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第23話 温泉 2

 旅行当日。起きてカーテンを開けると、まずまずの天気だった。山の方へ70キロくらい行くから、今ここの天気を見ても参考にはならないが、一応天気予報では降水確率0%の曇りだった。寒くなるらしいので、温かい服装で行くことにする。

 長袖、長ズボン。リュックにスニーカー。山に登る予定はないが、一応手袋などもリュックに入れて外に出る。駅で奈都と合流して中央駅に行くと、涼夏も絢音も同じような格好で立っていた。

「今日は山ガール」

 そう言いながら、涼夏がクルッと回る。もこもこした帽子にパーカー。下はハーフパンツに厚手のタイツ。靴も機能性重視の無骨なデザインだが、パーカーと色を合わせたピンクが可愛らしい。

「涼夏、完全に山に登る出で立ちだね」

 奈都が涼夏のパーカーの袖を引っ張りながら、感心するように声をかけた。絢音が出で立ちという言葉にウケたらしく、くすくすと笑う。

 今日はみんな、荷物は少なめだ。涼夏の誕生日はすでに過ぎていて、プレゼントは当日に渡している。奈都と絢音の時とは違い、遠慮なく化粧品を贈らせてもらった。

 中央駅始発だが、油断せず少し前からホームに並んで、4人席を確保した。絢音が窓側の席に座って、子供のように瞳を輝かせた。

「友達と行く旅行っていいよね。青春って感じがする」

 青春。とても甘美な響きだ。私がうっとり目を細めると、隣で涼夏が早速お菓子の袋を開けながら言った。

「中学の時は、バンドメンバーでどっか行ったりしなかったの?」

「近くはあっても、旅行はないよ。中学生だし。ナツは?」

「ないね。バドミントン部は合宿とかもなかったし。高校に入ってから、みんなのおかげで行動範囲が一気に広くなった気がする」

「一気にって言っても、結構近いけどね」

「そもそもナッちゃん、グアム経験者じゃん」

「そういえばそうだった。裏切者!」

「それ、ずっと言われそう」

 3人が楽しく喋っている。これもまた青春だと、にこにこしながら眺めていたら、涼夏が心配するように私の顔を覗き込んだ。

「千紗都、大丈夫? お母さんみたいな目をしてたよ?」

「そうだよ。話に入って来てよ」

 絢音が私の手を取って、意味もなく引っ張った。別に見守っていたつもりはなかったが、4人もいたら一人くらい聞き役に回るのは普通だろう。

 電車はいつの間にか動き出していた。目的地までは乗り換え無しで丁度1時間。車窓はしばらく街の景色が続くが、だんだん民家が少なくなっていく。もっとも、そんなにも大自然の中を走るわけではないし、そもそも車窓を楽しむには天気がいまいちだ。

「雨じゃなかっただけましだけど、海もプールも文化祭も体育祭も晴れた私たちにしては、珍しいよね」

 日頃の帰宅部の活動はともかく、ここぞと言う時は天気には恵まれている。それはきっと私の心掛けがいいからだが、たまにはこういう時もある。明日は天気が良さそうなので、今日はさっさとチェックインして、宿でのんびりしようと言うと、涼夏が呆れたように言った。

「時間、むっちゃあるけどね」

 目的地の針谷駅到着は11時。涼夏に16歳になった感想を聞いていたら、あっと言う間に電車がホームに滑り込んだ。ちなみに涼夏は、16歳になって母体を感じたなどと、わけのわからないことを言っていた。

「こう、私のお腹の中で、千紗都の赤ちゃんがすくすく育ってるのを感じるんだよ」

 涼夏が愛おしそうに下腹部を撫でながらそう言って、さしもの絢音も反応に困ったように、真顔でその手を見つめていた。

「病院に行った方がいいんじゃない?」

 私が不安げに声を漏らすと、涼夏は頬を染めてはにかんだ。

「婦人科?」

「涼夏、どうしたの? 今までも十分変だったけど、輪をかけておかしいよ?」

「成長した私を見て」

 うっとりと涼夏が微笑む。奈都が笑っていいのか迷っているように、チラチラと私に視線を送った。帰宅部的対処を求めているようだが、新しいケースなので対処法がわからない。

 涼夏が「触ってみる?」と優しい眼差しを向けてきたので、とりあえず涼夏の下腹部を撫でておいた。赤ちゃんの気配は感じなかったが、柔らかな肌の感触に少しだけ胸がドキドキした。

 駅舎を出ると、ひんやりした空気が肌にまとわりついてきた。朝家を出た時よりも気温が下がっている。天気のせいもあるだろうし、場所のせいもあるだろう。

 バスターミナルにもなっているロータリーを横目に、並んで歩道を歩き始めた。宿までは徒歩で1時間くらい。当初はバスで行くつもりだったが、どうせハイキングをするつもりだったので、のんびり歩いていくことにした。

