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第66話 お笑い(1)

 野阪千紗都のナイトルーチンを時々聞かれるが、基本的には先にご飯を食べて、その後お風呂に入る。お風呂は最後に入ることが多いが、別に1時間も入ったりとかはしない。ただまあ、顔と髪を洗うのに時間がかかるから、両親が入った後にしている。もっとも、両親ともに帰りが極端に遅い日もあるので、そんな日は最初に入る。

 お風呂の後はスキンケアをしたり、マッサージやストレッチをしたり、汗をかかない程度にヨガをしたりしているが、これも毎日こうと決めたものはない。最近はお風呂に入る前に少し筋トレをしたりもしているが、やったりやらなかったりであまり筋肉はついていない。無駄に筋肉痛になっているだけだ。

 それ以外の時間は勉強や宿題をしたり、友達と電話をしたり、動画を見たりしている。友達というのは、基本的には涼夏だ。涼夏がバイトで一緒に帰れなかった日は電話することが多い。

 奈都や絢音はやりたいことがある人たちなので、あまり電話しない。かければ話し相手になってくれるが、アニメを見たりギターを弾いたり、それぞれ一人の時間を楽しんでいるので邪魔をしては悪い。そういう意味では、涼夏は私と同じで暇人というか、友達と交流することに重きを置いている。

 詰まるところ、野阪千紗都はルーチンと呼べるようなムーブをしておらず、その日の気分によって夜にしていることが違うことがわかる。もちろん、スキンケアに関してはいつも同じだが、高い化粧品があるわけでもなく、そう大したことはしていない。

 今日は動画を見ている。動画はドラマやアニメの類はそれほど興味がないので、美容系かお笑い系か勉強系を見ていることが多い。相変わらず興味の幅が狭い人間だと思うが、涼夏は自分も同じようなものだと言っている。ただ、あの子には料理という燦然と輝く趣味があり、特技でもある。つまり、奈都はオタクの子、絢音はギターの子のように、何か一言で言い表すなら、涼夏は料理の子と言える。

「私には何もない」

 しいて言えば帰宅部の部長だろうか。これも元々、絢音は塾があり、涼夏はバイトがあって参加できない日があるので、一番暇な私がやることになっただけだが、一応帰宅部を創設してからずっと、部長職を意識して行動している。面接で使えるようなネタではないのが残念だが、経歴のためにやっているわけではないので我慢しよう。

 適当にオススメの動画をタップすると、知らない芸人のフリップネタが再生された。フリップネタとはめくり芸とも呼ばれるお笑いのジャンルの一つで、フリップボードの絵や写真を元にネタを披露する。今見ている動画は、ネタがマニアックで8割方理解できないが、面白いのは伝わってくる。

 お笑いというジャンルも、これまで帰宅部で何度か挑戦しているが、大抵やっている本人たちは楽しい内輪ネタばかりの上、後から見るとやっている自分たちすら寒くなるものばかりだった。時々帰宅部ではない子に会話が面白いと言われるが、見ず知らずの人を楽しませることのできるようなものではない。

 しかし、フリップネタならどうか。これなら、楽しませる相手は友達である。帰宅部の遊びとして最適な気がしないでもない。

 新しい遊びを探求し続けるのは帰宅部の基本方針である。ネタを思い付いたわけではないが、せっかく思い至ったので早速チャレンジしてみよう。


 翌朝、奈都と合流すると、フリップネタを作ってみたと伝えた。奈都はへーと気のない相槌を打ってから、「披露してくれるの?」と一応見たそうな素振りをした。

 電車に横並びで座り、タブレットを開く。車内で大笑いされたらどうしようと不安を抱くと、奈都が苦笑いを浮かべた。

「そんなに自信があるんだ。笑わないように頑張るよ」

「いや、面白かったら笑って」

 タブレットを開き、1枚目のフリップを見せる。何かを探している奈都の絵だ。拙いイラストだが、説明込みなら理解できるだろう。

「女装した奈都ですね。何かを探してるのかな」

「女だから」

 静かに奈都が突っ込む。そこは本題ではないのでスルーしてもらって構わない。ピッとスワイプする。2枚目は地面に空いた穴のアップだ。

「モグラの穴。家に帰りたかったみたいですね」

「そんなところに住んでないから。モグラの穴とか、見たことないし」

 車内だからか、奈都が静かに否定した。そこはネタなので気にしないで欲しい。

 最後は、穴の中に入っていく奈都のイラストだ。

「人間性と同じくらい小さくなって穴に入れました」

 チラリと様子を窺うと、奈都は真顔でフリップを見つめていた。少しだけ沈黙を挟んで奈都が言う。

「えっ? 終わり?」

「うん。無理に笑うのを我慢しなくていいよ?」

 やはり電車の中で披露したのがいけなかったのだろう。奈都の中に、笑ってはいけないという、変な抵抗が生じてしまったようだ。

 タブレットをリュックにしまうと、奈都が深刻そうな声音で言った。

「ビックリするくらいつまらなかった」

「笑いの感性ってあるよね」

「それ以前の次元だと思うけど」

 酷評だ。それ以前の問題という言葉はよく聞くが、次元とまで言われてしまった。

「奈都とはわかり合えない」

「アヤと涼夏にも披露してみて」

「二人には別のネタを用意した。ほら、奈都のいないところで奈都をネタにするのは悪いし」

「ネタはひどいのに、そこは良識があるんだね」

 奈都が呆れたような感心したような口調で言った。なんだかバカにされている気がしないでもないが、私のネタも大概だったので、おあいこということにしておこう。


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