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第29話 抱負 1.12月31日

 クリスマスの後、年末まで残り1週間。そのわずかな間に1日置きにバイトを入れていて、しかもその内の1日は雨が降り、別の1日は風が強くてヘトヘトだった。

 間の休みはぐったりしたり宿題をしたりしていたら、奈都からは全然遊べないと文句を言われ、涼夏にも暇だ暇だと愚痴を言われる羽目になった。もっとも、一緒に宿題をしたり、揉みに来てもらったりして、そこまで遊べていないとも思えないが、物足りないらしい。有り難いことではある。

 絢音はバンドメンバーと交流を深めているようで、結局クリスマスの後、一度も会っていない。1月に人前で演奏するらしく、その練習をしているそうだ。それは楽しみだし、頑張って欲しいとは思うが、会えなくて寂しいと電話で訴えると、どの口が言うのかと呆れられた。

 絢音とは年明け早々、奈都と一緒に涼夏の冷やかしに行こうと約束しているので、それまでの辛抱だ。私は我慢強い女なのだと主張したら、絢音に「偉いね」とあやされた。だんだん自分のキャラクターがわからなくなってきた。

 大晦日のバイトが終わると、すでに今年も残り2時間になっていた。高校生が働けるギリギリの時間まで働いて、精も根も尽き果てたが、その分お給料が楽しみだ。福袋というものに手を出してみるのもいいかもしれない。

 街は遅い時間にもかかわらず賑わっている。きっと、バカ騒ぎしたまま新年を迎えるのだろう。そのノリ自体は嫌いではないが、酔っぱらいに絡まれるのが怖いので、さっさとイエローラインのホームに逃げ込んだ。

 帰宅部グループのメッセージを見ると、年明けの瞬間をどう過ごすかという話題で盛り上がっていた。絢音はTVを見ているかもと言い、涼夏は勉強でもしようかなと書いていた。発信者が逆ではないかと思ったが、よく考えると絢音は音楽が好きだし、何かしら歌番組を見ているのは不思議ではない。

 奈都は起きているかわからないと書いていて、涼夏に「部長が働いているのに、それはいけない」とたしなめられていた。別にいけなくはないが、なんとなくみんなであけおめメールを送り合いたい気持ちはある。

『バイト終わった。労って』

 とりあえずそんなメッセージを送ると、すぐに既読が1になって絢音から返事が飛んできた。

『お疲れ様』

『疲れた。帰ってお風呂入ってストレッチでもしたら、もう除夜ベルタイムになってると思う』

『ここに来て新しい言葉が爆誕』

『何してた?』

『紅白見てる。バイトは面白いことあった?』

『あんまり。前に別の会場で一緒になった子と喋ったりしてた』

 絢音としばらくメッセージを続けて、そろそろ個別に送った方がいいのではないかと思い始めたところで、涼夏も入ってきた。

『お疲れー。お風呂入ってた』

『全裸で?』

 思わずそう送ってから、自分で首を傾げた。家のお風呂に水着で入っていたらびっくりだが、案の定そんなことはなかった。

『全裸に決まっておろう』

『写真ないの?』

『千紗都、どうした? 壊れたか?』

『奈都が勝手に私のスマホを……』

『ナッちゃん、見損なった……』

『嘘』

『知ってる』

 くだらないやり取りをしながら家まで帰る。とうとう既読は2のままだったので、奈都は本当にもう寝てしまったのだろうか。涼夏が「許さない!」と書いていたから、私も部長として厳しく注意すると送っておいた。

 家に帰ると、両親に随分心配された。自分でも遅くなったと思うので、素直に謝るという上級テクニックを使って事態を鎮静化した後、仲間にお風呂に入るから少し離れるとメッセージを送った。

 涼夏から『全裸で?』と来たので、『着衣で』と返した。追い焚きをして熱々の湯に浸かると、一日の疲れがドッと押し寄せてきて、目を閉じたらそのまま寝てしまいそうだった。

 ちなみに、お風呂で寝るのは失神に分類され、死に至ることもあるらしい。怖いので、体を洗ってさっさと上がった。髪を乾かしたり、ボディーケアをしていたら、案の定今年も残り30分を切ってしまった。除夜の鐘はすでに打たれているだろう。

 スマホを見ると、いつの間にか奈都も入っていて、みんなで私のお風呂の写真を待っているような会話をしていた。

『1年の最後に、くだらない話をしている人たちがいる』

 素直な感想を送ると、一斉に『写真くれ』と10通くらい飛んできた。仕方がないので、自撮りピース写真を撮って送ると、グループに表示された自分の写真に、なんだか恥ずかしくなった。完全に自意識過剰ムーブだ。

 もっとも、仲間たちは嬉しそうに、『神だ』『濡れた髪がエロい』『可愛い』『うなじを舐めたい』『待ち受けにした』『友達に送った』『ネットにアップした』『アメリカ大統領にリプライした』などと、ワイワイ盛り上がっている。喜んでもらえて何よりだ。

 せっかくだからと、ビデオ通話することにして、タブレットを立てた。涼夏と絢音とはしたことがあるが、奈都も一緒にするのは初めてだったので、奈都の背景を見て二人が口々に言った。

