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第28話 クリスマス 6(1)

 そろそろ鍋にしようと、涼夏が立ち上がった。絢音も、ケーキを手伝えなかったからと言って、一緒に台所に行った。

 奈都は再び絢音のギターで遊び始めた。どうやら気に入ったらしい。スマホでコードを検索して、好きなアニソンに挑戦している。そういう熱意や好奇心を私は持ち合わせていないので、とても羨ましく思う。

 私はしばらくぐったりと横たわっていたが、やがて体を起こして髪にブラシをかけた。マッサージをされるのもなかなか疲れるが、体は驚くほど楽になっている。

 結局30分くらいだろうか。普通、マッサージは一人でするので、3人がかりなら延べ1時間半くらいマッサージされたことになる。体も楽になるはずだ。

 涼夏もすっかり機嫌が直ったようで、楽しそうに絢音と喋っている。

「私も揉まれて気持ちいいし、みんなも揉んで楽しいなら、それはとてもいいことだ」

 一人でそう呟いて頷くと、奈都が顔を赤くして私を見た。

「気持ち良かったの?」

「うん。普通に。バイトのたびに揉んでもらいたい」

「冬休みはバトン部は休みだし、いつでも揉みに行くよ」

 奈都がはにかみながらそう言って、ピックで弦を弾き下ろした。なかなかクリアなサウンドだ。私は指が他の弦に当たって、綺麗に音が出なかった。奈都の筋がいいのか、私が不器用なだけか。

 それにしても、どうしてみんなそんなに私を揉みたがるのだろう。私も頼まれたらしてもいいが、積極的にマッサージをしてあげたいとは思わない。不思議な子たちだ。

「ナッちゃん、冬は部活が無いんだ」

 涼夏が土鍋をテーブルに置いて、椅子に座った。すでに第一陣は投下されていて、私のルッコラとチンゲン菜も他の野菜と一緒に味噌ベースの出汁の中に沈んでいる。果たして味はどうだろうか。

 奈都がギターを置いて鍋の中を覗き込んだ。

「美味しそう。年末年始はどの部活も休みだし、披露する機会も当分ないし、うちは毎年全休みたい」

「じゃあ、冬はたくさん遊べるな。みんな、里帰りとかは?」

「近いけど、おじいちゃんおばあちゃんのところには行かなきゃいけないと思う」

「私も。お年玉をもらいに行かないと」

 絢音がにこにこしながらそう言って、グラスにジュースを注いだ。子供っぽい発言をする絢音は特に可愛い。この子はギャップを楽しむタイプの子だ。

 みんな揃ったので、涼夏が鍋に火をかける。そのまま鍋が煮えるまで年末年始の予定の確認をすると、涼夏は親戚行事は少ないが、新年早々初売りセールに駆り出されると言った。

 逆に私は、大晦日までクリスマスライブやら年越しライブのスタッフをする予定が入っている。あまりがっつりとは遊べなさそうだと言うと、奈都が残念そうにため息をついた。

「こんなことなら、チサと一緒にバイトすればよかった。今回、誘われてすらいない」

「イブにぼっちだから、バイトするって話はしたはずだけど」

「それはまあ、そうだけど。一緒にしようとは言われてない」

 奈都がそう言って唇を尖らせた。子供みたいな屁理屈だ。確かに直接誘ってはいないが、12月上旬の時点で誘っても、奈都は断っていただろう。あくまで結果論だ。

「そういえば、バイトっていうと、結局昨日の話を聞いてないや。食べながらじっくり聞こうじゃないか」

 涼夏がテーブルに肘をついて、明るい瞳で私を見つめた。相変わらず、研ぎ澄まされた可愛さだ。やはり涼夏には笑顔が似合う。

 バイトの内容と一緒に、観客やバイト仲間にナンパされた話をしたら、涼夏は「わぉ」と驚いたように手を合わせ、奈都は不安そうに眉をひそめた。

「大丈夫なの? チャラチャラした男女が多そうなイメージ」

「千紗都もチャラチャラして見えるから大丈夫だよ」

 私が答える前に、涼夏がそう言って笑った。私は思わず身を乗り出して首を振った。

「待って。私のどこがチャラチャラして見えるの?」

「若くて可愛くてメイクしてたら、大抵チャラく見えるもんだって」

「しかもそれ、別に大丈夫じゃないし! チサが心配!」

 奈都が頭を抱えて悲鳴を上げる。別に心配しなくても、ナンパについて行くことはないが、夜に若い男の子が複数人で暴走したら為す術がないので、そういうのは気を付けなくてはと思う。

 鍋が煮えてきたので、各自まず、自分の持ってきた食材を食べてみた。バラ肉にルッコラを巻いて食べたら普通に美味しくて、むしろがっかりしてしまうほどだった。

「この鍋は、普通に美味しい」

 みんなの食材もつつきながらそう言うと、涼夏がはふはふとつみれを頬張りながら言った。

「美味しいのが一番」

「もう少し闇鍋的な要素を期待してた」

「だったら、バラ肉じゃなくて、手羽先とか買ってきたら良かったんじゃない? 失敗はしないギリギリのライン」

 明らかに合わないものは禁止と言われていたので、少し守りに入ってしまったかもしれない。涼夏に怒られず、それでいて攻めた食材はなんだっただろう。そんな話を始めると、絢音がくすっと笑った。

「千紗都って、本当にそういうの好きだよね。文化祭の時も思ったけど、お祭りとかパーティーとか好きそう。見た目とは裏腹に」

「好きだね。そう見えない?」

「まったく」

 絢音が断言して、涼夏が苦笑いを浮かべながら頷いた。中学から一緒の奈都ですら、「私も知らなかったよ」と口を揃える。

「高校に入って、性格が変わった?」

「元からだと思うけど。中学の時は、そういう機会がなかっただけで」

「私、またチサのトラウマを抉ったね。ごめんね」

 奈都が箸を置いて両手で顔を覆う。

「いや、悲しそうに謝られる方がツライんだけど……」

 呆れた顔で見つめると、他の二人が可笑しそうに肩を震わせた。相変わらずこの人たちは私をいじるのが好きだ。まあ、揶揄する意図のない、愛に満ちたいじりは大歓迎だけれども。


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