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暁の歌、響け世界に 《地の巻》  作者: John B. Rabitan
第7部 夏風邪
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8 悟の意外な境遇

「でもね、先生で一人、どうしても心の声が聞こえない人がいてね」


 それが青木先生だな。相手の心の声なんて聴こえない俺にだって、それくらいは見当がつく。


「正解! なんか完全に心の声を私に聴こえないようにって感じでガードしてた」


「セキュリティー万全ってことか」


「そう、そんな感じ。だから私はこの先生になら私の特殊体質を話しても大丈夫かなって感じた」


「待って、なんでそうなるんだ?」


「一瞬のひらめき」


「ああ」


 青木先生も、それが大事だって言っていた。でも、それを聞く前に、美貴はもうそれが大事だって知ってたのか。


「知ってたわけじゃないけど、なんかその時はそう感じたのよね」


 美貴からその能力の話を聞く前だったら、こうポンポンと思ったことを読み取られて、やっぱかなり気持ち悪かっただろうな。


「ごめんね。それでやはり思った通りで、青木先生は親身に相談に乗ってくれて、そしてこの能力を封じ込めるのではなくコントロールできるようにしてくれた」


「どうやって?」


「これで」


 美貴はいつも頭上で両手を開いてパワーをためて相手に投げるあの動作をコンパクトにして、胸の前でやって見せた。


「そうしたら、通常は他人の心の中の声に対してそれが勝手に飛び込んでこないようにプロテクトして、必要な時だけ意識して他人の心の中の声を聴けるっていうふうになった」


「だったらめっちゃ便利だよね」


「それで青木先生が顧問やってるっていう超古代文明研究会の部室に出入りするようになったというわけ」


「私も同じ」


 またチャコが話しだす。


「私の場合、霊が見えるっていうのは怖いし、すごく嫌だったけれど便利なこともあってね。見えるのはお化けのような邪霊や妖魔ばかりじゃなくて、守護霊様も見える。だから、私が見えているって知ってる守護霊様が、あいさつに来たりするの。だから私も人に会ってあいさつするときは、その人の守護霊様にあいさつするようにしたら、その人との関係がすごくよくなったりするって分かってね」


「やっぱ守護霊っていうのがみんなついているのか」


「うん。ついているっていうよりも、ちょっと離れたところに寄り添ってるって感じ。そうそう、これからは誰かと会ってあいさつしたら、同時に瞬間でいいから、たとえ見えなくてもその人には必ず守護霊様がいるからその守護霊様にあいさつすると、その人が自分に対する態度が良くなるよ。これ、人間関係を円満にする秘訣」


 チャコはそう言ってにっこり笑った。


「守護霊ってのは、その人のご先祖様なんだよな」


 これまで黙って聞いていた悟も、ボソッと言った。

 チャコはまた真顔になった。


「で、話を戻すと、そうやって守護霊様も見えるんだけど、青木先生の場合はただの守護霊様じゃなくってまぶしいくらいに輝いている大きなお方が守護霊様だった。いや、むしろ守護神といった方がいいかも。さっき言った青木先生に対して気になっていたってことってのはそれ」


「なるほど」


 俺が納得してつぶやくと、美貴もにっこりとうなずく。チャコは話を進める。


「そんなだから美貴に青木先生に相談するといいと言われて、相談して、同じように先生は私にもしてくれて、今は霊も必要な時だけ見るようになった。もういつも見えていたら気持ち悪いから、普段は目にシャッターのようなものを下ろしてる。そうしたら目は普通にものが見えるだけで他の人に見えないものは見えないけど、気配を感じてそして見る必要を感じたらさっとシャッターを開けるってことができるようになったのよ」


 つまりは二人とも、異能としては完璧になったということだな。


「それで、先生から霊のことや霊界の話も聞いて、それで霊が見えても気持ちは悪いけれど怖くはなくなった。怖いっていうのは知らないから、分からないから怖いんで、正体が分かっちゃったらなあんだって感じなのよね」


 その時俺はふと気づいたけれど、さっきから悟はにこにこ笑ってうなずいているだけで、さっきの守護霊様はご先祖様発言以外はあまり口をはさんでいない。てことは、もう悟にとっては二人のこの話はよく知ってる話なんだろうと思う。