『おー、ナッちゃんの部屋だ!』

『本棚の横に女の子がいる』

『いないから! 怖いこと言わないで!』

「絢音って本当に面白いよね」

『部長には敵いません』

「私なんて、個性がないのが個性みたいな女だから。奈都の部屋の女の子に名前をつけよう」

『だから、いないってば!』

 奈都が顔を赤くする。ちなみに、奈都の部屋の視界は良好。デスクトップパソコンにつけたウェブカメラらしい。絢音と涼夏はスマホを使っている。

『ナッちゃんのパジャマ可愛いな』

 小さな画面でどれくらい鮮明に見えているかはわからないが、涼夏がそう言ったので、私も秒で乗っかった。

「脱いで」

『チサ、今日変だよ?』

「年末でちょっとテンションが高いかもしれない。もしくは、実は私は野阪千紗都じゃない」

『ヤバイ。千紗都、面白い……』

 絢音が机に突っ伏して肩を震わせる。時計を見ると、すでに『ゆく年くる年』の始まっている時間になっていた。こんなくだらない会話で新年を迎えるわけにはいかない。

「今日ほら、私がいない時に、何をして新年を迎えるかみたいな話をしてたじゃん? 私はこの4人で会話しながら、その時を迎えるのもいいと思うんだけど」

 一年の計は元旦にありという。新しい一年の最初の一瞬を、大好きな仲間たちと迎えられたら、それはとても嬉しいことだと訴えると、涼夏が涙を拭う真似をしながら頷いた。

『そうだね。千紗都、いい子だね』

「そういう感動はいいから。何か高尚な話をしよう。奈都のパジャマを脱がせてる場合じゃない」

『脱がないし! チサこそ、ノリノリでピース写真送ってきたし、おだてたら脱ぎそう』

「奈都に脱げって言われたら、私は泣きながら脱ぐしかない」

『脱がないで!』

『千紗都は一貫して、何を要求しても応えてくれそうな危うさがあるから、私たちの自制心が試されてる』

「自制が必要なことを要求したいの?」

『脱いで』

「奈都と一緒じゃん」

『っていうか、私は言ってない!』

 結局くだらないことをギャーギャー言っていたら、いつの間にか0時を回っていた。私がスマホを見て悲鳴を上げると、3人も今気が付いたように「おお」と声を上げた。

『結局、千紗都を脱がせる話をしてた。まあ、私たちっぽい』

『あけおめ。今年もよろしく』

『あけおめー』

 みんなで新年の挨拶をして、妙に可笑しくて笑った。今なら箸が転がっただけでも笑えそうだ。

「まだ二人と出会ってから、1年経ってないんだよね。なんか、前世から一緒だったような気分」

 しみじみとそう呟いて、遠い目で1年を振り返る。

 ぼっちだった中学時代が嘘のように、濃密な1年だった。しかも、実際にはまだ9ヶ月しか経っていない。

 入学した時は、楽しい学校生活を想像できるような状態ではなかった。あるいは、想像できたとしても、現実はそれを遥かに上回っただろう。3人のおかげで本当に毎日が楽しい。

 改めて感謝の気持ちを伝えようとしたが、誰も私の話など聞いていなかった。

『前世から一緒だった可能性はあるな』

『涼夏は、前世は徳川家慶だっけ?』

『なんだそれ? いや、なんか昔そんな話をしたかもしれない。よく覚えてるね』

『ナツは前世は何だった?』

『知らない。前世ってわかるものなの?』

『後ろの女の子に聞いてみたら?』

『いないから! なんか、本当に誰かいる気になってきた!』

 奈都が怯えた顔で後ろを振り返り、体を震わせる。怖がりな子ではなかったと思うが、絢音の言い方のせいかもしれない。

 そろそろ寝たいと奈都があくびをしながら言ったので、反射的に「また明日」と言って首を傾げた。

「そういえば、結局みんな、明日は親戚回り?」

 そう聞くと、みんな一斉に頷いた。ここにいる全員、どちらの祖父母も長距離の移動を必要としない場所に住んでいる。絢音は明日1日でどちらも回り、奈都は明日父方、明後日の昼から母方の家に行くらしい。

 私は明日は母方の家に行って、両親はそのまま泊まっていくが、私は明後日遊ぶために一人で帰ってくる。だから明日の夜はぼっちだと訴えると、3人の目の色が変わった。

『明日、千紗都一人なの?』

「そう。新年早々寂しい夜を過ごすから、誰か泊まりに来て」

 甘えるようにそう言うと、3人が表情を消して、奇妙な沈黙が落ちた。怖い。

『私は朝からバイトだけど、別に千紗都の家から行ってもいいな』

 涼夏が冷静にそう告げると、絢音も大きく頷いた。

『明後日は元々一緒に遊ぶ予定だし、朝起きた瞬間から遊ぶのも悪くない気がする』

『私は……』

『ナッちゃん、そろそろ寝たいって言ってたから、先に寝ていいよ? おやすみ』

『待って。眠気の覚める展開になった』

『親をどう説得するかなぁ。新年早々、バトりたくないし』

 絢音が悩まし気にそう呟いたので、私は慌てて手を振った。

「っていうか、別に一人で大丈夫だから、無理しないで」

『私は無理じゃないから、行こうかな。家にいてもやることないし』

 涼夏がグッとこぶしを握って頷いた。可愛らしいポーズだ。

 絢音はそもそも2日に遊ぶ予定を入れた時点で、家族と一悶着あったらしく、さらなる我が儘は難しいらしい。奈都も1日は夜遅くに帰ってくるから難しいと、無念そうに頭を抱えた。

 そもそもノリで言っただけなので、真面目に取り合ってくれなくていいのだが、みんな私の我が儘に付き合ってくれる。優しい子たちだ。

「じゃあ、私もバイトで疲れたから、そろそろ寝るよ。みんな、今年もよろしくね」

 永遠に話し続けられそうだったので、そう言って話を打ち切ると、みんな口々に「よろしく」と言って通話を終えた。

 やはり疲れていたのか、ベッドに潜り込むと一瞬で眠りに落ちた。初夢というのは明日見る夢だっただろうか。残念ながら、その日の夜は夢すら見なかった。


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