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第22話 ビリヤード(1)

 中間試験の成績表が配られて、私は思わず渋面になった。元々手応えは良くなかったが、きっと問題が難しかっただけで、みんな点数は低いのだろうと思っていたが、さすがにそれはポジティブすぎたらしい。

 学年51位。1学期から順位を20位近く落とすという、とんでもない結果に言葉もなく絶望していると、隣から川波君がからかうように声をかけてきた。

「その様子だと、だいぶ悪かったね?」

「飛び降りたい」

 私が成績表を見つめたまま声を震わせると、川波君が呆れたように言った。

「死なないで。人生はまだまだこれからだ」

「51位とか、有り得ない」

「いや、俺よりだいぶいいんだけど……」

 川波君が一人でショックを受けたように目を見開く。川波君の順位は心の底からどうでもよかったが、私は残酷に突き付けられた51という数字から、しばらく目を離すことができなかった。

 親から、夏休みにアルバイトをしたせいで成績が落ちたと言われないためにも、今回はむしろ前回を上回る30位を目指していた。それがこのザマだ。結局、夏休みにアルバイトを頑張ったせいで成績が落ちたのかもしれない。

 去年の夏は一人ぼっちで、勉強しかしていなかった。あの時と比べたら学力が落ちるのは仕方ないと思うが、親からの印象はどうか。

 その日の帰り道、私が順位を言いながらため息をつくと、涼夏が明るく笑って背中を叩いた。

「51っていうと、()の人の背番号だね」

 私でも知っている偉大な野球選手のことだ。ユナ高野球部のOBだと知った時はさすがに驚いたが、今は極めてどうでもいい。

「だから何?」

「私はまた半分以下で、ナッちゃんにも負ける大波乱の展開だよ」

「涼夏がバカなのはもうアイデンティティの領域だから!」

 私が悲痛な叫びを漏らすと、涼夏が実に冷たい眼差しで私を見て、絢音が可笑しそうに肩を震わせた。

「私は、夏のバイトより、文化祭の準備の影響が大きかったと思うけど」

 絢音の言葉に、私は慎重に頷いた。それは本当にそう思う。文化祭など、誰かに言われた通りに準備をして、当日だけ楽しむスタンスでいたら、丸ひと月クラスのために走り回ることになった。絢音は絢音でバンド活動を頑張っていたし、週に2日はしていた絢音との勉強という名の遊びが、9月は1、2回しかできなかった。

「私たちの成績が壊滅したのは、全部文化祭のせい。今日はみんなで慰め合おう」

 私が泣きながらそう言うと、涼夏が「今日はバイトだ」と冷酷に告げた後、絢音が前を見ながら何でもないように言った。

「まあ、私は5位だったけどね」

「なんで! どうして!」

 私は思わず頭を抱えて首を振った。涼夏が「今日の千紗都は一段と面白いな」と、楽しそうに笑った。

 絢音も文化祭の準備を一緒に頑張ってくれたし、それ以外の時間はほとんどバンドの練習をしていた。いくら塾に通っているとはいえ、あの状況下で成績を上げたのは魔法を使ったとしか思えない。

 そう訴えると、絢音はくすっと笑って目を細めた。

「実は3教科くらい、職員室でテスト用紙をコピーした」

「えっ……」

「内緒だよ?」

 唇の前で絢音が可愛らしく指を立てる。思わず真顔になったが、隣で涼夏が笑い転げていて冗談だと理解した。一瞬でも本気にしたのは申し訳なかったが、それくらい絢音の5位は衝撃的だった。

「まあ、夏休みに結構頑張ったおかげかな」

 あっけらかんと絢音がそう言って、私は思わず「二枚舌か!」と突っ込んだ。その結論では、結局私の成績が悪かったのは、夏休みにバイトをしていたせいになる。

 私がしくしく泣いていると、涼夏が陽気に私の肩に腕をかけた。

「随分落ち込んでるねぇ」

「今回は成績を下げたくなかった。こんなことなら、1学期に80位だったら良かった」

「小学生みたいな理論だな」

 呆れたように涼夏が言って、意味もなく私の髪に指を絡めた。

 私より成績が悪かった涼夏の前で、あまり落ち込むのも申し訳ない。私は出てもいない涙をわざとらしく拭って顔を上げた。

「ちょっとね。やっぱり色々と買いたいし、またバイトもいいかなって思ってたけど、そんなことを親に言い出せる成績じゃなかった」

 これは漠然と考えていたことだが、これから涼夏の誕生日があり、年末にはもちろんクリスマス会をやるだろう。私はお小遣いを多くもらっている方ではあるが、もし可能なら平日に少しバイトをして、お小遣いの足しにしようと思っていた。しかし、この成績ではとてもそんな提案はできないし、私自身、もっと勉強しなくてはという思いが芽生えた。そう言うと、涼夏が難しい顔をした。

「そもそも私は、千紗都がバイトすることに反対だけどね」

 隣で絢音が、「私も」と難しい顔で頷いた。理由は聞くまでもない。一緒に遊ぶ時間が減るからだ。それをバイトをしている涼夏が言うのも勝手な話だが、その分涼夏は、私や絢音の金銭的負担を減らすために、時々奢ってくれている。バランス感覚がものすごくいいのだ。

 いい言葉が出て来なかったので、黙って歩いていると、涼夏が悩まし気に腕を組んで私の顔を覗き込んだ。

「やるとしたら、またカラオケ?」

 反対と言いながらもそう聞くのは、ただの世間話か、それとも反対したことを申し訳なく思ったのか。「何も決めてない」と答えてから、私は深く息を吐いた。

「私はね、働きたいんじゃなくて、お金が欲しいだけなの」

「いや、そりゃ、私もそうだけど」

 涼夏が呆れたようにそう言って、絢音が隣で笑い声を立てた。誰だって働きたくない。石油でも湧いてきて、誰も働かずに暮らせる社会にならないかと呟くと、絢音が「ナウルみたいだね」と笑った。

「どこだそれ」

 涼夏が首を傾げて、私も知らないと首を振った。聞くと、太平洋にある島国で、リン鉱石の輸出で栄えたが、やがて枯渇して財政危機に陥ったらしい。マンガのような国だ。

 古沼駅に着くと、別れ際に涼夏が言った。

「本当にバイトしたいなら止めないから。私もしてるわけだし。使えるお金が増えるメリットはあると思う」

「うん。その時は相談する」

 ありがとうとお礼を言って、軽くハグをして別れた。


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