表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/376

第28話 クリスマス 5

 プレゼント交換が終わると、再び妹がやってきて、「可愛いヘアピンしてる」とにこやかに言った。選んだ私としては悪い気分ではない。これからゲームをしようとしていたので、絢音が一緒にやるか聞くと、妹は二つ返事で頷いた。

 涼夏は渋い顔をしていたが、意外と仲が悪いのだろうか。私は兄弟がいないのでわからないが、確かに親のいる前で友達とクリスマスパーティーをしろと言われたら嫌なので、家族の前だと恥ずかしい気持ちは理解できる。

「何か新しいゲームは買った?」

 奈都が期待の眼差しを向ける。今までみんなで集まってやったゲームは、ナンジャモンジャとディクシット、そして温泉の時に持ってきたitoの3つである。私は涼夏と一緒に、一度ボードゲームカフェで熱戦を繰り広げたことがある。その時のことを思い出していると、涼夏が悩まし気に腕を組んだ。

「このままパーティー寄りに行くか、ゲーマーズゲームに行くか、ちょっと迷ってる。千紗都とガチでやったのは面白かったし、みんなで真剣にゲームに向き合うのも、帰宅部として正しい方向性な気もするし」

「高いし当たり外れもあるし、今度みんなでカフェで色々やってみるのもいいね。今日はitoをやろう」

 絢音が笑顔でゲームを指定した。久しぶりにディクシットもいいと思ったが、妹もいるし、itoの方がお互いが知れて面白いだろう。ただし、どうか今日は、私の胸の柔らかさは91だとか、変なことは言わないで欲しい。あれは深夜のノリである。

 果たして素面でもitoは楽しめるのか、少し不安はあったが、やはり楽しかった。もちろん温泉でもお酒など飲んでいないが、旅先でテンションが高かったのは間違いない。

 人気の飲食店で、涼夏の89のスタバに対して、絢音がスガキヤを92で出して論争になったり、生き物の強さでキリンとカバはどっちが強いのかと議論になって、アフリカについて検索し始めたり、大いに盛り上がった。

 ただ、人生で大切なものというお題に対して、妹が95で恋愛を出した時に、涼夏が「恋愛は要らんだろ」と鼻で笑ったことが癇に障ったらしく、妹が露骨に不機嫌な顔をした。

「せっかく男女の性別があるんだから、人は恋愛するべきだよ。生物的にも!」

 どうしてもその一線は譲れないらしい。妹の言うことももっともだが、涼夏は両親の離婚で男女の恋愛に拒否反応がある。それを、同じ境遇の妹に非難されるのは心中穏やかではないだろう。

 しかも、ここには女の子が好きな奈都がいる。奈都に限らず、私たちは頻繁に女同士でイチャイチャしていて、男にまったく興味がない。私たち4人だけだったら絶対に始まらない話題だと考えたら、これもまた涼夏の計画から大幅に逸れた展開と言えるだろう。

「クリスマス直前にフラれて、よくもまあそういうモチベーションでいられるな。感心するわ」

 涼夏が冷たく笑った。軽く流せばいいのに、わざわざがっぷり四つに組みに行くところが、涼夏も大人げない。案の定、妹はふんっと不機嫌にそっぽを向いた。

「それはそれ。千紗都さんとか、むっちゃ綺麗だし、絶対にモテるでしょ!」

 目を輝かせて私を見つめる。なるほど、私が来た時に涼夏が言ったのはそういう意味かと、私は心の中で納得した。今の台詞は、絢音と奈都からすると、自分たちはそうではないと聞こえてもおかしくない。

「お姉ちゃんの足下にも及ばないよ」

「中学の時は彼氏とかいなかったの? よりどりみどりでしょ!」

「ないねー、ないない」

 軽く手を振って答えると、妹は納得がいかないように「えー」と疑いの眼差しを向けた。

 確かに、よりどりみどりだったのはそうかもしれないが、恋愛にまったく興味がなかったし、実際に誰とも付き合っていない。それは今でもそうだ。目の前にいる3人のことが大好きだし、キスだってしているが、恋愛感情なのかと言われるとよくわからない。

