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暁の歌、響け世界に 《地の巻》  作者: John B. Rabitan
第7部 夏風邪
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2 神祭りの本義

 中央の一番偉いって感じの神主さんは下がり、氏子さんたちが順番に緑の葉のついた木の枝をお供えしていく。


「これがお祭りの本当の中心行事だよ」


 それを見ながら、島村先輩が小声で俺たち全員に説明した。


「祭りっていうのは月に一度、あるいは年に一度、こうして神官と氏子さんたちが集って神様と波調を合わせる式典がメインだ。だからお神輿とか綿あめ、金魚すくいなどの出店が並ぶのはついでにやっているようなもので、世間一般の人にはそのついでの方がお祭りのイメージになっちゃってるよね」


「なるほど、この厳かな式典こそが祭りなんですね」


 悟もつぶやく。


「たしかにお祭りに来た人たちはこんな式典が行われているなんて知りもしないで、ただ遊んでいるだけですよね」


「まあ、それも良しとする大らかなのが日本の神様なんだけどね」


 先輩は少し笑った。


「そもそも『祭り』とは、神様と人が間を釣り合わせる『間釣まつり』というのが本当の意味なんだけどね」


 先輩がそこまで説明したときである。


「すごいまぶしい。本殿の方からは光が放たれてる」


 チャコがそう言って目を細める。


 そう言われても俺には内院を照らす人工の電気の光しか見えないし、ほかのみんなもそうじゃないかなと思う。


「さあ、お参りしようか」


 俺たちは整列し直した。


 俺は財布から賽銭を取り出そうとしたら、先輩が俺を見た。


「お賽銭をおあげするのはいいけれど、決して投げないようにね。お金を投げるなんて、こんな失礼なことはないからね」


 言われてみれば確かにそうだ。


 整列した俺たちは、先輩を先頭に柏手を合わせて打って拝礼した。

 そして先輩が祈りの言葉を我われにも聞こえるように神前に奏上し、俺たちはその間ずっと頭を下げていた。

 今日ここに参拝できたことへの感謝や、日ごろの御守護の感謝を述べるだけで、願い事などは先輩は一切しなかった。


 そしてその時、俺にはチャコのような光は見えなかったけれど、また頭の中で声が響いた。

 それは本殿の方からで、胸に直接響くその声は透き通った声だった。


 ――今日は参拝してくださって、うれしく思います


 それだけの声だったけれど、俺の心はそれでカーッと熱くなる感じだった。


 そして先輩はくるりと俺たちの方を向くと、にこやかに言った。


「さあ、遊ぼうぜ!」


 それからは、小さいころから慣れ親しんだ「お祭り」を、俺たちは一般の人たちと同様に楽しんだ。

 金魚すくいではピアノがものすごい腕前を見せてみんなの歓声をあげたし、女子たちはその後も買ったお面を側頭につけて綿菓子、リンゴあめと食べ歩きに余念がない。

 一年生の男性陣も焼きそばやフランクフルトなどこれで今日の夕食と言わんばかりに食べあさっていた。

 射撃では島村先輩がその実力を発揮し、景品のクマのぬいぐるみなどは皆女子たちの手に渡った。

 美穂などはそのクマちゃんを大はしゃぎで、ずっと抱きしめて放そうともしない。


 そうして時間がたつのも忘れているうちに、お約束の音が境内に鳴り響いた。

 隣の空き地から花火が上がる。

 花火といっても八月の初めの河川敷の花火大会のような大規模なものではなかったけれど、合宿の時にやった俺たちの花火遊びに比べたらある程度は本格的なものだ。

 境内で遊んでいた人たちもみな広場に集まって、夏の終わりを惜しむような花火に見入っていた。


 俺たちも適当に人混みの中に群がって見ていたけれど、俺の隣にはいつしかチャコが来ていた。


「わあ、きれい」


 この時ばかりはチャコの目も、みんなが見ているのと同じ花火を見ているようだった。

 だが俺はその横顔の、チャコの光る目の方がきれいだと感じて思わずドキッとしたので、慌てて空の花火に視線を移した。


「ほんとだ。きれいだけど、このお祭りが夏の終わりを告げるって思うとなんか寂しいな」


「ああ、それ、言わないでよ」


 そう言いながらもチャコも笑っていた。


 花火が終わったら、人の群れも三々五々と家路につく。俺たちもそれに混ざって今日のイベントはお開きとなった。


 そしてほぼ全員がバスか電車で帰るので、人ごみの流れとともに駅へと向かっていった。

 そんな彼らと分岐点で別れたのは俺とチャコだけだった。


 俺とチャコだけが徒歩だ。

 俺は浴衣のミラクル少女と肩を並べて、学校の方角へと歩いた。そっちに俺の家があって、チャコの家はさらにその向こうだ。


 異変はその時始まった。

 もっともその時は異変の始まりなんて思っていなかったけど、あとで考えたらそうだった。


 俺は大きくくしゃみをした。

 そして鼻がむず痒くなって、はなが出そうになった。


「だいじょうぶ? あ、ごめん、ティッシュ持ってない」


 俺が鼻をすすったので、むしろチャコの方が慌てていた。


「だいじょうぶ、俺、持ってるから」


 俺はズボンの尻ポケットからティッシュッを出して盛大に鼻をかんだ。


「ええ? ちゃんとティッシュ持ってるんだ。女子力(たか)ッ!」


 なんで俺が女子力高いのか、そもそもティッシュを持ってたくらいでそれが女子力とどう関係あるのかわからなかったけれど、俺は冗談めかしてニタッと笑って返そうとした。


「たまたま昨日、駅前に行ったら英会話教室のティッシュ配ってたから、もらってポッケに入れといただけだよ」


 でも、話しながら、頭がクラッとするのを感じた。

 それはスピリチュアルな頭のクラーッではなく、物理的に少しめまいがしたのだ。

 自分の手をおでこに当ててみる。もしかしたら熱っぽいかなとも思ったし、全身がだるくて夏なのに悪寒がする気がしたけれど、もう家はすぐだ。


 学校帰りにたまにチャコと帰ることがあっても、俺の家に着く前にチャコの家との分岐点になるから、チャコは俺の家を見るのは初めてだ。


「あのぼろいアパートの二階が俺の家だから、もうだいじょうぶ。チャコも気をつけて帰れよ」


 本当はチャコを送って行ってあげたかったけれど、どうにも今は早く帰って横になりたかった。


「康ちゃんこそだいじょうぶ? 早く休んでね」


 そう言ってチャコは手を振って、祭りの余韻で人通りの多い夜の道を歩いて行った。

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