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番外編 異変 -8番出口の話- 2

『8番出口』を楽しむ千紗都たちの続き。実況動画ならぬ、実況小説的なもの。Web限定。

2節も引き続きゲームのネタバレありです。映画の内容には触れていませんのでご安心ください。

映画『8番出口』を観に行った記念に書いたもので、キタコミの作中の時間を2025年に特定するものではありません。


 翌朝、すっかり体調も良くなって、いつもの時間に駅に行く。いつも通り、先に来て待っている友達に「おはよー」と声をかけると、奈都が陶然とした顔で私を見つめた。

「ああ、太ももが眩しい。歯形がつくくらい噛みたい」

「異変だ。引き返さないと」

 私がくるっと踵を返すと、奈都が慌てた様子で私の肩を掴んだ。

「異変じゃないから。普通だから」

「普通なの? 今のが?」

 私が表情だけで「うわぁ……」と訴えると、奈都が腕を組んで悩ましげに首をひねった。

「普通と呼ぶにはちょっと大袈裟だったかも知れない。でも、異変と呼ぶほど突飛な発想でもなかったと思う」

「一般的にはかなり引く発言だったと思うけど、十分奈都の日頃の言動の範疇だったとも言える」

 あの地下通路のおじさんと同じで、存在自体がかなり不自然なのに、存在しているだけでは異変ではない。奈都もそれだ。

 イエローラインに乗り込むと、奈都が口を開いた。

「それで、さっきの、8番出口だよね? にわかなの? それとも、ちょっと動画とか見たの?」

 奈都は当然のように知っていて、窺うように私を見た。この人はアニメやゲームに関して、表層しか知らない人たちが薄っぺらい会話をするのを嫌っている。正確には、嫌いではなく、共感性羞恥でいたたまれなくなるらしいが、私にはよくわからない感情だ。

「ダウンロードして、昨日涼夏と1時間やった」

「手練れじゃん。概要を把握しただけの私より深い」

 奈都が驚いたように眉を上げる。見てみたいと言うので、リュックからタブレットを取り出して開いた。

 少し先に進めると、丁度奥の壁に人が埋まっているような異変が発生した上、いきなり飛び出してきて変な声が出そうになった。

 呆気なくゲームオーバーになったのを見て、奈都が苦笑いを浮かべた。

「意外とホラーだね」

「いや、今のはこのゲームで1、2を争う怖い異変だと思う。昨日はもうちょっと笑えるのが多かった」

 中央駅で人がいっぱい乗ってきたので、タブレットをリュックに戻す。奈都があまり知らないのなら一緒にやりたい気持ちはあるが、このゲームは涼夏と進めることにしよう。

 学校に着くとまだ涼夏はきておらず、絢音がスマホを眺めていた。荷物を置いて声をかける。

「おはよー。何見てるの?」

「方丈記読んでた。8番出口は脱出出来た?」

 絢音がニコニコしながら聞いてくるが、今のは突っ込まずに流してしまっていいのだろうか。

「出来なかった。方丈記って日常的に読むものなの?」

 念のため話を広げるようにそう聞くと、絢音は画面を見せながら頷いた。

「短いしね。どんな異変が見つかった?」

 どうやら方丈記はツッコミ待ちではなく、本当にただの日常的な絢音しぐさらしい。

 昨日見た異変を思い出しながら伝えると、絢音は興味深そうに頷いた。

「大体私の見た異変は網羅してるね。今日少し見せてもらおうかな」

「退屈じゃなければ。エンディングは見たの?」

「見たけど、あんなのはおまけで、異変を楽しむゲームだと思うよ?」

 なるほど、確かにそういうものなのかも知れないが、それはそのおまけのようなエンディングを見たから言えるのだ。

 涼夏がやってくると、同じようなタイミングで登校してきた昨日の男子が、クリア出来たかと声をかけてきた。

「いや、まだ地下通路に取り残されてる。餓死する」

 涼夏が静かに首を振ると、男子は無意味に勝ち誇る眼差しをした。

「まあ、異変の出現運はあると思う。どれくらいやった?」

「1時間くらい。画面に酔って継続を断念した」

「あー、わかる。設定でカメラの揺れと加速度を変えると良くなるよ」

 彼はそう有益な情報を残して去っていった。涼夏が苦笑いを浮かべながら言った。

「完全に村人Aだな」

「ここは私立結波高校です。校長の像の下には階段があります」

「いきなりそんなこと教えてくる村人、嫌だぞ?」

 シュールな会話をしながら朝のひと時を過ごし、午前の授業を終えて昼を迎える。速やかにご飯を食べて、少し遊ぼうとタブレットを出して、カウント「2」から再開した。とりあえず忘れない内に、村人Aに言われた設定を変更する。確かに揺れがなくなって見やすくなった。

 いつもの通路まで来ると、すぐに天井の看板が反対になっている異変を見つけて引き返し、その次は特に何もなさそうだったので絢音にも意見を求めた。

「正常系をあんまり知らないからなんとも言えないけど、大丈夫じゃない?」

 意見が一致したので進むと、無事に「3」から「4」になり、さらに絢音が目が動く異変を見つけて「5」になった。

「今のはなかなか不気味だったな。昨日気付かなかったやつかも?」

「あれは起きてたら気付きそうな気がする」

 それからおじさんがこっちを見てくる異変と、再び正常パターンを経て「7」になる。昨日もここまでは来たが、この後「0」に戻ってしまった。

 慎重に進めると、清掃員詰所のドアノブが真ん中にあるという、わかりやすい異変が起きて、いよいよ「8」に。これでクリアかと思ったら、再びいつもの地下通路が現れた。つまり、クリアには9周必要ということだ。

「いよいよ最後だ。帰宅部の叡智を結集して挑もう」

 涼夏の号令で、3人で目を皿のようにして確認したが、異変らしきものは見つからなかった。そして、進んだ先に階段があり、無事ゲームクリアとなる。

「やや拍子抜けだ」

 白い光に包まれながら涼夏がそう言うと、絢音がくすっと笑った。

「地下通路で絶望してるすずちさが見たかった」

「昨日は餓死を覚悟した」

「70周目におじさんが私になって助ける」

「一瞬でわかる異変だ。引き返そう」

「うむ。おじさんが可憐な女の子に。こんな不気味なことはない」

 涼夏が同調して、絢音がくすんと泣き真似をした。

 エンディングの後は、再び地下通路に戻されて、残っている異変の数が記されている。十分値段分の満足を得たが、後は家で一人で暇な時に少しずつやることにしよう。


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