番外編 インバウンド(4)
※今回、話の切れ目ではないところで切っています。
Culture Tripの紹介順では、次は新旧入り混じる商店街だが、閉館時間のある施設を優先することにした。まずは徳川家ゆかりの庭園と美術館である。通常、美術館は入るのにそれなりにお金がかかるが、土曜日は高校生以下は無料で、これにはインバウンド女子もにっこりだ。
「ワタシは、キョウほどコーコーセイでヨカッタとオモッタことはアリマセン!」
涼夏が両手を広げながらそう言って、奈都に「いや、あるでしょ」と突っ込まれていた。なお、実際に海外の高校生でも無料かは不明だ。
地下鉄だと不便な場所にあるが、今日は一日乗車券なのでバスを使って移動する。庭園の方は高校生のスペシャル割引はないが、元々300円とお安い上、一日乗車券の提示でさらに安くなる。
市内で最も有名な庭園の一つだが、来たのは初めてだ。そもそも興味がなさそうな涼夏はもちろん、博識な絢音も、色々なところに行っている奈都も初めてとのこと。実際、少し秋も深まって人も多いが、自分たちくらいの年の子はいなかった。
「見所を調べてみよう」
そう言いながら、絢音がこの庭園を紹介している海外のサイトを検索する。40枚ほどの写真とともに、それなりに長い説明のあるサイトを発見し、ブラウザの機能で翻訳したところによると、静寂に包まれた池、ダイナミックな滝、瞑想と思索を誘う伝統的な茶室などが楽しめるようだ。
「自然との調和、ミニチュア風景、四季折々の美しさ、深い象徴性といった日本美学の主要原則を体現してるって」
絢音が楽しそうにそう言うと、涼夏が「なるほど」と深く頷いた。
「つまり、自然との調和とか深い象徴性といった、日本美学の主要原則を体現してるってことだな?」
「さすが涼夏。理解が早いね!」
絢音が小さく拍手すると、奈都が「情報量、変わってなかったよね?」と私の顔を覗き込んだ。いつもの演目なので静かに味わって欲しい。
中央の池を見ながら、回遊路をぶらぶら歩く。江戸を感じる茶室や檜造りの橋、木々が色付き始めた森や、その奥に佇む三段の滝などを、「What a view!」とか「This is like a painting!」とか「Japanese elegance!」とか、怪しげな英語で褒め称えながら進む。
実際のところ、海外の人がこういう庭園を見てどう感じるのか、インタビュー系のYouTuberよろしく聞いてみたい気持ちはあるが、もちろん一介の女子高生にそんな勇気はなく、想像上のインバウンドを楽しむのが精いっぱいだ。美しいものは誰が見ても美しいと思いたいが、例えば涼夏のような美少女も、トーゴやウルグアイの人にはそうは見えないかも知れない。国や人種ごとに感性は違うと考えるのが妥当だ。
庭園を堪能した後は、併設する美術館に移動した。こちらはチケット売り場に少し列が出来るほどの盛況っぷりだ。丁度今、特別展としてお姫様の調度品の展示をやっているのも、混雑の理由の一つだろう。
もちろん、高校生以下が無料なのもある。庭園では皆無だったが、美術館には自分たちと同じくらいか、それよりも若い子たちの姿もちらほらあった。生憎、子供だけで来ているグループはなかったが、今日は私たちも高校生グループとしてここにいるわけではない。インバウンドだ。
「Let's enjoy Japanese culture!」
私が仲間を振り返りながら拳を握ると、涼夏が「突然どうした?」と怪訝そうに首を傾げた。奈都は他人の振りをして天井に目を泳がせた。ひどい人たちだ。
ご自由にお取りできるパンフレットは、英語版を使うことにした。初めてだし、真面目に学ぶ気ももちろんあるが、別にいつでも来れるので、今日はインバウンドに徹する。もっとも、土曜日が無料なのは高校生の内だけなので、学びと遊びのバランスは大事にしたい。
「この美術館には9つのNational Treasureがあるようだ」
涼夏が英語の説明を目でなぞりながら言った。せっかくなので日本語のサイトで国宝9件について調べると、源氏物語関係が1つ、太刀が7つ、残りの1つがお姫様の調度品で、今回特別公開されているものがそれのようだ。
「絢音の調度」
絢音が真顔でそう言って、隣で涼夏が小さく噴いた。
「絢音の調度は、どんなのがあるの?」
「ブラシとか、箱とか? ニトリで買う」
「せめて雑貨屋の一点物とかにしよう」
涼夏がポンと絢音の肩に手を置いて首を振った。量産感がすごいが、いかにも俗っぽい絢音の調度にふさわしいとも言える。




