第28話 クリスマス 5
プレゼント交換が終わると、再び妹がやってきて、「可愛いヘアピンしてる」とにこやかに言った。選んだ私としては悪い気分ではない。これからゲームをしようとしていたので、絢音が一緒にやるか聞くと、妹は二つ返事で頷いた。
涼夏は渋い顔をしていたが、意外と仲が悪いのだろうか。私は兄弟がいないのでわからないが、確かに親のいる前で友達とクリスマスパーティーをしろと言われたら嫌なので、家族の前だと恥ずかしい気持ちは理解できる。
「何か新しいゲームは買った?」
奈都が期待の眼差しを向ける。今までみんなで集まってやったゲームは、ナンジャモンジャとディクシット、そして温泉の時に持ってきたitoの3つである。私は涼夏と一緒に、一度ボードゲームカフェで熱戦を繰り広げたことがある。その時のことを思い出していると、涼夏が悩まし気に腕を組んだ。
「このままパーティー寄りに行くか、ゲーマーズゲームに行くか、ちょっと迷ってる。千紗都とガチでやったのは面白かったし、みんなで真剣にゲームに向き合うのも、帰宅部として正しい方向性な気もするし」
「高いし当たり外れもあるし、今度みんなでカフェで色々やってみるのもいいね。今日はitoをやろう」
絢音が笑顔でゲームを指定した。久しぶりにディクシットもいいと思ったが、妹もいるし、itoの方がお互いが知れて面白いだろう。ただし、どうか今日は、私の胸の柔らかさは91だとか、変なことは言わないで欲しい。あれは深夜のノリである。
果たして素面でもitoは楽しめるのか、少し不安はあったが、やはり楽しかった。もちろん温泉でもお酒など飲んでいないが、旅先でテンションが高かったのは間違いない。
人気の飲食店で、涼夏の89のスタバに対して、絢音がスガキヤを92で出して論争になったり、生き物の強さでキリンとカバはどっちが強いのかと議論になって、アフリカについて検索し始めたり、大いに盛り上がった。
ただ、人生で大切なものというお題に対して、妹が95で恋愛を出した時に、涼夏が「恋愛は要らんだろ」と鼻で笑ったことが癇に障ったらしく、妹が露骨に不機嫌な顔をした。
「せっかく男女の性別があるんだから、人は恋愛するべきだよ。生物的にも!」
どうしてもその一線は譲れないらしい。妹の言うことももっともだが、涼夏は両親の離婚で男女の恋愛に拒否反応がある。それを、同じ境遇の妹に非難されるのは心中穏やかではないだろう。
しかも、ここには女の子が好きな奈都がいる。奈都に限らず、私たちは頻繁に女同士でイチャイチャしていて、男にまったく興味がない。私たち4人だけだったら絶対に始まらない話題だと考えたら、これもまた涼夏の計画から大幅に逸れた展開と言えるだろう。
「クリスマス直前にフラれて、よくもまあそういうモチベーションでいられるな。感心するわ」
涼夏が冷たく笑った。軽く流せばいいのに、わざわざがっぷり四つに組みに行くところが、涼夏も大人げない。案の定、妹はふんっと不機嫌にそっぽを向いた。
「それはそれ。千紗都さんとか、むっちゃ綺麗だし、絶対にモテるでしょ!」
目を輝かせて私を見つめる。なるほど、私が来た時に涼夏が言ったのはそういう意味かと、私は心の中で納得した。今の台詞は、絢音と奈都からすると、自分たちはそうではないと聞こえてもおかしくない。
「お姉ちゃんの足下にも及ばないよ」
「中学の時は彼氏とかいなかったの? よりどりみどりでしょ!」
「ないねー、ないない」
軽く手を振って答えると、妹は納得がいかないように「えー」と疑いの眼差しを向けた。
