5 身体のクリーニング
「で、どこまで話したの?」
悟が俺とチャコに聞く。
「うん、風邪っていうのは体内に滞留して硬化した毒素を熱で溶かして、体外に排泄する作用なんだってことくらいかな?」
「そうだね。回復魔法は宇宙のパワーでそういった毒素の排泄作用を促進させて早く体外に出してしまって、もう排泄作用を必要としない体にしてしまうことだよね」
「でも待って」
俺が口をはさむ。
「風は薬飲んで寝てれば治るんじゃね?」
「それは薬で抑え込んでいるだけだよ。つまり対症療法で、痛いのを感じなくすればいいとか、洟や痰や下痢が止まって熱が下がればいいという考え方が医学の主流だよね」
「うん、たしかに」
俺は思い出す。
「前の学校の生物の先生も、薬は基本的には毒だって言ってた。毒を以て毒を制すって考え方だって」
「だろ」
悟はにこりと笑う。
「俺が言ってるのは青木先生から聞きかじったことのうろ覚えだから、正確にはいつかまた先生に聞いてみるといい」
「私も聞いた」
美貴も言う。
「今この世の中は毒が溢れていて、そんな毒漬けの生活をしているのが人間だから、体内に毒が堆積したら自然現象としてその浄化作用が行われるって。自然界が風とか雨とかで浄化されるのと同じだって」
「そう。いわゆる病気と呼んでいるものの二〇パーセントはそんなクリーニング現象なんだって私も聞いた。だから薬でそれを止めてしまうのはもったいないって」
「じゃああとの八〇パーセントは?」
思わず俺はチャコに聞く。
そもそも俺はCMなんかで「消費者の九八パーセントの方にご満足いただけました」なんて聞くと、いつも「じゃあ、あとの二パーセントは?」なんて思ってしまう。
そんなことを考えていると、美貴が言った。
「ましてや二〇パーセントなんて聞くと、余計にあとの八〇パーセントが気になるよね」
「え?」
なんか美貴には心の中が先読みされている。
「八〇パーセントは霊障さ」
さらりと悟が言う。
「ほら、あの樹海で聞いたろう? 地縛霊や浮遊霊などと波調が合えば憑依されるって。ほかにも自分自身が前世で恨まれるようなことをした相手の人の霊が地獄から抜け出て、妖魔となって攻撃して来たりもする。さらにはそこに本人の罪業、つまりカルマが加わってくるから余計に複雑になるんだな」
やはり悟は不思議だ。筋金入りの宗教嫌いのくせに、こういうことには詳しい。
「で、この世の中が毒で満ちているっていうのは、やはりあの時青木先生が言っていた食品添加物や農薬ってこと?」
「それもあるね」
悟の「それも」という表現は他にもあるってことなのだろうか。
「あのね」
美貴にバトンタッチ?
「なんか今の人は一日に八十種類の食品添加物を口に入れてるらしくて、そうなると毎日十一グラムを摂取して、一年では三八五〇グラムになる。これが出ていけばいいけど、体の中に溜まってしまうんだってよ」
あの添加物について先生が話してくれた時にはいなかった美貴がそう言うということは、先生は繰り返しこの話をしてきたのだろう。
「でも先生が言うには、本当に怖いのは」
チャコがベッドから降りてみんなと同じように床に座って、ベッドの上の俺を見上げた。
俺も上半身を起こして、ベッドに腰掛ける形になった。
「本当に怖いのは悪想念だって」
「悪想念?」
「そう人を憎んだり怒ったり恨んだり嫉妬したり不平不満を言ったり悪口言ったり、そうすると体内に濁微粒子が発生してそれが膿になるって。ほら、あの話、何だっけ?」
チャコはあとの二人を見る。
「あの話?」
美貴が聞く。
「ほら、牛が怒ったらどうのこのとか」
「牛を怒らせて殺したら全身に毒が発生して、硬くて不味い肉になるってあれよね?」
「そうそう」
悟がうなずく。
「昔の人がやった実験では、人間の呼吸する息は液体窒素でマイナス二百度で冷却すると沈殿物ができて、それは出す人の感情によって色が違うって。で、その人が腹を立てていると数分以内に栗茶色になるって。その沈殿物を集めてハツカネズミ注射すると、数分間で死んでしまうって言ってたな」
「そうそう」
チャコもうなずく。
「一人の人が一時間腹を立て続けると、八十人以上の人を殺すだけの毒が出るってね。反対に陽気で朗らかな人は血を浄めて、栄養も豊富になって健康を保つって」
「だから、怒らないという努力が大切だ」
だからこの人たちはいつもニコニコして、年中笑っているんだなと思う。
「病気というのは病原菌によるものは分子レベルだけど、ウイルスになると青木先生の得意分野の陽子や中性子、つまり原子核からして歪んでいる」
「そう、だからその歪みを修正するような調和が必要。そうしたらゆがみも正されてウイルスも消えるって青木先生、言ってた」
俺はチャコを見た。
「漠然と調和って言われてもなあ」
「うん。だから病気と言われているものは肉体的にせよ霊的なものにせよ『一切よくなるための変化あるのみ』ってことだから徹底感謝、その感謝の想念がいちばんの調和なんですって」
「そう、感謝だね。熱に、下痢に、咳に感謝して、そのうえで回復魔法を受けたらどんどん無病化人間になっていく」
付け足すように言った悟の言葉に、さらに美貴が付け加えた。
「先生は言ってたね。病気と闘うって想念はダメだって。今の医学も病原菌やウイルスを敵と見なして殺菌、消毒することばかり考えている。そんな考え方ではいつまでたっても病気はなくならないって」
そういえば確かに、妖魔に対してでさえ戦うのではなく抱き参らせて浄化し救ってしまうのだと先生は言っていた。あの樹海で浮遊霊とかを浄化したときも、除霊やお祓いではなくあくまでもその霊を救わせていただくのだとも。
それにしても、もし病気や病原菌に対するこんな話が全部本当だったら、これってすごいことだ。ノーベル賞ものだよな……でもまだ、どこか半信半疑の俺……
「そう、すごいことなのよ。康生君ももう十分に体験を積んだじゃない」
美貴は笑った。




