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第5話 写真(1)

 学校が楽しいかと聞かれたら、ひとまずYESと答えるだろう。涼夏(すずか)絢音(あやね)のおかげで、クラスの中でも放課後もとても楽しい時間を過ごせている。ただ、もう少し何かを両立できた気がしないでもない。部活に励んでいる奈都(なつ)を見ているとそう思う。

 ただ、その「何か」は青い鳥のようなものだ。入学してすぐ、絢音と二人で色々な部活を見て回った。どこかに入ってみようという気はあったのだが、結果として二人ともどこにも入らなかった。私は奈都とは違う人間だ。羨ましく思ったところで、奈都のようにはなれない。

 今日は金曜日。明日は土曜日。どっちが楽しいかと言われたら、誰かと遊んでいる限りにおいては後者である。勉強は苦手ではないが好きでもない。古文の授業で出てきた言葉を、「今度使ってみよう」とにこにこしている絢音とは、やはり違う人間だ。みんな違うから面白い。

 今日は絢音が塾なので、3人で上ノ水まで一緒に歩いている。ユナ高の生徒がたくさんいるので手は繋いでいないが、いつの間にか手を繋いでいないのが落ち着かなくなっている自分に驚愕する。絢音のボディータッチ計画は着々と進行しているようだ。

「そういえば、図書室、どうだった?」

 涼夏が思い出したように顔を上げて、「私、行ったことないんだよね」と付け加えた。絢音とは帰宅部活動の一環として何度か利用しているが、涼夏とはもちろんそんな学術的な活動をすることはない。バイトも忙しそうだし、むしろいつ勉強しているのか心配になるが、実際に中間試験の成績は半分以下だったようだ。

「あの日は奈都が捕まったから、結局二人で私の部屋でごろごろしてた」

 だから図書室には行っていない。そう告げると、涼夏は「千紗都(ちさと)の部屋かー」と呟き、絢音は何やら可笑しそうにはにかんだ。

今澤(いまざわ)さんの正妻感、すごいよね。涼夏はともかく、私じゃ太刀打ちできない感じ」

「私もだって。やっぱり中学から一緒ってのは強いね」

 涼夏がうんうんと頷いて、何やら二人で友情を確かめるように握手をした。私は慌てて手を振った。

「比較するもんじゃないから! それに、帰宅部の部員は紛れもなく絢音と涼夏だから!」

「ごろごろしてたって、どこで?」

 絢音が私の発言など聞いていないように、探るような目を向けた。私はあの日のことを思い出して、恥ずかしくなって俯いた。

「その……ベッドで……」

「はい、負けー。完全に正妻」

「違うって! 奈都が生理で調子悪そうだったから、休ませてたの! それに、大体、絢音がハグは健康にいいとか言ったから!」

 誤解を解こうと手をバタつかせたが、二人は生温かい眼差しで私を見つめるだけだった。そもそも誤解でもなんでもない。奇妙な空気の中、1時間以上抱き合っていて頭がおかしくなりそうだった。それを二人に隠すつもりはないし、ドン引きされるよりはいじってもらえた方が有り難い。

