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暁の歌、響け世界に 《地の巻》  作者: John B. Rabitan
第10部 戻ってきた日常
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1 さくら川高校

「ちょっとぉ。山下君。先生来た」


 俺は体をつつかれた。

 心地よい睡眠から無理やり引き戻されて少々不機嫌に感じながらも、俺は机に伏せていた体を起こした。

 小声の主は俺の隣の席の女子、空色で襟のところだけ白いセーラー服の夏制服に身を包んだ鷲尾さんだ。


 俺は顔を挙げた。

 すると目の前に数学の、小柄だけど若くはない若井先生は立っていた。


「昨日は夜遅くまで勉強してたのか?」


「あ、はい」


 さすがに朝方までゲームしてたなんて言えない。

 でも、俺が何とか起きたので、先生はさらに後ろの席の、やはり机に付しているほかのやつを起こすために、授業を続けながらも歩いて行った。


 俺は首を振った。教室の前の時計を見ると、さっき時計を見て授業が終わるまでの時間を確認したときから五分もたっていなかった。

 なんだかかなり熟睡したようにも感じる。夢を見ていたような気もするけれど、何も覚えてはいなかった。


 目の前の黒板には、数式がぎっしりと書かれている。

 俺は慌ててそれをノートに写しはじめた。



 校舎のいちばん端の階段を降りるとそこが下駄箱だから、下駄箱もまた校舎のいちばん端ということになる。

 そこを出て短く緩やかなスロープを降りた先が校門だ。

 左を見るとまっすぐに伸びた三階建ての校舎の向こうに、かまぼこ型の体育館の入り口が見える。


 放課後、だいたいの生徒はその体育館が、二棟の校舎の向こうのかなり広いグランドに吸い込まれていく。

 かなり部活も活発な学校だ。

 だけど、その部活はほとんどすべてと言っていいくらい運動部で、文化系は美術部と文芸部、軽音部の三つしかない。

 俺はとにかく運動音痴で、かといって三つの文化系部活のどれにも興味がないので堂々と帰宅部だった。


 今校門に向かってスロープを降りているのは、その数少ない帰宅部の生徒たちだ。

 その校門の内側の左に石碑があって、その脇にたたずんでいる長い髪の女子生徒が目に入った。

 彼女は俺が近づくと振り返り、俺の顔を見てぱっと笑顔を見せた。


「あ、山下、遅いじゃん」


 女子で俺の名字を呼び捨てにするのはこいつくらいだ。しかも独特のある低い声。

 隣のクラスの伊藤香代子だ。


「なんだよ伊藤。まるで待ち合わせしてたみたいに言うなよ。うちの担任、ホームルームなげえんだよ」


 生徒数も少ない田舎の学校だから、クラスが違ってもたいてい顔見知りだ。


「いいじゃん。ねえ、ラーメン食べて行こう」


「いや、うち帰ったらおふくろが飯作って待ってんだけど」


「まだ夕食まで時間あるじゃん。ラーメンはわき腹ってことで」


「それいうなら別腹だろ。ジャガイモ幼稚園児かッ。しかも別腹ってのもそういうふうに使う言葉じゃねえし、語彙力ねえ」


「うるさい。行くよ」


 仕方なく歩きだした俺たちの隣で、ツインテールの別の女子が歩きながら声をかけてきた。

 同じ帰宅部で、伊藤と同じクラスの西村彩月(さつき)だ。


「え? ラーメン食べに行くの? 彩月も行く」


「うん、行こう行こう」


 わりとゆっくりしゃべる西村は、伊藤とはかなり仲がいい。猫キャラ女子だ。


 校門を出ると、栃木県の田舎の町の風景が広がる。

 田舎といっても決して農村ではなく、家もまばらだがけっこう建っている。ちゃんと現代的な住宅ばかりだ。

 割と新しい家が多いし、時々思い出したように水田や畑もあるので、最近まで本当に農村だったことがうかがえる。

 もっとも、もう耕作は行われていない「元・畑」で、今は雑草に覆われた空き地になっている土地もかなりあった。


 すぐに十字路だ。

 そこを少し左に曲がったところに駅や町の中心部に行くバス停があって、何人かの帰宅部生が並んでいる。

 部活が終わる時間には、ここは長蛇の列になるらしい。

 バスの本数は少なく、駅まで三十分はかかる。

 それをスルーしてまっすぐに行くと、川に出くわす。その川にかかる長い橋を三人で渡った。

 緑が生い茂る広い河川敷の中を、川は右の方から流れてくる。

 この川がやがて合流する別の川が隣の県まで流れ、あの美少女戦車アニメで有名な町で太平洋に注ぐ。

 川の上流の遠くには低い山が横たわって続いているのも見える。


 橋を渡りきって、いかにも田舎の町といった民家の間の一方通行の県道を十分くらい歩くと信号があって三差路になり、突き当りにラーメン専門店はある。

 二階建ての小さな店で、のれんには「鬼刃」なんていかにも何かを意識したような店名と、その板に少し小さな字で「羯徒毘」など意味不明の漢字が書かれている。

 実はここが、休日などには行列もできる店なのだ。


 店内には、ラーメン屋には似合わない昔のロックンロールがひっきりなしに流れていた。

 メインはさっぱり系の醤油そして塩、同じくこってり系の醤油と塩の四種類で、麺は細麺だ。

 それぞれ名前がついているが、のれんにはラーメンと書てあったのにメニューはすべて「中華そば」という表記だった。


 俺はこってりの塩、伊藤はこってりのしょうゆ、そして西村はあっさりのしょうゆを頼み、たわいのない話をしながらそれぞれのラーメンを楽しんで、店を出た時は薄暗くなり始めていた。

 最近めっきり日が短くなっている。


 俺の家はそこから歩いてすぐ。三人は方向がそれぞれ違うのでここで別れた。

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