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暁の歌、響け世界に 《地の巻》  作者: John B. Rabitan
第10部 戻ってきた日常
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2 我が家の幸せ

 家の前で富永裕香(ゆか)に会った。軽音部に入っている裕香はちょうど部活が終わって帰って来たのだろう。一つ後輩の一年生だけど家が隣だし、後輩というだけでなく幼馴染なのだ。


「あ、康生君。今帰り?」


 後輩だけど幼馴染だから、学校の外では俺を先輩と呼ばずため口だ。


「ああ」


「寄り道してたよね」


 裕香は笑っている。おでこがまぶしい。


「それよりさ、愛菜あいなちゃんのこと。考えてあげなよ」


 愛菜ちゃんとは裕香と同じクラスの宮﨑愛菜だけれど、なんだか俺に気があるみたいだと裕香が告げてきた。

 おとなしい感じの文学少女だ。文芸部に入っている。


「考えてあげなよって言われても、なあ」


「せめて何かリアクションを」


「あのねえ、リアクションっていうのは何かしらのアクションがあってはじめてできることで、アクションもないのにリアクションはできねえだろ」


 俺は笑った。

 気にはなっている子だけれども、こちらからアプローチしようってほどでもない。俺の方がものすごく好きになったというのなら話は別だけども……。

 たしかに一学期はロングだった髪も夏休み明けにはばっさりショートカットにしてきて、それがとても魅力的に見えた気もする。


「もう、鈍感! いくじなし」


 なんだかいわれのない罵声を浴びたような気もするけど、でも裕香は笑って言うので気にもならなかった。


「わかったよ、じゃあな」


 明日の朝、どうせまた裕香と一緒に登校する。俺たちが幼馴染であることはみんな知っているから、別に変な誤解をする奴もいない。

 ただ、一緒に文化祭実行委員なんかやってて、それ以来余計に親密になったっていうやつもいるし、裕香本人も文化祭マジックだとか言いふらすから苦笑ものだ。


「ただいま」


 二階建て一軒家の我が家に入ると、すぐにおふくろの声。


「おかえり、ご飯もうすぐね」


 まさかラーメン食べてきてお腹いっぱいなんて言えないから、何とか頑張って食べるしかない。もちろん、自信はある。


 おふくろはもうすぐと言ったけれど、やはり親父の帰宅を待ってからということになるので、俺は部屋でゲームとかしていた。


 部屋には今年の夏、普通列車で片道三時間もかけて行った東京の大型同人誌即売会の企業ブースで買ったアニメ『アナデジ』の齊藤美緒と『小野の妹』の朝霧姫のタペストリーが壁の上から癒しを与えてくれる部屋だ。


「お兄ちゃん、ちょっといい?」


 隣の部屋から妹の美羽みつばが顔を出す。


「何? 人生相談?」


「違うよ。数学、教えて」


 俺、文系だからあまり数学は得意じゃないけど、まあ、中学生の数学ならと思う。


「等積変形なんだけど」


 まあ、なんとかなるだろう。美羽は来春に高校受験だ。だから切羽詰まっているのかもしれない。


 そうしていろいろと教えているうちに親父も帰ってきて、夕食になった。

 四人でテーブルの食卓を囲む。


 夕食はミートローフだった。自家製で、電子レンジで作ったらしい。


 食事をしながら、美羽は得意げに俺に勉強を教えてもらっていたことを報告する。


「よかったなあ美羽は、いいお兄ちゃんがいて」


 親父が目を細くする。


「確かにな。一人っ子や弟や妹しかいないと、俺みたいに教える人はいないんだぞ」


 俺も少し得意げだ。


「俺の時がそうだったし、親父やお袋に聞いても分からねえし」


「でもちゃんと塾に通わせてたでしょ」


 おふくろが笑う。


「それで美羽が高校に受かったら、今度は康生の大学受験が始まるし。でも家によっては兄弟がダブル受験ってところもあるみたいだから、それに比べたら一年ずれててよかったかもね」


 それを言われると気が重い。

 またあの高校受験の時のような、いやそれ以上の過酷な大学受験が始まる。

 こんな田舎でも高校受験のための塾は一応あるけれど、大学受験のための予備校なんてない。

 結局は予備校の授業もオンラインに頼るしかないようだ。


 それにしても、つくづく幸せだと思う。

 我が家ではこういう団らんの時にその話題を出すのは絶対に禁句になってるけど、今年の春先はまじやばかった。


 親父の会社が倒産しかけてて、下手したら解雇されて職を失う寸前だった。

 そのことで親父とおふくろは連日のように言い合いのけんかしてたし、もし本当に親父が失業していたら離婚は避けられないような空気だった。

 親父の会社が、奇跡的に持ち直してくれて本当によかったと思う。

 今はささやかな家庭だけれど、ささやかな幸せを感じることのできる我が家だった。

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