「週末のナッちゃんの誕生日会、私たち、お邪魔なら言ってね? そういう空気は読みたいと思う」

 涼夏が寂しそうな目で言って、隣で絢音も小さく頷いた。私は「もうっ!」と頬を膨らませてから、涼夏の肩をガシッと抱いた。

「企画したの涼夏でしょ? 企画意図を思い出して!」

「はい。わたくし、今澤奈都さんと親睦を深めようと思っておりました。ですが、わたくしの思うよりずっと、千紗都さんと奈都さんの関係は深いようで……」

「深くないから! 浅い。潮干狩りとかできる!」

「それ、意味わからんわー」

 ケラケラと二人が笑う。どうやら大丈夫そうだ。私はやれやれとため息をつきながら、内心で安堵した。もう友達は失いたくない。

「にしても、千紗都の部屋かー。そいや、行ったことないね」

「お金がかかるしね」

「えっ? 入るのにお金取るの?」

「こ・う・つ・う・ひ!」

 冷静に告げると、ツボに入ったのか絢音が噴き出してお腹を抱えた。「今のは反則!」と肩を震わせて涙を浮かべる。絢音が笑い転げるのは珍しい。

「お金持ちの涼夏さんならどうってことないと思うから、来てくれていいよ。両親共働きで、いつも19時くらいまで帰って来ないし」

「そっかー。一人っ子でそれは寂しいね。うちは妹がいるからなぁ」

「涼夏んとこも共働き?」

「お母さんは千紗都ん家と同じくらいかな。なお、お父さんはいない模様」

 あまりにもサラッと言われたので、思わず聞き流しそうになった。絢音を見ると、こちらも初めて聞いたというふうに、ふるふると首を横に振った。二人でぽかんと口を開けていると、涼夏が驚いたように身を仰け反らせた。

「あれ? 言ってなかったっけ?」

「初耳。でも、無理に話さなくていいよ?」

「今時よくある離婚だよ。生きてるから、湿っぽくならなくていいよ?」

 涼夏があっけらかんと笑う。どうやら本当に大したことではないのか、あるいは自分の中で折り合いのついた問題らしい。とぼけた顔をしたが、恐らく単に話していなかっただけだ。話してもいい仲になったと認めてくれたのだろう。

「それでバイトしてるんだ。私、涼夏のお母さんが、涼夏にお小遣いをあげないのをズルいって思っちゃった」

 しばらく前のことだ。涼夏は月に5千円の小遣いか、小遣いなしでバイトをするかの選択を迫られ、後者を選んだと言っていた。私はそれをズルいと感じた。しかし、あれにも事情があったのだ。私が自分の情けなさにため息をつくと、涼夏が冷静に首を振った。

「いや、実は私もちょっとズルいと思ってる。たぶん、千紗都が思ってるより遥かにまったく、うちはお金に困ってない」

「そうなの?」

「うん。お母さん、会社で偉い人だし、それに慰謝料とか養育費とか……」

「話がグロい!」

 慌てて止めると、絢音が困ったように微笑んだ。涼夏は「もっと話したいのに」と不満そうに唇を尖らせたが、お金の話はやめておこうとなだめた。

 上ノ水に着くと、イエローラインに乗って繁華街を目指した。次の古沼駅で絢音と別れ、空いた席に涼夏と並んで座る。

「妹は、寂しがってないの?」

 電車の音がうるさいので、耳元に顔を寄せて聞くと、涼夏は可笑しそうに顔を綻ばせて手を振った。

「ないない。恋も部活も満喫してるみたい」

 聞くと、今中2で、吹奏楽部に所属しているという。同じ部活の男子と付き合っているが、すでに3人目の彼氏だというから、私には考えられない世界だ。

「涼夏似の可愛い妹なんだろうね。涼夏もモテたでしょ」

「モテたよ。でも、私は男子と恋愛する気はないから」

「どうして?」

 反射的にそう聞いて、愚問だったと反省した。両親が慰謝料が支払われるような離婚をしたのだ。それほどわかりやすい答えはない。

「色々見てたからね。むしろ、妹が平気で恋愛してるのが不思議でしょうがない」

 涼夏が呆れたようにそう言って、投げ出した爪先を組んだ。

 男子とは恋愛しない。では、女子とはどうなのだろう。それはわからないが、涼夏は根っこの部分で私と同じ感情を持っている。

 涼夏はなんでもないように、過去を一つ打ち明けてくれた。私もそれに応えて、中2の事件を話すべきだろうか。

 しかし、それには降りる駅はもうすぐだし、電車の中は深刻な話をするには向いていない。私は涼夏の手をギュッと握ると、唇が触れるくらい涼夏の耳に顔を近付けた。

「涼夏。ずっと一緒にいよう」

 周りに聞こえないようにそう囁くと、涼夏は一瞬息を止めてから、反対の手で顔を覆った。それからニヤけるのを我慢できないように口元を緩めて、せわしなく首を振った。

「ヤバい。今のはヤバい。惚れる」

「いや、普通だし」

「完全に不意打ちだった。なんで今の会話からそうなるの? 千紗都の思考回路、謎すぎ」

「普通だって!」

 握った手を振りながら訴えたが、涼夏は駅に着くまでずっと、壊れたロボットのように「ヤバい」と「惚れた」を繰り返していた。


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