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番外編 異変 -8番出口の話- 3

引き続き、『8番出口』を楽しむ千紗都たちの話。今回は映画鑑賞と、異変ごっこ。

3節は映画を観ている前提で書いているため、ネタバレ満載です。今後観る予定のある方はご注意ください。

映画『8番出口』を観に行った記念に書いたもので、キタコミの作中の時間を2025年に特定するものではありません。

 映画というものを、私はほとんど観ない。帰宅部の遊びとして上がることもなければ、高校に入ってからは映画館に行ったこともない。奈都は時々絢音や他の友達とアニメの映画を観たりしている。それに私を誘ってこないのは、例の共感性羞恥によるものらしい。

 8番出口は結局のところ、ちょっと怖い間違い探しゲームだった。映画もきっと主役と一緒に異変を探す、間違い探しムービーだろうと、明らかにフラグめいた予想とともに、帰宅部4人で観に行くことにした。映画は安い遊びではないが、高校生料金なら高すぎるということもない。

 念のため、怖すぎないか予告ムービーも見てみたが、面白そう以外の感想はなかった。テーマ的にも誰か死んだり首が飛ぶような展開にはならないだろう。

 上映初週の土曜日、つまり公開2日目の朝一番に行くと、映画館は結構な混雑だった。同じ作品目当ての人が多そうだ。

 席は4つ並びでは取れなかったので、2人ずつ別れることにした。今回は一緒にゲームをやった組と、事前に動画を見ていた組に別れた。シアター手前の撮影ブースで4人で記念に写真を撮る。シアターは8番というのも小粋だ。

「あのゲームにどんなドラマをオンしてくるんだろ」

 涼夏がフライトモードにしたスマホを、雑な動作でバッグに突っ込んだ。

「ひたすらぐるぐる回り続けて、どんどん絶望していくような映画を期待してる」

「特殊な期待だな」

 涼夏が苦笑いを浮かべたが、そんなに変なことを言っただろうか。予告ムービーには女性や子供も登場していたが、ゲーム同様、主役の男の子とおじさんだけでいい気がする。

 行きにそんな話をしたら、奈都に「それはゲームをやっていればいいのでは?」と呆れられた。認めたくはないが、もしかしたら私は少し感性が人と違うのかも知れない。

 さて、映画だが、聴き馴染みのあるボレロから始まり、なかなか不愉快な地下鉄のシーンが映し出される。赤ん坊の泣き声とキレるサラリーマンから逃げるように地下鉄を出ると、別れた女から子供が出来たと電話がかかってきた。なるほど、これがオンされたドラマか。

 混雑した地下通路。ちょっとはこっちの状況も考えて電話してくれと思うが、まあ子供が出来た驚きで周りが見えなくなっているのだろう。もし私もいきなり子供が出来たら動転する。

 いよいよ8番出口の通路に突入する。予告の時にも思ったが、このおじさん役の人はこの役をやるために生まれてきたのではないかと思うくらいハマっている。振り返ったら笑いながら立っているシーンは、カメラワークの勝利という感じがする。

 異変はどうやらゲームベースのようだ。ゲームをやっていた時と同じルーチンで異変を探す自分に気が付く。

 涼夏と喋りたいが、映画館なのでそれは出来ない。そう考えると、映画館よりも部屋でみんなで映画鑑賞会をする方が私には合ってそうだ。終わる前にすでに感想会がしたい。

 映画は時々どっちに進んだのかよくわからないことを除き、概ね違和感なく進んだ。いや、異変を見つける映画に「違和感なく」という感想が適切かはわからないが、世の中には物語と関係ない部分が気になって内容に集中できないみたいなケースもあるそうなので、没入感は上々だ。

 子供が出てきた辺りから少し話が混沌とする。おじさんが8番ではない出口から出て、人ではなくなるところは面白かった。ゲームではゲームオーバーになると元に戻されるが、現実だとこうなるという示唆だろう。それにより、おじさんの回で出てきた女子高生にも同じようなドラマがあったのだろうと想像できる。

