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番外編 世界旅行(3)

 4ゲーム目は、先程よりもっとひどい林道だった。私が思わず笑いながら頭を抱えると、絢音が「これ、日本かも」と言って、目をパチクリさせた。

 確かに、道路の舗装や、木の種類、落ち葉の感じが日本的である。季節は秋らしく、うっすらと紅葉しているのも四季を感じる。

 それ以外に情報は何もない。しばらく進むと、右側通行の上、いかにも西洋風の民家が建っていた。「Les Roches」と「Du Diable」と書かれた案内板が現れる。残念ながら日本ではないようだ。

「相変わらず読めないね」

「ヨーロッパっぽい」

「範囲広っ!」

 看板の指し示す方向にしばらく走ってみたが、車がすれ違うのも難しい林道で、一度スタート地点に戻って反対側を攻めることにした。

 反対側はしばらく走ると両側に畑が広がり、小さな村が現れた。村の入口に再び「Les Roches du Diable」の文字が現れる。この村の名前ではなく、さらに行った先のようだ。

「なんかこう、景色はすごく日本なのにね」

「絢音とドライブ楽しい」

「これはいいゲ……スシステムだね」

 どうしてもゲームと言いたくないらしい。実際勉強になっているし、先生や委員の子に見られてもこれなら問題なさそうだが、ゲーム感を出さないに越したことはない。

 村を出てしばらく走ったら、スタート地点から逆側に走った場所に戻って来た。グルッと円を描いているようだ。

 時間もなくなってきたので、「Diable」は一般名詞と考えて、「Les Roches」で勝負してみることにした。

 トップにヒットしたのは、レ・ロシュ大学という、スイスの大学だった。地図上で検索すると、スイスのいたるところにレ・ロシュがヒットした。

 さっぱりわからないので、ベルンのだいぶ南、イタリアに近い辺りにヒットした付近をポイントすると、実際にはフランスの西の端の方で、844キロも離れていた。2839ポイントという、今日一番低い点数が表示される。

 確かに、その辺りにも「Les Roches」は無数にあり、もはやこれは仕方のない誤差だと思ったが、試しに「Les Roches du Diable」で検索したら、限りなくスタート地点に近い場所が表示された。思わず二人で頭を抱える。

「検索文字列は長くしよう」

「そうだね」

 ちなみに「Les Roches du Diable」を翻訳したら、「悪魔の岩」と表示された。もう何のことやら、さっぱりだ。


 いよいよ最終ゲーム。舗装も怪しい林道に、南国っぽい樹、それに壊れそうな無数のバイクと、塗装がボロボロの車が出てきた。人も写っていたが、アジア系の人である。

 数メートル先にボートの浮かぶ池があったが、水はとても汚かった。

「フィリピンとかインドネシアとかかなぁ」

「この道、車1台が限界の幅だね。とにかく、少しでも大きな道路に出よう」

 先へ進むと、道はどんどん細くなり、とうとうストリートビューで進めなくなってしまった。仕方なくスタート地点に戻って、反対側を散策する。車が入ってきているのだから、両方とも行き止まりになることはないはずだ。

 こちらもひたすら細い道が続き、いくつかの分岐の先で行き止まりになってしまった。もはや迷路である。

 どうにか少し大きな集落に出てたが、国の特定どころか、文字すら出てこなかった。表札に「PT104」など、番地と思われる文字は見えたが、残念ながら手掛かりにはならなかった。

 時間だけが過ぎていき、どうにかギリギリのところで、タイっぽい黄金色の丸い物体が乗った小さな塔の下に「MASJID AL HIJRAH Taman Sri Pulau」と書かれた看板を発見した。恐らくモスクだろう。

 これ以外に検索できるものがなかったので、先程の反省から、すべての文字で検索する。まるで何かはわからなかったが、似たような文字がマレーシアにたくさんヒットした。もっとも、インドネシアにもあるらしく、また大失敗する可能性がある。

 マレー語の翻訳でもインドネシア語の翻訳でもわからなかったので、島っぽいという理由からスマトラ島の適当な場所をポイントすると、正解はマレーシアの北端、クランタンの郊外だった。

「やっぱりマレーシアだった!」

「なんでインドネシアにしちゃったんだろう」

「今日一の後悔」

 距離は839キロで、2850ポイント。トータルは20533ポイントと、辛うじて2万ポイントは超えたが、最後の2ゲームはもっと詰められた。

 何かもう少しヒントになるものはなかったかと、Googleマップで検索すると、先程のモスクから少し行ったところに、「Syafeeq Barbershop」と書かれた床屋があった。試しに検索したら、まさにマレーシアのその場所が出てきたので、ここまで辿り着けたら完全なる勝利を迎えていただろう。

