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暁の歌、響け世界に 《地の巻》  作者: John B. Rabitan
第3部 夏合宿
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4 城跡の伝説

 出発してから一時間くらいたっただろうか、不意に「荒神山登山口」と書かれた小さな看板が見えた。

 ここで舗道から離れていよいよ山中へ入っていくようだ。


「山頂の城跡までここから登山」


 島村先輩はそう言うけど、ハイキングってことじゃあなかったのかなと俺は思う。登山なんて聞いていないんですけど。


「熊出没に注意」


 そんな看板もある。


「ええ? 熊がいるんだ?」


 今まではいろいろと言いたいことも心の中に秘めていた俺も、熊にはさすがに驚きを露わにした。

 隣で悟も俺の横から顔を出して看板を見る。


「熊が出るのか。そりゃクマったな」


 一年生女子などは申し訳なさそうに愛想笑いというか苦笑というか、一応はくすくす笑った。だが、男子は困った表情をしていた。

 チャコや美貴は真顔だ。


「点・点・点」


 美貴に言われて、悟は頭をかいた。


「あ、クマんないことを言いました」


 もう誰も笑わない。


「まあ、実際にはクマなんてそうはいないだろう」


 青木先生が笑って言うので、不思議な安心感を覚える。


「行くぞ、行くぞ」


 島村先輩に促されて、俺たちは土の道へと入った。

 今度はかなり急な上り坂だ。

 だけれども本格的な登山というわけではなく、斜面を登る道は木で枠が作られた土の階段だったりする。

 木々の間の坂道はまっすぐではなくてかなり折れ曲がる。折れ曲がりながら上に向かっている。


 時には尾根のようなところを歩き、また登り、かなり体力的に応えるようになったころに山頂の看板がやっと見えた。

「荒神城址」の標識もある。


 たしかに林の中に平らな部分があったりで、城跡かなあって感じがする。

 でも、思っていたような石垣とかはなく、建物もなかった。

 言われなかったら、ここが城跡だとは思えないだろう。


 ここからは見晴らしがよくて少しは遠くが見渡せるけれど、そんな絶景というまでの景色でもない。


「看板があるぞ」


 一年生男子の大翔が主に一年生仲間を招いて説明板の前に行った。


「お城っていっても、古いんだなあ」


 俺も説明板を見てみたけれど、そこに書かれていた説明によると、たしかにこの城は戦国時代の前期のもののようだ。

 城主の名前も聞いたこともない。


「上杉なんとかって人に攻められて落城したとあるけれど、上杉謙信と関係ある人かな?」


 新司がつぶやくと、大翔がうなずく。


「上杉謙信なら知っている。年代が古いから上杉謙信の先祖とかじゃね?」


 俺たちがそんな看板を見ている間に、島村先輩の声がした。


「ここで昼食にしよう」


 たしかにもう時刻も昼近くになっている。


 皆それぞれの適当な場所を選んで腰かけると、朝作ったおにぎりが配られた。

 近くには朽ち果てたベンチもあって、美貴とチャコはそんなベンチで景色を見ながらおにぎりをほおばり始めた。


 やはり、自然の中で食べるおにぎり、しかも自分たちで炊いたご飯で作ったおにぎりは最高だ。

 ただ、食事しているのに遠慮もなく襲ってくる蚊には閉口した。


 蝉の声以外は、とにかく静かだった。けたたましいはずの蝉なのに、かえって周りの世界の静けさを強調したりしている。


「芭蕉の<しずかさや岩にしみ入る蝉の声>って句があるよね」


 不意に青木先生が話し始める。


「あれって静かさとうるさい蝉の声が矛盾してるって思ったけど、ここでこうしていると、蝉の声がけたたましいだけにそこに周りの世界の静けさが際立つってことがよくわかるな」


 これが古典の先生とかが言うのならこんなところで勉強の話なんかしないでくれって思うけど、言っているのが理科の先生だから「うんうん」とうなずけて聞けてしまう。

 ここで青木先生が物理法則の話でもはじめようものならば拒絶感半端ないだろうけれど……。


 一通り食事も終わり、十分に休憩した後、島村先輩が立ち上がった。


「本丸の跡に行ってみよう」


 看板にある説明図を頼りに本丸へと行ってみたけれど、何もないただの空間だった。


「あれ、なんですか?」


 一年生のピアノが指さすところには小さな祠がある。


「一応ご挨拶をしておこう」


 悟が率先して祠に手を合わせ、驚いたことにみんな同じようにしている。だから俺もした。


「ってか、悟って宗教嫌いじゃなかったの?」


 俺は聞いてみる、太った悟は笑う。


「宗教と霊的エチケットとは違う」


 そんなこと言いながらも参拝を終えると、その左右に小さな石仏群が並んでいるのに気が付いた。


「なんだろう、これ?」


「あ、説明があるよ」


 チャコが言うので、それを見てみる。


「さっきの上杉に攻められて落城したときに、ここの殿様の一家九人のうち七人が見せしめのためここで斬首されて殺された。その霊を慰めるための石仏だって」


 たしかに、数えると七体あった。


「九人のうち七人ってことは、二人助かったってことよね」


 美貴も説明板を見ながら、話に入る。


「ここに書いてあるぞ」


 俺が指さす。


「城主の次男と三男は、やはり殺されかけたけれど、上杉の気まぐれで助けられて、上杉の城に連れて行かれたって」


 その時である。


「クンちゃん、どうしたの?」


 美穂が慌てて取りあごの中をのぞいている。


「どうした?」


 島村先輩がそばに駆け寄った。

 俺もその方を見ると、たしかに鳥かごの中でインコのクンちゃんが羽をばたつかせて大暴れしているのだ。


 みんなが心配して集まってきた中で、チャコだけはそばで突っ立って上を見上げていた。

 そして、叫ぶ。


「来る来る来る! あぶない! みんな下がって」


 俺は上を見てみたけれど、何も見えない。だがチャコも美貴もそして悟も、俺には見えない空中に存在する何かに向かって身構えていた。


「妖魔か?」


 島村先輩が言う。


「いや、妖魔よりももっと強いエネルギーを発してる、もしかしてこの祠の神様?」


「なんで神様が参拝した俺たちを襲うんだ?」


 悟が頓狂な声を挙げる。


「君たち、結界!」


 なんとそう叫んだのは青木先生だ。皆、両手を空中にかざしている。


 もしかしてみんなの目には、いや妄想ではあの手のひらの先で魔法陣が輝きながら回転して結界を張っているのだろうか。

 それも先生まで……


 俺は呆気に取られてぽかんとしていた。

 そうしたら、チャコが叫ぶ。


「待って! 妖魔もかなりの数がいて、こっちに向かってる!」


「浄化!」


 島村先輩の怒号にも似た指示が飛んだ。

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