番外編 ボードゲーム 5
夕方になったので少し休憩にして、ポテトをつまみながらこれまでのゲームを振り返った。『路面電車』も『ル・アーブル』も面白かったが、もし自分で買うならやはり『パッチワーク』だろうか。
「ここに来ればできるけど、二人で来たらそのお金でゲームが買えるし、ヘビロテできそうなゲームはやっぱり自分で買って、家でやるのがいいね」
涼夏がそう言って、フォークに差したポテトを口に運んだ。ポテトもなかなか美味しい。この店は食事に力を入れているようだ。
さて、8ゲーム目は『世界の七不思議デュエル』というゲームで、これも元々『世界の七不思議』というゲームがあり、それを二人用にしたものらしい。これも店員さんにインストしてもらったが、いよいよルールが難しくなってきた。
一度しかやらないので、二人で念入りにルールを確認し合う。とりあえず、ゲームは3世代に渡って行われ、世代ごとにカードをディスプレイに並べる。カードには資源や軍事力、科学などのマークがあり、資源を集めて新しいカードを獲得するのは『ル・アーブル』と同じだ。
カードはプレイする他に、様々な効果を持つ七不思議カードに差してその七不思議を有効化することもできるし、売却してお金にすることもできる。自分が買えなくても、相手に取らせたくないカードを積極的にお金にしていくのも大事になりそうだ。
最終的にはカードや七不思議、軍事力ボードなどに描かれた得点の合計で競うが、途中で軍事的優位や科学的優位の勝利もあるらしい。最初に選んだ七不思議が軍事力特化だったので、軍事力勝利を目論むことにしたが、カードを見れば露骨にわかるので、当然涼夏も警戒しているだろう。敢えて口にはせずにゲームを開始する。
涼夏が先手。第1世代は奥から2枚表、3枚裏、4枚表、5枚裏、6枚表になっていて、最初は表になっている6枚からカードを取ることができる。裏になっているカードは、手前のカード2枚がなくなると表向きになり、新たに取れるようになる。
「資源は大事だけど、どう考えても千紗都は軍事力勝利を狙ってるだろうしなぁ」
涼夏がディスプレイを眺めながらそう呟いた。それでも軍事力ではなく、1金払って木材を取得する。私も、確かに軍事力は欲しいが、七不思議を有効化するには結局資源は必要になる。
ディスプレイから交互にカードを取っていく。細かいルールこそたくさんあるが、基本的にはカードを取って、置くか、売るか、七不思議に差すかだけなので、そこまで難しくはない。
第1世代が終わった時点で、予定通り軍事力は2つ分、私が勝っている状態にできたが、ガラスとパピルスは両方取られてしまった。カードをめくっていく順番的に、どうも先手が有利な気がする。涼夏もそれは認めた上で、「余計に負けられない」と拳を握った。
第2世代は、軍事力で負けている涼夏から先手か後手かを選ぶことができる。軍事力2のカードもディスプレイにちらほらあって、涼夏がどう取ると軍事力で負けるかを計算している。真顔で考えている涼夏は貴重なので、写真を撮って絢音に送っておいた。
第2世代も涼夏から先手で開始し、私の欲しかった黄色のカードを七不思議に差して6金もらった上、連続手番にした。さらにめくって出た軍事力2のカードを取って、軍事力をイーブンに戻す。なかなか簡単には勝たせてくれない。
結局第2世代が終わった時点で、涼夏はすでに七不思議に4枚ともカードを差し、私は1枚も差していない上、手持ちのお金も涼夏の方がだいぶ多い状態になった。
「このゲームはどう考えても先手が有利だな」
結局涼夏の優勢は覆ることなく、どうにか軍事力は押したものの2点しか得られず、43対69という大差で負けてしまった。
振り返ってみても、あそこをこうしておけば良かったという反省点がないので、このゲームは力量が等しければ、よほどディスプレイの並び運がない限り先手が有利と結論付けた。
