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暁の歌、響け世界に 《地の巻》  作者: John B. Rabitan
第9部 南高祭
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4 美咲さんの御霊

「てめえ、いい加減にしろ!」


 ものすごい怒号がなんと美咲さんから俺に向けて発せられて、俺は心臓が止まるかと思うくらい驚き、そして全身が硬直した。

 見るとこれまでの穏やかな表情ではなく、まさしく「鬼のような形相」というのはこういうのをいうのだろうと思うくらいだ。

 その突然の豹変に、俺は背中が本当にスーッと寒くなった。

 美咲さんは怒りで全身を震わせているようにも見えた。


 これで無事に終わったと思ったのに、やはり美咲さんを怒らせてしまったのか、何か地雷を踏むようなことを言ってしまったのかと心配になる。

 とにかくわけが分からなかった。

 でも不思議なことに、怒りの形相になっている美咲さんだけど目は閉じたままだ。


「おまえかっ! おまえが邪魔をしたんだな!」


 目を閉じたままの鬼の形相で、美咲さんは俺を指さす。


「俺は見ていたぞ。おまえが邪魔をして、俺の計画を全部ぶち壊した」


 ゆっくりとしゃべっているのは美咲さんなのに、その声は地の底から絞り出したような、まるで別人の、しかも男の口調だ。


「この女はな、この女はな、人殺しだ。とんでもねえやつだ。だから多くの配下の妖魔をこの女に憑けて命を取ろうとしたのに、おまえはッ、おまえはまばゆい光で妖魔たちを救ってしまった。やつらは妖魔から元の魂に戻って、力をつけたものだからもう俺の言うことを聞かなくなって、成仏して天国に行っちまったじゃねえか。何で見ず知らずのおまえが、そんな余計なことをすんだッ!」


 俺は何をどう答えていいかもわからず、ただガタガタ震えていた。

 少なくとも美咲さん自身は、俺がパワーを放射してヒーリングしたことは知らないはずだ。


 美咲さんの弟である杉本も、隣でただおろおろしていた。

 美咲さんが連れてきた二人の友達も、美咲さんらしくない美咲さんの怒号に驚いてこのコーナーに駆け込んできた。

 いっしょに入ってきたチャコは、美咲さんを見て思わず声を挙げた。


「うわ、何これ」


 そのまま、チャコは絶句している。

 おそらくチャコの目にはものすごいものが、美咲さんに重なって見えているのだろう。


 そして、島村先輩と悟も騒ぎを聞いてすぐに入ってきて、そして先輩は俺に耳打ちした。


「あとは僕が話すから、ちょっと席かわって」


 俺が立つと、島村先輩は俺の座っていたいすに、美咲さんと向かい合う形で座った。


「なんだおまえは?」


「僕はあなたの味方ですよ。お話を聞かせてください」


「味方だと?」


「私の背後を見てごらんなさい」


 美咲さんは顔を上げて、島村先輩の後ろを見るようなしぐさをした。でも、目は閉じられたままだ。

 それなのに美咲さんの表情は怒りから驚きへと変わっていった。


「これは……、なんと……」


 それはすぐに畏れの表情になった。

 その時、入り口の方で声がした。


「なんとなく来ましたぁ!」


 クラスの出し物に行っていた一年生のピアノこと竹本ひろみが、何も知らずにのんきな口調で入ってきた。

 ピアノの声を聴いて、パワー実演コーナーから悟が顔を出し、ピアノを呼んだ。


「え、なになになに?」


「なんかすごいことが起こってるんだ」


 悟が真剣な表情で言うので、ピアノもすぐに異変を感じた。

 島村先輩がピアノを呼んで、美咲さんの隣の椅子に座らせた。


「今、霊が出ている。でも、この方に憑依したままだとこの方の本霊が心配だから、依代よりしろやってくれ」


「OK!」


 軽く答えると、ピアノは目を閉じて手を合わせて何か祈るようにしていた。

 すぐにピアノの全身が震えだしたのと、美咲さんが元の穏やかな表情に戻ってパッと目を開けたのはほとんど同時だった。


「今の、何なんですか? 体と口が勝手に動いて。なんなんですか?」


 自分に返った美咲さんだが、それでもまだ興奮している。

 その耳元で、立ったまま悟が小声でささやいた。


「今、あなたにいていた霊は、依代の竹本さんの方に移ってもらいました」


「はあ」


 そう言われても状況が全くつかめていない美咲さんは、ただ茫然とうなずいていた。

 島村先輩は、さっそくいすごとピアノの方へ向きを変えて、話し始める。


「依代に移ってくれてありがとうございます。この方とは」


 俺が島村先輩の耳元でささやく。


「この方のお名前は杉本美咲さん」


 先輩はうなずいて、ピアノの方を見る。


「この、杉本さんとは何かご因縁があるのですか?」


「大ありだとも。俺は、俺はわずか二十五歳の時に、この女に殺された。頭を大きな石で何度も殴られて殺された」


 先ほど、美咲さんの口を使って話した言葉そのままだ。

 その時ピアノはここにいなかったのだから、すでにそういう問答が行われていたとは知らない。

 でも、島村先輩の姿を見てあの驚きの表情をしてからは、霊もすっかりおとなしくなったようだ。


「だからなあ、俺は待っていたんだよ。ずっとずっと。あちらの世界では会って復讐することなんてできない。こいつがまた現界に転生するまで待っていた」


「どのくらい待っていたんですか?」


「知るかい。あちらの世界には時間なんてものはねえ。でも、現界の時間ってもので計るなら、二百年くらいは待っていたかなあ」


 二百年前っていえば江戸時代……。そんな長い間……。

 俺は思わず感心して聞いていた。

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