 停電のシーンや水が流れてきたところは、ゲームをやった人間としては、「明らかに異変なのだから、早く引き返せよ」と思った。まあ、それを言ったら元も子もないが。

 子供が異変ではなく、「0」に戻るシーンは良かった。ただ、結果的にあの子供の存在も異変だった気がしないでもないが、通常回のおじさんの存在同様、異常の中での普通というものはある。朝、奈都がうっとりしながら私の胸に手を伸ばすのが異常ではないように。

 最終的には、この子供との出会いを通じ、女性を娶る覚悟が決まるというのが、この映画のテーマだった。最後に地下鉄でキレている男に、何か言いに行こうとしたところはうるっとしたが、全体としては通路から出られない絶望感は低めで、少し私の期待した内容とは違った。

 シアターの外でもうひと組と合流すると、絢音が涙を拭う仕草をしながら言った。

「感動的なファミリードラマだった」

「そうだった? 別の映画を観てたんじゃない?」

 私がたちどころにそう言うと、涼夏があははと笑った。もちろん同じ映画を観ていたはずだ。

「最初の宣伝が実写映画ばっかりだったのが新鮮だった。いつもアニメばかりなのは、私がアニメ作品しか観ないからだっていう知見を得た」

 奈都が真顔でそう言ったが、これほど「今そこは重要じゃない」という感想もない。

「あの虫のシーンとかは、早く逃げろって思ったな。あれは観てる人を怖がらせるための演出でしかない」

 涼夏がそう言うと、絢音が二度頷いた。

「無理にホラー要素を入れようとした感じはあったね。ハートフルなファミリードラマなんだから、そっちに全振りしても良かったと思う」

「ファミリードラマではなかったと思うけど、もっと0になる絶望感を深掘りして欲しかった。個人的には、女性からの電話とか要らなかった」

 私がネットで書いたら叩かれそうな感想を述べると、奈都が小さく笑った。

「あの通路に迷い込むのは、日常で進退窮まった人の心のメタファーだから、あの女性と子供をどうすればいいかわからないっていう発端がなかったら、そもそもあの地下通路に迷い込んでないよ」

「待って! 奈都、そんな難しいこと考えながら映画を観てるの!?」

 私が驚いて声を上げると、絢音がお腹を抱えて笑った。

「千紗都、面白い!」

「待って。私のフィクション解釈力、0番出口?」

 驚きながらそう言うと、3人に大笑いされた。なるほど、最初に奈都が言っていた通り、ゲームと同じ展開ならゲームをしていればよく、オンされたドラマ性を楽しむのが正解らしい。

