3 ばかしかひかない風邪
翌朝起きると、体中の環節が痛かった。
だるい。
そして熱っぽい。
親父はもうとっくに会社に行っている。
俺はなんとか布団から這い出して、体温計を探した。体温計の音が鳴るまで、何度も洟をすすった。
三十八度二分……
つらいはずだ。
それから何度も鼻をかんでいるうちに、咳も出てきた。咳のたびに痰が出る。
そのうちトイレに駆け込む。そしておびただしく下した。
昨日お祭りで、何か悪いもの食ったかなと思う。
でも、それだったらお腹を壊すだけで、この発熱や倦怠感の説明にはならない。
今、家にはちょうど常備の風邪薬も腹の薬もない。医者まではかなり歩くので、どうも行く気はしない。
行って薬をもらわなければと思うけれど、このまま寝てた方がいいと頭の中で瞬時にひらめくものがあった。
あのひと頃の感染症のパンデミックの時だったら、これだけ熱が出たら保健所とかに電話して大騒ぎだったろう。
速攻でRPG検査……じゃなくって、なんだっけ? 忘れちゃった。とにかくそのナンチャラ検査を受けさせられただろう。
スマホが鳴った。LINEの着信通知だ。
チャコからだ。LINEグループの方ではなくて、個人のIDからだった。
[おはよう。昨日はありがとう。昨日別れ際になんか辛そうだったから、だいじょうぶかなと思って]――
すぐに返事を返す。
――[だいじょばない。ばかしかひかない夏風邪ひいた]
瞬間に「既読」がついた。
[ええーっ!? 熱は?]――
――[八度二分]
[かなりあるね。今から行っていい?]――
――[そんな、わざわざお見舞いなんて、ただの風邪くらいで大げさだよ]
[ただのお見舞いじゃないから。じゃ、あとで]
え? まじに来てくれるの? しかも俺の部屋に女の子一人で? なんかいろいろやばいんじゃないの?と思うけど、頭がもうろうとしている。
とにかく、まずは玄関の鍵を開けて、そのまままたベッドに入り込んだ。
割とすぐに玄関のチャイムが鳴った。
「どうぞ! 鍵、開いてる」
ベッドの中から叫んでも十分に聞こえるくらいの、小さなアパートの部屋だ。
「お邪魔します」
入ってきたチャコは当然のことながら制服ではなく、合宿の時のようなジャージでもなく、ましてや浴衣のはずもない。
ふつうのカジュアルなワンピースだ。
「あ、寝てて」
俺がベッドから起き上がろうとすると、チャコはそう言って俺の部屋に入ってきた。
「おうちの方は?」
「親父は会社」
「お母さんは?」
俺は黙って首を横に振った。
「あ、ごめん」
瞬時にチャコは、俺が父子家庭であることを悟ったようだ。
「何か食べた?」
俺が食欲がないことを告げると、チャコはうなずいた。
「キッチン借りる。それとお米とかも少し」
「え? 悪いよ」
「いいからいいから。寝てて」
割とすぐに、チャコはお粥を作って持ってきてくれた。玉子も入っている。
暑いときに熱いものは食べにくかったけど、文句は言えない。
「どうぞ」
「ありがとう」
見舞いに来た割りには心配そうな顔もなく、チャコはにこにこ笑っていた。