「まあ、拡張も出てるみたいだし、機会があったらまたやってみよう」
そう言いながら、涼夏が箱を片付ける。『バトルライン』も後手が明らかに有利だし、ゲームによってはそういうこともある。本来なら先手と後手を入れ替えてもう一度やりたいところだが、もちろん今日はそうしない。
次はいよいよ9ゲーム目だ。窓の外はすでに暗い。
今日という日の終わりが見えてきたとは、到底言い難い。次に涼夏が広げたゲームは、また一段と難しそうだったし、お店は高校生の私たちがいられる限界よりずっと遅くまで営業している。夜はまだまだこれからだ。
『横濱紳商伝デュエル』というゲームである。これも元々ある『横濱紳商伝』というゲームを二人用にしたものらしく、店員さんがコンポーネントを並べてくれたが、とにかく要素が多くて頭がこんがらがった。『ブロックス』から始めて、少しずつ難しくしてきたからひるまずにいるが、もし最初からこのゲームを広げられたら、きっと帰っていた。
「通常、初心者の方にはオススメしませんが、ゲーム自体はとても面白いし、お二人ならきっと出来ると思います」
店員さんにそう言われて、インストをしてもらってからも二人でルールを確認し合った。
基本的には茶畑や税関といったエリアボードの上に、自分のパワーカードを置いて、置いたパワーに等しいだけの資源やカードを得る。カードの効果を使いながら効率よく資源を集め、注文書を達成して点数を得るという流れだ。ゲーム性はまったく違うが、根幹は『ル・アーブル』や『世界の七不思議』と同じである。
ただ、パワーが4以上だったら店舗や商館が置けるとか、パワーが5以上だったらパワーボーナスが得られるとか、商館が置いてあるとそのエリアのアクションを実行した時に1円もらえるとか、細かいルールが多い。
さらに、技術カードという様々な効果を持ったカードがあり、これも4枚目以降は2円余分にかかるといった、見落としがちなルールがある。その技術カードを3枚集めたり、教会カードを2枚集めたり、注文書を3枚達成したりすると、お雇い外国人カードを獲得でき、これで追加のアクションを打つことができる。
「うーん、わからん」
自分でゲームを選んだ涼夏が、腕を組んで可愛らしく首を傾げた。先程大敗した私が先手ということで、とにかくまずどこかにパワーカードを置くのだが、持っている1から4の内、必ず数字の小さい方から使わなくてはいけないというルールがある。パワー1でやれることなど少ないが、1枚だけもらった追加パワーカードはどんどん使っていくべきなのだろうか。
「わっかんない、これ」
私も頭を抱えると、涼夏が可笑しそうに頬を緩めた。
とりあえず2枚ある注文書で、お茶が1枚足りないので、1パワーでお茶を1つもらう。涼夏は同じように漁場で魚を得ると、早速注文書を1つ達成して、ボーナスで追加パワーカードを1枚獲得した。
私も製糸場で生糸をもらって注文書を達成したくなるが、グッと堪えて研究所で郵便の技術カードをもらう。涼夏は2のパワーカードに1金を加えて、追加パワーカードがもらえる3の教会を持って行った。後手の涼夏は、これで追加パワーカードが4枚になった。
「涼夏、それ、1回に1枚しか使えないからね?」
念のためそう言うと、涼夏はわかっていると大きく頷いた。さらに、4枚までしか持てないことも理解しているようなので、すべて計算の上だろう。
わからないなりに頑張って1ラウンド終わると、涼夏は技術カード2枚に教会カード1枚、さらに舶来品も1つ持っていて、追加パワーボーナスカードも3枚あるという状況だった。残っている注文書のボーナスが舶来品なので、それを達成すると舶来品が2つになり、お雇い外国人カードに一歩近付く。