 ぼんやりそんなことを考えていたら、妹は奈都と絢音にも同じ質問をした。特に絢音には、中学の時にバンドをしていたならモテただろうと持論を展開して、絢音が優しい目で笑った。

「まあ、告白はされたね。付き合ってはないけど」

「なんで? 文武両道な絢音さんにふさわしい男じゃなかった?」

「私、イケメンが好きだから」

「意外!」

 妹がようやく自分のしたい話ができると、嬉しそうに手を叩いた。

 絢音がイケメン好きというのは嘘ではない。嘘ではないが、かなり話を妹に寄せている。私と涼夏にはそれがわかったが、奈都まで意外そうな顔をしたので、こちらには後で説明しておこう。

「高校はどうなの? バンド、まだ続けてるんでしょ?」

 妹が質問を続けて、絢音は小さく首を振った。

「そっちはぼちぼち。友達と遊んでる方が楽しいねぇ」

「そっか。でも、そういう子もいるよ。男か友達か、みたいになるよね。両立は難しい」

「秋歩ちゃんは男?」

「断然そう!」

 大きく頷いて、妹が身を乗り出した。断然と言い切れるほど、男女の恋愛の何が素晴らしいのか、せっかくだから拝聴しようと思ったが、妹の話は涼夏の深いため息で断絶された。

「ふぅ。そろそろ無理だ」

「何が?」

「何じゃない。なんで私は、せっかくのクリスマス会で、アンタの恋愛話を聞かなかんのだ?」

 涼夏が静かにそう告げる。その声が落ち着いていればいるほど、深い怒りを感じて、私は思わず身震いをした。妹氏には悪いが、ここは大人しく引いて欲しい。そう思ったが、伝わっていないのかわざとなのか、妹はあっけらかんと言い放った。

「まあ、お姉ちゃんには退屈かもしれないけど、他のみんなは初めてだし、別にいいじゃん」

「いいかどうかは私が決める」

「えー、傲慢! 部長は千紗都さんなんでしょ?」

「鬱陶しいなぁ。そこまで空気が読めんのか?」

 涼夏が眉間に皺を寄せて、苛立った声で言った。私は自分が叱られたように、思わず姿勢を正して隣を見たが、奈都も絢音も困ったように微笑んでいるだけだった。少なからず兄弟喧嘩を経験している余裕だろうか。

 私がハラハラして見ていると、妹はさすがに臆したように口を噤んだ。反撃の言葉を考える内に、涼夏が財布を手に取って畳みかけた。

「お姉ちゃんが特別にお小遣いをあげるから、アンタは外に買い物に行きなさい」

 顔を上げると、外はまだ雪が舞っていた。とても寒そうだし、そろそろ暗くなる。今から追い出すのはさすがに酷だと思うが、口出しできる空気ではなかった。

「いや、寒いし、クリスマスに一人で買い物とか、ないでしょ」

「だったら、私たちが鍋の材料と食べかけのケーキを持って、千紗都の家に移動する。どっちがいいか選んで。オススメは、お小遣いで好きなものを買う方だね。後者を選ぶなら、もう二度と私のご飯と私との会話は諦めて」

 涼夏が薄ら笑いを浮かべる。対照的に、眼光は鋭い。もう私が代わりに土下座して謝りたいくらいだったが、身じろぎはおろか、呼吸すらままならない。

 涼夏が無言で二千円を手に取って、妹が立ち上がりながらそれを受け取った。そして、まるで自分に言い聞かせるように言った。

「クリスマスにプレゼントの一つもないのもあれだし、何か買って来ようかな」

「それはとてもいい選択だと、私は思うよ」

 涼夏の言葉を背に受けながら、妹が部屋を出て行く。そのまま一度自分の部屋に寄って、やがて玄関のドアが音を立てると、絢音が小さく息を吐いた。

「別に良かったのに」

 それを言うのかと、私は思わず息を呑んだが、涼夏はがっくりと肩を落として首を振った。そのままこっちににじり寄り、私の腰に腕を巻き付けて、お腹に顔をうずめた。

「もう嫌……」

「まあ、このメンツで恋愛トークはないなって思うよ」

 奈都が涼夏の肩を持つように、苦笑いを浮かべてそう言った。奈都もどちらかと言えば、恋愛話には抵抗がある方だし、私が自分で思う以上に、私が恋愛話を苦手だと思っている節があるから、いたたまれなかったのだろう。そして、涼夏もそれがわかっていたから、友達のためにも妹を止めたかった。

