第68話 紅葉(4)
紅葉スポット巡りはいまいちだった。
寺院を4つ回ったが、モミジの木はおろか、参拝できるような境内すらない寺院もあり、紅葉の写真で埋め尽くされるはずだったカメラロールには、まだ写真が1枚も追加されていない。当然、帰宅部グループも静かなままだ。
体力的には全然平気だが、すでに辺りは薄暗い。今は1年で最も早く日が沈む時期である。時間的にはまだ早いが、もはや空の高い場所には星が瞬いている。
「今日はここまでか」
絢音が空を見上げながら、残念そうにため息をついた。穴場スポットを探す遊びは、帰宅部の定番メニューになる可能性すら秘めていると思ったが、どうやら気のせいだったようだ。
「神社やお寺の境内には、少なくとも1本の桜とモミジを植えなくてはならない法律を作って欲しい」
絢音がけしからんと頬を膨らませたので、その頬を指先でつついた。
「それ、誰得なの?」
「参拝者」
「毎年限られた時期にだけ、好事家が数人来るかもだね」
もちろん、写真を撮る遊びをしているだけの高校生が来たところで、お賽銭すら増えるか怪しいが、人で賑わうのはきっといいことだろう。
「好事家とか口語で言う人、初めて見た」
絢音がくすくすと笑った。私も初めて言った気がする。
夏ならまだこれから一遊びという時間だが、特にすることもなかったし、店に入ると結局お金がかかってしまうので解散することにした。
南に向かう絢音とハグをして別れた後、戸和さんと一緒に北に戻る。帰るだけなら戸和さんも南に行ってパープルラインに乗り換えた方が早いのだが、時間も早いし少し恵坂に寄って帰るらしい。私や涼夏同様、戸和さんも恵坂が定期券で降りれる人だ。
「今日は何か参考になった?」
二人になってすぐ、そう聞いてみた。元々相談を聞くために一緒にいたのだ。たくさん喋ったとは思うが、何かしら役に立てただろうか。
戸和さんは腕を組んでうーんと唸った。
「絢音の野阪さんに対する感情とは、だいぶ違うっていうのは感じた」
「絢音と戸和さんも、私も牧島さんも、みんな違うもんね」
「野阪さんの、関係に名前は要らないっていうのは、ちょっとセンセーショナルだった。愛って、言葉で確認するものじゃない?」
「奈都がいつも口だけで困ってる」
真顔で一例を挙げると、戸和さんがぷっと噴いた。去年同じクラスだったので、奈都の軽薄さはよくわかっているだろう。
「涼夏と絢音と比べると、奈都は確かに軽いかも。でも、涼夏と絢音と同じくらい好きなんだよね?」
「そう」
「どこが?」
「その質問はとても難しい。でも、奈都も私の好きなところを聞くと、顔、声、おっぱいとしか言わないから、お互い様だと思ってる」
実際には、何となく気が合うとか空気が好きとか居心地が良いとか、そんなところなのだが、それらはひどく曖昧で感覚的なものだ。逆に戸和さんは牧島さんのどこが好きか聞くと、戸和さんはまずは明るくて元気なところだと答えた。
「私は友達がそんなに多い方じゃないけど、積極的に輪に入れてくれたし、優しいなって思う。もちろん、顔も好きだし、キーボードが上手なのも憧れる」
「なるほど」
相槌を打ちながら深く頷く。口にはしなかったが、思ったよりも危うい理由だと感じた。
内向的なキャラが、クラスのムードメーカーに声をかけられて好きになるというのは、実によくある展開だ。私が奈都のことを好きなのも、元々はひとりぼっちだった私を構ってくれたからで、たまたま奈都は私のことが好きという打算があったが、牧島さんが恋愛的に好きだから戸和さんに声をかけたという可能性は低いだろう。
もちろん、付き合っていく中で好きになっていくのはよくあることだし、実際に牧島さんが素敵なクラス替え制度を使った相手は戸和さん一人だ。ただ、戸和さんから言ったそうなので、そもそも牧島さんにそれを頼んだのが、戸和さんしかいなかっただけという可能性はある。
「恋愛は難しい」
私が唸ると、戸和さんが困惑気味に眉をひそめた。
「今の沈黙にどんな思考があったの?」