 その時、注文していた女子二人のパスタが来た。


「どうぞ、先に食べて」


 俺がそう言っているうちにすぐに俺のハンバーグ、そして悟のカツ丼と続いた。


 食べながら、俺は悟を見た。


「そういえば、悟の異能力って」


「俺はたいしたことないよ」


 カツ丼をほおばった後、お茶を一口飲んで悟は言った。


「俺は人のオーラが見えるくらいかな。それによってその人の霊的エネルギーの状態がわかる。一年生のケブルの天使の羽も、あれも一種のオーラだから」


「そういえば前に、俺にエネルギー注入してくれたよな」


 悟は笑った。


「それは俺じゃなくたって、ここにいるみんなできる。おまえにもできるはずだ」


 そうだ。今は回復魔法は俺にもできるのだから、そのわざもいつの間にか俺も身につけているってわけか。


「それよりもさあ」


 美貴が口をはさんだ。


「悟は能力よりも、状況が特殊だよね」


「状況?」


「いや、そんな特殊ってほどでもないけど、実は俺の親父は寺の住職なんだ」


「え? お寺さんの息子?」


 俺は意外な話に、ナイフとフォークを持つ手を止めて悟を見た。


「家は曹洞宗の寺だ」


 曹洞宗っていえば禅系だな。

 だがそれよりも、俺は大きな疑問が沸き上がった。

 悟って、大の宗教嫌いだったんじゃ? それが実は坊さんの息子?


「なあ、お寺さんの息子がなんでそんなに宗教を嫌う?」


 俺はずばりと聞いてみた。悟は鼻で笑った。


「今の宗教がでたらめだからさ」


 悟の答えは意外だった。俺が瞬間的に思ったのは、伝統宗教の家庭で育った悟には今の乱立する新宗教が気に入らないのかということだった。

 だが、どうもそういうことではないらしい。


「俺はいろいろと心霊関係のことを調べて、いつの間にかこの部にも出入りするようになって、霊界のことや人の本質について知るようになった。それと同時にオーラが見えるなんて力が開花しちまった。ところが親父は、真っ向から否定するんだ。霊界なんかない、霊なんて存在しないって」


 悟はいつしか悲痛な面立ちになっている。


「親父が個人的にそう思うんならまだいいけどよ、これが今の仏教だよ。釈尊はしっかりと霊の存在、霊的世界のことを説いている。でも今の仏教界には、そんな釈尊の心はない!」


 悟の言葉に力が入っていた。


「親父は俺に仏教系の大学に行かせて、寺を継がせようとしている。でも俺はまっぴらごめんだ。それでいつも親父とけんかになってる」


 みんな複雑な事情があるんだなと思う。


「今の宗教は何一つ真実を説いていないし、今の宗教では人は救えない。だから俺は宗教が嫌いなんだ」


 まあ、全部が全部ではないと思うけどなあ。でも、今の悟の剣幕の前ではそんなこと言いだせなかった。


「島村先輩も同じことを言っていた。実は島村先輩は、敬虔なクリスチャンの家庭に育って、幼いころに洗礼を受けたそうだよ。でも先輩の言うには、やはり今のキリスト教もイエス様の教えとはだいぶ違うものになってるそうだよ」


 島村先輩がクリスチャンというのも、初めて聞いた。


「要は、キリスト教や仏教という『宗教』が、イエス様や釈尊の説いた霊的真理の世界を曲げてしまったってことだな」


 そこまで熱く語られても、俺にとっては「ああ、そうなのか」くらいにしか思えない。

 でも。以前にも悟だったか島村先輩だったかが、イエス様も釈尊もそれぞれキリスト教や仏教という「宗教」は作ってなくて、後世の人が勝手にイエス様の教えをキリスト教に、釈尊の教えを仏教にという『宗教』にしてしまったのだと言っていた。


 俺としては特に異論のないことだ。ってか、そのへんに関しては今まであまり深く考えたことがないことで、知識が不足していたのも事実だ。


「二、三日前も親父と衝突したんだ」


 悟はまた話し続ける。


「ウチの寺って禅宗だろ? だから座禅を組むし、俺も小さいころからさせられた。でも最近になって知ったんだけど、たしかに釈尊は禅定によって心を洗っていたらしい。でも同時にその状態は霊にかられやすい状態なんだ。滝行とかもそうだよ。だから行者でろくな死に方をしなかった人は多い」


 そうなのかなあと思う程度だ、俺は。


「で、昔は禅定の時は霊視の効く審神者さにわという人がついていて、邪霊が嫌う南天の木で霊がかりそうになったら祓ってたんだ。でも今の宗教はそういう霊的なことが分からなくなっているから、座禅の時に姿勢が悪いとかいうことで警策で打つなんてことが形骸的に残っている。今の座禅には霊的な意味はなく、ただの精神修養に過ぎない。こんなことを言ったら親父は真っ赤になって怒ってたよ」


 悟はひとしきり笑った。そんな話をしながら、四人とも食事は終えていた。



(「第8部 文化祭準備」につづく)

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