第23話 温泉 5
食堂になっている宴会場に行くと、どのテーブルも人でいっぱいだった。
お風呂が他に誰もいなかったので、意外と空いているのかと思ったが、そんなことはなかった。たまたま運が良かっただけらしい。
食事はすでに用意されていて、内容は山菜の小鉢が2つと、メインはサラダを添えた唐揚げ、それからご飯とお吸い物に、カットしたオレンジだった。十分すぎる内容だ。しかも、ご飯は松茸入りの炊き込みご飯だった。恐らく、他に提供される松茸コースのために作られたものだろう。
「これは勝った。涼夏さん、とても満足です」
涼夏が笑顔でそう言いながら箸を取った。今日は自分を「涼夏さん」と呼ぶのがブームなのだろうか。
「千紗都さんも満足です」
私も同じように言ってみると、3人が私を見てから、申し訳なさそうに視線を逸らせた。
「似合わないよ……」
奈都がため息混じりに呟いて、私は恥ずかしくなって両手で顔を覆った。
ご飯は文句なしに美味しかった。とてもお腹が空いていたが、量も十分だったし、旅館の人に多大なる感謝を伝えて部屋に戻った。
「はぁ、食ったー」
涼夏が幸せそうにそう言いながら、私の布団の上に大の字になる。他の二人も同じように自分の布団に寝転がって、私は仕方なく部屋の隅っこで体操座りで膝を抱えた。いかにも寂しそうにしゅんとしていると、奈都が呆れたように顔を上げた。
「チサ、そういうのはいいから、こっち来て」
「ああ、そう?」
手招きされたので、奈都の隣に寝転がる。そのまま奈都に抱き付くと、奈都は恥ずかしそうに顔を赤くした。
しばらく奈都の温もりを楽しんでいると、やがて涼夏が起き上がってリュックを開けた。もちろん今日もゲームを持ってきている。前に盛り上がったナンジャモンジャもあったが、先にこっちをやろうと、別のゲームを布団の上に置いた。
itoというゲームらしい。これもナンジャモンジャ同様、カードだけのゲームで、1から100までの数字とテーマカードで構成されている。涼夏が一人1枚配ってから、テーマカードを1枚表にした。
「この『かわいいもの』を採用しよう。1が可愛くなくて、100が可愛いものね。みんな、自分の数字くらいのものを言ってから、数字が小さいと思う順に出していくの。例えば私は……他人の赤ちゃんかな」
涼夏が説明とともに、まず自分の数字に合いそうなものを言った。他人の赤ちゃんは、果たして可愛いのだろうか。私は正直あまり可愛いと思わないが、これで涼夏が85とかだったら、激しく軽蔑されそうな気がする。
「じゃあ、私は子猫にしようかな」
奈都が自信に満ちた表情でそう言うと、絢音がくすっと笑って目を細めた。
「寝起きの千紗都とか」
「それは可愛いな。100だな」
涼夏が満面の笑みでそう言ったが、私としては子猫の方が数字が高そうに思えた。
ちなみに私は41だった。微妙な数字だ。人にすると問題が起きそうだが、動物だと好みが割れそうである。
「カエルの……ぬいぐるみとか」
「どれだよ!」
涼夏のツッコミに「概念的な」と答えると、3人が複雑な顔をした。カエルは可愛くないが、ぬいぐるみにしたらまあそれなりに可愛くて、足して2で割って41くらいでどうか。
「とりあえず一番可愛くないのは、他人の赤ちゃんだな」
涼夏が自信満々にそう言いながらカードを表にした。数字は25だった。もちろん、子猫がそれより低いはずがないが、他人の赤ちゃんを25と断ずる涼夏の勇気に、私は内心で拍手を贈った。
「寝起きの私は大丈夫だった? 10とかじゃない?」
「そんなわけないよね?」
確認する私に、絢音が呆れたように言った。そんなわけないことはないと思うが、とりあえずよしとする。
結局、次が私の41、奈都が88で、絢音が94だった。絢音の出した数字を見て、涼夏が静かに首を振る。
「絢音、これでもしナッちゃんが95だったら、戦犯だったよ」
「深く反省しています」
よくわからない会話だ。奈都が可笑しそうに笑っている。
2回戦は2枚、3回戦は3枚。ライフは3で、クリアごとに1つ回復する。3回戦が終わってライフが残っていたら成功だが、たぶんこのゲームはディクシット同様、勝敗よりもトークを楽しむタイプのゲームだ。