「帰宅部でもよく言われる。牧島さんに、クリスマス二人で過ごそうって頼んでみたら?」
「告白せずに? 理由を聞かれたら?」
「順番が逆じゃない? 知らないけど」
「そっか。二人で過ごすのを断られたら、そもそも脈なしとも言える」
戸和さんが心を決めたように、力強く頷いた。
もちろん、付き合っていく中で惹かれていくということはあるし、周囲でも、好きでもないけど付き合ってみたとか、結局好きじゃなくて一週間で別れたみたいな事例は多い。特に、過去に彼氏が5人も6人もいたという子は、そういうパターンが多い。本人的には好きになれそうな相手を真面目に探しているのだろうが、自慢するために数字を増やしているだけに見えなくもない。
恋愛の形は色々だ。
恵坂で戸和さんと別れた後、次の久間で降りて涼夏のバイト先のショッピングモールに寄ってみた。
館内にはクリスマスソングがかかり、至る所にツリーがあったり、装飾されたり、セールをやっていたり、クリスマス一色だ。
しかし、涼夏がバイトしている雑貨屋はそうでもない。雑貨屋といってもハンドメイドのような可愛いアイテムを売っている店ではなく、主に日用品を売っている全国チェーンなので、クリスマスだからといって急に需要が高まるものではない。
柱の陰からしばらく涼夏を眺めていたが、気付いてもらえなかったのでやめた。相手にされないストーカーの気分だ。知らないけど。
ハンドクリームを手にして、涼夏のいるレジに行くと、涼夏がレジに通しながら、いきなり「Great Choice!」と声を上げて、他の店員さんがギョッとしていた。
「どうも」
「Anything else?」
「いえ、大丈夫です」
「Do you want a humidifier with this?」
「加湿器はポテトのノリで買うものじゃないから」
「We only accept credit cards」
「まだ作れないから」
まったく意味がわからないが、適当な客で英語対応の練習だろうか。なかなか流暢だが、それなりに外国人のお客さんも来るのか、絢音イングリッシュの成果か。
会計を終えると、涼夏が「Please come again!」と言いながら、ひらひらと手を振った。ぺこりと頭を下げてそそくさと店を後にする。ずっと他の店員さんやお客さんに見られて、なかなか恥ずかしい思いをした。
日本人は英語を喋るのに恥ずかしさを覚える傾向があるそうなので、ああして堂々と英語を喋るのは大切なのだろうが、相手は明らかに日本人の学生だったし、普通に日本語を喋っていた。違和感しかない光景だっただろう。
涼夏は時々ああいうよくわからないテンションになるが、女子高生らしいバカノリで微笑ましい。あのある種の幼稚さを、ずっと失わないでいてほしいものだ。内容自体は高度だったけれど。
館内は暖かいし、ブラブラしながらクリスマスのことを考える。
今日の戸和さんの相談により、恋愛的な意識が何か変わったかというとまったくないのだが、クリスマスが特別な日であるということは再確認できた。
去年は涼夏のプランに乗っかったが、今年は私が何か企画しようか。涼夏が戸和さんに言った通り、まだ何も考えていないが、京都旅行を私と絢音で企画したことから、クリスマスは涼夏が考えたいみたいなことを言っていた。外は寒いしどこも混むし、ボードゲームをしながら鍋パーティーでも全然構わない。
珍しく買い物ができる場所に一人でいるし、今日は3人へのクリスマスプレゼントを探すことにしよう。恵坂に寄ると言っていた戸和さんも、もしかしたら牧島さんへのプレゼントを探しているかもしれない。
また今度、どんなクリスマスのプランを考えているか聞いてみよう。恋愛に興味がないから友達とするようなことしか思い付かないが、感情の幅を広げれば、愛友たちとももっと楽しめることが増えるだろう。
女同士で付き合うのと親友の違いは何か。
マンネリ防止と可能性を広げるために、そういうことも考えていけたらと思う。




