…守人、そこに座れ!」

「座ってるよ?」

「正座だ正座!」

「嫌だよ、足が痺れる」

「お前な~、黒鉄惇がどれだけ凄いか、今からよ~く教えてやるからな!」

「ご遠慮致します。私はとても忙しい」

「コーヒー飲んでたじゃねぇか!」

「いや、これはルーティンだ」

「じゃあ、何が忙しいんだよ?」

「そうだな~……剛を馬鹿にする事?」

「お前、本当に俺を馬鹿にしてるよな?」

「そんな事ないぞ、尊敬してる!」

「何処をだよ?」

「な~んにもしてない癖に、報酬はきっちり貰う所!」

「おい、守人!」

何故か騒がしい解決屋の事務所。しかし、今回の依頼は少し厄介である。黒鉄惇が引退する事で終わりとは言えないのだが、これが答えという物も無い。果たして、どんな解決を見るのだろうか。

複雑な依頼……

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― 新着の感想 ―
[良い点] これは面白い依頼ですね。 引退試合でも組むのか、はたまた予想もしないことが待っているのか、どちらにしても熱いですね!
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