確かに、よりどりみどりだったのはそうかもしれないが、恋愛にまったく興味がなかったし、実際に誰とも付き合っていない。それは今でもそうだ。目の前にいる3人のことが大好きだし、キスだってしているが、恋愛感情なのかと言われるとよくわからない。
ぼんやりそんなことを考えていたら、妹は奈都と絢音にも同じ質問をした。特に絢音には、中学の時にバンドをしていたならモテただろうと持論を展開して、絢音が優しい目で笑った。
「まあ、告白はされたね。付き合ってはないけど」
「なんで? 文武両道な絢音さんにふさわしい男じゃなかった?」
「私、イケメンが好きだから」
「意外!」
妹がようやく自分のしたい話ができると、嬉しそうに手を叩いた。
絢音がイケメン好きというのは嘘ではない。嘘ではないが、かなり話を妹に寄せている。私と涼夏にはそれがわかったが、奈都まで意外そうな顔をしたので、こちらには後で説明しておこう。
「高校はどうなの? バンド、まだ続けてるんでしょ?」
妹が質問を続けて、絢音は小さく首を振った。
「そっちはぼちぼち。友達と遊んでる方が楽しいねぇ」
「そっか。でも、そういう子もいるよ。男か友達か、みたいになるよね。両立は難しい」
「秋歩ちゃんは男?」
「断然そう!」
大きく頷いて、妹が身を乗り出した。断然と言い切れるほど、男女の恋愛の何が素晴らしいのか、せっかくだから拝聴しようと思ったが、妹の話は涼夏の深いため息で断絶された。
「ふぅ。そろそろ無理だ」
「何が?」
「何じゃない。なんで私は、せっかくのクリスマス会で、アンタの恋愛話を聞かなかんのだ?」
涼夏が静かにそう告げる。その声が落ち着いていればいるほど、深い怒りを感じて、私は思わず身震いをした。妹氏には悪いが、ここは大人しく引いて欲しい。そう思ったが、伝わっていないのかわざとなのか、妹はあっけらかんと言い放った。
「まあ、お姉ちゃんには退屈かもしれないけど、他のみんなは初めてだし、別にいいじゃん」
「いいかどうかは私が決める」
「えー、傲慢! 部長は千紗都さんなんでしょ?」
「鬱陶しいなぁ。そこまで空気が読めんのか?」
涼夏が眉間に皺を寄せて、苛立った声で言った。私は自分が叱られたように、思わず姿勢を正して隣を見たが、奈都も絢音も困ったように微笑んでいるだけだった。少なからず兄弟喧嘩を経験している余裕だろうか。
私がハラハラして見ていると、妹はさすがに臆したように口を噤んだ。反撃の言葉を考える内に、涼夏が財布を手に取って畳みかけた。
「お姉ちゃんが特別にお小遣いをあげるから、アンタは外に買い物に行きなさい」
顔を上げると、外はまだ雪が舞っていた。とても寒そうだし、そろそろ暗くなる。今から追い出すのはさすがに酷だと思うが、口出しできる空気ではなかった。
「いや、寒いし、クリスマスに一人で買い物とか、ないでしょ」
「だったら、私たちが鍋の材料と食べかけのケーキを持って、千紗都の家に移動する。どっちがいいか選んで。オススメは、お小遣いで好きなものを買う方だね。後者を選ぶなら、もう二度と私のご飯と私との会話は諦めて」
涼夏が薄ら笑いを浮かべる。対照的に、眼光は鋭い。もう私が代わりに土下座して謝りたいくらいだったが、身じろぎはおろか、呼吸すらままならない。
涼夏が無言で二千円を手に取って、妹が立ち上がりながらそれを受け取った。そして、まるで自分に言い聞かせるように言った。
「クリスマスにプレゼントの一つもないのもあれだし、何か買って来ようかな」
「それはとてもいい選択だと、私は思うよ」
涼夏の言葉を背に受けながら、妹が部屋を出て行く。そのまま一度自分の部屋に寄って、やがて玄関のドアが音を立てると、絢音が小さく息を吐いた。
「別に良かったのに」
