第68話 紅葉(2)
その帰り道、いつも通り古沼まで歩いて帰る私と絢音と涼夏の中に戸和さんが入っている。
「恋愛相談だって? 波香氏、とうとうさぎりちゃんと付き合うの?」
涼夏が単刀直入に切り出した。
戸和さんと言えば、同じバンドメンバーでキーボード担当の牧島さんとよくくっついているし、おっぱいを触ったりもしている。牧島さんの方でも、友達がとても多いにもかかわらず、2年に上がった時に素敵なクラス替え制度を使った相手は戸和さんだけだったそうだから、満更でもなさそうだ。
もっとも、牧島さんの方では戸和さんはあくまで親友であり、女同士で付き合うことは考えていないように見受けられる。前に過去の恋愛経験をほのめかすようなことを言っていたし、普通に恋愛対象としては男子が好きな気配もある。
案の定、戸和さんは首を振って否定した。
「何も変わってない」
「あれだけ露骨に好き好きアピールしてたら、さぎりちゃんも気付いてるだろうに。まさか全部冗談だとは思っていまい」
涼夏が不思議そうに首を傾げた。私も同感なので、気付いていて敢えて触れないようにしているのかも知れない。もしそうだとしたら、それはつまり脈がないということだ。戸和さんも同じことを感じているようで、深くため息をついた。
「だよね。みんなはクリスマスはどうするの?」
「何も話してないけど、まあ帰宅部で何かするのは暗黙の了解だな」
涼夏が特に確認もせずにそう言って、隣で絢音が大袈裟すぎるくらい大きく頷いた。私ももちろんそのつもりで、もし涼夏が突然、他のクラスメイトとのクリスマス会に行くなどと言ったら、卒倒して寝込むだろう。奈都は油断すると言いそうなので注意が必要だ。
「そろそろ考えなきゃだね。部屋で七面鳥を揚げるとか」
「火事になるフラグだな」
私の提案に、涼夏が的確にツッコミを入れた。話を戻すように戸和さんを見ると、戸和さんは羨ましそうに目を細めた。
「私もさぎりとクリスマスを過ごしたい」
「去年は?」
「去年は一応、さぎりが企画した会に参加したけど、由佳乃たちも一緒だった」
確か、ライブを観に来てくれた子の一人だ。牧島さんと仲の良い一人だったが、2年に上がった時にクラスが別になってからは、少し姿を見る頻度が減った気がする。
「二人きりがいいんだね?」
絢音が聞くと、戸和さんは「まあ」と困惑気味に頷いた。
「絢音は野阪さんと二人で過ごしたいとは思わない?」
「1年一緒にいてその質問が出るのが不思議でしょうがないけど、私の中で千紗都と涼夏は同じくらい好きだよ? 千紗都がいつも暇してるから、涼夏と二人でいるシーンが少ないだけで」
絢音がいたずらっぽくそう言うと、涼夏も「レアだな」と頷いた。絢音が涼夏のことも大好きなのは帰宅部の常識だ。
ただ、私が涼夏と絢音に一切の優劣をつけておらず、絢音も私と涼夏をまったく同じくらい好きなのと違い、涼夏は私と絢音とで、抱いている感情が若干違う。
そういう意味では、牧島さんの戸和さんへの感情は、涼夏から絢音のそれに近いかも知れない。もっとも、涼夏と絢音は割と頻繁にキスしているが。
「でもまあ、例えば長井さんたちも一緒に多人数でカラオケパーティーとかになったら嫌だから、ナミの気持ちはわかるよ? さぎりんが声をかけそうな相手を先に全員買収して、さぎりんにナミしかいなくなる計略を立てる相談だね?」
絢音が爽やかにそう言うと、戸和さんは「何もわかってないことがわかった」と静かに首を振った。そういう不穏な相談ではないらしい。
「じゃあ、その前にさぎりんに告白して、二人でクリスマスデートして、プレゼントを交換して、チューして、一緒に朝を迎えたいってことだね?」
絢音が今度こそわかったと頷いたが、100パーセントではないようだった。
「途中までは合ってた」
「告白の手本を求めてるんだな。千紗都、性的に愛してる」
涼夏が真顔でそう言ってきたので、私は申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめんなさい」
「ダメじゃん!」
戸和さんが目を丸くする。涼夏が残念だと首を振った。
「ストレート過ぎたらダメだな。千紗都のためにプリンを作りたい」
「うん。たくさん作って」
「成就した」
涼夏が勝ち誇ったように戸和さんを見て、絢音が顔を押さえて肩を震わせた。今のは私も面白いと思った。
「私もプリンを作るところから始めるよ」
疲れたように戸和さんが言って、涼夏がそれがいいと背中を叩いた。そのプリンが何の役に立つのかはさっぱりわからないが、戸和さんは手芸部で女子力高めだし、きっとプリンも美味しく出来るだろう。作ったらご相伴にあずかりたいものである。