「お姉ちゃんは大変だねぇ」

 髪を撫でながら同情を示すと、涼夏が私のお腹に顔を押し付けながら首を振った。

「あそこまで空気が読めんとは思わなかった。他の人間といる場に立ち会ったことがないから知らなかった」

「まあ、寂しかったんでしょ。同情の余地はあるよ」

 絢音が優しく妹を擁護するが、涼夏はぎゅっと私の腰を引き寄せながら、再び首を振った。

「あんなんだから、クリスマス直前に彼氏にフラれるんだ。顔がいいだけでなんとかなるほど、この世の中は甘くない」

「涼夏、今さりげなくチサをディスった?」

 奈都が突然そう言って、私は思わず真顔で奈都を見つめた。

「何? なんで私、ディスられた?」

「ほら、涼夏」

「いや、奈都だって。今、10対0で奈都が私をディスったよね?」

「冗談だよ。千紗都は性格も面白いよ?」

 奈都が軽やかに手を振って、絢音がお腹を抱えて笑い転げる。なるほど、場を明るくしたかったようだが、相変わらず奈都の不器用さには、逆に感心する。

 当の本人はあまりウケなかったのか、深くため息をつきながら、投げやり気味に言った。

「もうあいつ千紗都にあげる。兄弟喧嘩できるよ?」

「いや、別に要らない。涼夏なら欲しいけど」

 髪を撫でながら答えると、涼夏はそれっきり押し黙った。絢音と奈都は机に広げたitoのカードを見ながら、二人でお題を言い合っている。涼夏のことは任せたと言わんばかりだ。

 二人が暗い空気になっていないのは良かったが、私のお腹の子はどうすればいいのだろう。いや、お腹の子という表現は大いに誤解を生みそうだ。一人でそんなことを考えていたら、突然涼夏が私を抱きしめたまま顔を上げた。

「惚れた! 今の言葉で、涼夏さんは80%回復した!」

「えっ? どの言葉?」

 思わず聞き返したが、涼夏はいきなり私の唇にキスをすると、そのまま私を床に組み敷いた。しばらく口の中を舐め回してから、荒い呼吸で顔を上げる。

「妹出てったし、約束通り揉もう! それで涼夏さんは100%回復する!」

「追い出したんじゃん! 80%で十分だから、ゲームをしよう」

「いいや、揉む! みんなで揉もう!」

 涼夏が勢いよく振り返ると、二人が呆れた顔で頷いた。

「まあ、涼夏がそう言うなら揉もうかな」

「そうだね。千紗都、昨日はバイト大変だったよね」

 嬉々としてそう言いながら、二人も涼夏と一緒になって私の体を揉み始めた。くすぐったかったり、気持ち良かったり、痛かったり、わけがわからない。

「ちょっと待って! 冷静に!」

「そういえば、昨日のバイトはどうだったの?」

 涼夏が笑いながら聞いてきたが、体のあらゆる場所を揉まれまくってそれどころではなかった。

 まあ、私が揉まれてみんなが笑顔になるのなら、喜んで揉まれよう。バイトで疲れたのは確かだし、これだけ揉みほぐされれば、体も楽になるだろう。

 涼夏がいつもの笑顔で喋っている。一時はどうなるかと思ったが、もう大丈夫そうだ。

 妹氏には可哀想なことをしたが、ちょっと空気が読めていなかったのも確かなので、少し反省してもらおう。

 それにしても、マッサージが気持ちいい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