それを言うのかと、私は思わず息を呑んだが、涼夏はがっくりと肩を落として首を振った。そのままこっちににじり寄り、私の腰に腕を巻き付けて、お腹に顔をうずめた。
「もう嫌……」
「まあ、このメンツで恋愛トークはないなって思うよ」
奈都が涼夏の肩を持つように、苦笑いを浮かべてそう言った。奈都もどちらかと言えば、恋愛話には抵抗がある方だし、私が自分で思う以上に、私が恋愛話を苦手だと思っている節があるから、いたたまれなかったのだろう。そして、涼夏もそれがわかっていたから、友達のためにも妹を止めたかった。
「お姉ちゃんは大変だねぇ」
髪を撫でながら同情を示すと、涼夏が私のお腹に顔を押し付けながら首を振った。
「あそこまで空気が読めんとは思わなかった。他の人間といる場に立ち会ったことがないから知らなかった」
「まあ、寂しかったんでしょ。同情の余地はあるよ」
絢音が優しく妹を擁護するが、涼夏はぎゅっと私の腰を引き寄せながら、再び首を振った。
「あんなんだから、クリスマス直前に彼氏にフラれるんだ。顔がいいだけでなんとかなるほど、この世の中は甘くない」
「涼夏、今さりげなくチサをディスった?」
奈都が突然そう言って、私は思わず真顔で奈都を見つめた。
「何? なんで私、ディスられた?」
「ほら、涼夏」
「いや、奈都だって。今、10対0で奈都が私をディスったよね?」
「冗談だよ。千紗都は性格も面白いよ?」
奈都が軽やかに手を振って、絢音がお腹を抱えて笑い転げる。なるほど、場を明るくしたかったようだが、相変わらず奈都の不器用さには、逆に感心する。
当の本人はあまりウケなかったのか、深くため息をつきながら、投げやり気味に言った。
「もうあいつ千紗都にあげる。兄弟喧嘩できるよ?」
「いや、別に要らない。涼夏なら欲しいけど」
髪を撫でながら答えると、涼夏はそれっきり押し黙った。絢音と奈都は机に広げたitoのカードを見ながら、二人でお題を言い合っている。涼夏のことは任せたと言わんばかりだ。
二人が暗い空気になっていないのは良かったが、私のお腹の子はどうすればいいのだろう。いや、お腹の子という表現は大いに誤解を生みそうだ。一人でそんなことを考えていたら、突然涼夏が私を抱きしめたまま顔を上げた。
「惚れた! 今の言葉で、涼夏さんは80%回復した!」
「えっ? どの言葉?」
思わず聞き返したが、涼夏はいきなり私の唇にキスをすると、そのまま私を床に組み敷いた。しばらく口の中を舐め回してから、荒い呼吸で顔を上げる。
「妹出てったし、約束通り揉もう! それで涼夏さんは100%回復する!」
「追い出したんじゃん! 80%で十分だから、ゲームをしよう」
「いいや、揉む! みんなで揉もう!」
涼夏が勢いよく振り返ると、二人が呆れた顔で頷いた。
「まあ、涼夏がそう言うなら揉もうかな」
「そうだね。千紗都、昨日はバイト大変だったよね」
嬉々としてそう言いながら、二人も涼夏と一緒になって私の体を揉み始めた。くすぐったかったり、気持ち良かったり、痛かったり、わけがわからない。
「ちょっと待って! 冷静に!」
「そういえば、昨日のバイトはどうだったの?」
涼夏が笑いながら聞いてきたが、体のあらゆる場所を揉まれまくってそれどころではなかった。
まあ、私が揉まれてみんなが笑顔になるのなら、喜んで揉まれよう。バイトで疲れたのは確かだし、これだけ揉みほぐされれば、体も楽になるだろう。
涼夏がいつもの笑顔で喋っている。一時はどうなるかと思ったが、もう大丈夫そうだ。
妹氏には可哀想なことをしたが、ちょっと空気が読めていなかったのも確かなので、少し反省してもらおう。
それにしても、マッサージが気持ちいい。




