第67話 奈都 3(2)
※(1)からそのまま繋がっています。
次はお姉さんがやっている、別のキックボクシングエクササイズをやってみることにした。こちらは動きがスローで、ボクシング風といった感じだ。
ただ、その分動きが大きくて全身を使う。足踏みやスクワットなどの動作も入っていて、終わる頃には太ももがプルプルした。
「はぁ、今日はたくさん運動した」
絢音が最初と同じことを言って、シートの上に転がった。肩で息をしているので、本当に疲れているようだ。
「アヤ、運動得意そうなのに」
奈都が傍らに座って、優しい眼差しでお尻を撫でた。自然な動きだが、ちょっと意味がわからない。
「私は運動部未経験の、生粋の帰宅部だから。細くて髪の毛縛ってるから、なんかみんな勘違いする」
絢音が呼吸を整えるように、大きく深呼吸しながら言った。確かに、見た目はとてもスポーティーだが、基本的には勉強とギターの二本柱のインドアっ子である。
休憩しながら動画を探して、次はダンスの動きを取り入れたエクササイズをやってみることにした。立ち上がったら早くも足に筋肉痛の気配を感じたが、午前だけでももつだろうか。
ダンスの動画は動きが大きくて速いのと、腰を使った動きが多いのが特徴的だった。後はステップが難しい。動画ごとに特色があって面白いが、もはやそれを楽しむ余裕はない。
現役部員もさすがに息が上がってきたので、当然帰宅部員はヘトヘトだ。さらにダンスの動画を続けて、5本で50分。休憩も挟んで、まだ1時間。
「ティータイムは……ティータイムはまだ……?」
絢音がぐったりしながら、喘ぐように言った。面白いので写真を撮ってグループに流す。今度は既読がつかなかった。10時を回り、涼夏ももう働いている時間だ。
少し暖かくなってきて、公園にはちらほらと親子が集まり出していた。幸いにも、ジャージ姿で運動している高校生を気にする人はいなかった。
「ダンスっていうと、最近の若い子はみんな踊れるっていうし、実際に友達もカラオケで振りとか入れてるけど、私は苦手なんだよね」
奈都が私のタブレットで動画を検索しながら言った。汗を拭いながら眺めていると、奈都が顔を上げて続けた。
「もちろん、バトン部だから、演技としての踊りはするけど。バレエ的っていうか。ヒップホップっぽいのが全然って意味ね? さっきの動画のサイドステップもよくわからなかった」
詳しく説明してくれるが、生憎相槌を打つ余裕がない。絢音と二人で虚ろな瞳で見つめていると、奈都が唇を尖らせた。
「誰も相手してくれない。仲間といても孤独ってこういうことか」
面白いのでそれも無視しておいた。
次は、昔なんとかブートキャンプが流行ったらしいことを思い出して、外国の動画はどうかと、「exercise」で検索してみた。そして、上位に出てきた、お姉さんがやっている海外のワークアウト動画を流してみる。15分の動画で、よくある日本の動画と違って、前振りもなしでいきなりエクササイズが始まった。
特に海外特有の動きがあるわけではないが、開いた動画は手足を同時に動かすものが多かった。両腕と膝を一緒に上げるとか、横にステップしながら肩を開くとか、片腕を上げながら、もう片方の手で上げた足の裏をタッチするとか、かなりの全身運動だ。
なんとか最後まで完走すると、奈都が動画の最後に表示された「グレート・ジョブ!」と叫びながら、シートの上にどっかりと腰を下ろしてタオルを取った。絢音はその隣で崩れ落ちて、苦しげな顔でぜぇぜぇと荒い息を吐いている。少しエッチだ。
「海外がどうというより、純粋に15分が長かった」
そもそも15分間、しっかりと腕を振るだけでも十分疲れる。絢音に少し休むか聞いたら、機械的な動きで首を横に振った。
「千紗都とナツには負けられない」
「だから、何も戦ってないから」
戦闘民族の考えることはわからない。呆れながら次の動画を探す。
お腹周りを中心にした有酸素運動に、滝汗とか痩せるとか書いてある動画を色々やってみる。
さらに、少し筋トレもしようと、筋肉自慢の芸人の筋トレ動画をやり、続けて中級者向けの動きの激しいダンスエクササイズをやったところで、とうとう絢音が動かなくなった。
私もいよいよ限界だと、倒れている絢音のお尻を枕にして寝転がる。奈都が「大丈夫?」と聞きながら、楽しそうに上から写真を撮った。余裕とは言わないが、まだまだいけそうだ。
「アヤ、この後の予定、大丈夫なの?」
奈都が心配そうに声をかけたが、頭の下の物体からの返事はなかった。完全に逝ってしまったようだ。
公園の時計を見ると、11時を回っていた。約2時間。お腹は空いていないが、エネルギー的にも時間的にも、ここら辺が頃合いだ。私と奈都はこの後も時間があるが、これ以上はやっても疲れるだけで効果は見込めないだろう。
絢音が息を吹き返してから、最後にストレッチの動画をやる。体を伸ばしながら、この後一緒にご飯に行くか聞いたら、絢音は穏やかに辞退した。
「時間はあるけど、今日は1円も使わずに楽しんだっていう実績を作る」
「楽しかった?」
発案者が心配そうに絢音を見る。絢音は笑いながら頷いた。
「体を動かすのは気持ちいいね。まあ、程度はあると思うけど」
「継続的にやるなら、もうちょっとセーブした方がいいね。今日はチサとの戦いだったから」
「だから、何も戦ってないって」
本当に、一体何を争っているつもりなのだろう。よくわからないが、奈都の勝ちでいいかと言われると、なんとなく悔しい気がするから、私にも闘争心があるのかもしれない。
果たして体重は減っただろうか。体中が痛いが、その分、帰って体重計に乗るのが楽しみである。