「逆に言えば、時間制限がなかったら、どうにでもなるってことだよ」

 絢音が明るい声でそう言って、いつの間にか空いていた隣の席に座った。パソコンを触るつもりはないが、そろそろ席も空き始めているので、座っていても怒られはしないだろう。

 反省会をしようと言って、絢音がノートを広げる。1ゲーム目に出てきた落書きの文字を、オンラインフランス語辞典で調べてみたが、「siene」も「apel」も出てこなかった。何かの活用形かもしれない。

「英語もわからないのに、フランス語は無理だな」

 早々に諦めて、2ゲーム目を振り返る。

 他に検索候補に挙がった「American Red Cross」や「Sacred Heart School」は、案の定山ほどヒットして絞り込めそうになかった。「El Reno」で検索していたら、一撃でオクラホマに辿り着いていたが、あそこで英語ではなさそうな短い単語を入れる勇気はなかった。

「そもそもオクラホマって何があるんだろ」

 絢音が知的好奇心を疼かせる。良い脱線なので調べてみると、アメリカの州の中で20番目に面積が広く、州名は先住民の言葉で「赤い人々」を意味するらしい。石油のおかげで潤っているようだ。

 3ゲーム目のフィンランドは、あれ以上は望めない記録だと思ったが、念のため発見した文字を一つずつ検索ボックスに入れてみたら、木とベンチっぽいマークと一緒に書かれていた「NOKISENKOSKI」が、唯一1ヶ所だけ、正解の場所を指した。

「これは予想外。公園とか休憩所みたいな一般名詞かと思った」

 Googleではサービスエリアと出てきたが、1件目にヒットしたフィンランドのサイトを日本語に翻訳すると、どうやら有料の釣り場のようだった。クチコミによると、キャンプをしたり、アイスクリームを買ったりも出来るらしい。

「大自然だね」

「キャンプもいいね。その内帰宅部でもやりたいね」

「用意が大変そうだけど、興味がないこともない」

 テントの設営は、持って行く足からして大変なので、コテージみたいなところに泊まって、アスレチックで遊んで、オールレンタルのBBQならやってみたい。そう言うと、絢音が呆れたように笑った。

「至れり尽くせりだね」

「楽して楽しみたい。略して楽々」

 4ゲーム目は国ごと間違えるという、痛恨のミスを犯したが、検索は長い方が良いという知見を得た。もっとも、確かに今回は「Les Roches du Diable」で検索していたら答えに辿り着けていたが、場合によっては一致がゼロで終わる可能性もあるので、やはり文字からある程度推測できるようになりたい。

 RochesはRock、Diableはdevilっぽいが、それは結果論だろう。duやdeがofだと覚える方が汎用性が高そうだ。

「フランス語まで勉強してるし、これはもう、むしろ完全に勉強だね」

 絢音がまるで自分に言い聞かせるようにそう言った。コンピュータールームで遊んでいることに罪悪感を抱くようなタイプでもないので、単なる冗談だろう。

 最後のゲームは、あれだけマレーシアだと言っていたのに、スマトラ島に行ってしまったのが良くなかった。ただ、もしマレーシアをポイントしていても、シンガポールに近い場所にしただろうから、いずれにせよかなり離れていた。

「最後のは難しかった。あの床屋に辿り着けたら良かったけど、迷路だった」

「まあ、あれはあれで面白かったね」

 結果として、フランスのパリと山の中、アメリカ、フィンランド、マレーシアと、実に様々な国の風景を見ることができた。私も時々世界の写真を見ることもあるが、こんなふうにストリートビューで道を辿るようなことはしない。

 時間は開始してから1時間半くらい。もう1回やりたい旨を伝えると、絢音は困ったように微笑んだ。

「無料版は1日1回しか出来ない」

「今年一番のショック」

「どれだけショックのない人生を送ってるの? 一つ、方法があるよ」

 絢音が笑いながら指を立てた。答えを聞くまでもない。私もアカウントを作ればいいのだ。

「まあ、これから私たち二人の遊びの定番メニューになるかもしれないし、登録するかな」

 スマホを出しながらそう言うと、絢音が満足そうに頷いた。

 実際にはどうだろう。行ける方向に進んで、アルファベットの看板を見つけて検索にかけるだけなので、すぐに飽きそうな気配もある。ただ、二人でまったく知らない土地を散策するのは、シンプルに面白い。安全でお手軽な海外旅行といったところか。

 私のアカウントで入り直して、スタートを押す。

 本日2回目のプレイは、私たちにどんな景色を見せてくれるのだろう。

 目標は2万点。でも、どうせならアラビア文字しかなくて詰むくらいの方が、きっと面白い。


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