「いや、色んな楽しみ方があっていいと思うよ?」

 奈都が慰めるようにそう言ったが、どうもからかわれている気がする。

「でも、ゲームで7から0に戻った絶望を味わった人間としては、ひたすらその絶望を繰り返す映画が観たかったっていう千紗都の希望もわからないでもない」

 涼夏がそう理解を示すと、絢音がどうだろうと首をひねった。

「もどかしい映画になるね。蛍光灯のシーンとか、見てる側は気付いてるわけじゃん? それがひたすら繰り返されると、主役の子がバカに見えるかも知れない」

「確かに、明らかに異変なのに、何か起きるまで立って待ってたただけでも結構イライラしたから、それが90分続いたらもどか死するかも」

 私が一番の感想を伝えると、奈都がやんわりと別の解釈を提唱した。

「あれは、0に戻る絶望じゃなくて、異変自体にSAN値が削られてく映画だと思った。実際、奇妙な現象からすぐに退散するのは難しい」

「つまり、ホラー」

「異変っていうと、あの子供、毎回正解してたじゃん? エッシャーで止まった時もそうだったけど、最初から全部あの子に従ってたら出られた説」

「私、あのエッシャーのポスターが違って見えたシーン、好き。戻って0になっちゃうケースもあって良かったかも」

「それはあの子供が登場した時がそうなのでは?」

「ああ、確かに」

「結局あの子、なんだったんだろ。異変はランダムだから、メタ的な都合を無視して、あそこが水の異変じゃなかったら、あの子と一緒に現実世界に戻ってた可能性」

「振り向いたらいないとか。でもそれだと、やっぱりあの子は異変だったってことになる気もする」

「そこの設定はちょっと甘かったかも」

「そう言えば、最後が上り階段じゃなくて、地下に戻って行ったの、なんだったんだろ。クリアの爽快感がなかった」

「あれは、もう一度地下鉄のシーンをやり直すっていうメタファーだと思うよ? 引き返すと戻るっていうか、やり直すために引き返したっていうか」

「なるほど。ナッちゃん、映画見慣れてるな」

 色々な感想が飛び交う。それが面白い。この感想会も含めて、映画鑑賞だと思う。私はきっとこの先、一人で映画を観に来ることはない気がする。

 ちなみに朝一の回だったこともあり、まだ時間があったので、午後は私の家で異変ごっこをすることにした。発案は私。

「みんなに部屋の外に出てもらってる間に、私が部屋のどこかを少し動かすか、もしくは何もしないから、みんなは何が変わったか、あるいは何も変わってないかを8回連続で当てるゲーム」

 ルールを説明すると、涼夏が「完全に間違い探しだな」と笑った。実際のところ、映画も「8」の文字が引っくり返っているのが「異変」かと言われると、単に間違い探しの表現方法の一つというだけの気がする。

 部屋を漁らせる気はないので、何も触れずに、見える範囲で間違いを見つけてもらう。まず最初に正常系を見せてから、1回目は横を向いていたメテオラを後ろ向きにした。

 その後、3人を部屋の中に入れると、早速3人があれこれ意見を言い合った。

「初回から何も変わってない可能性」

「枕の位置って、そこだった?」

「覚えてるようで覚えてない。クマって後ろ向きだっけ」

「それを言ったら、鏡って最初から伏せられてた?」

「覚えてないなぁ」

 3人が頭をひねる。これは面白いが、自分の部屋を隈なく観察されるのはちょっと恥ずかしい。

 結局「異変なし」という結論に至ったので、3人を部屋の外に出した後、「0」の紙を手渡した。そして、メテオラを戻して、髪をくくって部屋に入れると、3人が指を差して笑った。

「髪型が変わってる!」

「っていうか、やっぱりクマの向きが違うじゃん!」

「これは面白い遊びだ」

 なかなか受けた。その後も、カーテンを閉めるとか、椅子の向きを変えるとか、シャツを後ろ前反対に着るなどのわかりやすいものから、本棚の本の位置を変えるとか、モバイルバッテリーの置き場所を少しだけずらすみたいな、ちょっと卑怯なものなど、色々試して楽しんだ。

 意外と、ハンディファンを引き出しに仕舞っても気付かれないとか、何も変えていなくても何かが変わって見えたりするとか、人間の注意力についてのレポートが書けそうな遊びだった。

 ゲーム同様、なかなか8回は難しかったので、最後はゴールに導くゲームマスターのように、比較的わかりやすい異変で8回目を見つけさせた。3人が喜びを分かち合いながら言った。

「千紗都の部屋を完璧に把握した」

「今ならどこに何があるか書ける」

「でも、毎日見てるはずなのに、通学路で空き地になってたりすると、何があったかわからないよね」

「それは言える」

 突発的な遊びだったが、十分楽しんでもらえたようだ。

 ゲームも映画も十分面白かったが、結局それを使って、あるいはそこから得たものを、どう帰宅部に活かせるかだと思う。これからは少しだけ、デジタルなゲームや映画館の上映作品にも注意を払っていきたい。


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