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暁の歌、響け世界に 《地の巻》  作者: John B. Rabitan
第9部 南高祭
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5 思わぬ救霊

 さらに島村先輩は言葉を続けていた。


「そんなに長い間、苦しい思いをされてきたのですね。さぞやおつらかったでしょう」


「そうだよ。そしてやっと、本当にやっと、こいつが人間界に転生して生まれ出た。でも俺は待ったよ。俺が殺されたとき同じ二十五歳にこいつがなるまで、ずっと待ったよ」


 美咲さんの歳が二十五歳であることはピアノは知らないはずだから、これはもうピアノの口を借りて霊がしゃべっているということに他ならなかった。


「それまでもちょくちょく苦しめてはやったがな。五歳の時に、階段から落としてやった。苦しめるのが目的だから、死なないように手加減したさ。前の男とも別れさせてやった」


 美咲さんは驚きのあまり、目を見開いて両手で口を覆っている。


「今の男とはわざと幸せの絶頂まで持って行った。そして結婚の約束をしたその日の夜に、こいつの命を奪おうと思ったのに……」


 美咲さんの驚きようからすると、この話は本当らしい。美咲さんが倒れた夜は、彼氏からプロポーズされて帰る途中だったのだ。

 そしてピアノは俺の方を見た。ピアノは目を閉じているのだから、俺を見ているのは霊だけだ。


「それなのにこいつが邪魔をした。だから代わりにこいつの命を奪ってやろうと思ったけれど……うっ」


 霊は悔しそうにうつむく。だけどこっちは、またもや背筋が凍る思いだった。

 へたしたら俺は、今生きてこうしてここにいなかったかもしれないのだ。


「でも、なんだかすごい力でこいつは守られている。だから手を出せなかった」


 俺はなんだから複雑な気持ちだ。今まで美咲さんのことだから他人事のような気持ちが少しはあったけれど、いきなり俺は当事者になったのだ。


「そうですか」


 島村先輩の口調は穏やかだ。


「悔しいですよね。でも、それもこれもあなたが力不足だったからですね」


「ああ」


「じゃあ、これからうんと力強くならせていただきましょう。僕が言う通りにすればうんと力もついて、これまでできなかったことも、何でもできるようになりますよ」


「そうか、では頼む」


 なんだかこれでは島村先輩は、霊に力を与えて、もっと悪さをさせるような結果になるんじゃないかと、俺は思っていた。


「あなたはこの美咲さんの過去世にひどい目に遭って殺されたんですよね」


「ああ、そうだ」


「では、さらにもう一つ前の過去世でも、あなたは美咲さんとかかわっていますね。その時も美咲さんはきっともっと悪いやつだったんでしょうね」


「そりゃそうだ。そうに決まっている」


「じゃあちょっとさらに前の過去世に戻って、見てきて教えてください」


「そんなのおまえが直接見ればいいだろう」


「僕は肉体があるから見ることはできないんです」


「じゃあ待ってろ、見てくる。どうせこいつはその前の過去世でも、もっとひどいやつだったに決まっている」


 ピアノは黙った。そして何度か小さくうなずいている。

 そのうちその顔が驚きの表情に変わった。さらには、今にも泣きそうな顔へと変化していった。


「なんということだ……、なんといことだ……」


「どうしました?」


 島村先輩が、下の方からその顔を覗き込む。


「逆だった……。俺はあんなひどいことをこの女にしていたのか……。しかも、一生かけて……」


「結局、自分がやったことが全部自分に返ってきていたってことなのですね」


「それなのに、俺はこの女にひどい目に遭ったとしか考えなくて、復讐をしてきたつもりだったんだが」


「でも、そうすればするほど、あなたはどんどん地獄の底へと落ちていったでしょう? あなたが今いる世界は、あなたの魂の状態と想念、それとの相応の世界に引き寄せられているだけなんですよ」


「じゃあ、どうすればいいんだ。俺は、見るも無残なひどい仕打ちをしてきてしまった」


「大丈夫ですよ。今申し上げたように、あなたが今いる世界はすべてあなたの想念と相応の世界ですから、今天国にいらっしゃる方々《かたがた》と全く同じ想念と心になってしまえば、あなたもた~ちまち天国へとお許しいただけます。あなたも天国へ行けるんですよ。さあ、天国に行かせていただきましょう」


「天国にいらっしゃる方々の想念とは?」


「天国にいらっしゃる方々の想念とは、いつも感謝に満ちて明るく、素直で、優しく、と慢心がなく、心の下座に徹し、誰にでも利他愛で親切で温かく、一切の執着がなく、態度や言葉遣いが丁寧なんですね」


「はい」


「それでは、あなたがこの方の過去世でひどい目に合わせたというその時に戻って、生まれてから死ぬまでの間のすべてのことに関して、こんなことしなければよかった、こうすればよかったというすべてのことを、天国にいらっしゃる方はこんなことはしない、天国にいらっしゃる方ならきっとこうなさるだろうということを基準にして、全部やり直していらっしゃい」


 しばらく沈黙が続いた。だが、ものの数秒でピアノは顔を挙げた。もちろんまだ目はつぶったままである。


「はい、やり直してきました」


 我われにとってはほんの数秒だけれど、一生をやり直したのだからこの御霊ごれいにとっては数十年かかっただろう。


「どうです。だいぶ楽になったでしょう?」


「はい、明るい世界にスーッと引き上げられました」


「よかったですねえ。ではあなたがこの美咲さんの過去世に殺されたという人生に戻って、どんなふうだか見てきてごらんなさい」


 やはり数秒後に、またピアノは霊の言葉を語りはじめた。


「俺は殺されなかった。俺が天寿を全うするまで、この人とはとても良い関係になった」


「それはよかったです。でも、人の体に憑依していては本当の天国にはいかれません。まずはこの杉本美咲さんにこれまで障ってきたことでまだそのままの部分があったら、それを全部元に戻しましょう。あなたが兵隊といて使っていた妖魔も、救ってあげてください」


 ピアノは目を閉じているのに正確に美咲さんの方に体の向きを変え、両手を美咲さんからは少し離した状態で直接には触れずに全身をさぐっていた。


「終わりました」


 その作業も、やはり数秒で終わったようだ。


「どうです。もう天国へ行けたでしょう?」


「はい。明るくて暖かくて、素晴らしい世界です」


「よかったですねえ。それで、あなたの指導霊の方々はいらっしゃってますか?」


「はい、みんな感動して泣いております」


「では指導霊の方々にこれまでの御無礼をお詫びして、そしてご指導をいただいて修行に励みましょう。天国といってもまだまだ上の世界があって、上に行くほど素晴らしい世界ですからね」


「それではこれで失礼します。ありがとうございます」


 先ほどはあんない悪態をついて暴れていた霊が、今は丁寧に礼儀正しく去っていった


 ピアノはパッと目を開けた。

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