どう考えても私の方が劣勢に思えるが、取得した郵便と、銀行に商館を置いたので、これを上手に使っていくしかない。
2ラウンド目、涼夏はいきなり3枚目の技術書を取ってお雇い外国人カードを得ると、すぐにそれを使って2枚目の教会カードを得て、さらにお雇い外国人カードを獲得した。あまりにも美しいムーブで戦意が削がれたが、どうにか奮起して戦う。
漁場を打って注文書を達成しつつ、相手に漁場を打たせなくする。もっとも、お雇い外国人がいるから、あまりそういう攻撃も役には立たない。安い教会カード2枚で先にお雇い外国人を持っていかれたのが致命的に痛い。ここから勝つには、技術書優位を押さえた上で、注文書優位を達成することだろうか。
「後手の追加パワーカード2枚は、だいぶ有利な気がしないでもない」
涼夏がそう言いながら、茶畑からお茶を持って行った。私が銀行からお金を回収すると、さらに2金払って4枚目の技術カードを持って行く。もう技術カード優位を防ぐのは無理だ。
3ラウンド目が始まると、いきなり10点の博覧会という技術カードが出てきて、嫌な予感がひしひしと伝わって来た。あれを涼夏に取られたら負けると直感的に感じたので、最初に取った郵便の効果を使って強引に奪取する。これで私も技術カードが3枚になり、ようやくお雇い外国人がやってきた。
「まだ戦える!」
「言うほど私が優勢ってこともないでしょ」
「どう見ても涼夏が勝ってると思うけど」
しいて言えば、私が銀行を潰していることもあって、涼夏は慢性的にお金がない。次のラウンド開始時にパワーカードを強くすることが難しいだろうが、もう次は最終ラウンドで、果たしてそのパワー1がどれほどアドバンテージになるだろう。
3ラウンド目終了時点で、涼夏はお雇い外国人2枚に、追加パワーカードが1枚。私は追加パワーカードもないし、お雇い外国人カードが1枚だけ。3枚目の注文書はすぐに達成できる状態だが、涼夏は3枚も表向きの注文書カードを持っている。
4ラウンド目。涼夏が製糸場から生糸を取りつつ、お雇い外国人にパワーカードを追加して銅を取得。3枚目の注文書を達成して、最後のお雇い外国人に加えて、ボーナスのパワーボーナスカードを持って行った。やはり動きが美しい。
とにかく注文書が無いと指針が立たないので、お雇い外国人で注文書をもらってから、とりあえず銀行を打った。お金さえあれば中華街で資源はどうにかなるが、もし涼夏に中華街を潰されたら目も当てられない。もちろん、私もまだお雇い外国人を獲得できるので、涼夏もそんな無駄なことはして来ないだろう。
「ヒリつく展開だねぇ」
涼夏がにこにこしながらそう言うが、眼差しは見たことがないほど真剣だ。学校のテストよりも本気でやっているのではないだろうか。
最終手番でお雇い外国人で魚をもらって注文書を達成しつつ、1匹残った魚を使って教会カードを取得して、最後のお雇い外国人カードを獲得。それを使って舶来品を2つ裏返すムーブをすると、涼夏が小さく手を叩いた。
「千紗都もやるねぇ」
「今のはいい動きだった。先に税関を持っていかれた時は、もう涼夏との友情もこれまでかと思ったけど、どうにか舶来品も引っくり返せた」
「お願いだから、ゲームで友達やめないで」
最終計算。技術や教会は私の方が得点が高く、商館も私だけが置いていたりしてかなり善戦したが、結局裏返した舶来品5つで20点が大きく、68対72の僅差で涼夏が勝利した。
「勝った……」
涼夏が疲れ切ったようにパタリと倒れて、私は大きく息を吐いた。負けてしまったが、最後の方はいい動きをしていたし、途中で心が折れそうになった割には、最後は詰められた。
いいゲームだったが、9ゲーム目にふさわしい難易度と疲労感だ。いよいよ次が最後。涼夏は一体どんなゲームを調べてきたのだろう。