 やや登り勾配の田舎の道を、周囲の田畑を眺めながら歩いていると、涼夏が明るい声で言った。

「私、実は生まれた場所が違って、子供の頃は田舎で生まれ育って、こういうところに来ると懐かしさを感じるみたいなことが、まったくないんだよね」

「ないのかよ」

 速やかに突っ込むと、奈都がマンガのように噴き出して、あははと笑った。ちなみに私は小学生の時に一度引っ越しているが、低学年だったのでほとんど記憶にない。学校も変わっていないし、マンションからマンションへの引っ越しで、一体あれが何だったのか、今でもよくわかっていない。

 そんな話をしたら、絢音がくすっと笑った。

「低学年の千紗都か。育てたくなるね」

 一体今の話で、どういう展開をするとそういう台詞に繋がるのだろう。私が呆れていると、涼夏が得意気に指を立てた。

「千紗都の正しい育て方」

「金魚みたいな響きだね」

「嫌いなものは無理にでも食べさせましょう」

「昭和の育て方だね。知らないけど」

「千紗都って、小学生の時は友達いたの?」

 涼夏が突然そんなことを言って、私は「いたから!」と秒で答えた。奈都が「帰宅部の会話は面白いなぁ」と笑っているが、全然面白くない。

「私、人気者だったから!」

「まあ、わかるよ? むしろ、なんで千紗都がぼっちだったのかが不思議なくらい」

 涼夏が可愛らしく首を傾げる。それは私が聞きたい。どうして告白してきた男子をフッただけで、私は1年半もぼっちな学生生活を送らなくてはいけなかったのか。納得がいかないと頬を膨らませると、奈都が静かに言った。

「それは、私がそう仕向けたんだよ」

 一瞬、言われた意味がわからなくて、私は頭に疑問符を浮かべて首を傾げた。奈都がうっすらと不気味な笑いを浮かべて続けた。

「裏で全員がチサから離れていくように、あることないこと言いふらして、チサに私しかいない状況を作ったの。思った以上に上手くいったよ」

「マッチポンプってやつだね」

 絢音がふふっと笑う。涼夏が説明を求めたので、絢音が自分で火をつけてそれを消すことだと説明した。要するに、奈都だけがいてくれたのではなく、奈都が自分でそういう状況を作ったということだ。

「策士だなぁ」

 涼夏もあははと笑い声を立てるが、私は思わず足を止めて唇を震わせた。

「えっ? どういうこと?」

 自分でも驚くほど声が低くなって、空気が凍り付いた。慌てた様子で涼夏が手を振った。

「いや、どう聞いてもナッちゃんの冗談だって!」

「う、うん。私がそんなことするはずないよね?」

 奈都が困惑気味にそう言って、情けなく眉をゆがめた。

 私は一度大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。田舎の空気は澄んでいてとても美味しい。

「言っていい冗談と、言っちゃダメな冗談があるの。学校で習わなかった?」

 静かにそう告げると、奈都はしゅんと項垂れて首を振った。

「学校では習わなかった」

 隣で絢音が顔を覆って、激しく肩を震わせる。随分楽しそうだが、今のは良くない冗談だ。私は真顔のまま続けた。

「悪いことをした時の謝り方は、学校で習った?」

「えっと、ごめんなさい」

「何それ。膝も手も地面についてないみたいだけど」

 イライラしたようにそう言いながら、自分の腕をトントンと指で叩く。涼夏と絢音がごくりと息を呑んで、奈都は困ったように私たちの顔を見てから、悲しそうに瞳を伏せた。それから諦めたように私の前に膝をついて、土下座するように深く頭を下げた。

「ごめんなさい」

 声が少しだけ震えている。足下に蹲る奈都をじっと見つめていたら、絢音が慎重に口を開いた。

「ナツ。私の予想だと、今のは千紗都の冗談だから。言っちゃダメな方の」

 奈都が顔を上げて泣きそうな目で私を見上げた。私は静かに頷いて奈都の手を引いた。

「これでおあいこだからね」

 そう言って、体を引き寄せてキスをした。しばらく友達二人の目の前で唇を吸い合うと、奈都が疲れたようにため息をついた。

「はぁ。冗談って難しいね。今にして思うと、千紗都の赤ちゃんの話をしてた涼夏は見事だった」

「いや、冗談じゃないし! イマジナリーベイベーはいます!」

「それ、いないじゃん。しかも、ベイベー」

 私が疲れたようにため息をつくと、絢音と奈都がくすっと笑った。本当に、いじってくれるのは嬉しいが、冗談はもっとわかりやすいものにしてもらえると有り難い。


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