配られたカードは2と88。テーマは『デートスポットの人気』だった。両極端なので、確実に当てに行きたいが、生まれてこの方デートというものをしたことがないので、実に難しいお題だ。もっとも、それは私だけではなく、他の3人も頭を悩ませている。
「とりあえず、片方は親が働いてるお店かな」
私が2を確実に置きに行くと、3人が「それは行きたくない!」と口を揃えた。もう片方は「水族館で」と言うと、奈都が羨ましそうに私を見た。
「チサ、簡単そうなの引いたね」
「たぶんね」
「もしその数字が大きかったら、千紗都は水族館に行きたいのか。参考にしよう」
涼夏がそう言って大きく頷く。一体何の参考にするのか知らないが、その内このメンバーで水族館に行くのもいいかもしれない。
「私は……1枚はバッティングセンターで」
絢音が自信なさそうに言った。絢音にとってどうかと考えれば良いだろう。だとしたら、それほど高くないはずだ。30くらいだろうか。
「私は、山にしよう。登山」
涼夏が裏向きのカードを1枚指差して、自分に言い聞かせるように頷いた。山に関して言えば好きなカップルもいそうだが、これも涼夏にとってと考えれば、一桁と推測できる。ただ、1ということはないだろうから、私の2よりは大きいだろう。
奈都が「困ったなぁ」と呟きながら、髪をくしゃっと掴んだ。悩まし気に眉根を寄せて、首を傾げながら口を開く。
「家電量販店と……ディナーで中華」
「家電量販店と、ディナーで中華……」
私が真顔で復唱すると、絢音が可笑しそうに口元を押さえた。
「今の、全然わかんない。私のバッティングセンターと比べてどうなんだろう」
「わからんねぇ。私ももう1枚は、映画館でホラー映画とかにしようかな」
「涼夏の口から映画って単語、初めて聞いた気がする」
半年の間に話題の新作などもあったが、そういえば帰宅部のメンバーで映画の話になったことがない。涼夏の興味は如何ほどのものか。
最後に絢音が、もう1枚を「釣り堀」と言った上、釣り堀とバッティングセンターのカードを逆にした。
答え合わせは、とりあえず私が「親が働いてるお店」で2を開けた後、涼夏がカードを手に取りながら小さく唸った。
「なんとなく、絢音の釣り堀の方が低い気がする」
「私もそう思う。釣り堀は無い」
奈都もそう口添えをした結果、絢音がめくったカードは14だった。涼夏が呻き声を上げてカードをオープンする。数字は9だった。
「涼夏、そこまで山は嫌なんだ」
絢音が呆れた顔をすると、涼夏は当たり前だと首を振った。
「登山など、文明人のすることじゃない」
その後さらに、バッティングセンターと家電量販店は、デートで行くには家電量販店の方がつまらなそうと言ってめくった結果、45という高い数字で、絢音が23のカードを出しながら頭を抱えた。
「ナツ、そんなに家電量販店に行きたいの? デートで?」
「いや、50からが行きたいラインかなって。アヤがバッティングセンターに行きたくなさすぎでしょ」
「デートで行きたいとは思わない」
これで残りライフは1つ。ディナーで中華とホラー映画で多数決を取ったら、カップルでホラー映画はアリという意見が多勢を占めた結果、ライフが尽きた。涼夏が56、奈都が67だった。
「いや、ホラー映画とか、嫌でしょ!」
涼夏が力説して、私も大きく頷いた。
「嫌。でも、一般論としては悪くないかなって」
「一般論の話はしてないから! お金払って怖い思いするとか、バカじゃないの?」
「その割には56って、結構高いよね」
「奈都も、複雑な顔してた割には、67って結構高いじゃん」
「ディナーで中華って、67くらいじゃない?」
「そう言われるとそうか」
3人でキャイキャイ言いながら結果を振り返る。呆気なく2ラウンド目で死んでしまったが、大体みんな何をどれくらいの数字に置くかの傾向は掴めた。
それにしても、これもまた面白いゲームだ。前に涼夏と二人でボードゲームカフェに行った時は、難しいゲームをやりまくったが、こういうパーティーゲームもやはり面白い。
それから結局、ナンジャモンジャの出番はなく、「生き物の強さ」だの「やわらかそうなもの」だの「便利なもの」だの、色々なテーマで盛り上がっていたら、お風呂に行く時間すらなくなった。
それはそれで構わない。明日のことも構いやしない。私たちに大切なのは、今楽しんでいることなのだ。