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暁の歌、響け世界に 《地の巻》  作者: John B. Rabitan
第9部 南高祭
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9 目の当たりにした壮絶バトル

 俺の足は地面に立っているのか空中に浮いているのか、それもはっきりしない状況だ。

 そしてすぐに、ケルブとにらみ合っていた現研で文化祭実行委員の城田が、同じように背中の羽を広げている。

 その白い衣は光ってはいる。

 でもまばゆい黄金の光というのとは何か違う、違和感のある発光体であった。


「いよいよ決着をつけるときね」


 城田がケルブをにらむ。でも、ケルブはにこやかに微笑んでいる。

 その笑顔からも違和感のないまばゆい光が発せられているようだ。


「決着? そのようなつもりはなくてよ。あなたと私は敵ではない。あなたを抱き参らせて浄化して差し上げるわ」


「大きなお世話よ、偽天使」


 そういえば、俺は思い出した。

 あの夏合宿のハイキングの時、山の上の城跡でケルブは何者かと戦っていた。

 その時俺の肉眼にはただジャージ姿のままただ両手を広げて地面に立っているだけのケルブしか見えなかったけれど、あの時もこのようなバトルが次元の意異なる別の世界で、妄想ではなく実際に行われていたのか……。


 ケルブは翼を伸ばし、もう一人の天使をその腕の中に抱きしめようとする。

 だが相手は機敏にもすり抜け、もうすごい速さで空中を展開して逃げ、ケルブもまた同じような速さで追い掛け回す。


 さすがに今の俺の目にもその速さをとらえられなかった。


 だが、二人の動きが止まった。

 城田の周りにどす黒いもやがかかり、その中にいくつもの目と口が見えた。

 さらにどこからともなく目と口を持つ黒い靄の塊は飛んできてそれぞれが合体し、城田の周りの靄の中に溶け込んでいく。

 城田はどんどん大きくなる靄に包まれていく。


 無数の邪悪な様相の顔は城田先輩を守るように包み込む。

 その光景に、ケルブもひるんで立ちすくんでしまった。


 天使の姿なのにその周りを邪悪な靄がガードするという違和感半端ない光景に、俺は息をのんだ。


 この目と口のある黒い実態のないような存在が、今までその名称を何度も耳にしてきた妖魔なのか。

 こんなのをチャコは今まで実際に見ながら生きてきたのかと思うと、それでノイローゼになりかけたというチャコの気持ちがわかる。

 町の中や電車の中、学校の廊下や教室の中でさえこんなのがうじゃうじゃしている様子が見えてしまったら、とても普通の生活を送ることなんかできないだろう。


 今度はその妖魔がまた合体から離れてここの存在となって、ケルブに襲い掛かってくる。

 ものすごい数だ。


 ケルブは両手のひらから光線を発してその妖魔を払う。光線に当たった妖魔はたちまち浄化されてもとの人霊に戻って、そして成仏していく。

 邪悪な姿をしていても決して妖怪でも化け物でもなく、元は人霊なのだということがわかる。


 だがあまりの数が飛来するので、なかなかケルブも防ぎきれずに苦戦している。俺は何とかケルブを助けたいと思うけれど、とにかく何もできない。

 俺には翼がないから、飛ぶこともできない。

 ケルブのそばまでも行けないし、ケルブと同じように手のひらを向ければエネルギーは放射されるかもしれないけれど、遠すぎる。

 だが、近くにと思っただけで、俺はもう近くにいた。

 だが次々に飛来する邪悪な物体に圧倒されて、何もできない。


「康生先輩、なぜここに!?」


 俺がここにいるのは、ケルブにとって計算外なのか。


「とにかく危なくてよ! 下がっていてください!」


 俺に気を取られているうちに、ケルブは妖魔に包み込まれてしまった。俺が出て行ったのは結局、ケルブにとってはマイナスだったようだ。

 俺は頭上でエネルギーの玉を作った。

 今まではただ両手の間にエネルギーを感じはしたけれど、目には何も見えなかった。今は、頭の上に広げた両手の手のひらの間に、青く輝く球体の光が一メートルくらいの直径で輝いて見える。

 それをり、妖魔に包まれているケルブに向かって投げた。

 輝く球体はスーッと飛んでいき、ケルブを包んでいる妖魔の塊全体を包んだ。その隙間から、中から光が発せられているのが見えた、

 やがてその光がさらに大きな細長い光体となり、それは一体の光り輝く竜の姿になった。

 息をのむような巨大な龍は、それでも恐ろしくはなかった。むしろその神々《こうごう》しさに圧倒された。


「やっと悪魔サタンの本性を表したか、ドラゴンよ」」


 城田は言うけれど、今のケルブの姿はアニメとかに出てくる西洋のドラゴンではなく、日本や中国の絵画などで見るうろこに覆われた光る龍神であった。


「ワレは悪魔サタンでもドラゴンでもなくてよ。天使の姿は仮の姿。火の眷属の龍神なり。汝、水の眷属の邪神よ、ここでワレと十字に組み、ともどもに弥栄えいかぬとあらばワレら天岩戸あまのいわとに封印されていたように、汝らが今度は封印されるぞよ」


「何をぬかす。たわごともいい加減に……え?……」 


 城田が言おうとした言葉は、とまどいに変わって途切れた。

 頭上からものすごい光が刺してきたのだ。そしてそれは光の塊となってゆっくりと降りてくる。

 その中にやはり翼を持つ人影があった。だがそれの姿はまるで山のようで、城田やケルブの何倍も巨大だった。

 その姿に、城田は驚いたような表情で、その場に畏まった。


「マステマ、あなた何を勝手なことをしているのですか?」


「これは、天使長ミカエル様!」


 アステマというのが城田の真名まななのか……。ミカエル様とは、これは聞いたことがあるぞ。アニメではよく耳にしていた名前だ。

 まさか実際にいたとは……。

 その存在とともに、マステマこと城田の周りの妖魔はすべて消えてしまった。


「あなたがたが互いに自分を光の天使とし、また龍神なりと言って、それぞれ相手を悪魔サタンや邪神扱いしているのでは、天地和合は訪れません」


 ミカエル様とは天使というよりもまるで神霊のお一人のようだ。


「マステマ、あなたは私とともに来なさい」


 どうもミカエル様には逆らえないようで、たちまちのうちにミカエル様もマステマも消えた。

 元の天使の姿に戻ったケルブは、慌てて俺の方を見た。


「先輩! 早く元の体に戻って! いつまでも体から離れていては危ないから!」


 戻るってたって、どうやって?

 俺が戸惑っていると、ケルブはますます慌てていた。


「とにかく下へ行ってちょうだい! そうしたら自分の体が見えてくるから、早くその中に戻って!」


 俺は言われたとおりにまるで水の中へもぐるかのように、異次元の空間を下に向かって飛んだ。



 その瞬間、周りの世界がぐるぐると回り始めた。


「うわっ、どうしましょう!」


 騒いでいるのはケルブの声で、それがはるか上の方から聞こえてきた。

 周りの世界はますます加速して回転する。それが目にも止まらない速さになったときに、俺もまた一緒にぐるぐると攪拌かくはんされ、目が回って意識も遠のいた。


 それでも何とか下降を続けると、やっといすの上にもたれ込んでいる自分の姿が見えたので、俺はそこにとにかく飛び込んだ。



(「第10部 戻ってきた日常」につづく)

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